遠い昔のヴィジョン




 
 悲しい。虚しい。何故。誰。敵。怒り。殺す。犯人。辺り。見廻す。居ない。何故。どうする。どうすれば。どうしたら。ビリー。お前が。ビリーが殺った…だと?
 崩れ落ちたシャックの背中から、ゆっくりと立ち上がりビリーは言った。
「しょうがなかったんだ…ゴメンシュウヤ」
「どうして? 何故なんだ? 分からない…俺には…」
理由が感じられなかった。ただ、空虚な死が其処に広がっていた。ビリーの理由は…必然性は?
 例えば、今俺が殺したのは確固たる理由があった。それには、ビリーを守るだとか、関係の無い店の客を救うだとか、辺り障りの無い偽善的な理由もあったかも知れない…けれど、その言葉を使う前に、自分自身が生きたい。死にたくない。そんな理由が主として有ったからこその結果論である。
 例えば、あのクソッタレなプログラムって奴もキチンと理由が有った。ソレには復讐やら、ルールやら単純な生への渇望やらだったが、ソレでも理由は有った。確認出来た。けれども今回は…。
 とにかく、なにか言葉が欲しい。何でも良い、理由をくれ。ビリーを鋭く見やるとビリーは言った。
「理由は無い…いや、頼むから聞かないで…ゴメン」
そう言うと、シャックの額に突き刺さったナイフに手をかける。途端、ズブズブという卑猥であり、胸糞の悪い音と共にシャックが二三度痙攣し、シャックの額は元の額に戻った。それはまぁ、血塗れでは有ったが。
 右手にナイフ(良く見ると、果物やら野菜を切り裂くナイフでは無く人間を切り裂く目的に作られたナイフだったが、それはまぁどうでも良かった)を握り締め、ビリーは此方に向き直った。
「それで? 今度は俺を殺すのか? どうして理由も無しに人を殺す?」
半ば諦めた…いや、余りに唐突で疲れきっていたので、焦燥しきった声だったかもしれない。けれど、意味は伝わるだろう。どんな声で言っていたとしてもだ。
「全部…決まっていたとしたら? そうしたらシュウヤはどう思う?」
「それは、どんな意味だ」
「つまりさ。この世に偶然なんてものは無いと思うんだ。全ては必然性という言葉に支配されていると思うんだよ」
   まるで、何処かのカルト教団に崇拝しているかのごとく、ビリーは言った。
「俺が親に捨てられ、スラムのごみ箱を漁り、施設で暮らす…そして、【偶然】シュウヤと出会う」
目で相槌をうつとビリーは続けた。
「例えば、シュウヤが地獄のような体験を祖国でして、そしてこの国に逃げてきた…そして【偶然】俺に会う。それも偶然なのかな?」
 問い掛けるように言うビリーに何も答えられなかった…。答えは無かった。
「けれど、そんなものは結果論だろう? 何かが起きて、そしてそう思う…いや、ひょっとしたら…」
其処まで言うと、ビリーは口を挟んできた。
「そう、シュウヤの考えどうりだよ。俺はそう思うようにしてるんだ。出なきゃやってられないよ」
視線をそのままに、足元の椅子を左手で拾い上げ、それに座り、話を続けた。
「夜…眠るとさ。真っ黒な闇が俺に言うんだ。お前は一生負け犬人生だって」
「それは、夢だとかそんなものか?」
「いや…もっとはっきりしたものだよ。幻覚だとか、そんなものじゃない。断っておくけれど、今までに一度だって薬に手を出したことは無いよ。それは信じてくれ」
――いやはや、薬はやって無いって? 私は薬で発狂して人を殺したんじゃありません! それも信じてくださいってか?――
「闇が言うんだ…キミを救えるのは何だ? キミの人生へのベクトルは何だ? ってね。だから、僕は言うんだ。毎晩毎晩毎晩。気の遠くなるほどの夜を同じ言葉で埋め尽くすんだよ」
「何を言うんだ?」
少し、躊躇い。そして、あのにこりとした笑いをすると言った。
「死ぬ事だって…」
「死? なんだって、死なんだ。目標とか、夢とか、そう、音楽で食っていきたいって言ったろう?」
「金も地位名誉も…それどころか、親も家も無い。そんな人間がこの国で上り詰めることが出来ると…本当に心からシュウヤは思ってるの?」
ああと言う。願い、頑張れば、夢は必ず叶うものだと言う。しかし、ビリーは鼻で笑い言った。
「この国では夢へのチケットは金だよ。あのロックスターも金の力でのし上がり、あちらの映画スターも金の力でのし上がる。金の無いものは日陰でじめじめと目立たないように暮らすしかないのさ。今の俺みたいに」
チラッと時計を見やり、ビリーは言う。時間はPM12:00五分前だった。
「そんな人生、そんな国なら死んでしまった方が良い。だから、俺は死にたかった。けれど、理由が欲しかった…引き金を引いてくれる人が欲しかったんだ」
其処まで聞いてやっと分かった。ビリーは死ぬ気なのだと。
「最後にさ、大きな金が手に入るんだ…俺が死んだらその金は孤児院に送られる。これからの子供には夢を抱いて欲しい…だから、送ることにした。だから、シャックも殺した。シュウヤも騙した。」
小さな手でナイフを掲げると、にっこりと笑い言った。
「本当にゴメン…だから…。シュウヤ! にげ…」
 突如、目の前で真っ赤な噴水が上がった。其処まで言うと、ビリーは。いや、もはやビリーだったと言うべきかもしれない。其処にあった肉は喋るのを止め、永久停止を迎え、彼の望んだ世界へと進んでいった。
 ビリーの死体が出来あがってから、遅れて銃声が聞こえ、彼が自殺では無く他殺された事を認識し音の為った方を見やる……ガスマスクが見えた。さっき殺した男達が立ち上がる。何処かで嗅いだ匂い。まさか……。
 最後に思った事は、結局七原秋也は未だ人殺しには為れなかったって事だった。 

  



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