◆ 中川典子 ◆ 家族の死に直接大東亜が関わっていないのは分っている。それでも私は大東亜を許せなかった。脱出の際にたった一枚だけ持ってきた写真には、楽しそうな家族が幸せ一杯にピースをしている。二度と撮ることは出来ない写真。 ふと、楽しかった家族との思いでが甦る…お母さんが作ってくれた卵焼き、何処の家庭でも作られる味。変わったところなんて無い普通の卵焼き。こっちに来てから何度も自分で作ったけど、あの味には為らなかった。 母さんの作ってくれたものはみんな美味しかった。凄く、堪らなく美味しかった。でも、その一言が言えなかった。改めて、美味しいって言うのが恥ずかしくて。 毎日、毎日。文句も言わずにお弁当を持たせてくれて。それが当たり前の気がしていた。「有難う」が言えない。たった一言なのに、言えない。シンプルでいて、とても深い言葉。 馬鹿げてるけど、簡単な事が言えなかった。あの頃言っておけば少しは変わってたのかもしれない。 父さんは怖かったな…私は、いつも叱られてばかりだった。悪い子だったかな私。 でも、父さんは手を挙げたことは無かった。いつもリビングのソファーに腰掛けて、新聞広げて「勉強は?」って…何か、良いなぁ。もう戻れないんだよね。あの時代には。 普通に学校に行って。普通にクラスメートが居て。家に帰れば普通に家族が居て。どうしてこうならなきゃいけなかったんだろう。 大東亜で生まれて。白岩中学校に進学して。3−Bに在籍してプログラムに参加した。解らない、私には。 どうして皆で殺し合わなきゃいけなかったのか。なぜ、みんなが死んで私が生き残ったのか。 過去に縋ってる場合じゃないな。私に選択権なんて無い。 ――全ては運命だったとしたら。私がこの国に生まれたその日から、今まで、全てが決まっていた事なら……私はその運命に逆らわない。プログラムに関わった全ての人間の思いを背負って―― これ以上悲しい思いをする人間を増やさない為に…。川田君の言葉、使わせてもらうね。
「クソったれの社会におもいっきりカウンターパンチを食らわしてやる!」
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