I・D




ほんの少しの間、二人とも他の物には目もくれず、目の前のパンケーキを食らった。パンケーキを八分目ほど平らげた頃に、遅れて出てきた熱々のミートローフも一口食べ、北部育ちの私には合わない味だったから、彼に食べてもらうと、ほんの数分でテーブルに並んだ皿は綺麗に片付けられた。もう温くなってしまったコーヒーを一口啜り、ふう。と息を吐くと彼との会話を続けることにした。
 ジッポライター特有の金属音が鳴り響き、あのオイルの匂いが鼻にツンと来る。
「食後の一服って奴かい。リバー」
 彼は、ゆったりと煙をくゆらせると言った。
「食事。排泄。性交。共通する事が分かるか、サム?」
 「全て、煙草が美味い瞬間だろ?吸わない人間でも分かるさ」
自身満々に私は言った。昔、付き合っていた女から聞いた事。もう、10年以上前かな。
「ご名答。けれど、他にも有るんだよ。サム。」
「他に…も?」さっぱり、分からないと私は言う。
「オーケイ。いいだろう。例え煙草を吸わない人間でも、食事と排泄。それにSEXは本能が求める、最高の快楽だろ?」
 「そうだな。真っ当な人間なら誰もが望む。それが?」
肺に詰められた煙を、おもいっきり吐き出し、彼は言う。
「世の中って奴はよく出来てる。ろくに学校に行っていない俺でも、それは感じるよ。世の中ってのは、必ず裏と表が存在する。」
 ああ、と私が頷き、彼は続けた。
「例えばそう。殺し屋ってのはターゲットのどんな状況を狙うと思う?」
「…寝込み…かな。そう、私が殺し屋なら寝込みを襲うよ、リバー」
彼は、ノン。とはっきり告げた。
「本物の殺し屋ってのは、一服している最中を襲うんだ。人間ってのは、目の前の欲望を貪ってる最中は全くの隙だらけだと思うだろ?」
 「けれど、それは違うんだ。その時こそ、本能的に危険を察し易い時間。身体が、勝手に警戒するんだ」
「つまり、どう言う事だ?リバー」
 彼は、ニヤリと笑い言った。
「アンタは長生きするって事だ。サム」
 それはそれは。嬉しい限りだ。素直にそう思った。きっと、私の人生では殺し屋に狙われる事も無いと思うが、やはりイヤな気はしないものだ。
 「そろそろ、本題に入るかい。サム」
そう言うと、再びテープレコーダーのスゥイッチを押した。今度は、私では無く彼が。
 「本音を聞きたい。あの国の、そして君の本音を」
今度は真っ直ぐ、直球勝負だ。さぁどう出る、ミスターリバー。
「良いだろう。どうせ話すつもりだった」
彼は煙草を消し、あの【プログラム】の話をした時と同じ真剣な表情に戻った。
「だったら、あの国の社会的な部分を語るよりも、さっき言ったファッキン・プログラムの話をした方が良さそうだ。少し長くなるが、良いかいサム?」
 ああ。元よりそのつもりだ、短いインタヴューで帰ろうとは思っていなかったからな。私は小さく頷き、彼は続けた。
 「プログラムってのは、アンタが考えてる幸せお遊戯とは違う」
本当に一瞬俯き。それからまた彼は続けた。
「あの国が馬鹿みたいに統制のとれた国家なのはちゃんと、理由が有るんだ」
  彼はそれから、怒涛の勢いで喋り続ける。それを逃さず私は聞く。
 信じがたい話。プログラム…の…
彼と分かれた後、一掃強くなった雨を受けながら、私は岐路についた。去り際に彼から一つのIDを渡された、彼の住んでいた国の学生証。当然、私には大東亜文字は読めないが其処にはこう記されている。

「白岩中学校
    3−B
     川田章吾」




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