◆ 不明瞭な喜 ◆
だだっ広い荒野に、神様が線引きでもしたようなルート66号線を直走る。
牛の鳴き声のような低い音を定期的に鳴らし、ゆっくりとスピードは落ちていく。
秋也はシボレーカマロ Z28のギアを素早く落し、目の前に広がる古ぼけたガススタンドの脇につけると、ギアをNにし、ゆっくりとキーを回した。
ぎぃ〜と音をたててドアを開けると、崩れかけた看板を見上げた。
「Gas. Service Urine Water」
〜ガス・スタンド 天使の小便〜
ふざけた名前だ。けれども、俺はこの名前が気に入ってこの職場を選んだ。この、小粋なジョーク。いかにもアメリカって感じがしないか?
いやいや、改めて見てみるとやはり、少しばかりセンスが無いかも知れない。俺も、この店も。
視線を戻し、正面の扉では無く裏口の扉に向かった。木製のドアを開けると、今日も何時もの顔が揃っている。とは言っても、二人だけだが。
「コンニチワ シューヤ」
片言の大東亜語でビリーが言った。悔しいので、俺も片言の英語で答えてやると、何がそんなに面白いのか、真っ黒な顔から真っ白な歯を剥き出しにし、隣に座っているシャックと大笑いした。
「元気かい坊や」
シャックが力強く背中を叩いてくる。一瞬息が止まり、遅れて背中に痛みが走る。
オーケイ、ベイべ。コレがこの国の良い所だ。
俺がこの店に来たのは、丁度3年前。ご自慢のギターもろくに通用せず、川田章吾の叔父に申しわけ程度に貰った米ドルも底を突いていた頃。シャキールこと、シャックに出会った。
覚えてる限り、4日間は何も食べずにひたすらギターを弾き続けていたと思う。この国では通用しないのは分かっていたが、それでもその時の俺に出来る事はギターだけだった。確か、そう。丁度ピストルズのセブンティーンを弾き始めた時、彼はすっと目の前に現れて言った。
「Rock 'n'-roll a god sent child !」 〜ロックの申し子〜
勿論、俺は何を言ってるのか分からなかったし、正直その時はどうでも良かった。誰が何を言おうと、イエスしか言わなかったし。言えなかったんだから。
それから典子が、二言三言彼と話し、言われるがまま彼の車に乗りこんだ。
そして、少しばかり乱暴な運転に揺られながら俺は思った。
ロックの新星七原秋也を何処に連れて行くのかは知らないが、少しでもおかしなことをしたら、ギターケースに丁寧に隠してあるベレッタM92Fで脳みそをぶちまけてやると…。
少し英語を学んだ頃、シャックにその事を言うと、その時は俺の豪腕でぼろ雑巾のようにしてやったよ。と笑い飛ばしていた。いやはや、良かった。撃たなくて。
それからまもなく彼の店【天使の小便】に着き、俺達を暖かく迎えてくれた。片言の英語で典子が話をして、暫くココで働かせてくれと頼みこむと、ただ一言オーケイと言い、暖かい食事と寝床を与えられた。要するにイイ奴なんだ。彼らは。
「ご自慢のギターはどうした?」
掌をこちらに掲げ、ビリーが言う。
今日は無いんだよと言うと、残念そうに舌打ちをして煙草に火を付けている。
ビリーは俺がココに来た時には既に働いていた。年こそ俺の一つ下だけど、13から働いていると前に聞いた事がある。全く、この国にはいつも驚かされる。俺が野球で汗を流し、天才ショートと言われている頃から仕事をしているのだから。
幼い頃に親に捨てられたビリーとは、直ぐに打ち解けた。驚いたのはビリーも生まれつき親の顔を知らないらしい。所謂捨て子だ。俺より酷い。
自分ばかりだと思っていた俺は、真っ直ぐに生きているビリーを【国信義時】に重ね合わせ兄弟のように過ごしてきた。それには、ギターもおおいに活躍してくれたし、勿論それ意外でも気が合った。俺がギターを奏でると、当たり前の様に綺麗な歌声がビリーの口から洩れる。おっと、ノブは音痴だったか。
「俺達流しで食って行けるな」
よく冗談交じりに、話した物だ。
「今日の客は何人か賭けないか?」
白髪混じりの束子のような髭を弄りながら、シャックが1セントコインを投げ、ソレを右手の手の甲と左手の平で掴みこむと言った。
「5人以下なら裏、5人以上なら表だ」
おいおい、そいつは。俺が言いかけると、ビリーが口を挟む。
「賭けにならないぜ」
おどけてビリーが言うと、シャックがじろりと睨み付ける。ビリーがサッと頭を抱えた。シャックの拳骨を逃れる為だろう。しかし、待ってましたと言うばかりに、彼のボディに強烈な一撃を浴びせる。ドスンと鈍い音がして直ぐに笑い声が広がった。
涙目に為りながらも、腹を抱えて笑うビリー。
ガハハと独特の笑い方をするシャック。
勿論、俺も掛け値なしに笑った。今日ここを辞める事も忘れて。
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