「読書感想文」、大嫌いでした。
ところが本は大好きで、同じ本を
二度買ったり、図書館で同じ物を
また借りてしまったりするんです。
きっと、ついつい、僕は、いつも、
本の中に逃げ込んでるんでしょう。
本は僕の「南武線」なんでしょう。

「女教師と愛妹と、少年と・・・」櫻木充(フランス書院)600円
「フランス書院」って毎月25日に新刊がドバッと出るんですって。でも、何で「フランス」なんでしょうね。フランス、イコール、エッチって事なんでしょうね。
でも、この高校生(多分2年生)の主人公は、一線を超えないまでも中学生の妹にフェラチオしてもらったり、中学時代の担任の女教師と初体験をして、高校の養護教諭ともヤっちゃうなんて、ほんとに困ったチャンで、すっごい変態なのに、ぜーんぜん罪悪感が漂ってこないなんて、時代が変わったとは言わせんゾ、って感じですね。
今後のエロ文庫の設定の進化が気になってしまいます。
やはり、毎月25日は「フランス書院」をチェックするようにしようと思います。「マドンナ文庫」にも、是非頑張って欲しいものです。15/Jul./2002

「途中下車」高橋文樹(幻冬舎) 1200円
小学校高学年まで妹と一緒にお風呂に入っていた。そのころの妹は僕のことが大好きで、学校の休み時間の度に僕の教室に遊びにきて、僕の友人達にじゃれついて可愛がられていたこともあった。いつの頃かの極めて健全な兄妹離れの時期を経て、一線を超えるような出来事は無かったけれども、いつも同じ部屋で寝ていた僕には、妹に対して明らかな性の意識を感じた小さな頃があった。ある日、一緒にお風呂に入った後、肌着姿で寝床でじゃれあっていた僕達ははしゃぎながらも自然に肌着を脱いでしまい、僕はやはり妹の小さな身体の僕とは違う部分に熱心な悪戯を試みようとしたのである。幸いというか、不幸にもといおうか、母親がふいに僕らの部屋の扉を開けて、そんな行為がそれから後に続く事はなかったけれども、僕のことが大好きな小さくて弱く無邪気な妹と、もしそんな秘密が続いてしまっていたなら、僕の女性観は今とは全く変わったものになっていただろう。妹に恋したり、性的な感情を持ったり、実際にそんな関係になってしまう事が、いくらインモラルだと言っても、そんな関係が持つ愛情の確かさと危うさには、他のどんな関係にもない甘美さが漂う。きっと大昔から続きこれからも無くなる事のない主題の一つなんだろう。
第1回幻冬舎ネット学生文学賞受賞作。文学も、もうネットからなんですか?10/Jul./2002

「アレグリア」デビット・ゾペティ(集英社)1200円
「いちげんさん」を超えていないけど面白く読めた。20/Jun./2002

「つま恋」井沢満(角川書店) 1600円
大切な人が若年性アルツハイマーに冒されてしまったら、自分はどんな覚悟が出来るのだろう?17/Jun./2002

「秘事」 河野多惠子 (新潮社) 1800円
不幸な人が誰もいない、とても幸せな物語なのに眼がウルウルするような、去年見た中国映画「初恋の来た道」を見た後のような読後感だった。「大切な人に、大切な事を伝えたいのに、その思いを大切にする為にそれを伝えないまま過ごす事の大切さ。」にはこれだけの量の慎重な文章が必要なんだ。15/Jun./2002

「花探し」 林真理子 (新潮社) 1500円
林真理子さんのバブル文学の真骨頂。でも、少しエロが足りませんね。12/Jun./2002

「サグラダ・ファミリア」中山可穂(朝日新聞社)1500円
最後には、好きな女が産んだ子供を、その父親を好きだったホモの男と育てる事を決めた主人公。この作家のレズビアン物は既に分野として確立されている。2/Jun./2002

「あなたがほしい」安達千夏(集英社)1200円
レズビアン小説だけれども、バイ。好きな同性(女)にはプラトニックで、友達の男と寝る主人公。25/May/2002

「初夜」林真理子(文藝春秋)1333円
「いもうと」という短編の中で、主人公の男は離婚歴のある妹を見て、こちら側の世界、「向こう側の世界」と表現する。あちら側の世界というものは、「何か大きなものを放棄した人間の集まり」で、こちら側の世界には、「多くの人間が、必死になって縋りついているもの」があり、「その手すりから落ちてはいけない、床を踏み外してはいけないと思う」何かがあるのだという。
何故だか分からないまま、僕が縋りついているものはきっと「こちら側」にあるのだろう。最近「あちら側」からの誘惑の声がだんだんと大きくなってくる。「こちら側」には家庭や、仕事やそこそこの収入があり、「あちら側」には、彼女がいて、何かを諦めた自分が居る。
この短編の殆どの作品中、「老嬢」という言葉が何度か出てきた。以前の作品でまだまだ現役だった世代の女達が、歳を重ねるにつれて少し乾いてきたり、何かを諦めたりしているようだ。何人かの女たちは「こちら側」であがいていたりもするが、何人かはそれを諦めて「あちら側」に行ってしまう。ただ、「こちら側」と「あちらが側」のどちらが官能的かというと、この場合の女達が潤いを失ってくる事とは別の話になってくるようだ。。えてして「官能」はあちら側にある事が多いからだ。
バブルに踊って不倫を楽しみ、潮が引くような頃合いと共に自分達が結婚したあと、今度は妻として落ちた不倫で、肉欲を恋と錯覚しながらときめきに流されていく「老嬢」達。ひょっとしたら林真理子さんは「老嬢文学」というものを今後何年かの仕事と位置づけているのかしら。
林真理子さんは僕より8歳年長だけれども、林さんの作品は、ほぼ僕と同じ時代感覚(時代観とでも言いましょうか)で年を重ねてきている気がする。「官能」や「秘密」を多く主題におきながらもそれが全く珍しい事でもなく、共感するところが多いのは、作品の主人公達の「普通っぽさ」や多くの「地方出身者」が登場するところによるのかもしれない。そんな設定が僕のコンプレックスを満足させ、「秘密」の持つ普遍性が知らず知らずに僕を安心させるのかもしれない。そういえば、「みんなの秘密」という作品もそんな感じがして好きだった。ただ、短編集としてのこの「初夜」は、僕には「みんなの秘密」よりも響かなかった。「官能」が少なくなってきたからかしら。
僕は日常に潜むみんなの「官能」が大好きなのだ。だから、「こちら側」も「あちら側」も諦められないで行ったり来たりを繰り返す。20/May/2002

「がらんどう」吉行淳之介(中公文庫)240円
昭和52年発行の文庫だから定価も240円と驚くほど安い。本は密かに、しかし着実に値上がりしている。4/May/2002

「痴漢電車」禁告編集部(マドンナ社文庫マドンナメイツ)500円
溜池山王駅構内の古本屋で150円で購入。活字に飢えているのに、もう一つ明確な意図や目的が無い場合はエロに走ってしまう。性欲を感じるのに、肉体的行使が出来ない時(これは相手が居ないという事ではなく、目の前に相手が居て、相手もソノ気になっているのに、自分の身体がそっちへ向かわないというような時)なんかもそうだ。表紙をカバーで隠して、隣の人に何を読んでいるか悟られないように読んでいます。
本当に素人投稿かどうかは分からないけれども、これは作家の作品ではなく投稿文が編集されたもので「禁告編集部」というのはシリーズ化された「禁じられた告白」編集部の事だと裏表紙をみて理解した。
この種の本(フランス書院もそうですね)の、それも古本で買った場合の運命はとても悲しく儚い。僕は時々駅のごみ箱に読み終わった本をこっそり捨ててしまう事がある。よくお世話になる割りには冷たい仕打ちだ。本当に、本当に、このジャンルの本や作家を軽蔑もしていないのに。僕にとっての捨てる本と捨てない本の境目は何だろう。豊田行司の「野望シリーズ」は微妙なところだけれど捨てないなぁ。少しばかりの罪悪感を感じながら僕はまたこの本を帰り道で捨ててしまうだろう。
以前こういった本を電車で読み終えて、「さて、何処に捨てようかなぁ?」と考えると、空いた電車の僕の横に座っていた澄ましたOLがぐっすり眠っているのに気が付いた。彼女のバッグの口が随分開いていたので、僕は気付かれないように読み終えた文庫本(多分フランス書院の、女教師か女子高生か義理姉かの凌辱物だったかもしれない)を彼女のバッグに入れて帰るという小さな悪戯をした。これもかなり広ぉーい意味での痴漢行為なのだろうか?彼女は帰ったあとそれを発見してどうしただろうか?2/May/2002

「入浴健康法」著者不詳(ダイソー文庫)100円
通ってるマッサージの先生からのプレゼントだが、この先生は毎月一ヶ月分の施術費を払う時に、何か百円ショップの商品をくれる。前には縁起物の宝船の置物を貰ったが、その時に感じなかった事を百円文庫本を貰った時に考えた。文庫本やCDも百円で売られる時代。本を捨てられずに泣く泣く古本屋に売る僕だけれども、そんなことさえばかばかしくなる値段が定価(百円ショップだから当たり前だけど)として付けられている。時々街の古本屋やBook Offで100円の文庫本を買う事と百円ショップの百円文庫を買う事に、どんな気持ちの違いがあるのかも分からなくなってしまう。この百円文庫は、将来僕にどう処分されるのだろう?25/Apr./2002

「住処」 横森理香 (角川春樹事務所) 1500円
バブルの後の情けなさが、程よいトホホ感と共に伝わるエッセイで、発行が角川春樹事務所というのも少しトホホで貴重な横森理香の記録になるでしょう。林真理子さんとは違った、ご自身がバブルのど真ん中に居たという、等身大の物悲しさが詰まっています。20/Apr./2002

「閨閥 改訂新版」神一行(角川文庫)800円
コンプレックスが僕にこんな本を買わせるのかしら。名家、エリート、芸術家、成功者。いろんなものに僕は嫉妬するのだ。14/Apr./2002

「愛の帆掛舟」橋本治(新潮文庫)400円
下北沢の古本屋で70円で買いました。買ったのは半年ぐらい前だけど。昔はとにかく本の表紙に色気があるかどうかで、新刊のハードカヴァーも手当たり次第直ぐに買っていたけど、そんな浪費も最近はもっぱら古本屋でしか発揮できないでいます。読みたい単行本も図書館で借りられない時はBook Offで100円になるまで待つ事もあるぐらい。こないだは山本文緒の「恋愛中毒」を100円になるまで粘り強く待った。だんだんと節約モードが身に付いてきて嬉しいけど寂しい。あぁ、バブルは本当に良い時代だった。
「愛の帆掛舟」「愛の真珠貝」「愛の百萬弗」「愛のハンカチーフ」の四章からなるこの文庫本は、時々、宇能鴻一郎センセーの「アタシ、ジュンとキちゃった。」調の文体を思い出させる匂いがあって、でもすごく抑制的で好感が持てる文章だった。でも「途中下車」といい、橋本治といい、やっぱり東大出(または東大生)の文章というのは俗っぽさを出しても、それが意識的だと感じるくらいのあざとさがつきまといますね。きっとただの僻みなんだけど。絶対にただの僻みです。
東大といえば、通ってるマッサージ院が本郷の東大のそばにあって、こないだ赤門から構内に入ってみたけど、案外みんなすごく普通で拍子抜けしてしまった。当たり前の事だけれども。僕は相当僻みっぽいね。
アーティストの彼女と時々口論になるけれども、東大とか、アーティストとかに相当僻んでるね、僕は。東大出やアーティストの持つ、無条件に憧れてしまう到圧倒的な才能の輝きと、何が根拠なのか分からないその思い込みの強さと、その反対側に持っている無邪気な馬鹿さ加減の全てに対して、僕は僻んでいるのだと思う。12/Apr./2002

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