得体の知れない母 その2




「何もこんな雨の日でなくても良かったんじゃないですか?」

「...そうですね。でも連休あんまり時間合わないでしょ?それに大体天気予報見ても連休中はずっと雨だし。連休明けたら家庭訪問始まるんですよ。」

「はぁ...」

「はぁ、って。」

駅までの道を傘を叩く雨音を聞きながら、足取りの重たい姫は僕の後ろをゆっくり歩いていました。

「結局どんな人なんですか?母親。」

「行けば分かります。行くと後悔すると思いますよ。」

「.....」

駅に入り、傘をたたんで、切符を買い、電車に乗っても姫は口を開こうとせず、ずっと雨粒のついた窓を眺めていました。車内は連休中ということもあって人は少なく、斜め向かいの席に4、5歳くらいの男の子と母親の親子連れが座っていました。男の子はシートに膝を乗せて窓の外をジ〜ッと眺めていました。2人でいると電車の揺れより沈黙に意識が行ってしまいます。近づいて遠ざかる踏み切りの音。何気なく目に入った踏み切りの前では青い傘を刺し、犬を連れたおじいさんが電車を見送ってくれました。

電車を降り、駅を出ると雨は激しさを増していました。まだ午前中なのにも関わらず空は不機嫌なくらいに真っ暗で黒い空を黒い雲がドロドロ融けて雨を落としていました。

「ここからどのくらいかかるんですか?」

「近いですよ。5分くらいです...本当に良いんですね、行っても。」

「どうせまた家に変なものとかあったりするんでしょ。子供のミイラとか。驚かないですよ。」

「そうですか...あの家ですよ。」

駅前から線路沿いに歩いて駐輪場の手前で道路を横断して住宅地の中へ入ると下り坂の先に黒い瓦の家がありました。その家を指差した姫が言いました。暗い空から降り注ぐ冷たい水に打たれて輝く瓦がとても不気味でした。坂を下り、渋々前を歩く姫にゆっくりついていきながら家に近づくにつれてどんな人が出てくるのかやや怖くなってきました。見渡す限り人っ子一人いない交差点を見下ろしてくるミラーをちらっと見上げて、そのままそこを左に曲がると黒い瓦が目の前に見えてきました。足下の水たまりは雨に打たれて跳ね上がり、僕の靴はもうびしょ濡れになっていました。

家を見上げるとカーテンの少しだけ開いた二階の窓から蛍光灯の光が洩れていました。それを見上げた姫が口を開きました。

「あの。」

「はい。」

「私帰ってもいいですか?」

「ええ?なに言ってるんですか。だめですよ。もう前まで来てるのに。今更一人にしないで下さいよ。」

「でも...帰りません?」

「...なんでそこまで嫌がるんですか?そんな仲悪いんですか?」

「...いえ...そういう...」

その時さっきの電気のついていた窓が勢いよく開きました。ほぼ同時に中から黒い何かがすごい勢いで次々と空に向かって飛んでいきました。

「.....」

「...帰りましょうよ。」

黒い物体が全部出ていったかと思うと窓は音を立ててすぐに閉まりました。人一人いない近所からは相変わらず不気味さを増した雨の音しか聞こえませんでした。降りしきる雨粒の向こうに黒いドアがそびえていました。




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