= 青のポートレート =

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     01 北川君



 学校は西海岸にあって、あたし達は電車で通学しなければならなかった。
西海岸と、あたしと北川君が住む東海岸はお隣どうしの町やけど、最初は物凄く遠い所へ
行くような気がした。となり町やのに、電車なんか使うせいかもしれん。
車内から見える西海岸の海の色は、東のそれとは違う気がした。


 「あーどうしよ、夏休み。」

隣に座っていた北川君が、急にため息をついて言った。朝の“通勤電車”の中。
あたし達の他に乗っているのは、何人かの学生と、腰の曲がったおばあさん、ひとり。
大阪とかやったら、こんなわけにもいかんのやろけど。
「どうしよって、何? 嫌なん?夏休み…」
あたしが聞き返すと、んー違うけどさぁ、とやる気無く、呟いた。
「文化祭の準備、嫌やなぁー、思って。」
あたし達の高校では、毎年9月に盛大に文化祭をやる。西海岸も東と同じ田舎だから、
文化祭は、まるで地域ぐるみの一大行事。
あたし達のクラスは「ロミオとジュリエット」をやる。定番悲劇、やね。

「北川君、大道具だったっけ?大変になるんと違う?」
「もーサボるわ。」
「でも皆、北川君の才能、期待しっとたよー。大道具って背景画、描いたりするんやろ。」
北川君は眉を寄せた。神経質そうな、彼独特の、表情。
「部活のコンクールの絵、仕上げなかんから、ホンマ出れんてば…」
そう言うと、北川君は黙ってしまった。―コンクールの絵のこと考えとんのかな。


 北川君は、ちっちゃい頃から絵が上手かった。
サッカーも上手かった。野球も上手かった。なんでもできた。

それでも、絵が一番好きなんだ

と、熱心に校庭で遊ぶ友達をスケッチする姿を、覚えている。
確か、あれは小学校2年生ぐらいの頃だと思うが、その時の絵は
今考えても、大人顔負けの上手さだった。

北川君が東じゃなくて、西海岸高校を受けたのも、この“絵”のため。
西海岸高校にはここらじゃ有名な美術教師がいる。なんでも日展に入選したとかなんとか。
北川くんは、彼の授業、彼の絵を見たかったのだという。
信じられんわ。よくやるなぁー、というかなんというか。
意思のある人は凄い。と思う。
なんとなく、そんな事を考えながら、北川君の横顔をずっと見ていた。




 あたしと北川君は、幼稚園、小学校、中学校、そして今の高校と同じやけど、
実はそうそう親しくない。クラスが一緒になったんも、よく考えたら小二の時と、
今回の高一のクラスと、2回しかない。
同じ東海岸やけど、そんなに家も近ないし。
中学の時も、数えるほどしか喋ってなかった。



 電車を降りると、眼下に西海岸の海が広がっている。七月の日差しは確実に濃く、
海も確実に色合いをコンクにしていた。


 ふと、先を歩いていた北川君が立ち止まって
「舞子」
と、あたしの名前を呼んだ。
「なに」
答えると、くるりと回れ右、こちらを向いて

「俺は北川克也といいます。」

「はぁ?」
確かに北川君は「北川克也」という。 けど、急に何。
「そんなん知っとるよ。」
「俺は克也っていうから、“かっちゃん”って、小二の時、舞子は呼んどった。」
「あたしっていうか、みんな ね。」
「“かっちゃん”て呼べや。」

あたしは目を丸くして、かっちゃん―北川君を見つめた。
「なんで、今さら」
北川君は「ンー」と唸ってから
「なんていうかなー、こそばゆい。北川君・なんて。他人行儀。」
他人行儀って言われましても

あたしが唖然としていると。
いや、気が向いたらそう呼んで、な。
と、へらへら笑って言い置いて、何事もなかったように歩き出した。



 なんや、急に。気持ち悪いな。

あたしは、先を歩く―男にしては割りに華奢な背中を―食い入るように
見つめながら、夏のアスファルトを歩いていった。




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=作者:海老イセコ*本拠=