活字とインキの大サーカス
書店はとってもエライのだ
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【第一幕】
暑くてこれはもうまいったなあ、などど思いながら、おれは銀座八丁目からヤマハホールの前を通り、ライオンビアホールの入口を「む、むむむ」と、
のどをうならせながら通過していく、ということがよくある。
あそこは午後三時あたりになると夏の西陽がモロに歩道に照りつけ、さらに周囲のビルの照り返しも強烈で、東海林さだおふうに言えば「アジアジアジ」
という状況になっているのである。
しかしそれでもおれは銀座松坂屋やコアから出てくる人々と激しくまじりあいながら四丁目の交差点を足早に突破し、とにかく松屋の手前までひたすら
そのアジアジ街道をつきすすむことにしている。
そうして、松屋の前からにわかに直角に左折し、むかいの教文館書店の二階へツツツツーッとのぼっていく、という行動を日頃のよしとしているのである。
この教文館書店というのは、一階が問口二間ほどで、表には週刊誌やマンガ雑誌などがズラリとならんでおり、ちょっと見、そのへんの私鉄沿線駅前書店
といった程度の風情しかない。
しかし中に入ってよくみると、入口のすぐ左側に階段があり、ここをさっき言ったようにツツツツーッとのぼっていくと、にわかに広大な書籍売場が眼前
に広がり、そのSF的な時空間の広がりに思わずヒザがガクガクしてくるほどなのである。
ちょっと大ゲサだけどよ。
ま、しかしいずれにしてもそういうわけで、おれは銀座八丁目のオフィスに勤めだしてもうかれこれ十年になるが、銀座にある数々の書店のなかで、
この教文館が一番好きなのである。
どうしてかと言うと、この店は一階がそのように駅のキオスクをちょっと大きくした程度のたたずまいなので、フラリと入ってきた人もよもやこの上に広大な
書籍売場が広がっている、などとはとても思わないのであろう。
したがってその階段をツツツツーッとのぼっていく、という人も五人のうち一人ぐらいのもので、おかげさまで、と言っては教文館には悪いけれど、
何時行ってもここの二階は決定的にガランとしていて、たいへんに静かにゆったりと本を眺めたり読んだりすることができるのである。
そうなのである。
やっぱり書店というのはあんまり混んでいると「何か面白い本はないかなあ」という気分で本を探す、というような状況にほど遠く、むしろ
「てめえさっさと買ってその前どけろ、ケッ、くだらねえ本ひっぱりだしやがって……」などと、たいへん粗野でランボウな「今日のぼくって
すこしよくないみたい」という反省とイラダチの午後三時、というような状況になっていってしまうのである。
たとえば、同じく銀座四丁目にある近藤書店などでひょいと雑誌など買おうと思っても、入ってすぐ右側の雑誌の棚のところには何時行っても
栃木県産シティボーィふうから花の中年管理職ふうまで雑多な人々が雑多なかっこうでとりついており、あせってうしろから無理に見たい本を
ひっぱりだそうとすると、「うっせいなあ……」というタイドをかなり露骨にして長髪のむさいのが『16マガジン』かなにかを手にしてふりむき、
カブト虫みたいな眼を血走らせたりしているのである。
しかしそれでもこのごろ、フトそういうふうに混んだ書店でフトメのOLのオケツにエイヤッと押しのけされたりしながらも思うことは、
「でも本屋サンというのはえらいなあ」ということなのである。
どうしてエライなあ、と思うかというと、これはまた例によって単純本ナマ的な思考なのだが、
本屋サンというのはたいていどんなところでもキチンと「ありがとうございました」というふうな
「お礼」を言ってくれるからなのである。
これは今まで慣れっこになってしまっていてあまり気がつかなかったことなんだけれど、
ようく考えてみると、これはかなり大変なことなのである。
たとえばわしらは駅のキオスクなんかではなぜかいつもたいへんお腹立ちのようすの
オバハンから「ん」というようなかんじでマイルドセブンや報知新聞を売ってもらっている。
あるいは家の近所の「まるとく共栄スーパー」の場合でいえば、ここで商品を購入するのがときとして
オソロシ的キョーフ的でありさえする。
このまるとくスーパーでは毎月一のつく日に二千六百円以上の買物をすると「まるとく一の日特別
サービスデー」によって、ブルーチップスタンプをいっぺんに五十枚もおまけしてくれることに
なっているのだが、見事に二千六百円をクリヤーしてこの五十枚のシートを貰うときの緊張感
といったらないのだ。
とくにこのスーパーの経営者の遠縁すじ、とみられる年のころなら五十四、五、ひっつめ髪に
コメカミバンソーコーのおばさんがレジに立っている場合は、二千六百円をクリヤーしても
たいてい気がつかないフリをしているのである。
ある日曜日、おれは昼間からオンザロックなどを飲んでくたびれてしまい、
二階の納戸へ行って死んだまねをしていると、オフクロがやってきてカンタンにおれを発見し、
「今日は一の日デーだからまるとくスーパーへ行き二千六百円以上の物品をこのメモの通り
購入してくるべし」という一方的通達を残して去っていった。
そこでおれは仕方なく山口自転車の四段ギアをぶんまわして、まるとく共栄スーパーに行ったのであった。
指令どおり、おれはスバヤク二千六百円以上の食料品・雑貨等を購入し、レジへ向かったのである。
ところが、イヤな予感は的中しその日のレジはまさにぴったりコメカミバンソーコーの担当なのであった。
コメカミバンソーコーは胃弱の人特有のオウド色の顔をヒクつかせ、そのわりにはカシャカシャカシャ
とかろやかにレジをたたくのである。
そして間もなく、トータルガシャンでみごと二千八百七十五円と、規定額を二百七十五円も上回る
好成績がレジスターに表示された。
しかし、コメカミバンソーコーは例によってここでも実にあっけなく堂々としらばっくれているのである。
そこでおれは、またしらばっくれられたらイヤだなあ、と思っていた矢先なので、ついついウロタエて、
「あの、えと、あのう……」などと口ごもっているうちに、おれのうしろにいたライトヘビー級クラスの
おばはんに、ぐぐっぐぐぐっとプラスチックのカゴで押され、あれれれれと思う間にレジの外に
つきだされてしまったのである。
「あの、えと、あのう……」と、おれは再び口のなかでモゴモゴ言いながら、
あわててふりかえると、すでにコメカミバンソーコーは早くもつぎのライトヘビー級おばはんのカゴ
の中に手をつっこんでおり、レジスタもかしゃかしゃと鳴りはじめているのである。
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