99.10.31作成
先日発生した東海村での臨界事故や、新幹線のトンネルや高架橋のコンクリート落下事故等、
「安全」と言われてきたものが「不安」へと変わってきています。
日頃の信頼を裏切る結果となったこれらの事故は社会に大きな影響を与えると同時に、「安全
管理」という定義を問いかける事故でもあったように思います。
というわけで今回のお題:
「安全」とは何?
東海村のウラン再処理施設で発生した臨界事故は、「原子力の安全性」に大きな一石を投じ
様々な批判がでていることは、ご承知の通りです。
作業効率をよくするために手順の見直しを行うことは必要なことであり、生産性や利益を求める
為には永遠の課題とも言えるでしょう。
しかし、その為に「安全」が無視されているようでは本末転倒ではないでしょうか?。
危険物や危険な作業、特殊技能には、それぞれに資格や法律、法令が定められています。
例えば、1トン以上の物を運ぶフォークリフトを操縦する場合は、所定の講習及び技能認定を
修了しなくてはなりませんし、ガソリンスタンドには国家試験である危険物取扱責任者の資格を
持つ人がいなければならないとのことです。
これらの資格を持つ人は、それぞれ専門的な知識や技能を持つ方であることはおわかりだと
思います。その知識が会社の中で生かされ、日々の安全を作っていると私は思います。
では、東海村の今回の事故はどうだったのでしょうか?。
マスコミ各社の報道によると、事故発生当時に救急車の要請をしたとき、被爆したことは一切
伝えていないため、搬送に当たった救急隊員も被爆してしまいました。事故発生から数時間後に
自治体及び科学技術庁に報告がされ、情報が錯綜して住民に対する避難勧告は遅れました。
「ウラン」「原子力エネルギー」とは、「灯油」や「電池」のように簡単に扱える物ではないはずで
す。「灯油」や「電池」でも、使い方を誤れば事故につながるケースはいくらでもあります。まして
「放射能」という目に見えない危険をはらんでいる物質を扱っている事業所で、「臨界」に対する
知識がほとんど無いといった社員の証言には、驚きを通り越してむしろ唖然としてしまいました。
企業での安全教育とは一体なんでしょうか?。ただけが人を出さない、強いては労働災害を
出さない為だけの教育なのでしょうか?。
私は原子力発電に対して異議は唱えません。資源の少ない国である以上、現段階では最善
の方法だと思います。しかし、ただ原子力発電所を作り、その廃棄物処理方法についての問題
を先送りする姿勢には納得していません。「プルサーマル計画」にしても、高速増殖炉の研究・
開発のとん挫によって生み出された、いわば「苦肉の策」としか思えないのです。まして、今回
発生した事故で製造していた物は研究用のウラン燃料で、年に1〜2回しか稼働しないと聞いて
います。
私が一番残念に思うことは、「安全」を無視した作業工程がなぜ承認されたのかという点です。
「ウラン」という危険物質を扱う以上、その特性や危険性、安全確保の為に様々な論議があって
しかるべきだと思っています。まして、定められた作業工程を無視して「効率」のみを重視した
結果が今回の事故原因にあるとの指摘もあります。年1〜2回の稼働で、そこまで効率を重視
する必要性があるのでしょうか?。また作業員に対する安全教育は、どのくらい行われていた
のでしょうか?。
山陽新幹線のトンネルで発生したコンクリート片落下事故は、新幹線35年の歴史の中で、
最大の汚点であると私は思います。
開業以来、線路内での営業運転では無事故の記録を続けてきた新幹線は、海外でも高い
評価を得ています(夜間作業や駅での事故はありましたが)。専用軌道、コンピュータによる
集中制御、駅の防護柵、工法等、常に鉄道の最前線での最新技術を集めた「安全神話」が
今、足下から崩れてきています。
「鉄道ジャーナル」という月刊誌に「鉄道と共に50年」という齋藤雅男さんという方が執筆さ
れている連載記事があります。齋藤さんご本人は開業直後の新幹線総局(当時)に赴任され
開業当時のご苦労やエピソードなどをこの中で紹介されていました。その中の1節にこのよう
な文がありました。(記憶ですので、正確な文面ではありません)
「昼間は営業している鉄道路線でも、夜は単なる工事路線である。従来の路線(在来線)とは
違うことを各自が徹底しておくように。」
これは、夜間作業が終わらないまま運転を開始したため、軌道内(線路内)に人がいることを
聞き及んだ筆者が言われた言葉だったと記憶しています。このほかにも、トンネル内の風圧
を実体験した話や、雪害対策に苦心された話など、興味深いお話が沢山ありました。
このような経験や実績を積み上げて出来たのが冒頭にあった「安全神話」と呼ばれる物で、
決して最初からあったわけではありません。そして、その経験や実績などは次の世代にへと
受け継がれ、今日があると思っていました。
4年半前の「阪神・淡路大震災」で明らかになった欠陥構造の建造物を、私は思い出します。
本来あるはずのないコンクリートの柱の中にある空き缶や木片、指定以外の材料、基準を
下回る強度(厚さなど)・・・。更に検査体制や方法等、「公共物」の「安全」を確保するために
先人の作った技術や信頼を、コンクリート片の落下事故は無惨にも打ち砕いた思いがします。
更に追い打ちをかけるように、安全宣言を出したにもかかわらず、高架橋やトンネル内側壁
のコンクリートの剥離が発覚しました。JRは、「マニュアル通りの打見検査をしたが、側壁は
緊急検査項目の対象外だった」と言っていました。
公共交通機関として安全を担うJRとして、誠にお粗末な回答(言い訳としか聞こえない)で
あると同時に、JRは前の事故に対する経験は生かされていたのでしょうか。
双方の事故に共通して言えることは、どちらもある意味で「技術集団」と言える職場であり、
「公共の安全確保」に欠けている点です。
読売新聞の朝刊で、「技術屋の技術をコンピュータ化し、企業は技術者の養成をやめて
しまった。・・・・」とある記事を目にしました。また、ある日の同紙には「効率優先の落とし穴」
と、見出しがあるコラムを目にしました。
創意工夫はいいことですし大切なことだと思います。マニュアル通り完璧に行えたのなら、
それもいいことだと思います。しかし、安全性を欠いた効率化は破滅を招き、マニュアル以外
の作業はしないという事は単なる「お使い」であり、「技術屋の誇りの放棄」であると思います。
一歩間違えば大惨事になる事故だけに、マニュアルの整備は当然として、平時の点検や
訓練、異常発生時の機動力や対応力、決断力が求められます。
又、安全教育が徹底されていれば、東海村の場合は作業手順の遵守が、JRの場合は
マニュアルプラスαの点検がされていたのではないでしょうか。
「安全」を忘れたり怠った場合、信頼を失墜させ、回復する迄には大変な労力と時間を必要
とする事を、今回の両事件は教訓として残して欲しいと思いますし、同じ様な事故が繰り返し
起こらないことを祈りたいと思います。
最後になりましたが、東海村の臨界事故で被爆された方や、被害に遭われた方々に心から
お見舞いを申し上げます。