2000. 1.11作成
1月4日の読売新聞をご覧になった方はご存知と思いますが、一部雑誌に対する広告掲載を
当分の間見送る旨の記事が1面に掲載されていました。
憲法で認められている「表現の自由」と、失われかけている「モラル・道徳」とのせめぎ合いを
感じるような出来事です。
というわけで今回のお題:マスコミの公共性
読売新聞社の見解を要約すると、『学校教育や雇用機会均等法に於ける企業の配慮義務(
セクシャルハラスメント)、航空会社や公共施設(図書館など)で、過激な性表現を掲載している
週刊誌を外すといった対応を背景に、「性の商品化」とした週刊誌の広告を宅配している新聞
に掲載して良いか、掲載することにより新聞の品位を保てるか、という問題点に発って検討した
結果、読者保護と新聞の公共性及び品位を守るために行う措置』としています。
解説には、新聞協会の新聞広告倫理綱領に定められた基準を基に、広告内容を審査する事
になっており、抵触する広告に対しては表現の修正などを広告主に求めて来たが、先の雑誌に
対しては審査を通らず再三改善を要求してきたにもかかわらず、他紙より修正個所が際だって
多く、修正依頼に対しても応じないケースもあったとあります。その為の手段として、広告掲載を
見送るという手段になったとあります。
「性の商品化」に対しては賛否両論があります。私は肯定も否定もしませんが、公共性の高い
一般紙に対しては、このような広告を載せるべきではないと思います。否が応でも飛び込む広告
の力は強烈ですし、目を引くような構成になっていますから、教育上・倫理上問題は多分にある
と思いますので、私はこの措置に対しては賛成です。
ところで、「公共性」「品位」とうたっている新聞社が、自社が実質的に経営する球団を中心に
書かれる記事は「公正」なのでしょうか?。又、ニュース報道は果たして「中立」的立場で「正確」
に伝えられているのでしょうか?。
何年か前に朝日新聞社記者が、沖縄の珊瑚礁に落書きがされていたという「やらせ記事」が
あったことに端を発して以来、私は署名のない記事はあまり信用していません。報道されている
内容は総合的に判断していますが、「社説」や「解説」など報道機関としての主張・意見に署名を
入れた記事が増えてきてはいますがまだまだ少なく、同じ事柄を扱った政治記事でも、微妙な所
でニュアンスが違っていたり、方向性や解釈が異なっていたりすることが良くあります。
新聞に限らずマスコミ各社で報道する内容は、各社が責任を持っていることは解りますが、その
所在が曖昧なことについて、私は少し不満があります。昨年の某テレビ局が報道した、所沢市の
ダイオキシン問題についても一部内容を訂正はしたものの、責任については明確にされず、裁判
にまで発展しています。センセーショナル性や特ダネを狙う気持ちも分からなくはないのですが、
「中立」と「公正」を信条としなければならない報道機関が、一般市民に対する影響を与えることに
対する「責任」も、十分考慮して欲しいものです。
しかし、現状は視聴率や売上部数増加を狙った内容が目に付き、京都府で発生した小学生殺害
事件の取り上げ方や、マスコミ各社が昨年の某宗教団体幹部の出所を追いかけ、飛行機の出発
時刻を遅らせただけでなく、機内やバス移動の際にバンパーやタイヤ、運転席の前に迄陣取って
撮影し、果ては空中からヘリコプターまで飛ばして追跡する様に、どこにマスコミとしての「使命」が
あるのでしょうか。1月9日の「サンデーモーニング(TBS系)」に出演されていた方の言葉をお借り
すれば、問題になっている「週刊誌」と形こそ違えど同じ事をしているのではないでしょうか。
一番いい例が「ワイドショー」です。新聞の番組欄を見ると、週刊誌と同じ様な見出しが飾られて
おり、ほぼ同じ内容で小さな出来事をセンセーショナル且つ誇大に報じていたりする事もあります。
昨年の「サッチー騒動」しかり、女子アナウンサー写真集しかり、「知る権利」に対する要求を満た
していると言えば聞こえはいいのですが、「品位」を欠いた報道は単なる「のぞき見趣味」であり、
事件の特異性のみを強調して取り上げたのでは、「正確」性を欠いた片手落ちの報道ではないで
しょうか?。小さな出来事を誇大且つセンセーショナルに報じた結果、「サッチー騒動」の様に長期
もの間、直接関係ない人間までも巻き込んで悪者を作り上げたという悪印象だけが残っています。
人間関係に多少の衝突はあるわけですし、芸能人(有名人)だからと言ってプライバシーや私的
時間帯にまで入り込む権利は誰にもないはずです。まして特異な事件が発生した場合の一般市民
への取材に対しての配慮は十分に行わなくてはいけないと思うのですが、阪神淡路大震災・神戸
や今回発生した京都の事件では、顔こそモザイクなどで隠していますがほとんど考えていない様に
見受けられます。
このような番組を製作するのであれば、政治家のスキャンダルを追いかけて貰い、腐った政治家
を追放するようなキャンペーンを繰り広げて貰った方が世の中のためになると思いますが・・・。
今までもマスコミのあるべき姿について、様々な事件や事故がある度に論議されています。しかし
「喉元過ぎれば・・・」で又同じ事を繰り返しています。取材した記者やレポーター、ジャーナリストの
方達は、自分で書いた記事や行動について自分で責任を持っておられるのでしょうか?。
テレビ、ラジオ、新聞、雑誌、最近はインターネットによる情報発信も行われています。1月11日
朝刊には「タイム・ワーナー社」と「AOL」が合併するというニュースも飛び込んできました。マスコミ
というメディアも多様化している中、「真実の報道」「品位ある報道」「責任所在の明確化」が、日本
のマスコミの課題だと思います。