2000. 4.15作成
2000年に年が改まってもうすぐ4ヶ月。。この間にも様々な出来事がありました。その様な中で、私がふと思ったことを順不同で書いてみます。(なんのことはない、単にネタ切れだったりする^^;)
というわけで今回のお題:日々雑感(その1)
2000年、2000年と騒いだ割には何も起こらなかったように見える2000年問題。コンピュータの誤作動問題に端を発したこの事件(?)も、表面上は無事乗り切ったかのように見えます。しかし、細かいところではあちらこちらで「修正漏れ」が出てきている様です。例えば住民票の生年月日に「平成12年」と表示されるところが「明治33年」と表示されたとか、銀行のオンラインシステムに一部異常があったとか・・・。
更に、2月29日の問題はあちこちで大きな影響があったようです。とりあえず乗り越えたとホッとしたのもつかの間、オンラインシステムや気象情報等、生活に密着したところで大きなトラブルがあったようです。
2000年問題はまだ続いていることは企業の方はおわかりになっていたのでしょうか?。決算は、12月末を除いて年をまたぎます。手形などの決済についても年をまたいでいる物もあります(2000年対策のため、年をまたぐ手形を切らないようにしたところが多かったようですが・・・)。3月期決算は終わりましたが、9月期決算の会社もまだあります。更に2001年になったとき、コンピュータシステムは正常に稼働するかも、疑問視する声が一部にあります。Y2K問題はまだまだ終わりそうにないようです。
雑記帳の「マスコミの公共性」について、ある方からご意見を頂いたことに大変感謝しています。
現場の方からのご意見でしたが、現場と上層部、営業と製作で意見が色々あるようです。最終的には「視聴率」が優先されてしまうというつらさを伺い、何とも切ない思いがしています。日本人は、こんなに「デバガメ」的な所があるのかなぁ、流行に左右されやすいのかなぁ、等と考えてしまいました。
流行に敏感であってもかまわないのですが、「右に倣え」ではその人の良さが無くなってしまいます。メディアも同じで、様々な意見があって良いと思います。その主張を取り入れるかどうかは受け取る側の判断なのですから、「無難な物」「安全策」などといった報道姿勢より、積極的・建設的な報道姿勢を採るべきではないでしょうか?。
当然、プライバシーの問題も絡んできますが(この項は「マスコミの公共性」を参照して下さい)公人を扱う場合や事件の特異性など、ケースバイケースでの対応を十分考慮した上での報道に期待したいと思います。
連日、警察の「お詫び」「不祥事」が繰り返し報道されています。前にも書きましたが、教訓を「対岸の火事」としか見ていない「なわばり主義」がまかり通っている警察の体質改善は、遅々として進んでいないようです。
「民事不介入」「重要案件優先」「処理多忙」などと色々理由を付けていますが、「治安維持」だけでなく「助け」を必要としている人に対して行動を起こすのが警察の役割ではないでしょうか?。まして、捜査中の事件に対する引継忘れや告訴状の不受理など、言語道断です。現場第一線にいる警察官がいくらがんばっても上層部がいい加減なことをしているこの状態では、信用できないのが現実です。
ただ、スピード違反などの交通違反に対して「悪いことやっているやつらにいわれる筋合いはないから絶対認めない」と言う人がいますが、これは筋違いではないでしょうか?。悪いことは悪いことであり、その罰(反則金の支払いや減点)は受けなくてはならないと思います。まして、警察全体の信頼が崩れたと言ってもその原因は一部の警察官によるもので、全ての警察官が悪いわけではありません。そこの所をはき違えないで欲しいと思います。
小渕前首相が病に倒れ、森新政権が誕生しました。この時の「空白の22時間」は正否に対する国民の信頼を失墜させるに等しい物だと思います。
一国の頂点に立つ方の動向は、世界中が注目しています。なのに虚偽の発表を行うとは一体どういうことでしょうか?。 先日も、森首相の発言の中に、「一日の動向について云々」の発言がありましたが、ご自身の立場をわきまえた発言なのでしょうか?。また、石原東京都知事の「三国人」発言についても相当の抗議があったと聞いています。政治家がこの状態だから、この国はダメなのかもしれません。もっと自分の立場をわきまえて、的確且つ明快な発言を求めると同時に、実行力・指導力のある政府が出来ることを願いたい物です。
(でも、今の政治屋の顔ぶれを見ると、期待できないのが現実だなぁと私は思っています)
名古屋で起きた中学生の恐喝事件は、「やっと大きく取り上げられたな」という感しかありません。このような高額な恐喝事件はざらにはないにしろ、100万円単位でのこの種の事件は全国にあると私は思っています。
正直に言ってしまえば、加害者も悪いが、被害者にも「言われるままに出した」という悪いところがあります。1円でも取られれば恐喝は恐喝ですし、その時点で被害届なり告訴をすべきだと思います。警察や学校側の対応も不十分ですが、まわりにいた同級生も何故助けてあげなかったのか、不思議で仕方ありません。
確かに仕返しは恐いし、疑ってかかる教育には反対ですが、仕返しされたらそれに対する被害をしかるべき所に報告する、不審な点については調査するなどの対応措置が施せたのではないでしょうか?。また、加害者の親も、この異変には気づいてもおかしくはないのでしょうか?。教育現場などにいる第3者と違って、親子の関係にあるのですから、突っ込んだ話もできるはずです。まして中学生なのですから、物事の善悪については十分判断が出来ると思います。反対に言えば、それだけ「家族の対話」が少なかったことになるわけですから、親の監督不行届ということになると思います。
現在の少年法は、15歳以下は刑事罰を与えないことになっています。今、国会で改正する動きがありますが、私は賛成です。犯罪抑止力に対する効果は期待していませんが、「罪には相応の罰をも追って償う」精神を、幅広く適用してもらいたいと思います。それだけ重大なことをしたわけですから、当然のことだと私は思います。
被害者の親も、「金で済むなら」という感覚が何処かにあったのかもしれません。しかし、お金で全て解決するわけではないことを忘れてしまっては困ると思います。加害者も被害者も、大きな傷を負ってしまったことには変わりないのですがどう癒していくか、それはその人達の心がけ次第だと私は思います。
思いつくままに書いてきましたけど、どうも上手くまとまらない感があります。乱文の程、お許しを・・・^^;)。
このスタイルで書くと、けっこう色々書けそうな気がしてきました。とりあえず「その1」として、もしかしたらシリーズ化するかもしれません(って、最初からそのつもりだったりする^^;;;)。
何かご意見がありまあしたら、「みんなの雑記帳」にお書きいただければ幸いです。