はじめに
2003年の8月から,マサチューセッツ州のフラミンガムという所に住んでいる。ボストンから西へ車で約30分の所にある郊外都市。アパートの窓からは, 森に囲まれた綺麗な湖が一望できる。とはいえ,湖とアパートの間には,ボストンから伸びている幹線道路が走っていて,車の騒音がものすごい。 道路にはしょっちゅう森から迷い込んだ小動物が轢かれてしまっている。
アメリカへ行くという選択肢を思いついてから,実際に暮らし始めるまでにかかった時間は約5ヶ月。短期決戦だった。その間に, TOEFLを受け,カレッジの入学手続きをし,会社を辞め,アパートを引き払い,その際には大家と敷金返還の交渉をし,ビザ申請し, 航空チケットを取り,あらゆるものを解約したり休止したり転送手続きしたり。渡米の一ヶ月前には,実家に顔を出し,古い友人に会い,タイと山陰と京都へ遊びに行った。 人生の中でも最も慌しく過ぎた時期だった。ようやく渡米と相成り,ユナイテッドの機内からボストンの夜景が見えてきた時は,新生活への緊張感よりも安堵感の方が強かった。 これだけバタバタした挙句,最後の最後で飛行機が落ちたりしたら,この世への未練が強すぎて死に切れない。
当初は米国の大学院入学を検討したのだが,学力テストとTOEFL準備に一年以上かかりそうだった。正直,これらをクリアするまで 日本で勉強をしていたくなかった。丁度仕事が一区切り着き,周囲のいろんな条件が「今すぐアメリカに行き給え〜」と言っているようだったので (勝手な解釈なのだろうけど)すぐにでも行きたかった。行きたいものはしょうがない。その時点でのTOEFLスコアで行ける所といったら, 聞いたこともないマイナーなカレッジだけだった。それでも来てしまった。あーあ。
渡米に当たっては,いろんな人がアドバイスをくれた。ほとんどの人からは励ましを頂いたが,中にはネガティブな反応の人も居た。 心配して言っているのだ,と言いつつ,どうも見当はずれのアドバイスをくれる人もいた。こういう,人生の岐路っぽい決断に対してどんな 助言をもらえるかで,その人の価値観や性格や,その人にとって自分がどう位置付けられているかが判りますね。 一番へこんだのは,信頼できる友人だと思っていた人から「へーえ,よくやるねー」と言われた時。こういう時は大体,その後その相手とは 接点が無くなり,付き合いはほとんど無くなってしまう。
しかし,この反応が最も的を得ているのかもしれない。最低限のTOEFLスコアと金を捻り出せばできる程度の事しかやってないし。
会社勤めを経て,思いついたように留学する人は今時ありふれていて,頻繁に留学雑誌に「夢を実現しました!」とか言って出てきたりして。
しょせん「よくやるねー」と言われる程度の事でしかないのかもしれない。
一方で,これだけ多くの人間が突然日本を脱出したがるのだから,これが人間の自然な欲求だとも考えられる。ユダヤ人社会では10年に一度,
一年間の休暇を取ると言うし。その間は大学留学するもよし,世界一周旅行に出かけるもよし,何しても自由なのだそうだ。
(と,日本で語学講師をしていたカナダ国籍のジューイッシュに聞いたのですが,本当でしょうか。)
こうして,一生懸命自分の行動を正当化しながら,今のところアメリカ滞在を続けている。
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