サムライ・スピリット

12月5日に公開となった「The Last Samurai」を,公開一週間後に観に行った。
それほど期待はしていなかった。こちらでは,公開前には,「またまたトム・クルーズが一人で格好つけている映画」 と見られていたのだ。TVのエンターテイメントニュース番組には,トムばかりが出てきて,準主役の渡辺謙は,名前さえまともに紹介されない。 更にトムが「サムライとは。。。」なんて話すので,けったくそ悪かった。「でもまあ,せっかく謙さんも出るしな〜」程度の気持ちで観にいった。

だが,予想に反して,かなり感動してしまった。確かにストーリー設定はありえないし,サムライは必要以上にローテクだし(あの時代に弓矢で戦うか!?), ファンタジーだなあ〜とは思った。だが,クライマックスでは, 日本人としての誇りがずいぶん刺激されてしまった。「西洋の波をかぶっても,武士道魂は消せないのだ!」と,客もまばらなシアターで, 一人で意気高揚したりして。。。
日本で観るより,感動は倍増したのではないか,と想像する。

その後は,周囲の人達に勧めまくった。
コリアンのキムさんは,「今年観た中で一番!」「渡辺謙は最高だ」と言ってくれた。 日本人の女の子達も,「渡辺謙がかっこいい!!」と大絶賛していた。しかし,私が「『独眼竜正宗』みたいだったよね!」 と言うと,「それ知らない」と言われてしまったが。
モロッコ人の男の子は,「日本には今でもサムライがいるんだろう?」と聞いてきた。髷を結ったり 刀で戦ったりしないまでも,形式的にでも「サムライ部隊」のようなものが残っているのでは?と想像したらしい。
「今はもう居ないのだ」と答えることは,なんとなく寂しい。これだけ世界的に有名で, 日本人のアイデンティティに深くかかわっていると信じられているサムライなのに。私も,日本人であることを 自慢するかのように,この映画を喧伝しまくったのに。実はもう百数十年も前に, 日本人自らサムライとは縁を切ってしまったのだ。

今,こちらでは,戦隊ヒーロー物の「パワーレンジャー・ニンジャストーム」という番組が人気である。 オリジナルは日本の戦隊モノなのだが,キャストはすべて米国人に代え,ストーリーもかなり大胆に変えてある。 とても面白いので,毎週欠かさず観ている。
パワーレンジャー達は,「ニンジャ・キャッスル」にて,サムライ達による 訓練を受け,パワーレンジャーの免許皆伝となった,という設定になっている。
リーダーのグリーンは,メンバー中,唯一の正式の「サムライ」であり, レンジャー達を指導するのは,「センセイ」である。レンジャー達の人種は様々だが,皆,刀で戦い,センセイに対してお辞儀する。 センセイは,サムライ・スピリットは如何なるものかを語って彼らを諭す。レンジャー達は,時に仲間割れをしたり, 劣等感に負けそうになったりしながらも,センセイに導かれながら徐々にサムライとして成長していくのだ。
こんなに率直に,何のてらいも無く,サムライをヒーローとして伝える番組が,今の日本にあるのだろうか? むしろ今では,「侍魂」などと言うと,危険な奴と思われるのではないか?侍が居なくなってから以降,紆余曲折の歴史を経て, 武士道は危険で古臭い思想という見方が定着してしまっている。

もちろん,当時の制度・慣習すべてを復活させる事はとうてい出来ないし,サムライの全てが善だったわけでもない。 それでも,これだけサムライが世界的に有名になった理由は,やはり,サムライスピリットに 魅力的な一面があるからだ。ハラキリのグロさや,格好の奇抜さだけでは,子供達のヒーローにはなれないだろう。 よその国の子供が熱狂してくれるんだよ?これって,非常に誇らしい事だ。素直にそう思いましょうよ,と思う。

「The Last Samurai」で,日本人役者に「我々が何者であったかを忘れることはできない」と言わせたのは,アメリカ人だ。 ものすごいラブコールであり,日本批判でもある。「あなた達の独自性は,美質は何?」と問われている気がした。 日本側のスタッフや役者さん達も,それに応えて,ものすごく頑張ったのではないだろうか?その気合いが,スクリーン画面から ひしひしと感じられた。日本側が演出したであろう殺陣シーンには息を呑んだ。謙さんは完全にトムを食っていた。
シアターには,日系人らしきおじさんが一人で観に来ていた。何気無いシーンでも,やけに 頻繁に笑い声を立てる。なんとなく,「俺はこのシーンの意味がわかるんだぜ!」と 主張しているように聞こえた。やっぱりおじさんも誇らしいのだと思った。

サムライ魂に凝り固まる必要はないけれど,それに代表されるような日本人的資質は,確かに多くの日本人の中に備わっている。 海外の人達と接していると,ますますそれがくっきり浮かび上がってくる。それを「わずらわしい」と 消し去ってしまえば,それこそ,ただの薄っぺらい怪しい奴になってしまう。「危険思想だ」なんて 思考停止させないで,サムライスピリットを日本の特性の一面として,もっと素直に とらえる必要があるのではないだろうか。せっかく,「思想」などという高レベルの異質物の良さを,他国人が認めて くれているのに,それに対して車やアニメという製品だけを通して 接しようとするのは,さびしすぎると思うのだ。

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