霊感人間

「私のアパートにさー,幽霊が出るの」
女の子が話し出した。
夜,自宅のアパートのリビングで,ぼんやりしていると,ドアの隙間から, インディアン姿の男がこちらを伺っているのが見えた。 驚いて,それを凝視しようとしたのだが,その瞬間にインディアンは消えてしまったという。
「もう怖くってー,部屋のあっちこっちに十字架を置いたの。それからは,一応見なくなったんだけどお」
またいつ現われるかと思うと,怖くて眠れない,と言う。

彼女は,いつもの眠そうな目をしながら,平然と話す。平然と見せながら,だが,こちらの反応を伺っている様子がありありと見える。
「こいつは,どっちの反応をするか?」と。
私は,何とかして,彼女の話を信じるフリだけでもしようとするが,
「インディアンかあ〜。土地柄考えるといか〜にもやね〜」と,つい冗談めかしてしまう。
「それって,インディアンの格好をした生身の人間なんじゃないの?」と,彼女にしてみれば余計な半畳も入れてしまう。 私からすれば,幽霊よりも生身の人間のほうを怖がれよ,と言いたくなる。

私は,まるきり幽霊というものを信じていないので,幽霊体験談を聴く事は苦痛だ。 ところが,カレッジには,霊体験があるという子がやたらと居る。 幽霊らしきものを見た,金縛りにあった,幽体離脱を経験した,日中,目の前に異様な映像が見えた。。。
こういう霊感話が出ると,どう反応していいのやら,困ってしまう。本人達が真面目に語っている中に混じって, 「そんなもん,科学的な現象として説明がついとるやんけ」と,いちいち反駁することは憚られる。 おそらくそういう反駁は,「あなたのそんな霊体験など,面白くもないし,重要でもない」と言っているように聞こえるだろう。 大の大人相手ならいくらでもそうするのだが,相手がハタチ前後の子供だと,微妙に躊躇する。

「子供の頃から,何か変なものをしょっちゅう見てたんだけどー」
女の子は話を続ける。
「でも,気のせいだって思おうとしてたのー。でも,高校の時にね。。。」
あるきっかけで,自分が見ているのが本物の幽霊だと確信するようになった,と言う。

きっかけは,高校生の時,霊感の強い姉妹と知り合った事だった。この姉妹は,彼女の目の前で,何度も,二人同時に 霊現象に遭遇した。更には,彼女も,この姉妹と同時に,同じ霊を目撃したこともあった。
「だって,ほんとに同じ霊を見てんだよ。だったら気のせいじゃないじゃんね?」

私から見れば,その霊感姉妹は,相当に自己演出的で,あざとい姉妹だというだけだ。
その姉妹は,霊を信じる人にだけは,彼女達の「能力」について打ち明ける,と言っていたらしい。 その実態は,彼女達のあざといトリックに騙されてくれる人だけに話す,という事なのだろう。

「インディアンの霊っても,ちらっと見えただけなんでしょ?気のせいなんじゃない?」
「そうなのかなあ。。。でも,はっきり目は覚めてたから,絶対夢じゃないんだよ」
彼女は,「絶対」という言葉に力を込める。
「ここらへん,インディアンがいっぱい殺された土地だって聞くし。やっぱり本物じゃないかなって」

こういう人間であれば騙すのも容易だろう。起きて見る幻覚もあるのではないか?それが実在すると何故言えるのか? という考察が,彼女の中では抜け落ちている。

以前,自分は霊感が強いと思い込んでいる知り合いが居た。その信じ込み方はものすごく幼稚で, どんな現象も,その時点で原因がはっきりしないというだけで,幽霊の仕業にしてしまうのだった。
そして,明らかに,「それらの霊現象を感じる自分は,一般人より感受性が強い」と信じていた。それが彼女の 拠り所で,彼女は自分のアイデンティティをより確固なものにするため,日々霊現象話を量産していた。

インディアンの霊を見た,という彼女は,一応,「私が見たものは実在するのか?」と 疑ってみてはいる。疑い方は至って稚拙で,そのせいで霊現象を信じてしまうけれど。 しかし,「霊現象を感じる自分ってやっぱスゴーイ」 というような思考回路は持っていない筈だ。
かといって,彼女に,その現象を説明してしまうことは,やはり躊躇われる。

霊体験を実在しないものとして片付けてしまえば,その人の不安の出口を閉ざす事になる。
本気で悩んでいる事に対して,他人から,「気にするな,それはつまらない事なんだから」と,口封じをされる事は, 一番傷つく事の一つだろう。
彼女は明らかに幻覚を見ていて,その状態に苦しんでいる。幻覚を見る理由は私には判らない。 単に脳味噌の回路が上手くつながらないだけなのか。それとも,精神的ストレスによるものなのか。
それをはっきり見据えないうちに,「それは幻覚だよ」の一言で片付けることは出来ないな,と思う。

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