名所案内   全体マップは永安京周辺地図でご覧になれます

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<ア行>
化野(あだしの) 保津川(嵐山で桂川と名前を変える)上流の山間部は
 火葬場があり、また無縁仏の遺棄場でもあった。死体から金目の物を奪おう
 とする不届き者もいて、日没後はとても危険な場所である。 写真

嵐山(あらしやま) 嵯峨野の南の風光明媚な地区。桂川にかかる渡月橋
 で有名。紅葉の名所でもある。

泉殿(いずみどの)→院御所

一条戻橋(いちじょうもどりばし) 一条通りが堀川にかかる小さな橋。
 天皇の御寝所の鬼門であり、この近所に住んでいた陰陽師・安倍晴明が鬼神を
 隠していた場所としても有名。

院御所(いんごしょ) 別名・泉殿。池を中心とした美しい造りをしている。
 上皇が独自の政治基盤を持つために永安京の東・白河の地に新設したミニ内裏。

永仁庵(えいにんあん) 永安京を作った寛武天皇の菩提を弔うため、西京極の
 寛武天皇陵近くに建てられた草廬。皇室関係の僧侶が住む習わしになっている。
 現在は愛染尼が庵主。

宴の松原(えんのまつばら) 宴会場とは何の縁もない内裏の西側にある森林。
 内裏とちょうど同じ大きさをしている。都が造営された当時から伐採された
 ことがない。夕方ともなれば鳥が集まってきてなかなかに不気味である。
 なぜこんなものが内裏の隣にあるのかは不明。

延暦寺(えんりゃくじ) 永安京の東北(=鬼門)方向の比叡(ひえい)山中
 にある密教寺院。この山での殺生は厳禁。多数の僧兵を抱えている。

大豊神社(おおとよじんじゃ) 洛東にある小さな神社。神が火難にあったとき、
 ネズミが道案内して助けた故事により、この神社は狛犬ではなく狛ネズミが
 守っている。他にも狛鷹や狛猿もいる。 写真

大原(おおはら) 永安京からみて北北東の方にある盆地。現役を引退した人
 たちの住む庵が多い閑寂とした場所。鮎などを商う女系行商人の大原女(おお
 はらめ)でも有名。

巨椋池(おぐらいけ) 山科の南方にある巨大な湖。周辺地図外。

<カ行>
蚕ノ社(かいこのやしろ) 別名・木島坐天照御魂神社(このしまにますあま
 てらすみたまのかみやしろ)。境内に池があり、その水中にたつ三方鳥居は
 三つの鳥居を組み合わせた奇妙な形をしている。 写真
 祭神が製糸業にも関係する神様であるため、蚕ノ社と呼ばれる。

神楽岡(かぐらおか) 八百万の神々がこの地で神楽を奏したと伝えられる丘。
 吉田一族が神社(吉田神社)を建てて永安京の鎮守社とした。
 名物は冷飲料の甘葛(あまづら)。薫香のつなぎとしても使用される。

(かつら) 永安京の南西に広がる平野。元々湿地帯で田地として適しており、
 貴族の荘園として発達した。
 あるときは行商人、またあるときは流しの巫女、またあるときは遊女にもなった
 女系集団・桂女(かつらめ)の住む土地でもある。 

桂川(かつらがわ) 嵐山から永安京の南西部を通り鳥羽方面へ流れる川。
 写真

上賀茂神社(かみがもじんじゃ) 別名・賀茂別雷(かものわけいかづち)神社。
 永安京の主水源である賀茂川沿いに立つ、永安京最古の神社。雷神を祀る。
 細殿(拝殿)前に円錐状に盛られた砂(立砂)が有名。この砂を鬼門に置くと
 災いを避けられると言われている。この一帯には神官たちが多く住んでいる。
 写真

賀茂別雷(かものわけいかづち)神社 →上賀茂(かみがも)神社

鴨川(かもがわ) 永安京の東の縁を流れる川。鳥羽で桂川と合流して淀川と
 名前を変え、大阪湾に注ぎ込む。

賀茂川(かもがわ) 鞍馬の山中から南へ流れる川。永安京の主水源。糺の森で
 高野川と合流し、鴨川と名前を変える。

賀茂御祖神社(かもみおやじんじゃ) →下鴨(しもがも)神社

寛武陵(かんむりょう) 永安京を造った寛武天皇の陵墓。寛武天皇の本名・
 永仁(ながひと)から名をつけた永仁庵(えいにんあん)があり、皇室関係の
 僧侶が菩提を弔っている。 写真

祇園社(ぎおんしゃ) 別名・八坂(やさか)神社。疫病を司る神(牛頭大王)
 を祀る。「茅の輪(ちのわ)」という疫病よけのお守りを売っている。
 山鉾(山車)を引き回す夏の祇園祭でも有名。

貴船神社(きぶねじんじゃ) 永安京の主水源である賀茂川上流、鞍馬にある。
 水神を祀っており、日照りや大雨のときには朝廷から奉幣使(ほうべいし)が
 遣わされて、日照りのときは黒馬を、大雨のときは白馬を竜王ヶ滝に供えた。
 うっそうとした山林を有し、丑の刻参りでも有名である。写真

教王護国寺(きょうおうごこくじ) → 東寺

京極(きょうごく) 京の東西の外れ。西京極大路・東京極大路で洛中と洛外が
 わけられている。

鞍馬(くらま) 永安京の北方の山岳地帯。天狗が住むともいわれている。

木島坐天照御魂神社(このしまにますあまてらすみたまのかみやしろ)
 →蚕ノ社(かいこのやしろ)

<サ行>
嵯峨野(さがの) 永安京の西北西にある平野。この一帯は貴族たちの狩場
 であった。天皇家の別荘もある。

山陰道(さんいんどう) 都より日本海側を通って九州へつながる街道。周辺地図外。

山陽道(さんようどう) 都より瀬戸内海側を通って九州へつながる街道。周辺地図外。

下鴨神社(しもがもじんじゃ) 別名・賀茂御祖(みおや)神社。糺の森の中
 にある。賀茂別雷神社と同時期にセットで建てられた。
 朝廷の公式行事である葵祭(あおいまつり)が行われる場所としても知られている。
 写真

将軍塚(しょうぐんづか) 蝦夷討伐に功のあった将軍・坂上田村麻呂が都の
 守護のために自分の武具(一説には武人の土偶)を埋めさせた塚。
 京に危機が迫ると鳴動すると言い伝えられている。 写真

城南宮(じょうなんぐう) 朱雀大路を、羅城門を越えてさらに南下した鳥羽の
 地にある離宮。ここで桂川と鴨川が合流して淀川と名前を変える。
 河川を利用しての物品集積地でもあり、商人たちが行き来している。 写真

白河(しらかわ) 鴨川を挟んで永安京の東に開拓された上皇の拠点。
 別名・二条末。寺院が多く、中でも法勝寺の九重塔は有名。

真正極楽寺(しんしょうごくらくじ) → 真如堂(しんにょどう)

神泉苑(しんせんえん) 内裏の南東方向にある庭園。どんな日照りのときも
 水が湧いていたため、この名がつけられる。御霊会(ごりょうえ)や雨請いなどの
 儀式の他、管弦の宴や船遊びなども催された。 写真

真如堂(しんにょどう) 別名・真正(しんしょう)極楽寺。閻魔王宮伝来の
「結定往生之秘印(けつじょうおうじょうのひいん)」を配布している。 写真

朱雀大路(すざくおおじ) 朱雀門から羅城門までの直線路。幅48メートル。
 両側に柳の並木がある。朱雀大路に面して出入り口を作ってはいけないことに
 なっているので、左京区・右京区で行き来するときにしかこの道を横断する必要
 性がなく、人影はまばらである。夜ともなればもっと怖いとか。

朱雀門(すざくもん) 内裏の南側の門。この門から羅城門まで続く道が朱雀大路。
 朱雀門と羅城門は同じ大きさ、同じ形をしている。

<タ行>
大内裏(だいだいり) 内裏を中心に、貴族たちが政務を執り行う官庁街。
 南北方向にして永安京の1/3、東西方向にして1/4のスペースを占拠している。
 南北方向には各4つ、東西方向には各3つの門がある。

内裏(だいり) 天皇や后たちが暮らす御殿。

高野川(たかのがわ) 比叡から南下して糺の森で賀茂川と合流する川。

糺の森(ただすのもり) 下鴨(しもがも)神社を囲む森。賀茂川と高野川が
 合流して、鴨川と名前を変える場所。禊の場として神聖視されている。
 また、根の違う二本の木が上方で接合している「連理の榊(れんりのさかき)」
 が生えていることで有名(夫婦円満の象徴とされる)。

東寺(とうじ) 別名・教王護国寺(きょうおうごこくじ)。寺は置かないと
 いう永安京の方針から外れて作られた密教の寺。
 広い境内で毎月一回、市が開かれ賑わいを見せる。
 朱雀大路を挟んで左右対称の造りの西寺があったが、西寺は庶民の立ち入りが
 禁止だったので衰亡した。 写真

鳥羽(とば) 永安京の南部似広がる平野部。桂川と鴨川の合流部には城南宮
 がある。河川を利用しての物資集積地でもあり、軍事的にも要所とされる。

鳥羽の作り道 朱雀大路を南下し、鳥羽へ至る直線道。永安京造営の物資など
 を運搬するのに利用された。

<ナ行>
双ヶ丘(ならびがおか) 永安京の北西端にある丘。ふたつの同じような形の
 丘が南北方向に並んでいる。丘の上からは石室が発見され、古代に墓地として
 利用されたことがわかっている。 写真

二条末(にじょうのすえ) →白河

<ハ行>
比叡山(ひえいざん) 永安京から見て北東方面にある山。僧兵の拠点である
 延暦寺がある。 写真

藤森神社(ふじのもりじんじゃ) 永安京ができる以前からあった古い神社。
 日本統一に尽くした神功皇后を祀っており、武芸の護り神として信仰を集めている。
 年に一度、曲馬神事が行われ、牧場関係者の信仰も篤い。
 近くにある墨染の桜(すみぞめのさくら)で有名。この桜は死を痛む人の心を
 汲んで墨染(黒に近い灰色=喪の色)の花を咲かせるという。 写真

伏見稲荷(ふしみいなり) 全国の稲荷神社の総本山。奉納された大小の鳥居が
 林立し、奥の院まで続いている。名物はすずめの焼き鳥。 写真

船岡山(ふなおかやま) 永安京の北・紫野にある小高い丘。眺望がよく、
 この丘を基準にして朱雀大路の位置が定められた。つまり、内裏の真北にある。
 写真

法勝寺(ほうしょうじ) 白河にある密教寺院。高さ81メートルの九重の塔は
 永安京のどこからでも確認することができる。 写真

保津川(ほづがわ) 京の北西部を流れる川。嵐山で桂川となまえを変え、鳥羽
 で鴨川と合流して淀川と名前を変え、大阪湾へ注ぎ込む。

堀川(ほりかわ) 賀茂川の支流で永安京を通る細流。この川にかかる一条通り
 の橋が一条戻橋。

<マ行>
松尾大社(まつおたいしゃ) 桂川沿いにたつ、嵐山を背後にした神社。境内に
 「亀の水」という湧き水があり、この水を加えて作った酒は腐らないという。
 写真

紫野(むらさきの) 船岡山を含む永安京北部の平野。染料である紫草の産地。

<ヤ行>
八坂神社(やさかじんじゃ) → 祇園社(ぎおんしゃ)

山科(やましな) 永安京からみて東南東の方にある盆地。陶器や鍛治の里。
 また、銘酒の産地としても有名。

<ラ行>
羅城門(らじょうもん) 朱雀大路の南端、永安京と京外を分ける門。
 もっとも、永安京には周囲を取り囲む城壁はなく門の左右はいくらでも通り抜け
 られるので、関所の役にはたっていない。少なくとも人間にとっては。
 朱雀門と同じ形、同じ大きさである。

竜王ヶ滝(りゅうおうがたき) 貴船神社の奥の院にある滝。通常は立ち入り禁止。
 奉幣使(ほうべいし)が水神に馬を献上する場所。

<ワ行>