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ここでは、実際に私が行った事のある、名所や史跡・記念碑、お墓や資料館などについて書いてみます。
私が東京在住なので、おもにその辺のものが多いです。これからも順次増やす予定です。
***ここに載せてある写真などの転載はご遠慮下さいませ。***
1.お台場砲台跡 2.新撰組局長・近藤勇の墓所(北区滝野川) 3.土方歳三資料館 4.世田谷・松陰神社『幕末維新祭り』
今ではすっかり観光・レジャースポットとして定着したお台場。しかしここにも歴史の跡はありました。
もともとはペリー来航の翌年から、江戸湾の守りを固めるために、ここに砲台が作られたのが始まりで「品川台場」から
現在の「お台場」という地名になったのでした。砲台場は第1〜第7台場までが作られましたが(第4・第7は未完のまま終了)
現存する台場は第3と第6のみです。ただし、第6台場は立ち入りは出来ませんので、実際に見学できるのは第3台場のみと
なっています。公園として、キレイに整備されてますので、天気の良い日にここでお弁当を広げるのも良いと思いますよ。

中央の、陸地とつながっているのが第3台場。 第3台場から見た、第6台場。(奥のぼんやりした茂みがそうです)
左上の緑の五角形が第6台場です。

第3台場の略図。中央のベージュに黒の点々は「陣屋跡」。 陣屋跡に残る礎石。
右はじの上が「砲台跡」その左が「弾薬庫跡」、その下に
「かまど跡」(これは江戸時代のものではありません)
「弾薬庫跡」「弾薬庫跡」と続きます。
左の上部、2つの文字も「弾薬庫跡」と書いてあります。

砲台跡。 左の砲台跡から、もう少し北へ回り込んだところに、規則的に
しかしこれは、どうも観光用に作られたもののような… 石が並んでいるところがありました。こちらが本当の砲台跡なのかは
ちょっと分かりませんが、何かがあった跡と思われます。
第3台場から見た平成14年のお台場です。この先どう変わるのでしょう。
北区滝野川にある、幕末に京都で活躍した新撰組の局長、近藤勇の墓所のひとつです。
正式には彼が断首された後の、首の無い胴体が、ここに埋められたといわれています。
立て看板によると、明治9年に旧隊士で幹部だった杉村義衛翁(永倉新八)が発起人となり、造立されたそうです。
何で読んだのか、誌名を忘れてしまって残念なのですが、昔はナゼか、ここにお参りすると、カッケが治ると
言われていたそうです。なんでなんでしょ…?毎年4月25日に供養祭が行なわれているそうです。参加してみたい。

JR板橋駅前から見た、墓所です。 隊士の供養のために建てられた石塔です。
お買い物出来るところがあまり無いので、お墓参りの際は
写真が黒くて分かりませんが、中央の石碑正面には
事前にお供え物などを用意して行った方がよさそうです。
「近藤勇?昌・土方歳三義豊之墓」と刻まれています。
?部分は漢字変換が出来ませんでした。(涙)
でも近藤さんの名前は、正しくは「近藤勇昌宜」ですので
字が逆になっているようです。(しかも間違っている…)
墓所に置かれたメッセージボックス。中のノートには新撰組ファンの熱い想いが
書きこまれているのでしょう。
残念です…ヒジョーにおバカです…。カメラを持って行くのを忘れてしまいました…(涙)。
そのようなわけで、写真がありません。ごめんなさい。今度行ったら撮ってきます。
場所は日野市石田で、土方歳三さんの生家だそうです。(今は改築されて、昔の面影はわずかです。)
駅は多摩モノレールで「万願寺」駅、もしくは京王線「高幡不動」駅からも少し歩きますが、行けます。
気をつけなければならないのが、開館日時で、です。
入館料は300円。土方家のご自宅を改造して作って下さったような、ホント、フツーの民家の一室という
感じで、資料館には靴を脱いであがります。8畳ほどの和室の片面が、ガラスの陳列ケースになっていて、
その中に、土方歳三ゆかりの品々が並べられています。20人位が座敷にあがると、いっぱいになって
しまうので、そこで一旦入り口を閉めて、中にいる人だけに土方家の方が一通り説明をしてくれます。
10分程度の説明が終わると、次の20人と入れ替え、という感じです。
結構並ぶかもしれませんので、時間には、余裕を持って出かけた方が良いでしょう。
また、ある程度の予備知識を持って行かれたほうが、楽しいのでないでしょうか。
いままで本や資料集でしか見たことの無かったものを、目の前で見れるのは結構楽しいです。
ちなみに、「万願寺」駅からの出口がT字でふたつに分かれています。
左方向の、長い通路の方へ向かってください。私はまんまと右に行ってしまい、戻りました。ふぅ〜・・・。
行ってまいりました、今年(2003年)の幕末維新祭り。
場所は東京世田谷区を走る、東急世田谷線という路面電車の「松陰神社前」の商店街一帯です。
松陰神社の駅前から出店が並び、焼き鳥などの良い匂いが漂ってきます。その匂いをたどって行くと
松陰神社に着きます。(笑)
神社内ではフリーマーケットや、萩市、会津若松市の観光物産展、縁日のような屋台や寄席・囃子、
さらには野外劇まで上演され、なかなかの賑わいでした。

ここは境内にある、松下村塾(本物は山口県です) 2003年の幕末野外劇は『先生』というタイトルでした
お昼くらいからは、お神輿が出発。商店街や近隣の方々(たぶん)が威勢良く松陰神社を出てゆきました。
午後1:30〜3:00は『幕末の志士+奇兵隊パレード』があります。区役所を出発して松陰神社へ戻るルートなので
商店街近辺へ来るのは2:30くらいだったかなぁ・・・。皆さんボランティア・・・というか、商店街で毎年有志を
募集なさっているようです。
全体的に狭い感じなので、パレード待つ間など休憩できるところがあまり無かったのが、ちょっと残念でした。
物産展などは、なかなか盛況だったのですが、神輿なんかに比べると肝心のパレードが
やや寂しげな印象だったかな〜・・・。
せっかく応募者の方々がいるのに、「歩くのが恥ずかしそうだな・・・」とこちらが思ってしまうほど、
ぼやけた演出(先頭の音楽が小さく行列の最後のほうはシ〜ン・・・としてたり)なので、せっかくここまで
やるなら、も少し改善の余地アリかな・・・と思ってしまいました。好き勝手言ってすみません。(汗)失礼・・・。
印象としては、町内会のお祭りに「幕末維新」が乗っかった感じでしょうか。
物産展で買った地鶏の炭火焼とみかん、美味でございました。また来年も行ってみよ〜っと。