人物当てホームズ

ホームズのモデルはドイルの恩師であるジョゼフ・ベル博士であると言われていますが,ベル博士は患者と対面してその人の職業や特長を言い当てるのが得意だったということです.ホームズ物語の中にもホームズが訪問者を見て何も聞かないうちから相手の素性を言い当てるくだりがたくさんあります.このページではそういう部分について楽しんでみましょう.文章はすべて延原謙訳から抜粋してあります.
「冒険」より「ボヘミアの醜聞」(new 02/05/20)
「思い出」より「グロリア・スコット号」(update 02/06/11)
「バスカヴィル家の犬」より「モーティマー博士」のくだり(new 02/06/11)
「帰還」より「美しき自転車のり」

「冒険」より「ボヘミアの醜聞」
(new 02/05/20)
(1)ワトソンと久しぶりに会って,
「それで,また開業したらしいね.僕はそんな意向のあることなど聞かなかったぜ.」
(2)続いて
「わかるさ.推理でわかる.近ごろ君は雨にあってズブ濡れになったし,君のうちにはひどくそそっかしい女中がいるなんてこともわかるが,どうだ?」
(根拠,感想)
(1)「ヨードホルムの臭いをプンプンさせ,右のひとさし指に硝酸銀で焦けた黒い痕があり,さもここに聴診器をいれていますといわぬばかりに,シルクハットの一方を膨らませた紳士が入ってきたんだ.」これは誰でもわかりそう...ホームズ小説では,ホームズの理論強さを強調するあまり,ワトソンが非常にあたりまえなこともわからない,というような記述が時々あり,ワトソンファンにとってはちょっと気になるところではある.しかし,1980年代に作られたテレビドラマのシリーズではワトソンは明敏さを見せているのがうれしい.(原作のホームズのせりふをいくつかワトソンが発言しているのだ.)
(2)「君の左の靴の内側の,ちょうどその暖炉の火の照りはえている場所に,ほぼ平行な疵が六本見える.これは明らかに,靴底のふちにこびりついたどろをかきおとそうとして,そそっかしい者がつけた疵だ.そこで,二つの推理が抽きだせることになる.君が悪天候のとき外出したことと,君のうちの女中がロンドンきってのやくざ女だという二つのね.」これは言われてみればなるほど,という感じ.

「思い出」より「グロリア・スコット号」(update 02/05/20)
(1)トリヴァ老人に「わしはどうです?」とせっつかれて
「そうですね。大したこともわかりませんが、あなたはもしや今から十二ヶ月以内に、ある人から襲撃されそうで、びくびくなすったことがおありじゃないでしょうか?」
(2)「それだけかな?」と言われて、
「お若いとき、かなり拳闘をおやりでしたね?」「よほど採掘のほうをおやりでしたね?」「あなたはニュージーランドにいたことがおありのはずです。」「日本へいらしたことも」「そしてJ.Aの頭文字の人と大変親密な関係がおありでしたが、その後はその人のことを忘れてしまいたいと努めていらっしゃいます。」
根拠、感想
本文中に解説があるものは,次の通り.
(1)鉛を仕込んだ新しいステッキを持っていたから.
(2)健闘←耳がつぶれているから
採掘←手が非常に発達していることから
J.A.←腕にそのイニシャルの刺青がしてあるが,刺青を消そうとした後が見受けられることから.
私が気になるのは「日本へ来たことがある」という判断について。この小説の発表は1893年だが、シャーロックが学生時代と言う設定だから、それよりも随分前の話のはずであるが、たとえば15年前だとしても1878年。西南戦争のことということになり、そのころ日本を訪れたイギリス人ということになると、それがどのようにして分かるのか。と自然な疑問がおこります。家に浮世絵が飾ってあった、とか、そういう明らかな理由ならばよいのですが、トリヴァ老人は「無教養」とワトソンに表現されるほどの人で,家にそういうものが飾ってあるとは思えない.それ以外のどのような理由があり得るのか、よくわからない.とくに,グロリアスコット号の事件は1855年に起こっており,これは黒船来襲の2年後と言う時期だ.トリヴァ老人が日本にいたのは,あるいは江戸末期だったかもしれないし,さて、なんなのでしょうか。 -------
その後,よく読みなおしたら,わかりました.トリヴァ老人の家には「日本箪笥」が置いてあるのです.彼の遺書は日本箪笥に隠されていました.本文にも日本箪笥という言葉が2回出てくるのに,これを見落としていました.

「バスカヴィル家の犬」より「モーティマー博士」のくだり
(1)客の忘れ物のステッキを見て,まずホームズはワトスンに推理してみろと言う.ワトスンの推理.
「モーティマー博士は相当の年輩の,評判のよい,よくはやる医者だと思う.というのは知人たちからこうした感謝の贈りものを受けているところから見てだがね.」
「それから開業地は田舎で,回診のため日常テクテクと非常によく歩く男だということもおそらくいえるだろう.」
「つぎにまた,「CCHの友人たちより」の解釈だが,僕は何かの狩猟会(Hunting)か何かじゃないかと思う.その地方の狩猟会の会員たちが,治療上とくべつの好意を受けたため,感謝の意をこめて,ちょっとした記念品を贈ったというようなことじゃなかろうか.」 (2)これに対するホームズ(あいかわらずワトスンのことを一言けなしておいて,)
「ワトスン君,気のどくだが,君の下した結論は大部分間違っているよ.(ワトスンがかわいそうなので中略)なるほどモーティマーという男は田舎医者には違いあるまい.そしてテクテクとよく歩くというのも事実だ.」 「医者への贈りものと言えば,狩猟会からというよりも病院(hospital)からと考えたほうが自然で無理がないよ.そこまで考えてくると,頭につけたCCはチャリングクロスじゃないか,とすぐ頭にうかんでくる.」 「そうした贈り物をするというのは,どんな場合にもっともありがちなことだろうか?いうまでもなくモーティマー博士が病院づとめをやめて,自身開業しようというときだろう.(中略)このステッキはその際の記念の贈り物だと推定することに,大きな無理はあるまい.」 「さらに推理の歩をすすめれば,彼は病院にはいたけれど,幹部の位置にいたのでは決してない.(中略)そしてステッキの日付によると,かれが病院を退いたのが5年前だ,(中略)心に浮かぶのは,まだ三十にもならない人好きのする,青年の野心なんか失ってしまった,うっかりものだ.そして犬を1匹かわいがっているが,その大きさはテリヤよりは大きく,マスティフよりは小さいとだけ,ぼんやりいっておこう.」 (3)ワトスンは医師録を取り出して調べてみると,なるほど,ホームズの言っていたほうがおおむねあたっている.
ワ「犬のことはどうしてわかったんだい?」
ホ「犬はこのステッキをくわえてお供をする習慣になっている.ステッキが重いものだから中央をしっかりくわえるとみえて,みたまえ歯形がはっきり見える.歯形と歯形の間隔から考えて,テリヤにしては大きすぎるし,マスティフにしては小さすぎる.そうだね,まあ毛の縮れたスパニエルというところかな.」 (解説)
このくだりを読むたびに,「狩猟会」に思いが行ってしまったワトスンを残念に思うのは僕だけかな.ちなみに,(3)で「毛の縮れたスパニエル」と妙に断定的にいうのは,作者から読者への引っ掛けで,ホームズは歩き回りながら,玄関先にたたずんでいるモーティマー氏と犬を見ながら言った,というおまけつき.
また,モーティマーは「博士」ではなく「王立外科医学協会の準会員」であり,チャリングクロスをやめたのは結婚したため,というホームズの読み落ちをつけているのもとてもドイルの茶目っ気といえましょう.

「帰還」より「美しき自転車のり」
(1)まず,ホームズはヴァイオレット嬢に椅子を勧めて
「少なくとも健康上の問題ではありませんね.あなたのように自転車に熱心な人なら,元気旺盛なはずですからね.」
(2)彼女の手を取って,
「タイプライターと間違えるところでしたよ.これはむろん音楽です.」
(根拠,感想)
(1)靴底の横が自転車のペダルの端で擦れて,少しざらついている,というのがその根拠.健康上の問題云々はその人の血色とかみればわかる,とも言えるが,私はやや根拠にかけると思う.靴の脇が擦れると言うのは,今でも見られる現象だが,本当に日常から自転車に乗り付けている人でないと,こうはならないと思う.
(2)指先が箆(へら)状になっている,というのと,顔にどこか精神的なものが現われている,というのがその根拠.これは二つ目の理由(つまりどうしてタイプライターでないか)がやや苦しい.たぶん,指先のことを書いた後,「花婿失踪事件」を思い出し(メアリー・サアランドはタイプライターだった.)苦しみながらも付け加えたように思う.個人的意見だが,タイプライターとピアノでは指の使い方が違うので,たぶん筋肉のつき方が違うと思うのだが,今やタイプライターはパソコンのキーボードにとって変わってしまった.それでも,ピアニストの指と言うのはどことなく違うもので,プロであるならば、多くは非常にふくよかながらも筋肉に無駄がない,張り詰めた感じの手だと思う.女性の場合,爪を見てピアニストだとわかる場合もある.また,ピアノ以外の楽器をしている場合はどうかということになると,専門家の意見を伺いたいところだ.しかし、「音楽教師」を指から当てるというのは現在では不可能に近いと思う。もっとも、ピアノをかなりやっていた女性の指は根元が太くなる傾向にあると言われているので、それで分かる場合もありそう。