1年たって・・・
お待たせしました。更新が止まってから1年2ヶ月ですね。
すでに見る人もいないかも知れませんが、一応報告します。
僕にとっても、よく解らないうちにいろいろなことがありました。
とにかく僕に言える事は、Kooはもういません。
残念ながら、病魔に勝つことは出来ませんでした。
更新が滞ってからのことを書きます。
4月末になっても熱が下がらず、容体が安定しません。
4月29日、自発呼吸困難となり、会話も厳しくなりました。
そして5月3日。いつものように病室に行くと・・・
そこにクーの姿はなく、それどころか荷物の一切が無い・・・
家族に連絡すると「お客様の都合により、かかりません」。
不安に思って家に行ってみると誰もいない様子でした。
車も無く、雨戸が閉まっている・・・。
家の電話も呼び出し音のみが鳴るばかりでした。
次の日も、その次の日も、帰って来ませんでした。
ゴールデンウィークだとは言え、クーを連れてどこかに
行くとは考えにくいし、転院の可能性を信じて待ちました。
毎日電話をし、毎日クーの家に行きました。
1週間たっても何の連絡も無いし、家にも帰ってきません。
2週間・・・3週間・・・
ノイローゼになりかけていました。
そして6月に入り、ようやく電話が来た。
電話はクーのお父さんからだった。
思わず電話に向かって怒鳴ってしまった。
「どこにいるんですか!連絡くらい下さいよ!」
お父さん「ごめんなさい。今、岐阜にいます。
クー(名前)は亡くなりました・・・・」
とにかく居場所を聞き、電話を切って翌日岐阜へ。
どうやらお父さんの実家らしかった。
そこでクーにようやく会えた。
写真のクーはすごく綺麗な笑顔で笑っていました。
詳しく聞いてみると、亡くなったのは5月15日ということでした。
結局、5月3日のお昼に先生から
「もう助からない」ということを言われ、
「それなら最後は家族で過ごそう」ということになったようです。
岐阜はお父さんの実家で、クーもその風景が好きだったらしく、
そのまま岐阜の病院に転院手続きをとって
急いで行ったということでした。
お父さんは5日付けで会社を辞め、
お母さんは少し精神的に参っていたようです。
クーは、岐阜の病院で息を引き取ったということでした。
クーからの手紙をもらいました。
こんなことになった“謝り”と、今までの“感謝”
病魔に対する“憎悪”と“悔しさ”が書いてあり、
「このことをHPに載せるのは1年待って欲しい」
ということがありました。
皆さん、ごめんなさい。
今まで、いろいろとメール等もらった時に
「クーが生きている」ように振舞ってしまった。
本当にごめんなさい。
このHPは、とりあえずまだ残しますが、
これ以上書くことは何もありません。
掲示板を使えるようにしますので、
何か聞きたいことなどあったら遠慮なく書き込んで下さい。
可能な限りレスします。
最後にクーからのメッセージを。
“みんなへ”
ごめんなさい。やっぱり勝てなかった。
勝ちたかった。勝たなくちゃいけなかった。
悔しいけど・・・・
みんなに会えて嬉しかった。
すごく応援してくれたし、励まされたよ。
私は死にません。
何人かの心の中に生きています。
なーんて、ドラマみたいなこと言ったりして(笑
でも、みんなの心の中に入れてもらえたら嬉しいな。
ずっとじゃなくてもいい。
少しの間でも。ほんの少しの隙間でも。
どうもありがとうでした。
これからもよろしくね!

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