中古CD情報 その14
タ イ ト ル: Tuesday Night Music Club
アーティスト: Sheryl Crow
購 入 店 : ブックオフ
購 入 日 : 2004年1月
価 格 : ¥350
日本人でポップミュージックを歌う人々にとって、
戦後から今に至る歴史の中で、連綿と続いてきた最大級の課題は、
英語をどう自分の歌に取り入れるか、ということだったのではないでしょうか。
これはもちろん、翻訳してしまう、という取り組み方も含めてのことです。
ごく私的なポップミュージック史(つまりリスナーとしての私にとっての歴史)の中には、
この英語に対する取り組みという点に関して、エポックメーキングな出来事が二つあります。
ひとつは、竹内まりあの登場。
もうひとつは、サザン・オールスターズの登場です。
くどいようですが、これ、あくまでも「私にとっての」という但し書き付きの話ですよ。

竹内まりあが「戻っておいで・私の時間」でデビューしたとき、
なんだ、こりゃ? と思った日本人が多かったんじゃないでしょうか。
歌詞の半分くらいが英語で歌われていて、私は正直言って拒絶反応がありましたね。
ところが、今この曲を聞くと、おとなしい曲なんですよ。
その、英語の取り入れ方、ということに関してですよ。
今じゃ、この程度英語を混ぜて歌うのは、もう当たり前。
むしろおとなしいくらいに感じちゃうんだから、
人間の感覚なんて、どんどん変わって行っちゃうものなんですねえ。
しかし、この「戻っておいで・私の時間」は、日本語と英語のコラージュに過ぎないんですね。
日本語の部分は日本語らしく、英語の部分は英語らしく歌われています。
そいつをぶち壊したのが、サザン・オールスターズでした。

サザン・オールスターズの歌は、もう、日本語が日本語らしく聞こえなかったのです。
日本語と英語の歌詞が混じり合っていて、どこまでが日本語で、どこからが英語なのか、
聞いていてもすぐにはわからない、というふうでした。
私はサザン・オールスターズのデビューアルバムを聞きながら、
そうそう、こういうふうに歌の中に英語を取り入れて欲しかったんだよ、
と、思ったものです。
ただ、桑田圭祐は詩人でありすぎた、というか、もちろんこれは良いことなんですが、
そのせいで、日本語を完全に解体しちゃうことは、出来なかったように思います。
たとえば、「砂まじりの茅ヶ崎」という歌詞。
これは日本語の通常の文脈としては、解体された、と言っていいと思いますが、
むしろ古典的ともいえるくらいの、美しい詩の態を為していますよね。
でも、やっぱり、サザン・オールスターズは日本語を解体する方向性を示したのですね。
現代の、日本のポップミュージックの歌い手たちは、その方向性を受け継いで、
多かれ少なかれ日本語を解体して歌っています。
しかし、この日本語の解体ということに関しては、
サザン・オールスターズの専売特許だったわけではありません。
進歩的な人々は、既にいろんな実験をやっていました。
そういう土壌の中で、サザン・オールスターズが生まれてきたのですね。
そして現代。
日本語を解体して、それを英語のように聞こえる国籍不明の言語に組み立てなおす、
というポップミュージックのひとつの流れは、完成したように思います。
そのひとつの表れが、このコーナーでも何度か取り上げてきたラブ・サイケデリコです。

彼らの歌を聞いたことのある方はすぐわかると思いますが、
もう、ね、日本語を歌ってるとは思えないですよ。
でも歌詞カードを見ると、日本語のほうが断然多いの。英語より。
それなのに、日本語には聞こえないんですよ。
すごいことです。
んで、このラブ・サイケデリコの日本語解体への取り組みはわかったけど、
音楽的ルーツはどこにあるんだ、と、いつも思っていました。
とにかく、かっこ良すぎるんですよ。全く何も無い所から生まれてきたとは、どうしても思えない。
このサウンドが、ひとつのロックグループとそのプロデューサーのチームから、
インディペンデントに生まれることはあり得ないだろうと思ってました。
このコーナーでもそれについて書いたこともあったんですよね。
それが、やっとわかったんです。
え〜。
つまり、ここまでは「マクラ」なんですよ。今日紹介するCDの(笑)
なが〜いマクラですよねえ、我ながら。
なんだか、柳家小三治みたいになってきましたね。
ラブ・サイケデリコのサウンドのルーツは、この、シェリル・クローだったんですねえ。
私も、シェリル・クローという存在を知らなかったわけじゃないんですよ。
ヒットチャートにもたびたび登場するし、
このあいだは、「i am sam 」という映画のサウンドトラックで、
ビートルズの曲をカバーしていて、すごくいい感じでしたからね。
このアルバムを買うきっかけになったのは、9曲目に入っている「All I Wanna Do」が、
今だにラジオでしょっちゅうかかるからなんですよ。
このアルバム、1993年の発売ですから、もう10年前なんですよね。
それなのに、アルバムトラックのこの歌がいまだにラジオでかかる。
「All I Wanna Do」、それぐらいかっこいいです。
しかし、それにしても、やっぱりデビューアルバムって、良いんですよねえ。
このアルバムは、彼女のデビューアルバムなんですよ。
デビューアルバムが最高の仕事だ、というアーティストっていっぱいいますよね。
セックス・ピストルズみたいに、デビュー・アルバムしか発表しないで、
そのアルバムが伝説的アルバムになっちゃう人もいますからね。
デビューアルバムを超えられないかもしれない、というのは、
アーティストにとって、恐怖のジンクスなんじゃないでしょうかね。
シェリル・クローがデビューアルバムを超えられているか否か、は私には良くわかりません。
でも、このアルバムは、ほんとうに、いいですよ。
このアルバムは、以前紹介した、ザ・バンドの「Music From The Big Pink 」と同じように、
手作りで作られているんです。
楽器も、デジタル物は使っていないんじゃないかな。
わたしゃ、ほんと、こういうサウンドが好きなんですよね。
そして、ラブ・サイケデリコが、このアルバムに強く触発されてデビューしたのも、うなずけますね。
彼らは、このアルバムを完全に消化して自家薬籠中のものしています。
たいしたものです。
キャロル・キングの所でも話しましたが、
荒井由実が、キャロル・キングの「つづれおり」を自家薬籠中のものにして登場したのを思い起こさせられます。
「パクる」というのは、こういう風にやってもらいたいものですよね。
でも、まあ、音楽を商売にするってのは大変なことなんでしょうねえ。
あのパクリの王者、ビートルズだって、盗作裁判で負けていますからねえ。
あ〜、音楽を商売にしてなくて良かった。
つづく