*********************************

 いつかあの道

****************************** ICHI




小学校の低学年の頃のことです。

夏休みに、京都にある父方の祖父母の家に、静岡から遊びに行っていた私と弟は、
お寺で咲く蓮の花の話を、祖母から聞きました。

その花は水の上で咲く、とても大きくてきれいな花で、しかも開花のときには、
「ポンッ」
という鉄砲のような大きな音をさせるというのです。

私と弟は、その見たこともない珍しい花の話にすっかりわくわくしてしまい、
「おばあちゃん、そのお寺さんに行って花が咲く所が見たい!」
と、朝が早いからと渋る祖父母に必死になってお願いし、
とうとう次の日、早起きして見に行くことになりました。

そのときはまだ小さかったのでわからなかったのですが、
祖父母の家は嵯峨の少し山の方に行った所にあって、
「蓮の花の咲くお寺さん」
というのは、今思えば天竜寺だったのではないかと思います。

次の日、眠い目をこすりながら、まだお日様が少ししか顔をだしていない竹林の遊歩道を、
祖父母と弟と四人で歩いて行きました。
蝉が「ジワジワ」と鳴いていて、すーっと息をすると、
朝独特の少しひんやりとした澄んだ空気の中に、竹と土が混じった匂いがしました。

いつもと同じように息をしているのに、
なんだか身体の中に空気がたくさん入ってくるような気がして、
「おばあちゃん。いい匂いがするね」
と、弟と一緒にはしゃぎながら、大袈裟な素振りで深呼吸を何回もしました。
祖母はそんな私達を見て、
「はあそうや、これが嵯峨の香りなんえ」
と目を細めて、嬉しそうな顔をして答えました。

結局その日は、開花の瞬間には間に合わず、咲いた後の蓮の花を見て帰ってきました。
その後も、何度はりきって行っても、鉄砲のような音は一度も聞くことはできませんでした。
でも、
「美しい景色の中を朝早く散歩して、思いっきり深呼吸をした」
それだけで、なにか特別ないいことをしたような気がしたのを憶えています。

その後、祖父が亡くなり、
祖母は一度静岡にきて私達と過ごした後、長崎の叔父の家で暮らしはじめました。



そして、私が高校を卒業する頃、
父が家族と離れて暮らすことになってしまったのです。
そのときの母の心労は大変なものでしたが、
祖母はばつが悪かったのか、母に対しとても冷淡な態度をとり続けました。
残したままの荷物さえ、自ら取りにくることはありませんでした。



やがて父も他界し、私も結婚して子供が産まれましたが、
最後に母に冷たくあたった祖母のことは、今でも許せない気持ちでいます。

しかし、たまに早起きをしたときに、あの朝独特のひんやりとした香りを嗅ぐと、
「ああ、あのときの香りがするなあ」
と、子供の頃に四人で蓮の花を見に行った時の事を思いだすのです。

大人になった私の気持ちとは裏腹に、思い出は楽しいまま刻まれていて、
なんとも言えない複雑な気分になります。
でももう一度、澄んだ空気を思いっきり吸うと、
なんだか楽しかった思い出をそのまま受け入れられるような気もするのです。

いつか子供に、あの竹林の小道を歩きながら、
「ママが子供の頃、ママのおばあちゃん達とこの道を通って、蓮の花が咲くところを見に行ったんだよ」
と、目を細めて笑う祖母の顔を思い出しながら語る日が来るのかもしれません。



みんなで作文トップページへ戻る