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太鼓橋のある町 2
**************************** 桃戸 千
第一章 晶 子
晶子は小学校に入学して間もない頃から不登校児だった。
食も細く、やせっぽちで青白い顔をしていた。
なぜ不登校になったかは、あまり覚えていなかった。
というよりも晶子はその頃の記憶が殆どなかった。
学校でどんな勉強をしたかとか、友達とどんな遊びをしたかとか、
誰もが持っていそうな記憶が全くなかったのだ。
とにかく学校に行かずに田んぼの畔にしゃがんでいたり、
誰もいない家のなかでただ一人テレビを見ていたり、本を読んだりしていた。
晶子の背丈ほどの本棚にぎっしりと詰まっていた本を、
端から端まで何度も何度も繰り返し読み、
それに飽きるとテレビを見る。毎日がそんな風にすぎたように思う。
テレビを見るといっても、子供はたいてい学校に行っている時間だから、
アニメや幼児番組などは放送されていなかった。
いわゆるお昼のワイドショー番組をただ流しっぱなしにしていた。
その頃頻繁にテレビで発せらていた言葉を、晶子は一つだけ記憶している。
『蒸発』というと皆さんは何を連想するだろうか。
その頃テレビで取り上げていた『蒸発』とは、液体が気化するそれではなく、
人間がいなくなるという意味で使われたものだった。
夫婦げんかのすえ、家庭にいるのがいやになった夫や妻、
親との確執から家をとびだした思春期の若者たち。
そうして行方知れずになった人のことを、当時「蒸発者」と呼んでいた。
そして、その家族が行方を捜し、戻ってくるよう呼びかける、
というような形式の番組がお昼のワイドショーの目玉になっていた。
なぜ幼かった晶子がそんなことを覚えているのか。
それは晶子の母親がその当事者になってしまったからだ。
父との仲がうまくいかなくなった母は、たびたび幼い晶子を置いて家出をした。
そのたびに、困った父は知り合いに晶子を預けて仕事に行った。
父は当時レストランを経営していたが、それもあまりかんばしくなかった。
預けられた先で、
「かわいそうにおかあさんが『蒸発』しはったんやって」と、
なんど聞かされたことだろう。
一体 大人というのは、小さい子供には、耳がないとでも思っているのだろうか。
それとも、この青白くやせっぽちの覇気の無い少女には、
大人の話を理解する能力など無いと思っていたのだろうか。
すぐそばに晶子がいても、平気でそんな話をした。
おかげで晶子は『蒸発』という言葉の持つ意味をすぐに理解してしまった。
晶子の母は美しかった。ほっそりとして目が大きく色白だった。
おさない晶子はもちろん母を憎んだりすることは無かった。
むしろその美しい母が自慢だった。
ただ、母のいない日々の悲しみが晶子から感情を奪っていった。
そして母の記憶もその頃の記憶も少しずつ消えていった。
母がどれくらい姿を消していて、どれくらいそばに居てくれたのか。
母との生活がどんなものだったのか、晶子にはまったく記憶がないのだった。
母を慕う心、甘えたいという子供らしい感情を麻痺させることで、
壊れそうな心のバランスを必死で保っていた。
笑うことはもちろん、怒ることも、泣くこともない晶子。
大人たちは晶子を持て余した。
何をしても笑わない晶子を預かることをだんだん渋りだした。
晶子は一人っきりで父の帰りを待つようになった。
ただ、唯一父だけはいつも明るかった。
晶子も父といるときだけは、笑顔が戻った。
おおらかな父は、大きな暖かい手で晶子と手をつないで大声で笑った。
いつも晶子に得意の腕を振るって美味しい食事を作ってくれた。
晶子が一番好きなのは、レストランの残りもので作ってくれるハヤシライスだった。
「何が食べたい?」と聞かれると、かならず「ハヤシライス」と答えた。
父とハヤシライスを食べるとき、晶子は本来の子供らしさを取り戻せたのだった。
何度目かの、母の蒸発のあと、父の店は倒産した。
母はもう帰ってこなかった。
晶子は小学2年生だった。
町はもうすぐ、正月を迎えようとしていた
つづく
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