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 太鼓橋のある町 2

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 第一章  晶 子 



晶子は小学校に入学して間もない頃から不登校児だった。

食も細く、やせっぽちで青白い顔をしていた。

なぜ不登校になったかは、あまり覚えていなかった。

というよりも晶子はその頃の記憶が殆どなかった。

学校でどんな勉強をしたかとか、友達とどんな遊びをしたかとか、

誰もが持っていそうな記憶が全くなかったのだ。

とにかく学校に行かずに田んぼの畔にしゃがんでいたり、

誰もいない家のなかでただ一人テレビを見ていたり、本を読んだりしていた。

晶子の背丈ほどの本棚にぎっしりと詰まっていた本を、

端から端まで何度も何度も繰り返し読み、

それに飽きるとテレビを見る。毎日がそんな風にすぎたように思う。

テレビを見るといっても、子供はたいてい学校に行っている時間だから、

アニメや幼児番組などは放送されていなかった。

いわゆるお昼のワイドショー番組をただ流しっぱなしにしていた。

その頃頻繁にテレビで発せらていた言葉を、晶子は一つだけ記憶している。

『蒸発』というと皆さんは何を連想するだろうか。

その頃テレビで取り上げていた『蒸発』とは、液体が気化するそれではなく、

人間がいなくなるという意味で使われたものだった。

夫婦げんかのすえ、家庭にいるのがいやになった夫や妻、

親との確執から家をとびだした思春期の若者たち。

そうして行方知れずになった人のことを、当時「蒸発者」と呼んでいた。

そして、その家族が行方を捜し、戻ってくるよう呼びかける、

というような形式の番組がお昼のワイドショーの目玉になっていた。



なぜ幼かった晶子がそんなことを覚えているのか。

それは晶子の母親がその当事者になってしまったからだ。

父との仲がうまくいかなくなった母は、たびたび幼い晶子を置いて家出をした。

そのたびに、困った父は知り合いに晶子を預けて仕事に行った。

父は当時レストランを経営していたが、それもあまりかんばしくなかった。



預けられた先で、

「かわいそうにおかあさんが『蒸発』しはったんやって」と、

なんど聞かされたことだろう。



一体 大人というのは、小さい子供には、耳がないとでも思っているのだろうか。

それとも、この青白くやせっぽちの覇気の無い少女には、

大人の話を理解する能力など無いと思っていたのだろうか。

すぐそばに晶子がいても、平気でそんな話をした。

おかげで晶子は『蒸発』という言葉の持つ意味をすぐに理解してしまった。

晶子の母は美しかった。ほっそりとして目が大きく色白だった。

おさない晶子はもちろん母を憎んだりすることは無かった。

むしろその美しい母が自慢だった。

ただ、母のいない日々の悲しみが晶子から感情を奪っていった。

そして母の記憶もその頃の記憶も少しずつ消えていった。

母がどれくらい姿を消していて、どれくらいそばに居てくれたのか。

母との生活がどんなものだったのか、晶子にはまったく記憶がないのだった。

母を慕う心、甘えたいという子供らしい感情を麻痺させることで、

壊れそうな心のバランスを必死で保っていた。

笑うことはもちろん、怒ることも、泣くこともない晶子。

大人たちは晶子を持て余した。

何をしても笑わない晶子を預かることをだんだん渋りだした。

晶子は一人っきりで父の帰りを待つようになった。



ただ、唯一父だけはいつも明るかった。

晶子も父といるときだけは、笑顔が戻った。

おおらかな父は、大きな暖かい手で晶子と手をつないで大声で笑った。

いつも晶子に得意の腕を振るって美味しい食事を作ってくれた。

晶子が一番好きなのは、レストランの残りもので作ってくれるハヤシライスだった。

「何が食べたい?」と聞かれると、かならず「ハヤシライス」と答えた。

父とハヤシライスを食べるとき、晶子は本来の子供らしさを取り戻せたのだった。



何度目かの、母の蒸発のあと、父の店は倒産した。

母はもう帰ってこなかった。

晶子は小学2年生だった。

町はもうすぐ、正月を迎えようとしていた




つづく





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