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 太鼓橋のある町 5

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第四章  太鼓橋




父と晶子は駅の改札口を出ると、タクシー乗り場に向かった。

Y市は、ほんの小さな町だったが、有名な八幡宮があり、

駅前は八幡宮に登るケーブルカーの駅や、御土産屋などが軒を連ねていて結構賑やかだった。

暑くなって来たのでコートを脱ぎたかったが両手が荷物でふさがっていたのであきらめた。

そのかわりタクシーに乗り込むと窓を開けた。

風が心地よかった。

駅のロータリーをでるとすぐに幅20メートルほどの川があり、橋が架かっていた。

川下にりっぱな反橋(そりばし)が見えた。まるで時代劇にでも出てくるような木造りの橋である。

じっくり眺めるまもなくタクシーは橋を渡り終えた。

「あの橋は渡れるのかな、行ってみたいな」と思った。

交差点を右折すると、古い商店が何軒か並んでいた。

右手には自転車屋、ずっと向こうに小さなスーパーのような店も見える。

左手には米屋、その奥に駄菓子屋と道を挟んで薬屋が並んでいた。

父はその駄菓子屋と薬屋の間の道に入るよう運転手に指示した。

車が一台やっと通るていどの狭い道だった。両脇には民家が立ち並んでいた。

タクシーは徐行しながら進み、四辻を一つ越えたところで止まった。

父が料金を支払っているまに、晶子はタクシーを降りた。

目の前に平屋の家があった。

「おまちどうさん、今鍵を開けるわ」

父は両手の荷物を玄関の前に下ろしてから鍵を開けた。

壁はクリーム色、青い瓦屋根、それから玄関は木の引き戸だった。

玄関の左側にサッシ窓がひとつあり、窓下には、畳一枚ほどの花壇があった。

家の中はどんなだろう。晶子は期待で胸がいっぱいになった。

「お父さん、早よう、あけて。早よう、早よう」

「ははは、そんなにはようできひんよ」

やっと開かれた玄関の引き戸はガラガラと気持ちの良い音がした。

部屋に入ると真新しい畳のにおいがした。

玄関から入ってすぐの部屋は、3畳ほどの畳の部屋だった。

その奥には板間の台所と、更にその奥にはお風呂があった。

3畳間の左手は父の寝室兼書斎で、ベッドと本棚があった。

「お父さん、晶はお父さんと一緒に寝るの?」

「いいや、晶の部屋はちゃんとあるよ。台所の左の部屋が晶の部屋や」

「晶の部屋? 私の部屋があるの?」

「見に行ってみい」

父に促されて、晶子は部屋の引き戸に手をかけた。

スーっと引き戸は開いた。

晶子は目を見張った。

部屋にはシングルサイズのベットに勉強机と小さな本棚、それから引き出しが5つもある整理ダンスもあった。

「すごい、ベットがある。これ全部晶が使ってええの?」

晶子は興奮気味に父を振り返った。

「晶の部屋や、全部好きなように使い」

晶子の嬉しそうな顔を見て父も嬉しそうだった。

「明日は早速お父さん仕事やから、今日は早よ寝よか。明日から色々手伝ってもらわなあかんで」

「大丈夫や、まかしといて」




父はY市にある大きなレストランの料理長をしていた。

ランチの仕込みのために9時には出勤していった。

今日は平日なので早めに切り上げて夕方には帰ってくる、と言ってでかけた。

昼食用にと、父がサンドイッチを作ってくれたので晶子は町を散策することにした。

「お父さん、家にくるときに、時代劇に出てきそうな橋を見たんやけど。

 あそこへはどうやっていくの?」

「ああ、太鼓橋か、ここくるときに駄菓子屋さんがあったやろ。

 あっちのほうにずっとまっすぐ行ったらつくよ。橋をこえたら八幡(はちまん)さんや。行ってみい。」




橋は、安居橋(あんごばし)という名前があったが、その形状から町の人から太鼓橋と呼ばれ親しまれていた。

晶子はサンドイッチをかごに詰めて、水筒に紅茶を入れてでかけた。

言われたとおりの道を歩いた。

最初の四辻におおきなお地蔵様があった。千羽鶴やお供え物がある。

5分ほど歩くと駄菓子屋についた。この駄菓子屋もかなり古い店だった。

大きなガラス戸の向こうには駄菓子がたくさんならんでいる。

カレーせんべい、芋あめ、メンコ、ガム、5年生の晶子にもまだ充分魅力的な品揃えだった。

横断歩道を渡ってさらにまっすぐ行くと、大きな土蔵が見えてきた。

焼板張りで、白いしっくい壁、重そうな立派な瓦屋根、いかにも由緒のありそうな土蔵だった。

その土蔵の向こうにお目当ての橋があった。

橋は想像以上に大きく反っていて、真横から見ると本当に太鼓の上半分のように見える。

橋の反対側に人が立っていても、橋が大きく反っているせいで、見えなくなってしまう。

橋はすべて木で作られていた。晶子はこんな橋を見るのは初めてだった。

「ホンマに時代劇に出てくる橋みたいや」

晶子はわくわくしながら記念すべき第一歩を踏み出した。

「木造やからきっとみしみし音を立てるやろな」

ところが橋は思いのほか頑丈で、ぴくりともしなかった。

一歩一歩踏みしめて渡る。いや渡るというよりも、登るに近い感覚だった。

一番高いところに来ると、景色が変わった。

晶子はちょっとした征服感を味わった。

橋の欄干に手を置いて、川を眺めてみる。川も川岸も美しく手入れされていた。

川沿いに続く古い町並みをバックにすると、一枚の水彩画のようだった。

晶子はこの橋がこの町の象徴のように思われた。

橋を渡った向こう側にはY市を望む小さな山があり、その頂上に八幡宮があった。

標高140mほどのこんもりとしたこの山は、

平安時代に八幡宮が建てられて以来神域として保護されてきたため、

今でも人手の加わっていない、いわゆる「鎮守の杜」だった。

松、クスノキ、ツバキ、榊、百日紅、などの様々な樹木が参道を囲むようにして生えている。

特に藪椿(やぶつばき)は今が盛りで、たくさんの花をつけていた。

枯葉の上に赤いツバキの花がところ狭しと落ちていて、毛氈(もうせん)を広げたようになっていた。

車道を渡ると馬場前(ばばさき)と呼ばれる駐屯場がある。

平安の昔、位の高い人が八幡宮を参拝する際に、おつきの者や馬を待たせておいた場所で、

ちょっとした広場のようだった。

その向こうをキレイに整地された道が石造りの広い階段に続いていた。

平日だというのに、参拝客が大勢、山上目指して階段を登っていく。

階段は、表参道と、裏参道とに別れていた。

晶子も、登ってみたいと思った。子供一人で登っても良いのだろうか。

拝観料など必要なのだろうか。子供の足で登れるような高さなのだろうか。

色々考えると足が止まってしまった。




「この階段、何段ぐらいあるんやろう」

裏参道の前に立ち、思わずつぶやいた。

「555段やで」

急に誰かが返事をしたので晶子はびっくりした。

階段脇に座っていた男の子が、晶子をまじまじと見つめていた。

切れ長の涼しい目で、坊ちゃん刈りの前髪がさらさらしていた。

秋田ではこんなに都会的な男の子は見なかった。

「迷子か?」

晶子は少しむっとした、

「ちがう。ひとりで来たんや」

「え、ひとり? どっから来たん?」

「近所に住んでるんや」

失礼なヤツだ。晶子は馬鹿にされたような気になった。

「近所? 見たことない子やなあ。もしかして、転校生か?」

「うん、そうや。昨日来たばっかしや」

「どっから来たん?」

「秋田から」

「秋田ぁ!」

男の子はがあまり素直に驚いてくれたので晶子は良い気持ちになって、機嫌を直すことにした。

きけば男の子も近所に住む小学生で晶子と同い年だった。

たいくつな春休みを持て余している様だった。

「今から八幡さん登るんか?」

「555段もあったら大変そうやなあ」

「あほらし、そんなんあっと言う間やで。夏休みなんか、ラジオ体操、この上でするんや」

「へえ、ほんなら毎朝、上まで上がるんや」

「そうや、これがホンマの朝飯まえでんなあ」

晶子はふきだしてしまった。

「行くで!」男の子が階段を登りだした。

あわてて晶子もついて行った。

晶子は本当に555段あるのかたしかめたくて、階段を数えながら登ったが、

男の子が四六時中冗談を言うので、笑っているうちにわからなくなってしまった。




頂上は八幡宮や大きな桜のある広場があり、色々と晶子の興味を引いた。

「おなかすいたね。サンドイッチ食べる?」

「用意がええなあ。いただきます。」

二人でサンドイッチをパクパク食べた。

きゅうりとハムと焼いた卵のサンドイッチはとても美味しかった。

「これうまいなあ。喫茶店のサンドイッチ見たいや」

「だって、お父さんコックさんやもん」

「コックさんかあ。すごいなあ、お前のおとうちゃん」

サンドイッチをほうばりながら、

「帰りは神馬さまを見て行こうか」

「神馬? 神様の馬がいるの。わあ、見たい見たい」

表参道の降り口に神馬と描かれた馬小屋があった。

真っ白な馬がいて、お賽銭箱もあったので確かに神馬に違いないのだが、

神馬と呼ぶには年をとりすぎているなと晶子は思った。

「この馬、全部白髪やってみんながいうてる」

晶子はまたふきだした。まったくこんなに愉快な子は初めてだった。

「よう笑う子やなあ。ゲラやねんな」

「ゲラ?」

「そうや。よう笑うんは、ゲラや」

「ゲラと違う」

「ゲラや、ゲラや」男の子が逃げるのを晶子は追いかけた。

追いかけながらよく笑う子だと言われたことを思い出して、晶子はうふふと笑った。

そんなことを言われたのははじめてだった。

「ゲラもええな」と思った。




階段を下りると大きな石の鳥居があった。

そこから太鼓橋が見えている。

「そうや、名前聞いてへんかった」

「杉山 晶子」

「俺、秋吉 五郎や。明日も、来るか」

「うん、明日も来る」

「そうか、ほんなら太鼓橋で待ち合わせや」

五郎は、自転車を走らせてあっと言う間に消えてしまった。

晶子は太鼓橋の欄干にもたれて、五郎が帰った方向をしばらく見つめていた。

この町も、今日出会った新しい友達も好きになりそうだと思った。

土蔵の影がもう太鼓橋にかかっている。

どこかでお寺の鐘がなった。


つづく






おまけ・・・・太鼓橋って、こんなとこ


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