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 隣のおばあちゃん

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17才のとき、私は盲腸の手術をした。
晩に急にお腹が痛くなり、救急病院に行ったら急性盲腸炎と診断された。
病院に着いてしばらくすると、かなり痛みが治まってきたので、
「明日、少しでも痛いようなら手術しましょう」
と帰されたのだが、
次の朝なんとなくお腹が痛いような気がしたので、そのまま入院することになった。

その日は学校の文化祭の日で、私はまさか入院することになるとは思っていなかったので、
朝からはりきってお弁当を作ってあった。
手術中、どうもそれが気になって、気になって、
手術が終わって心配そうに見下ろす両親に向かって最初に言ったのが、
「お弁当は?」
という言葉だった。

手術が終わって運ばれてきたのは6人部屋だった。
私は入って右側の真ん中のベッドに寝かされたのだが、
入り口の方の隣のベッドに、小さなおばあちゃんがいた。
反対側のおばさんが
「あのおばあちゃん、ちょっとぼけてるからね」
と小さな声で教えてくれた。
そのおばあちゃんは、いつもベッドの上にちょこんと正座していて、
少し微笑んでいるような表情をしていた。
私の顔を見ると
「あんたはわしの孫そっくりだねえ」
と必ず言った。

夜中にトイレに行くと言って、部屋の奥の方に寝ている人のカーテンを開けたり、
「トイレはあっちだよ」
と部屋から出されると、今度は帰りがわからなくて、
ずいぶん経ってから看護婦さんに連れられて帰ってきた。
「〜がない」
と、夜中に部屋中の寝ている人達のベッドをがさがさと探しまわっていたこともあった。

2、3日すると、そのおばあちゃんが手術をすることになった。
看護婦さんが大きな声で、
「いいですかー。明日、朝、先生が診察して、大丈夫だったら午後から手術しますからねー。
 わかりましたかー?」
と言うと、そのおばあちゃんは、
「ぜんぜん、わからん」
と真面目な顔をして答えたので、看護婦さんは面喰らったような顔をし、私達はくすくすと笑った。

看護婦さんはさらに声を張り上げ、ゆっくりと、
「い、い、で、す、かー」
というような調子でもう一度説明をし始め、これでどうだ、という顔をした。
しかし、おばあちゃんは、
「誰の手術をするんだね?」
と聞いていた。
これには皆大声こそ上げないが、大爆笑だった。
「○○さんの手術ですよー」
と、半ばあきらめ顔になった看護婦さんが言うと、
「そうかい。わしの手術かい。そうかい、そうかい。はー。わしのー」
と、やっと納得しているようだった。
「じゃあ、朝先生が来ますから、それまで何も食べちゃだめですよ」
と看護婦さんが部屋を出ていったので、まわりにいた人達は、
(いや、楽しいものを見せてもらった)
という顔をして、皆で目を合わせていた。

すると隣から、
「いやだよう」
という声が聞こえてきた。
えっ、と思って見てみると、隣のおばあちゃんがいつものように正座しながら、呟くように
「わしは手術なんかしたくないよう」
と、ぽろぽろと涙を流していた。
その声は、私が今まで聞いたことがない、弱々しく悲しいものだった。

それまでの空気が、一瞬にしてしーんとした。
おばあちゃんは、今度は訴えるように、
「わしは手術なんかしたくないよう」
と言ったが、さっきまでおばあちゃんを見て笑っていた私達は誰も声をかけることができなかったし、
その資格がなかった。

次の朝、おばあちゃんの家族の人が来て、
「大丈夫だよ。大丈夫だよ」
と声をかけていたが、おばあちゃんはやっぱり悲しそうな声で、
「わしは手術したくないよう」
と言っていた。
私も何か声をかけたいと思ったが、なにか躊躇うものがあってできなかった。


その後おばあちゃんは違う病室に行ってしまい、
私はすぐ退院することになったので、
おばあちゃんがその後どうなったのか知ることはできなかったが、
あの悲しそうな声を忘れることができない。


先日、少し辛いときにその時のことをふと思い出した。
分別のある大人になったから、
辛い事があってもあのおばあちゃんのように素直に泣くことはなかなかできないが、
心の中の小さな自分が、背中を丸めて弱々しく、
「いやだよう」
と泣くのかもしれない。

あのおばあちゃんの姿は、自分の姿でもあったんだなあ、と改めて思った。




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