『嵯峨神社の怪』

序章

原作;四條 薫




 ――――― 第四話 ―――――






 風に揺れ、陽に透けるオレンジブラウンの髪。
白く透ける様な肌、ブラウンチェリーの口紅がその白い肌に際立って美しさを宿す。
 初夏の空の下に立つ容姿は美しく、淡い水色のサマースーツ姿が良く似合っている。
通り過ぎる若者の視線を集めるが、彼女にはその人込みが自分の視界を遮っているように思え、
邪魔以外の何ものにも思えずその美しい顔は不機嫌を露骨に示していた。
 瞠良台駅前に立ち、広場の向こうから来る人混みを見つめる笠見亜美の姿は通り過ぎる者の
視線を浴びていた。当の本人はそんなことには気が付いてもいないようだった。
ただ広場の向こうを見つめ、人待ち顔を覗かせいる。

 碧は何時も通りに辺りに気を配るでもなく、駅に続く道を淡々と歩いていた。
俯き加減で人並みに習うように急ぎ足で広場を横切る。
 亜美の目から見ても冴えない容姿の碧はすぐに見つけられた。
「碧ぃ!!」
自分に気が付かないまま通り過ぎようとしている碧の名を呼ぶ。
 碧は足を止め、辺りを見渡すが、その位置から亜美の姿が視界に入るとは思えなかった。
亜美は碧の背後に足を進めた。
「みーどりッ!」
肩を軽く叩いた。
 碧は体を大きく揺らして、驚いた顔を振り向かせた。
黒ブチの眼鏡で顔の半分が埋まっているように見える碧のおどおどした眼差しは、自分の背後に
立つ人物を認識して微笑みに変わった。
「亜美さん!!」
安堵したようにも見える柔らかな笑みを浮かべながら首を傾げて見せた。
「どうしたんですか?」
そう問いかけた彼女に亜美は曖昧な微笑を漏らした。
「何か、ありましたか?」
穏やかな物言いで、優しい眼差しを亜美に向ける。
「また、聞いて欲しいことがあるの。
今、時間・・・ある?」
遠慮がちに聞く亜美に、碧は静かに俯いて何時も通りの態度で辺りを見渡した。
 周囲には駅に流れ込む人混みと駅から出て来る人混みで混雑している時間だった。
どう見ても落ち着いて話せるような状況ではなく、碧は亜美に微笑を向けたまま口を開いた。
「何処か、ゆっくり話せる場所に行きましょうか?」
亜美を促すように駅の構内に向けて歩き出した。
「何処に行きましょう?」
そう聞く。
「いつもの喫茶店で良いんじゃない?」
亜美の返事に頷きながら、ホームに佇んだ。

 
 佐柄駅に着くと二人はいつも利用している喫茶店へと足を進めた。
駅前から裏路地の道を奥に進むと、深緑の木製のドアがある一見、フランス風の店がある。
 カフェ・レストラン『レ・チュオ』――――
昼間は喫茶店のようなカフェで夜はイタリア料理のレストランである。
碧と亜美はこの店がオープンしてからの常連客と言っても過言ではないほど利用していた。
 ドアに手を掛けて押し開ける。店内は深緑とベージュ系の木製の落ち着いた雰囲気が漂っていた。
カウンターの中から愛想のいい若いマスターが笑顔で出迎えてくれた。
「いらしゃいませ。
お好きな席へどうぞ。」
そう言われ、二人は店内を見渡した。通りに面した窓側の席を選んで腰を下ろした。
「ご注文の方がお決まりでしたら伺いますが?」
テーブルにお絞りとお冷を出しながらマスターが尋ねる。
二人はカフェ・オレを頼んだ。
一礼して去る若いマスターの姿を見送ってから碧は素早く亜美に視線を移した。
「どうしたんですか?」
碧の問いかけに亜美は、考え込んでいるような素振りを見せたが、ゆっくりと言葉を綴りだした。
「あのね?」
亜美の一言に「はい?」と聞き返すが、彼女は言葉を選んでいるように次の言葉が続かなかった。
 時に自分の思いを言葉(カタチ)にするのは、ひどく難しい時があるのを碧は良く知っていた。
それ故、急いで話の先を促そうとはしない。相手が話し出すまで待つ、そんな穏やかな雰囲気を
漂わす碧の周囲に人が集まるのは、必然と言っても過言ではないような気がする。
「碧は・・・自分の行動に自信が持てなくなると気ってあるの?」
彼女が控えめに碧に聞いた。
「有りますよ。」
はっきりとした答えを述べ、亜美を見る。
 亜美は「そうなの?」と小さく呟き、運ばれてきたカフェ・オレに手を伸ばした。
彼女の意外と言う表情に碧は、苦笑気味の微笑を零した。
「何が、あったんですか?」
心配そうな顔を覗かせながら碧は尋ねた。
 亜美は何と言うべきか考えながら小さな頷きを見せ、手元のグラスに視線を落としたまま黙った。
 碧は溜息を吐き出したような顔を見せ、テーブルの上に両肘を乗せ、両手を組んだ。
亜美が口を開くまで待つ体制で、彼女を見つめる。
 こういう状況の時、碧は余計な口を挟まない。ただ、黙って待つだけである。
それが彼女の思いやりとも優しさとも言える態度である。
が、言い換えれば、冷たく厳しい対応とも言える態度である。
 しかし、今の現状で碧が口を出し、それが亜美の欲しい言葉通りであったら・・・
きっと彼女は全面的に碧に寄り掛かり、自分の言葉で話をしなくなるだろう。
そう予測がつく事態だからこそ碧は黙って、亜美が続きを言うのを待っていた。

「この間の、話・・・覚えてる?」
亜美がぽつりと碧に聞いた。
「覚えてますよ。」
「・・・・・・・、ついに、絶交宣言された。」
言い渋っていた言葉を続け、亜美は俯いたまま告げる。
その顔には寂しさと言いようの無い悔しさが入り混じっているようにも見えた。
「ゼッ、コウ・・・ですか?」
呆れを含んだ言葉を反復した。
碧は今頃、そんな時代遅れな事をする輩がいることに驚いたような顔を見せた。
「うん・・・。
この間、言ったでしょう?
彼女には、何も言わなかった方が良かったのかな?」
亜美は自信なさ気な顔を見せる。
「それで、そんなに落ち込んでいるのですか?」
碧の言葉に、亜美は頷きで返した。
「もしかして、後悔なさってます?」
続けて聞いた碧の言葉に、本当に自信がないと言わんばかりの顔を見せて亜美は深く頷く。
碧はそんな彼女の姿に何と言えば良いのかさえ分からず、窓の外へと視線を投げた。
 自信が無い時の相手には、如何なる言葉も通じない。
それを実感して知っている碧には今の状況で言える言葉は無く。
黙ってその場に付き合うことしか出来ない。
 自分の経験の浅さが、その現状を取る事しか出来ない無力さに、碧は苛立ちを感じていた。
 目の前にいる先輩の不安を取り除く事も、不安定な状態に安らぎを与える事さえ出来ない。
いつも通りに明るく笑う先輩に戻って欲しいと望む以外、何も出来ないのだ。
 いつも謙虚に自分の言葉に耳を傾け、迷っている時に救ってくれた先輩に対して自分が
出来る事が、ただ黙って傍にいるだけという・・・
何も出来ない、何も言えない、力にさえなれない自分を情けないと思い。
亜美から視線を外したまま窓の外を眺めていた。

 何も言えないままに時間だけが過ぎていく。

 この日常から見ればなんでもないような些細な出来事が、後に予想も出来ない事態へと
変化するとは碧は思ってもいなかった。

 これは、ホンの始まりにしか過ぎず・・・
偶然を装い、予め用意されていたモノである事実に気が付くのは。
渦中に立たされてからの事になる。

 必然と碧は用意されたシナリオの上を歩く事になる。
それは運命の悪戯なのか、それとも神の意思なのか・・・。
どちらにしてもこれが始まりの出来事になることは確かであった。










≪BACK NEXT≫






Copyright (C) 2003 caolu shijyou, All rights reserved.
最終更新日:2003年8月23日(土)