猫の交差点
             〜アパートにて





トイレ用のプラスチック箱(使いさしの砂袋付き)の上に餌皿、爪研ぎ用の板、猫ブラシ、などが載っておりその一番上にとどめを指さんとでも言わんばかりに『猫の飼い方』の本。
思わず目が点になった。

――今更かもしれないがここはアパートである。


「あのう……?」
猫を連れ帰った次の日。
それこそ裁判にでも出頭するような面持ちで、昨日連れ帰ったばかりの猫を抱き管理人室のドアをノックした後の事。
顔を出した管理人のおばさん―ほっそりとした品の良い顔立ちをしているがこれでなかなか気風が良い―が顔を出しこちらが何か言おうとする前に腕の中の猫に気づいた。
気構えていた俺に構わず「あらあらあら」と言って引っ込んでしばし。そして出てきたのがコレ、あえて表現するなら『猫セット』である。
目の前の管理人の顔とその手に持っている箱を交互に見て途惑っていることしか出来なかった。
俺にとって長い長い1分間が過ぎて、
「猫飼うんじゃないの?」
その沈黙を破り、おばさんが不思議そうに小首をかしげて尋ねた。
「え………そうです」
「ならコレ使っていいわよ。飼う上での細かい事は本に書いてあるし、アパートの中での注意点はメモが挟んであるから。他に質問は?」
「はぁ、あの飼ってもいいって事でしょうか?」
「禁止した覚えも無いし、止める気も無いわね。こっそりと飼っててそれが発覚した場合説教30分が付くけどね?」
おずおずと尋ねる俺のセリフにさっぱりとした返事が返ってくる。もちろんおばさんの笑顔付きで。
自分自身の意識が付いていかず、半ば思考停止した状態で出されたものを受け取りふらふらと自分にあてがわれた部屋に戻った。

203号室での俺の腕から開放された猫はとことこと窓の近くに陣取る。
暫く丸くなっているそいつを見つめながら俺は適当な位置に座りこみ現実逃避に名前を考えていた。
タマ、ミケ、シマ(コイツの毛の模様は灰と白の縞模様だ)色々と考えたがどうもセンスに欠けているような気がする。
ふと始めて暗がりに見つけた時の水色に光って見えた目を思い出した。
「水色」
思いきって声に出してみる。悪くない。
「おーい。お前」
俺の言葉に反応したのか片目だけ開けて髭をちょっと揺らして猫はこちらを見た。
「お前の名前、水色、な?」
―なぁ、と水色は返事(?)をして再び目を閉じる。

何はともあれ胃痛のタネが一つ無くなったと思えば良い事だ。
出来るだけ精神衛生上に悪そうな事は頭の隅に追いやり納得する事にし、座ったまま両腕を挙げてうーんと伸びをして後ろに倒れこみ……
ごん
後ろ頭を柱に思いきりぶつけてしまった。
その痛みでうずくまった俺の耳に「馬鹿?」という誰かの声が聞こえた気がした。





こんな管理人いるのか?取りあえず猫の名前決定戻る