Life in Tokyo

2002年7月31日
怒涛のように、7月も終わり

あっという間に7月も終わり。怒涛のように過ぎてゆく時間。しっかり握り締めていないと、気がついたら人生終わり、だなんて大変なことになるのではないか? 前回の日記と今回の間、約2週間空いた。その間に起こった一番大きなできごとは、誕生日だろう。

クラブ活動の合宿の次の日、深夜まで続いた激しい撮影の日にちょうどあたったお誕生日は、意識が遠のいていくほど激しい疲労と、それゆえの高揚した精神状態を伴っていた。昔から、誕生日とクリスマスに好きな人と過ごせたことはなぜだかなかった。今回も、もちろんお仕事。だけど年々楽しく、にぎやかになってきている。ことしはお昼は顔見知りのカフェのオーナーと楽しくおしゃべり、そして夜はカメラマンさんとにぎやかに過ごした。友達感覚の異性と楽しく過ごす、これだけでも十分すばらしい時間だと思う。好きな人といっしょにいても、たった二人っきり、ほかの人と一緒に過ごすことができないのは楽しくないと知っているから。ほかにもたくさんの人に祝ってもらって、とても嬉しいお誕生日だった。

……、いろんな占いで、年をとればとるほど、楽しく、運勢が上向いてくる、といわれるのだけど、たしかに当たっているかも。去年の夏から今年の夏にかけて、すでに大きな幸運期は去ってしまったといわれているのだけど、占星術によれば、わたしは木星の影響を受けていたのだそう。木星というと、世俗的で平凡な、一般的な幸せの象徴だ。たしかに、自分の好みとか、方向性がいよいよ分かりやすくて楽しいもの、に変化してきている。いいもわるいもなくて、ただ、変化しているというだけの話だが、ちょっと前の自分なら好きにならなかっただろうものに興味を持ち始めている。おもしろいことだ。きっと、この1年だけの話ではなく、これから中長期的な時間の流れのなかで、木星に象徴されるこの変化は影響を及ぼすのだろうという気がする。

昔の自分ならまずやらなかったことが、今は必要不可欠になってきているのがおもしろい。第一の変化は、運動。今は、筋肉を激しく使って体が痛くなるくらいの負荷があって、ちょうど気持ちよい、と思えるくらいなのだ。子供のころは、みんなが雪合戦をしていても、一人ストーブの横にじっと座っていたのに、と思うと嘘のようだ。子供時代だけの話ではない。大学時代にダイビングをやっていたころ、ボートで沖まで出ていたときに、イルカの集団に出くわしたことがある。みんな我先にとフィンとシュノーケルを身につけて海に飛びこんだとき、自分ただひとり、甲板の上で皆の戻りを待っていた。今の自分からすると、なぜなのだろかと不思議でならない。きっと、だれよりもはやく海に飛び込むはず、今なら。とくに、イルカといっしょに泳ぐチャンスを自ら好んで逃したなんて、まったく理解不能だ。

今は週末、時間を惜しむようにプールに通ったり、毎週定期的にクラブ活動にいそしんだり、ちょっと遠出をして自然に触れようとしたり、そのことが悦びになる。というか、生活の中にないと、むしろ苦痛になるくらい、行動することが楽しくてならないのは、いったいどうした変化が自分に起こったのか、まったく不可解なのだ。変化している当人に、変化の姿が正しく視界に入らないのは当たり前なのかもしれないけれど、どこかで大きく変わってきているのだ。最初の分岐点はごく小さくて、自分でも意識しないほど小さな変化なのだったのだろうけど、気がついたら、だれよりも行動的な自分がいたというわけだ。

結論としては、変化は必ず起こるのだから、途中であきらめたりせず願いは常に持っていなければならない、ということ。さて、では自分は行動的になること、まるで運動選手のように(ちょっと大げさだけど)やや過剰気味にも感じられるほどの運動を自分は望んだのか? ということだけど、その答えはきっと今の気分が与えてくれていると思う。

ちょっと持って回って言いかたになってしまったけど、いろいろやりたいこと、やらなければならないことがあったにも関わらず体が思ったように動かなかった昔に比べ、(まるで強迫神経症のように?)忙しく動き回っている自分のほうがよっぽど幸せで充実して過ごせている、ということなのだ。

約束の時間に出かけていくことはもちろんのこと、枕元のコップ一つ片付けることすら困難だった若かりしころを思えば、目覚ましを必要としないほど目覚めがよく、まるで朝の体操代わりのように家事を片付けることができる自分がいるのが嘘みたいだ。人は変われるんだな、と思う。そして今の状況を嬉しく思う。でも、いちばん大切なことはきっと、自分自身で、強く変わりたい、と念じたことなのだろうと、いまでもやっぱり思っている。




2002年7月15日
走り抜けた一日

……忙しかった。朝から夜の12時ごろまでひっきりなしのスケジュールが詰まっていた一日。だといっても、本業にいそしんでいたのはそのうちの半分以下の時間なのだけど。アクロバット的な身のこなしで、仕事と山と積まれた些細な用事の間を駆け抜けた。やればできるんだな、とけっこう満足できる一日だった。

朝、職場に行ってメールチェックなどしているうちに昼になり、同僚の誕生日祝い兼週末の合コンの首尾を訪ねる集いに小一時間費やす。それから電車を乗り継ぎお台場まで出て打ち合わせ&プレゼン。なかなかの好感触だけど、それにしても暑い。暑さのあまり、会社に直帰するつもりがなくなり新橋駅地下でおやつタイム。同僚の妹の離婚談義にしばし盛り上がってから会社に戻るとすでに夕刻。それから1時間ほど仕事を片付けると、こんどは自転車で神宮方面まで出て“クラブ活動”。だけどその前に水道橋まで出てクラブ活動用の道具を買わなければならない。会社を出られるのは6時過ぎだけど、水道橋の店が開いているのは7時まで。クラブ活動は8時で終わるので……。自転車と総武線を駆使してなんとか用事を片付ける。

クラブ活動は、週に1度の連絡の場でもあるので、練習以外にも細かい用事が山積み。なんとか片付け、汗にまみれてまるで水浸しになった練習着と、それから2メートルくらいの稽古用の道具を自転車の肩に担いで職場に戻る。練習の後の飲み会は、今日は断った。ほとんど仕事をしていなかったため、早く会社にもどらなければ、と思ったから。戻ってメールチェックをしながら同時に洗濯。こんなに大きな洗濯物は、会社にあるアメリカ製洗濯機で洗うのが手っ取り早いからだ。洗濯・乾燥、と済ませながら、明日以降の企画を考えたり、メールを書いたりする。食事を摂る時間も気分もないので、ジュースとゼリーで軽くおなかをなだめる。11時過ぎに一連の洗濯も終わったため、帰ることにしたのだが、今日は大きな道具を背負って家まで帰らなければならない。週末のクラブ活動の合宿に備えて大きな道具を背負って自宅まで自転車で戻る。

戻ってほっとしたのもほんとに一瞬で、借りていたCDを返すために駅前まで再び出なければならない。というのは、明日まで借りる約束になっていたのだけれど、明日は台風の影響でいつもの駅前を通らない可能性が大だから。雨の中、徒歩10分以上かかる駅前を目指すのは辛すぎる。幸い今夜はまだ雨が降っておらず、ただ蒸し暑いだけの、活動しようと思えばいくらでも動き回ることのできる気候。部屋の窓を開け放って換気すると同時にCDを持って外出。出かけ際にPCのスイッチを入れるのも忘れない。駅前で、「ちょっとだけご褒美」というわけで、ローカロリーのビールを購入。部屋に戻って冷凍庫にビールを投げ入れてからシャワーを浴びる。実は最近調子の悪かったお風呂まわり。今日は修理にきてもらっているはずだけど、なにもなかったと報告を受けており、実際どうなのか、半ば不安に感じつつスイッチを入れると見事にお湯が出て、万歳! 幸先がいいというわけで、体中すみずみまできれいに洗う。風呂上りはビールだけで、と思ったけれど、さすがに消耗しきっており、レーズン入りのスナックをつまみながらメールを書き始めた……。

というわけ。 明日も朝から会議なので、もう寝なくては。こうも慌しいと、いろいろ悩んでいたり、人の応対をいちいち心に留めておく余裕もなくなるものだ。とりあえず、日記だけは忘れずに書いておこうかと思い、寸暇を惜しんでしたためてみた。




2002年7月14日
たてつづけの映画・アクム(悪夢)

木曜日、どうしても『ハッシュ!』を見たくなり、渋谷に駆けつけてみたのだけど、残念ながら試写にぶつかってしまって見ることができなかった。それで、いまだに見ていなかった『アメリ』を隣りのビルで見ることにしたのは半ばやけになっていたからだったともいえる。

ちょっとイライラした棘を抱えつつシートに座ったわたしは、ひさしぶりの映画館のスクリーンと音響に、まるで田舎から出てきて見るもののすべてが珍しくてたまらない子供のように、すぐに全身を浸された。

映画館ならではの圧倒的な光と音の刺激に、予告編から気持ちを掴まれる。チラシを見ているだけではまったく見る気を起こさなかった『ピンポン』という卓球映画。これがすごかった。サウンドトラックは、日本のテクノ界を代表するようなスーパースターたち。思わず体が揺れてしまいそうな疾走感あふれる音楽に、原作松本大洋、脚本宮藤官九郎、という、まさに今の旬な面々がスタッフとして名を連ねている。20日からの上映が楽しみだ(Supercarや石野卓球、砂原良徳など、サウンドトラックのクレジットに名を連ねる面々が魅力的だったので、日曜にCDを借りてみたが……。見に行くかどうか再検討したくなってしまった)。

その流れで、金曜には『チャドルのなかで』というイラン映画を試写で見た。イスラムの規則に縛られる女性たちの苦しみ多く、救いのない行き方を描いている。立派な志の作品なのだろうが、まったく救いのない展開に息苦しくなってしまった。『アメリ』とは対照的な、リアリズム映画だった。わたしは、このような、ハッピーエンドではない作品は、あえて見たいとは思わないのだ、ということがよく分かった。映画だけでなく、文学や音楽、芸能一般は、それを鑑賞する人に夢を与えるもの、と思っているので。

なんとなく映画づいていて、勢いで、『ニューシネマパラダイス』のヴィデオを借りる。今まで見ていなかったのが不思議なくらいの、有名な作品だ。これも、サウンドトラックがお気に入り。土曜は疲れて早く寝たので、日曜の未明、まだ暗いときに目が覚めた。そのままヴィデオを見はじめた。感想は、というと……。ふうん、これがあの名作なのか、というかんじ。明け方なのでまだ眠かったのか、それともテレビの小さなモニターでは物足りなかったのか、3時間さいごまで見終わるのがやや苦痛に近かった。苦痛というほど辛いものではもちろんなかったけれど、主人公の“恋”に感情移入できなかったのが大きい。主人公トトの子供時代の、映画技師との交情はたしかに心温まるもので、すばらしかったけれど……。長じてトトが女たらしになっているのもちょっと??

そんなわけで、数日間に3本もの映画を見ることになったのだが、おかげで自分の趣味嗜好がよくわかって興味深かった。やっぱりたまには映画、っていうのもいいものだなあと実感。

今年最高の暑さを記録した本格的な夏日の休日は、文化活動にいそしんだり、家のメンテナンスをしたりと慌しく過ぎていった。夏になるといつもより活動的になれるのは、真夏に生まれたからなのかもしれない。

忙しく動き回った午後、水菓子を買って部屋に戻り、濃く淹れた玉露といっしょに軽食にした。そのまえに慌てて水を浴びて流した汗がすぐに肌の表面によみがえってくる。四打ちのキックの効いた音楽に耳と体を委ねながら、刺すような日差しが照りつける真夏の昼間、布団に横たわる。急に疲れを感じたのだ。じっとりと汗をかきながら、まるで寝苦しい夜のぶんまでやっきになって取り戻そうかとするかのような暴力的な眠りに襲われる。真夏の昼間の眠りは果てしない悦楽なのだけど、同時に苦痛だ。

目覚めると、体からおびただしい水分を放っていたことに気づく。シーツに沁み込んだしみ。ぐっしょりと重みをもった布が肌に絡みついて不快だから、目が覚めたのだ。うなじに張りつく黒髪は、空気中を漂う湿気を吸ったからだろうか、いつもより質量を増していた。

重い髪を手のひらに掬い上げながら、愕然と悪夢を思い出した。あの、暴力的な眠りの中で、わたしは取り残されていたのだ。あれは、白くて、なにもない部屋。今日のようなうだるような暑さでうたた寝をしたときに、時折見る悪夢。出口のない白い部屋からなんとか外に逃れようと走り回るのだ。出口を探しても探しても、外への扉は見当たらない。恐ろしいことに、じりじりと極くわずかづつ、しかし確実に、四方の壁が中央に向かって幅を狭めてくる……。

夢の中で、自分の身にまさに起きようとしているできごとに気がつき、愕然としてうたた寝から目を覚ます。恐ろしいことに、うたた寝から悪夢、悪夢からうたた寝、という円環は何度も繰り返される。そんな悪夢を見た日は、目覚めても落ち着かない。いつなんどき、円環にまた閉じ込められかねない、と想像してしまうからだ。

思えば、悪夢の円環は、現実世界とパラレルに、すこし位相のずれた場所で、常に存在しているものなのかもしれない。いかに荒唐無稽な悪夢とて、まったくの想像の世界だと、限った話ではないのである。




2002年7月10日
台風上陸?

今年初めの台風さわぎ。もしかして、あと数時間で関東に上陸するかもしれないという状況のため、なんとはなしにソワソワ落ち着かない。こんなときだからこそ、身奇麗に、と思い、風呂の床磨きを一心に行う。雨のため気温が下がり、ずいぶんすごしやすい夜ではある。でも雨音で落ち着かないので、日記を書いてみたりする。

今朝は暑さと昨夜の酒の名残のため、浅い眠りで7時ごろに目が覚めた。軽く洗濯とごみ出しをしてからテレビを見ていたら、唐突に、短く激しい眠りに襲われた。そこで見た不思議な夢。自宅のベッドで寝ているその情景のまま夢に入ったのだろう、「起きなければ」という気持ちと「眠りたい」という気持ちがないまぜになり、夢とうつつの境があいまいなのだ。

暑い日差しを感じながら眠っていたせいなのか、夢の中でわたしは、猛烈に襲ってきた欲情に支配されるままに、自分に自分で快楽を与えていた。こもった空気に満ちる暑さと快楽のおかげで、おびただしく汗をかいている。

場面は変わり、気がつけばトイレを求めてインド式の極彩色の宿屋をさまよっていた。カジュアルな宿ながら、遊び心あふれる、インドのすばらしい側面を象徴するような宿。しかし、朝の、昨夜泊まった客が出払った時間なのだろう、下働きのインド人が掃除を行っている。空いている部屋に忍び込み、用を足そうとするが、壊れているのか、水が上がってきて流すことができない。それでは困るので、別の部屋を使おうとするが、掃除中のため入ることができない……。迷っているうちに目が覚め、猛烈な欲情も夢のうちだったのだと気がついた。おびただしい汗は夢ではなかったけれど。

起きたときには、(トイレに行きたかったというのはもちろんだけど)インドがわたしのふるさとだということが、なぜだか腑に落ちるように実感できていた。疲れたり、気が合わないと思える会合が続いて、ややパワーダウンしていたから、こんな夢を見たのかもしれない。心の奥のほうが、癒されていたから不思議だ。

そして今夜台風が上陸するかもしれない。雨は激しく降っている。




2002年7月7日
きょうはたなばた

今日はたなばただ。去年は、もしかしてインドにいたような気がする。今年は日本で幸せな気分で夕方を迎えている。それはそれで平和なことだ。去年はもっと不穏だったしね(自分の心のなか)。不思議なことに、その時は、不穏な状況を抱えていたにも関わらず、シビレるように幸せだったのだ。あとから思い出して、あんなに辛そうで、肌が吹き出ものでいっぱいになるほど潜在意識下では悩んでいたにも関わらず、ヒリヒリするような心を抱えていたにも関わらず、幸福感はあったなあ。幸福というか、充実というか。過剰感すら感じる辛めの恋愛に夢中だったんですね。

考えてみれば、幸せとは平凡で退屈なもの。去年のアレは、まるでジェットコースターに乗っているみたいに、ハラハラドキドキのスリル満点アトラクションだったのだ。そう。今までのわたしやってきた、困った恋愛のキーワードは、「ハラハラドキドキ非日常」。こいつのおかげで、暴走しなけりゃラブじゃない、なんてことを考えて、そのまま行動に移してしまったりして、大いに問題だったのだ。

ああ、それも、思えば、「穏やかでしみじみした間柄を時間をかけて育てる」ことがまったく念頭になかったおろかな自分のおかげなんだろう。

……そんな一年前とは打って変わって静かにすごした一日。日中は、暑くて、ぐったりとして、汗をかいていた。起き上がってシャワーを浴びて、果物を食べる。テレビを見る。また横になって昼寝。朝はそうめんを食べ、その後スナック菓子ばかり。気持ちが悪くなっていたので、自分でパスタソースから作ったパスタを夕方に。

夕方、音楽を聞いているうちに気持ちがよくなって屋上にゆく。アイスティを飲みながら屋上で読書していたが、そのうち本なんて読んでいる場合じゃないくらいいい気分になってきた。空を眺めていると、雲が流れているのが分かる。夕方から夜に変わる時間帯に、屋上に寝転がって、雲を見て、体を流れる風を感じている。なんてことないのに、どうしようもなく幸せで、気持ちよくて、人生の美しさを実感していた。

先週サイトを開いたのに、今週になってようやく更新。この、外に向かっての関心のなさはいったいどういうこと? 自分の世界にいて、それだけで幸せなのは、どういうこと? 悪いことではないのだけど、人に自分の気持ちを伝えたいと思う気持ちの希薄さにときどき不思議な気持ちになる。

まあ、それでも少しずつ、何か書いて、それを不特定多数の人の目に止まる場所に置こうとしているわけなので、あながち「社交嫌い」ではないのだろう。今日、空を眺めながら思ったのは、やっぱり誰かといっしょに過ごしたいということ。たった一人でいいのだけど。今年に入ってから、生活から華やかさがなくなったけど、それ自体は別にかまわなくて、一人で過ごす平和な時間を楽しめている。でも、たった一人でいいから、いっしょに人生をすり合わせていくことができる誰かが、やはりほしい。この世の中に、いないとはおもっていないんですけどね。

なんか、昔から、だれかとずっと一緒に過ごすっていうのが苦手だったかな。でも、保育園のとき、近所にお気に入りの男の子がいて、よくその子の家までいって、ふたりでずっといっしょにいたのだ。いったい何をしていたのか覚えてないけど、懐かしくって、心の奥の支えみたいな気分に、けっこうなっている。その男の子のおにいさんが、いつも尋ねていくわたしをみて、けげんそうに首を傾げていたすがたまで思い出す。もう小学校になっていたお兄さんにしてみれば、弟のところにいつもやってくる女の子って、いったいどういう関係? なんて思ったんだろう。

それからしばらくして、その男の子といっしょに過ごすこともなくなったけど、懐かしい、嬉しい思い出だ。ドキドキするとか、初恋、みたいな気分じゃなくて、ただいっしょにいたいと思ってその子のそばにいたのだけど、今あんなかんじですごせる相手がいれば、それがパートナーなんじゃないかと思う。

……今日がたなばただからか分からないけど、書くと決めた日記の初日から、「出会い系」、しかもあまずっぱい話になった。嬉しいような、切ないような。なんとなく、この先も、この手の話ですすめていこうかな、という気分になってきた。まあ、今までの総括、ってことで、いいか!

あの男の子はK・Mくんっていったけど、どうしてるんだろう。当時の無邪気なわたしは、男のみかけとか、学歴とか、社会的ポジションなんてものではぜんぜん判断してなくて(もしかして、ルックスは、チェックしてたかも。だって、好みだったから、いっしょにいたいと思ってたわけですね)、もっと純粋ななにか、それをハートっていうのか、そのようなものでなんだか判別していたわけなのだ。うーん。いまさらながら、あやかりたい、って思う。

彼との“出会い”なんて覚えてないけど、当然小学校入学前の幼児のことだから、「お母さんどうしが知り合い」なんてのが妥当な線だろう。「一目見た瞬間、ハッとして、気がつけば恋のキューピッドに胸を打ちぬかれていた……」なんて、その後のわたしがさんざんやった失敗の数々は、年齢ひとケタのピュアな自分にはまだ縁がなかったのだ!

そう。激しい恋愛感情なんて、思いこみ。激しい恋は、激しい欲情とイコールだと思ったほうがいいのだ。ああほんとうに、今からでも、あの年頃に戻りたい。なんて、おろかなことを思うたなばたの宵です。

トップ  プロフィール