
−呂不韋おじさんの仲間たち−
| 封号 | 本名 | 国 | 出自 | こめんと |
| 孟嘗君 | 田文 (でんぶん) |
斉 | 宰相の息子 (庶子) |
元祖『食客』。「鶏鳴狗盗」でおなじみ。食客三千人を三ランクに分けて収容したという物好きなことを始めたのはこの人。そもそもお父様の跡継ぎに何ぞなれるはずのない生まれだったのを、なんと跡継ぎはおろか宰相にまでなってしまったのは、有象無象の食客が圧力団体となったから。そりゃあ…泥棒だの人殺しだの策士だの詐欺師だのの親玉になった息子を敵には…回したくなかろう、父上も……。五月五日生まれで、この日に生まれた子は親を殺すと信じられていたため、父上に消されかけたという災難も何のその。結局斉一国を食客で抑えてしまったのだが、失脚する→金がなくなる→食客の待遇が悪くなる→みんないなくなる(^^;)という悲惨な時期も経験する。金の切れ目が縁の切れ目かっ、とキレかけるが、ただ一人残った食客の「それが世の理だ」というわかったよーなわかんないなーな説得に納得。偉くなったときに平然と戻ってきた食客達を迎えてあげましたとさ、という一面も。 |
| 平原君 | 趙勝 (ちょうしょう) |
趙 | 公子 | 一番凡人に近いせいか、影の薄い人。趙の王子様。どうも、この人には食客にバカにされるエピソードが多いような気がするんだが気のせいだろうか。愛妾がびっこを笑い、彼女を処刑しなかったんで「平原君は士を軽んずる」とみんなにいなくなられたり(彼女を殺したら戻ってきたのだが、そんな食客置いてどうするんだという気も……)、下の信陵君が人材マニアが昂じて博打屋だの味噌屋だのに出入りするのをせせら笑ったら、「平原君はお付き合いするに足らない、だから出てく」と絶交されかけたり(泡くって引き止めた)、それを聞いた食客達が信陵君のところに転職してしまったりと……(^^;)。あ、メジャーなところでは『毛遂自薦』のエピソード。包囲された首都邯鄲に救援を要請するため楚と同盟しにお使いした時、使節団に入れてくれと名乗り出た毛遂さん。平原君は渋ったんだが、一番役に立ったのは彼だったのでした、と言うお話。やっぱり間抜けかもしれない……。 |
| 信陵君 | 魏無忌 (ぎむき) |
魏 | 公子 | 変な名前だが、れっきとした魏の王子様である。お姉さまは上記平原君のお嫁さん。秦の昭王が趙の邯鄲を包囲したときに、義兄平原君の救援要請を受けて駆けつけたのが有名。王様は大反対だったんだが、兵権授与の象徴である虎符を王の寵姫を使って寝所から盗ませ、(しかしこの人たちって泥棒をする話多いなあ……)疑った国境の守将を食客使って殴り殺し(……)駆けつけたので、邯鄲は救われましたとさ。で、仕出かした悪事のあまりの多さに魏へ帰るに帰れず(笑)、義兄の所に居候して食客探しに勤しんでいたらしい。挙句、平原君よりも階級にこだわらないのが受けたらしく、魏から呼び戻されたときには義兄の食客をごっそりトレードしてったそうな。もっとも戻ったところで疑われ、お酒と女性に溺れる荒んだ生活を送った上、若くして死亡。 |
| 春申君 | 黄歇 (こうあつ) |
楚 | 説客 | 戦国四君の中では、唯一庶民出身。実は一番『無名氏』の周辺に関わる人でもあった。呂不韋のものとして伝えられるエピソードは、彼のものをもじったんじゃないかという説もある。楚の太子付きだった。太子が人質だったので、彼も秦にいたことがある。応侯范雎と仲良しさんだったらしい。びっくり。范雎の協力を得て、帰国、太子が即位すると宰相として実権を振るう。食客の意見を聞いて、都を安全地帯に移したり、かの荀子を蘭陵に庇護して面倒を見たり、と四人の中では一番まともに仕事をしてそうな人である。ところが、その王様に子供がなかった→食客が自分の美人な妹を宮廷に上げようと思った→気になったので春申君も彼女に紹介してもらった→手を出してしまった→美人な妹は懐妊したまま後宮に上がった→その子が即位した……。「これ、どっかで聞いたプロセスだぞ!」と叫びたいのは私だけでしょうか。ちなみに春申君の子が即位するのは政君の九年、長信侯の乱をやってる紛糾の最中です。春申君は口封じの為に、今や外戚として権力を握った食客兄妹に殺されました。ううむ……。まさかこんな人だったとは。 |