ぱん、とまた一つ、火の中ではぜた。その間にも薪が荷車で続々と運び込まれる。がらがらと音を立てて積み上げられた薪には、一様に文字が記されていた。今は誰にも顧みられぬ情報を宿した簡面が、紐が切れ、或いは巻子の体をなせずにだらりと解け、木や竹の破片に戻って集積されてい。真冬の暖を取る焚火ででもあるかのように、上半身肌脱ぎの男たちが掛声も勇ましく、次から次へとそれらを火にくべていた。時々汗を拭っていた。
 傍に立つ私は綿の入った袷を何枚も着込み、狐の外套まで着込んでいたのだが。それでも芯からこごえていた。
 薄曇りの空に、どす黒い煙がもくもくと立ち上る。怨嗟の声でもあるかのように禍禍しく、しかし、はかなく。時折の風に拭き散らされる煙は煤を落とし、下界の人間を閉口させた。煤なら良いが、火の粉を落とされて火傷を負い、この場から離れざるを得なくなった者もいる。
 延々と続く牛車の行列。どれもが燃料を満載だ。
 風上、煤も煙も届かない、屋根に守られた場所に皇帝が臨御している。大勢の近臣に取り巻かれ、微動だにもせず、この時期外れな大焚火を見ている。何故ならこれは彼の命令だったのだから。豪華な玉座にある皇帝の傍に、師の頭が見えた。
 彼等は何か話し合っているのだろうか。それとも無言でこの光景を凝視しているのだろうか。或いはもう眼前のできごとには興味を失って、他所事を語り合っているのだろうか。
 師はこの焚火を正気で是としたのだろうか。
 皇帝が席を立つ。朝から始まった作業は、昼食を終え、もう日も西に傾いているのに果ても見えない。身分の高い一団が楼台から姿を消し、労働に従事する者と監督だけが取り残される。
 いまだ黒煙を吹き上げつつ燃え盛る山を眺めて、溜息が出た。人足は倦むこともなくーそれは皇帝の命である以上当然なのだからー薪をくべ続け、炎は満足することなく糧を貪り食った。ぞろぞろと続く荷車の列。がらがらと山がなだれる音。 確かに山はなだれをうって瓦解したのだろう。この中原が千年以上もかけて築き上げてきた知識の集積が、今炎の中で灰となって崩れていた。
 ぱん、とまた一つ、簡がはぜた。


Das Autodafe
−標題音楽−


 晩飯を摂って戻ってきた。暗がりの中、相変わらず炎は燃え盛っていた。新たに簡をくすべている者はさすがにいなかった。かつて書だったものは炭となり灰となり、火の粉を闇夜に揺らめかせながらいまだ燃え続けていた。
 炎の前には人影があった。
「呉さん。」
 まだあどけない顔が炎に照らされた。礼儀正しい少年も、そろそろ宮廷の人となるのだろう。
「このような夜更けにお一人とは感心致しませんよ、坊ちゃん。先生が心配なさいましょう。」
「いえ…父の供をしてきたのです。」
 ひょろりと背ばかり延びた師の息子は、巨大な篝火の方へと体を振り向けた。良く見れば少し離れたところに李家の車が止まっており、陪従の者たちも固まっていた。師は一人だけ炎の前に立っていた。
 近付いて行く私を、師の息子は止めなかった。
 師は朝服のままだった。からり、からり、と断続的な音がした。良く見ると、師は簡を巻子から一本一本引きちぎるようにして、手ずから炎の中に投げ込んでいた。大袖の朝服が熱風にあおられて、舞っているように見えた。
 砂利を踏む音を耳に止めたか、
「由か。」
と振り返らずに尋ねた。
「呉です、先生。」
「呉君か。由に会っただろう。」
「坊ちゃんにはお会いしました。お止めにならなかったので、参りました。」
 からり、からり。師は手を止めず、ふ、と口元を緩めた。足元にはまだ焼くつもりなのか、布のかかった包みが置いてある。手伝いを申し出ると、言下に、しかし穏やかに断られた。
 一本ずつ、ひきはがすように外した簡が、少しずつ煙となって消えて行く。
「…何故、書を焚こうなどとおっしゃったのです?」
 沈黙で答えた師は、ゆっくりと簡を燃やし続ける。初老の影の差しはじめた師の、穏やかでいながら鋭い眼差しは、焼け爛れ塵灰に帰して失せてゆく無数の書物を見つめていた。
 十本は投げ込んでから、私は弁解めいたことを口にした。
「先生を批判するつもりなど、元よりありません。不肖は浅学非才の身にしてわからないのです。これほどの遺産、中華が誇るこれほどの知の集積を、それを知り尽くした天下一の碩学とも謳われる先生、貴方が何故火中に投ぜよなどと建白なさったのかが。確かに法術を説かぬものも、迷妄の言を吐くものも中にはあるでしょう。しかし詩や史書、薬伝や工法などまで焼いてしまってよいものでしょうか。それらは有用なのではありませんか。教えて頂きたいのです。私には、わからないのですから。」
 師は今度こそ薄い笑いを浮かべた。からり、とまた一本簡が火の中に消えた。
「…よいのだよ。」
 簡潔な、肯定の答え。
「焚いて、よいのだ。」
 そして彼は穏やかな笑顔で、恐ろしいことを言ってのけた。

「真の知であれば、私が焚いたくらいで滅びることはなかろうよ。」
 そうして、また一本を火中した。

「人の記憶とは、然程確かなものでありましょうか。」
 私の声は震えてでもいたのだろうか。それとも巨大な炎を目の前にして、場違いな穏やかさで淡々と簡を焚き続ける師の姿に畏怖していたのだろうか。
 いかに天下の太平をもたらすものが法術であるとしても。それ以外全て無用であるとは、天下一の碩学と名高い師の発言でもなかろうに!
「忘れられたというのなら、それだけのことだ。」
 珍しく師は挑戦的な物言いをした。
「簡に書かれたことに頼りきるだけなら、それは知ではない。単なる情報の集積だ。そして莫大な情報を解析するに相応しい知能は、多くない。一知半解の愚人が、断片の知識を振りかざし社稷を迷わせてきたことを、君も知らぬわけではなかろう。」
 これも情報の整理だ、と師は自嘲にも見える笑いを浮かべた。
「…私には、わかりません……。」
「理解する必要はない。受け入れればいいのだ。」
「それでは次代の碩学が育たぬではありませんか!」
「…呉君。君は碩学になりたいのか?」
と師は呟いた。
「いいえ。私にそんな不遜な野心はありません。器でもない。しかし……!」
「私も君と同意見だ。私は、自分を碩学だと思ったことは一度もない。」
「何を……。」
 私はうろたえる。この方は何を言い出すのだ。この方は、かの蘭陵の大儒、荀子の元で学んだ方ではないか。その博識と手腕を買われて皇帝の信任を一手に引き受け、権勢の絶頂にある方ではないか。ただでさえ煩瑣な秦律の全てに通暁し、あまつさえ改廃や制定にも関わっておられるではないか。車軌幅、度量衡から、文章の起草に至るまで、いや『皇帝』という称号を決するにあたっても討議に加わったほどの一級の学識、更に本朝屈指の能筆ですらあるではないか。
「碩学などではない。私は吏にすぎぬ。」
 師は切って捨てる。私の方を少しだけ振り返り、君にはすまないが、と淡く笑う。
 建言が急進的な割に、師の人柄は穏やかだ。怒鳴られたことも鞭打たれたことも素っ気なく扱われたこともない。出自で扱いを変えるようなこともない。自らが布衣だったと公言して憚らない師は、秦の丞相となっても、卑賤の身から立身を得ようとする者を拒まなかった。理解力の遅い者はさりげなく遠ざけられていたけれど。
 だから穏やかなのだと信じていた。使いに立った荀卿自身、師は人に甘いという話をなさったほどに。
 けれども炎の壁に対峙する師の横顔は、峻厳というほかなかった。
「碩学の名など、私には相応しくないよ。」
「いいえ!先生であれば碩学であろうと忠臣であろうと、青史に偉大な名を残すことができるはずです!先生はそれだけの方です!」
「君は、呉君、官職から離れて人を見ることを覚えるべきだ。」
 からりと、また音がした。師の持っている巻子は来た時に比べて大分短くなっていた。
「私は自分の呼ばれるだろう名を、よく承知している。皇帝に取り入った男、友人を毒殺した男、儒門の敵、異端の弟子、知識の敵。」
 そして、しばらく残った巻子を見つめていたかと思うと、振り切るように炎の中へ投げた。
「私には、それで十分だ。」
「先生……。」
「私は陛下の影を背負う。それが私の願いであり役割だ。」
「皇帝の過失は先生とは……!」
「君は由のところへ行くがいい。」
 師は、二度と私を見なかった。私は項垂れて数歩引き返した。
 納得がいかなかった。何故師でなければならないのか。何故皇帝の悪名を、この人は一人でかぶろうとなさるのか。
 あの玉座にふんぞり返った皇帝が、己の所業を全てかぶればいいのだ。いや、治世の全てに対し天に責任をとる故の、『天子』ではないのか!
 抗議しようと体ごと振り返る。師は屈んでいた。脇にあった包みから布を取り除けた。中から出てきたのは夜目にも鮮やかな、大きな白い花束だった。何の花かは分からない。煙の臭いに全てかき消されている。
 次に師が口に乗せたのは、秦の言葉ではなかった。

「約束は果たした。曲解を招きそうな書は全て焚いた。お前が俺に残した書簡も、全てだ。一字一句、全て俺が覚えている。俺と、お前の弟子、陛下が全て引き受けた。だからお前の言葉は秦ある限り生き続ける。生ける人間を書とし、媒介とした韓非子よ。お前の筆跡が焼けてもお前の天才は滅びまい。肉体の死者、思考の生者、お前の追悼には息の通わぬ明器は相応しくない。まだ命の通う英華を生きたまま、生贄としてお前の住む九泉に送ろう。受け取れ、韓非、お前を救えなかった男からの餞別だ!」

 詩ではなかった。だが耳慣れない楚音は、どこか遠い国の旋律でもあるかのように聞こえた。
 異域の歌に合わせて舞うかのように、師が力を込めて投げ込んだ供物の花が、火葬の炎に飛び込んだ。勢いに引きちぎられた花弁が、わずかに遅れて、火炎に踊りながらひらひらと火の粉をまとった。
 師は黙って立ち尽くしていた。非才の弟子は黙って立ち去る以外なかった。

 師の同門であった韓非子のことは耳にしたことがある。彼の才に及ばずと認めた師が、毒杯を送って自死を強いたと。師は当然のこと、蘭陵の荀子も私にその話をしようとはしなかった。
 羨望と嫉妬と自己保身が師にそうさせた、と人は囁き、師は何一つ否定しなかった。師をよく知らない者は、その明晰と博学に慄き、あのような情を持たない法術の徒であればさもあろうと恐怖した。
 だがしかし。
 中原ではなく楚の言葉で紡がれた追悼の言葉は何を意味していたのだ。
 師は楚人だというのをぼんやりと思い出した。激しく感情的、という楚人の性格は、師とまるでそぐわなかった。かといって、好戦的な秦人の気質とも相容れなかった。それでいて最前の言葉は十分な激しさに満ちていた。師は望むなら、皇帝の令旨すら撤回させた程の文を綴る人でもあったとも思い出した。

 しばらくして戻ってきた師はいつものままで、皇帝の叡慮を称え、この件が順調に運び、秦の治国へいかに寄与するかを私達に語り聞かせていた。

「このままで漢は立ち行きません。だというのに、陛下は周囲に惑わされ、目を覆われているのです!」
 まだ若い秀才の声に、我に返る。目の前の秀才は、往時の私より遥かに若く、そして栄達を遂げていた。いや、現在の私より高い地位を得ていた。
 慧眼、と誉めれば良いのか。私は曖昧な笑みを浮かべ、しかし口からは一言も出てこなかった。不満らしい様子を見せたかつての弟子は、どこか軽蔑したような口調で、
「河南に比して、ここは腐りきっていると思われませんか?」
と続けた。
「…君は好漢だよ。」
と私は答え、彼は眉根を寄せた。
 彼の剛毅が若気の至りに過ぎないのか、それとも日月を貫く浩然の発現なのか、私にはわからない。彼の名がどう記憶されるか、そもそも記憶に残されるのかすらわからない。知るつもりもないのだろう。
 私もまた年老いた。かつて大量の書を焼き捨てた師の年よりも。
 焚いて良いのだ。
 あの一言は今でも強烈だ。
 忘れられたらそれだけだったということだ。
 あれから数年後、師は惨殺された。奸計にはまったといい、或いは当然の報いといい、或いは悲劇の忠臣と呼ばれ、師の評価は依然として一定しない。いや、私もいまだ、師がどんな方だったのかわからない。
 逆臣の汚名を着て咸陽の刑場に露と消えた師だった。誰から見ても冤罪で、しかし誰も師を救わなかった。師の一族は残っていない。
 私もまた、何もせず、郷里でひっそりと閉じこもっていた。私に咸陽での立身を遂げる才はなく、望みもしなかった。ただ家族を守り、それだけで幸福だった。
 秦が倒れ、続く戦乱の間、無事に過ごすことだけが私の目標だった。その矮小な願いが私に与えたのは、温厚な長者、河南の有徳者という名声だった。漢は私に声を掛け、形勢が定まったのを見極めて、私は受けた。
 そして今、私は咸陽ではなく長安にいる。師と皇帝の業績を否定しさり、なおかつその上に築かれた漢という成果の中枢に。高祖皇帝がどんな人だったのか、地方にいた私はよく知らない。侠党の出身で、学が嫌いで、粗暴で、人をよく招いた、そうだ。今の帝は学を好み、そのために私は長安へ召し出されたのだが、親子でも全く似ていないことはあるものだ。
 帝とかつての教え子は詩文を通じて親密だ。賈生はその早熟で国政に参加し、漢の高臣から疎まれていた。功臣の家に生まれた若者達とも彼は合わなかった。孤高を保って、一人ぽつねんとしている秀才を見かけるたびに、私は何故か嘗ての師を思い出した。
 自分は碩学などではないと言い放った師を。
「賈君、君は今、幸せか?」
 若い秀才は目を見開いた。彼にもまだわからないことはあるらしい。
 能力を惜しみなく捧げて非命に倒れた師と、凡庸な幸福を追及した弟子と、どちらの生き方が正しかったのか、私には結論を下せない。ただ、目の前の才子に幸いを望む。
「道を行ない、社稷を安定させることができれば、私は幸福です。」
 模範回答、と呼べばよいのだろう。
「君が望むなら、それが君の天命なのだろう。」
 批判したいのではないと伝わったのか、彼は愁眉を開いた。そして無能な功臣家の高官や、嫉妬の目を向ける俗物共に対する鬱屈を、少しずつぶちまけた。
 たまっていたらしい不満を聞かせて、彼は安心したらしい。愚痴を咎めない私に甘えるように、様々な繰り言を吐き出した。私もまた安心した。
 良くも悪くも、彼は師にはならない。なれない。
 あの方は、肝心なことに一切の口を緘したまま、全ての非難と悪名をかぶったのだ。動機も、背景も、何もかも。
 何故書を焼いたのか。
 何故学者を埋めたのか。
 自身の理念としてか、皇帝の傀儡としてか。
 友を殺したと自分で言ってのけた師は、自身について何も語らず、それがいまだに師の印象を決定できない一因となっている。同門をすら栄達の前に排除すると恐怖して囁かれた師を、しかし時の皇帝は一度として咎めたりしなかった。
 皇帝は師を始終呼び付けた。大体において師の建白をそのまま受け入れたことなどほとんどない皇帝だったが、それでいて語り合うのを好んではいたらしい。まるで自分と師の間に介在する第三者を許さないかのように。
 それに羨望の目を向けたのは高祖皇帝だったと聞く。
 賢相として衆目一致した蕭何を丞相、いや相国としてすら置きながら、高祖皇帝の望んだのは、毀誉褒貶定まらない我が師であったのだ。
 たった一つは言えるだろう。
 悪名であれ、美名であれ。
 我が師の名は偉大なものであったのだと。




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お題は「悪名」。タイトル決めないまましばらく放置した、三月に出来上がっていたもの。焚書に紛れて、残しておくとやばそうな韓非の手紙とか全部焼いてる李斯。ついでに花束投げ込む李斯を書きたかった。政君も尉繚も知らないところで、李斯と韓非は腐れ縁の無駄に強いつながりがあるというお話。タイトルはまんまドイツ語の焚書。もう一つより、異端審問の側面を持つこっちの単語を使ったのは、勿論坑儒の前提があるから。

いんでっくすへ