俺って散々道家の禁じ手使ったからなあ。だからさ。
うち、つぶれたら二度と立ち上がれないだろーよ。
不吉な予言をした割に、祖父は飄々として愉快そうだった。俺が不愉快だったのは言うまでもない。


Die Dringlichkeitsstufe
-優先順位−


 大体、どこんちの当主が自分ちがつぶれるなんて事を予測してそれを放置するってんだ。あのくそじじいがいい加減極まりないのは重々承知してたが、あんな言い方しなくたっていいだろう?!まるで、つぶれろつぶれろとっととつぶれろ、といわんばかりだったんだぞ!
 という顛末を憤慨して不疑兄に語ると、不疑兄は絶句して俺の顔をまじまじと眺めた。
「…丞相も怖いことを言うね……。」
「感心すんなよっ!自分はとっととくたばればいいだけかもしれないが、家を継がされる俺はどーすりゃいいんだよ、ったく…お先真っ暗の絶望じゃないか!そもそもあの不良じじいの尻拭いをどうして善良な孫の俺がしなきゃなんないわけ?!間違ってるよ、絶対に!」
 くっそー。道家の法に反したかしてないかなんて知らないけどさ。んなこた、あのくそじじいばりな行動してたら道家ならずとも礼にも祖法にも人倫にも常識にも反してるわけで、敵が何人いたっておかしくないじゃないか。っつーより、いるだろ、今でも。ごろごろ。
 弾劾沙汰は日常茶飯事、喚問されるのもふつーのことという素行不良の札付き策士のくそじじいが娑婆をでかい面して歩いてるから世の中って怖い。加えて極めてまともでみんなの尊敬の的だった蕭相国が獄にぶちこまれたりなんてするから更に怖い。
 不疑兄は愚痴を垂れ流している俺に辟易していたらしいが、留侯みたいなまともな人んちに育ったらあの極道じじいの迷惑加減なんて知りようがないらしい。
「…恢、それ丞相にすさまじく失礼だよ……。」
「俺、あのくそじじい嫌いだもん。向こうだって俺に孝行なんて徳目期待してないし、どっちもどっちだよ。そもそも礼ってのは年を重ねることによって長者の徳を増し加えた人間に尽くすもんであってさ、あの不良じじいが無駄に年食ったからって尽くすもんじゃないだろ。」
「時々、恢は丞相にものすごく似てると思うことがあるよ……。」
と不疑兄はありがたくない寸評と共に深い溜息をついてくれた。やめろー、身の毛がよだつ。あんな奴に誰がなりたいもんか。如何に天才だ忠臣だ稀代の策士だと持ち上げられようと、絶対ごめんだ。
「俺はあんな常識外れじゃない!」
「い、いや、丞相は賢いから世間の規範では計れないと父もかつて言って……。」
「留侯は温厚な方だからあの極道じじいを暖かい目で見て下さっただけだろ!」
 どうやらうちの極道じじいを好いているらしい不疑兄は、困ったように沈黙した。張家の人々は、あまりに貴族的なためかあの横紙破りを妙に買っているところがある。身内にしてみれば迷惑この上ない。
 父上はあのじじいに頭上がらないみたいだけどさ。もっと危機感持って欲しいよな。自分の家つぶれるなんて放言されて、はいそうですか、もなかろうさ。
 不貞腐れた俺を宥めようと思ってか、不疑兄は酒と食事を言いつけた。宮中から一緒に下がって不疑兄んちに転げこんでから、かなり長らく居座っていたことにようやく気がついた。

 家へ帰ると相変わらず父の部屋は静かだし、じじいの部屋は騒がしい。どーせ女引き込んで酒盛りしてんだ。関わらない方がいいに決まってるので、無視して自分の部屋に下がる。まっとうな士大夫とゆったり杯を交わすって発想がないのか、あのじじい。陸大夫なんかオヤジギャグを飛ばしてくれたりする上に物知りだから、俺結構あの人が好きで遊びに行ったりするんだけど。一緒に呂氏討伐の兵を上げたくせに、普段は陸大夫から逃げ回ってるよな、あのじじい。
 今度の功績は絳侯が勝っております。
 呂氏討伐の功績を全部絳侯−亜夫殿の父上だ−に押し付けて丞相位を辞任してからというもの、出仕することすら稀になり、ひたすら遊び暮している不良じじい。かといって何も知らないのかと思いきや、まめに出仕している父上だの俺だのが知らないことまで知っていて、鋭い寸評を馬鹿騒ぎの最中にぽつりと漏らしたりするから怖いのだ。
 結局仕事したいんじゃないのか?何で辞任なんてしたんだよ、わけわかんねー。
 呂后が存命だったんならまだわかる。目晦ましだと言われても納得したさ。でなきゃうち、つぶされかねないもん。あのくそじじいの妙な鋭さは誰だっておっかないらしいから。
 けどさ。じじいの頭を押さえられるのなんて、言っちゃ悪いがもういないだろ、朝廷に。絳侯だって重鎮で将軍ったって、あのくそじじいが手配してなかったら禁軍の中に入ることすらできなかったっていうじゃん。陸大夫はどっちかってーと学者肌でばりばり仕事する人じゃないし。皇帝だって、大きな声じゃ言えないけど代なんて僻地からうちのじーさんが拾ってきた完全穴馬じゃん。高祖に忘れ去られて僻地に飛ばされて、だからこそ呂后に消されなかったから転がってきた高位ってだけだし。だからくそじじいの方が圧倒的優位。
 …ってわけでもないのか。煙たくなって後ろ盾を消す為政者なんか過去にごろごろしてるしな。あーあ、世知辛い世の中だよ。ごろん、と床に転がった。
 高い天井が見える。梁の後ろ、埃たまってるんだろうなあ。
「あー…山に篭りたい……。」
「んなとこ篭って何すんの?」
 脳天気な声にはね起きた。酒壷抱えた不良じじいが入口にだらしなくもたれて、不肖の孫をこいこいと手招きしていた。
 陸大夫には申し訳ないんだが、長幼の序なんぞ蹴っ飛ばして断固拒否したかった。小心者だからついてったけどさ!

「あーやだやだ。何だって俺の孫は山篭りなんて辛気くさい人間になったんだろ。陸生だよなー、絶対陸生の影響だよなあ、付き合う相手が悪かったとしか思えない。」
 ただでさえ酒臭いってのに、大杯になみなみ注いで寄越すのである。俺だって飲める方さ。不疑兄やら辟彊なんかよりずーっと。実は父上より行ける口だったりもする。するんだけど。
 ザルかよっ、このくそじじいはっ!何で臓物を壊さないんだ、こんな人間離れした奴が身内だなんて顫面に嬉しくない!おまけにこれは酒か、酒なのか?!酒精ばっか強いが、香りも味もあったもんじゃないぞ?!不気味な液体をいともうまそーに飲んでいるこのじじいが漢帝国の元丞相だったなんて、お先真っ暗。陳家が取り潰されても、俺文句言えない。
「かーいちゃん、どーしたのかなー?酒は陽気に飲むもんだよー☆」
「…祖父上、意見がましいことを申し上げるのは…まことに…恐縮なのですが……。」
 俺って偉い。ここまで我慢して言えた俺って偉い。涙ぐましいっ!
 問題はこれを一発で粉砕するくそじじいだけだ!腹抱えてひっくり返って笑うとこかよっ、このやろー!
「『祖父上』!おい、恢、お前いつからそんな殊勝な玉になったよ!」
 ひーひー言いながら笑ってやがる……。
「文句あるか、このくそじじい!人の孝心無にしやがって!」
「うっひゃー、陸生仕込みのいんちき孝心の実演とは笑える余興をありがとうよ、孫息子!」
 この救えない不良じじいの頭を唯一抑えられたという不疑兄の父上、留侯様!今ならわいて出てくださると大感謝です!なんて、所詮現実逃避でしかないことを考えてしまった。
「少しは孝心を起こさせる程度に尊敬できる人間になっちゃどうだ、このくそじじい!」
「俺、頭以外で尊敬されようと思っちゃいない。大体餓鬼に孝行されなきゃ自分の面倒見られないなんて無様な羽目になりたくないね。孝行したきゃ大伯父さんにしてやるんだな。」
 嫌味かよ。悔しいがじいさんが自分の面倒見ているというのは事実だ。このくそじじいの舌鋒にかかれば孝行の美徳が老醜無惨の図に化すんだよなあ。ひねくれてるにも程がある。
 溜息をついたら、
「ぼーず、幸せが逃げるぜ。」
と半分やっと空けた杯にまた足しやがった。
「もう逃げてるよ、あんたがじいさんだって時点で…あー…陳家なんか弟にくれてやって、山に篭りてー……。」
「お前、何でそんなとこだけ留侯に似てるかね。」
 別に留侯に似てるわけじゃない。
「藪から棒にあんな偉い人引き合いに出すなよ。俺は不良じじいほど頭が回らないし、父上みたいにおとなしいわけでもないから、下手に問題起こして家潰すより山に篭って好きなことして友達だけ呼んで暮すほうがいいってだけさ。」
「安心しな。俺ほどじゃないけどお前、利口だから。あ、それと陳家なんかお前が気にするほど大した家じゃないからどうとでもしなってさ。成り上がっただけで、所詮食い詰め百姓だぞ、うちは。」
 相当酒が入っているのか、げらげら笑っている。そりゃ、元がどんなだったかってのは、散々聞かされたさ、じいさんに。食い物ないから糠食わされたとかよくぼやいてるしさ。人づてにあまり良くない…というよりは身内にそんなのがいるなんて考えたくない話も聞かされてるし。
 食いつなぐだけで手一杯なのに友達まで呼んできたってんだから、じいさんの不良振りも年季が入ってる。それを温かく見守ってやったのが大伯父上で、だからこそこのくそじじいは唯一自分の兄上にだけは頭が上がらないらしい。俺は苦手なんだけどね…善良そのものの大伯父上。可愛がってくれるんだけど、話が通じないんだもん。悪いことしてるような気がしてさ。
 お前、平に似てるね。
 大伯父上は、よくそう言う。顫面に嬉しくない。
「折角成り上がったんだから落ちぶれることないだろ。そのすんばらしー頭脳労働の結果は取っとけよ。」
 嫌味混じりに言ったつもりなんだが、じーさんはふっと笑いを消した。
「俺はうまいもん食えりゃいいだけで、列侯なんかくそ食らえなんだよ。」
 丞相と仰がれて、万戸侯と目されている身のくせに。
 吐き捨てた祖父の顔は、なまじ道を極めるために陰棲したいと高言して回る奴らより遥かに浮世離れしていた。まるで、目の前にいる孫の顔すらも目に入っていないかのようだった。
「…俺はあんたが嫌いだけどさ…でもあんたがいないと物足りないとは思う。」
 その言葉に、祖父は普段の、人をからかうような眼差しを戻す。空になった杯の縁ぎりぎりまで酒とも言い難い代物を注いでやると、目を細めた。
「俺は悔しいけど、じいさんほど賢くないから、列侯の家に生まれてなけりゃ取得がないと思う。だから落ちぶれたくないし、家を潰したくもない。」
「それだけわかってんなら、お前上出来。」
 …誉めてんのか、これ。くさされてるような気もするんだけど。
「安心しな、お前がいる限り陳家も潰れないだろ。その冷めた現状認識がありゃ無茶なことしないだろうさ。でも朝廷なんて信用すんなよ。皇帝は隙あらばいちゃもんつけて高祖と一緒だった連中の家潰してやろうと狙ってるからな。」
 ずけりと。こういうとこが怖いのだ、このじじいは。
「先手を打って山に篭るとか、駄目かなあ。」
「そこまでするほどじゃないと思うぞ。ってより、それ逆に挙動不審。巫蠱に手を染めてると思われちゃ、どんな話をでっち上げられるか知れたもんじゃなし。」
 反論できない。
「ま、不良じじいから恢ちゃんに忠告させてもらうとだな。富貴の果実は好きに楽しんだらいいさ。けど、一番大事なものは、覚えとけ、命だからな。間違っても家門だの名誉だの、くっだらねー事のために死ぬんじゃないぞ。家なんてのは、中に住んでる人間が快適に暮すために存在してりゃいいんだ。家のために人間がいるわけじゃない。朝廷だって、同じ理屈さ。」
 これだ。
 こんな奴が忠臣だなんて持ち上げられてるなんて、世の中間違ってるよなー……。

 そんな会話があった、なんてすっかり忘れていた。

 じいさんのいなくなった後、うちのくそじじいの予言は見事に的中し、反撃される危険の全くなくなった帝は諸侯を威圧しにかかりやがったのだ。一体、誰のお陰で帝位に就いたと思ってんだよ、あいつ!
 手始めに冤罪被せて絳侯を投獄したあのくそ帝は、その後も何かと些細な落ち度をほじくり返しちゃー、処刑だの領国没収だの、平気でやってくれやがった。それに便乗する取り巻きなんてのも出てきた。つまり諸侯国の後釜に収まろうって魂胆だ。けど、帝が狙ってやがるのはそんなことじゃない。
 あのくそじじいがまだここにいたら、俺の予想が当ってるかどうか尋ねてみたのにな。
 あの野郎が目指しているのは郡県の復活だ。全てを統御する皇帝の再現、高祖やうちのじじいが必死になってひっくり返した墓場の奥のやり口を、また掘り返そうとしてやがる。
 それをして秦は倒れたんじゃないのか?けれども俺は口を出せない。高祖にずけずけ物を言ったあのくそじじいの度胸も知謀も持たない俺は、冷ややかに帝を眺める。帝と俺の間には距離と温度差がある。あいつは高祖の功臣の家と関わるのを恐れるかのように、まるで自分が自力で帝位に就いたとでも過去を改竄したいかのように、新たな取り巻きを集める。で、いて、そいつらを大事にしているわけでもない。劉氏ってのは薄情な一族なのかよ、と毒づきたくもなる。高祖も大概だったらしいが、こいつも相当だ。息子だからか?父親から忘れられていたとしても。
 じーさんの目指していたのは何かわからない。けど、高祖は案外。
『男なら、あんな風になってみたいものだ。』
 始皇帝を目指してたんじゃ、ないのか?そして、今のくそ帝はそのお世継ぎ、ってわけだ。
 あーやだやだ。
 じいさんの乱行を忘れるために道学に凝ったのは、まだガキだった頃の話だ。くそじじいがいなくなり、どう転んでも害にならないような父上が亡くなって、俺は曲逆の爵位を継いだ。父上って、案外保身に長けてたのかもしれないよな。で、俺もとりあえず無害極まりない凝り性ってとこに落ち着いてたわけなんだけど。
 帝の矛先が不疑兄に向かったと知って、俺は飛び上がった。罪状は、不敬罪。

 何が不敬だ。たかが帝位に就いて五年ほどの経験しかないあの帝を、俺は心底呪った。
 優等生の秀才の不疑兄にそんな大それた考えが浮かぶはずがない。瑕疵や失言としか呼べないようなことを誰かが中傷したか、あの帝が拡大解釈したかのどちらかに決まっている。
 本当に不敬だった奴を見抜けずに放置したまま往生させた男の判断力を信用するほど、俺だって馬鹿じゃないんだよ。
 一つも尊敬なんかしていなかった劉氏を存続させたうちのくそじじいは、何が目的であんなことをしたのか、今になっては理解不能だ。生前の発言からしたら、じじいにはこの展開が読めていたとしか思えない。だったら、どうしてあんななくてもいいような血統を保持したんだ。
 けれども。残念なことに。
 俺には、漢という肥大化してしまったこの組織に歯向かうだけの力も智謀もないのだ。
 ごめん、不疑兄。俺は弾劾される留侯を庇う発言すらできず、朝議にただ連なっている。欠席の不疑兄に対し、帝の側近は容赦なく弾劾を浴びせ、功臣の家の者たちは沈黙を保つ。
 何も、できずに。不疑兄は、名誉ある家を断絶させるための生贄として求められるのだ。
−家なんて、くっだらねーことのために死ぬんじゃないぞ−
 にやりと食えない笑いを浮かべた奇計の策士の声が、天啓のように甦った。
 死ぬんじゃないぞ、恢。
 そう諭したあの祖父ならば、間違いなく今の不疑殿を殴るかもしれない、と思った。なら。
 あのくそじじいの代わりに俺が殴ってやらなきゃならない。だって、不疑兄は、本当は。
 祖父は不疑兄と辟彊が殺されるのは我慢ならないはずだ。

 馬を引いて来させ、今は独立して一家を構えていた辟彊の屋敷に乗りつけた。いくら幼馴染とはいえ、曲逆侯の爵位を持つ陳家の当主が、勅勘を受けて死罪になろうかという留侯の家に乗り込むわけには行かない。無駄にややこしくなって、うちまで巻き込まれるだけだ。
 表情を固くした辟彊が飛び出して来て、下男に手綱を投げた俺を出迎えた。
「恢、来てくれたんだ。」
「不疑兄は!」
「兄上は…僕を義絶なさるおつもりだ。韓の代から続く名誉ある家門を捨てるわけにはゆかないとおっしゃった。籍没は覚悟なさっておられるよ。」
「あんの石頭っ…辟彊、不疑兄呼べっ!今更張家と心中して何になるんだ!とにかく、不疑兄助ける方法を話し合おう!」
「兄上が出歩けるわけないだろう!とりあえず、目立たないように着替えて!一緒に行くから!」
 そーじゃ、ないだろ!不疑兄!家のために人間がいるんじゃ、ないだろ!
 辟彊と俺は不疑兄の所にまですっ飛んで行った。裏口から忍び込んだ俺達は、取り次ぎも通さなかったので文字通り留侯不疑兄は飛び上がった。
「来るなと言っただろう、辟彊!曲逆殿まで…見つからない内に、早く去れ!」
 胸倉掴んで横面引っ叩いてやりたいのをかろうじて抑えた。その代わり、俺は手入れされていない身なりで憔悴しきった不疑兄の前に立ちはだかった。
「不疑兄。うちのくそじじいが言い残した言伝を持ってきたんだよ。間違っても、家門だの名誉だの、くっだらねーことのために死ぬんじゃないって、あのじじいの命令だ!」
 …頼むから、じいさん。不疑兄を救って……!
 じいさんの命令は、俺よりも不疑兄の方に強力に作用する。なら、助けて。俺の大事な兄貴分を死なせないで。
「不疑兄、目え覚ませよな!留侯の爵位がそんなに大事か?!っつーより、あの偉大なお父上の功績に、あのだっせー領国が本当に相応だとでも思ってんのかよ!んなケチくせー領国だの名誉だのの為に死ぬなよ、それって御両親に思いっきり不孝だぞ、不疑兄!」
 頼む、不疑兄。目を覚ましてくれ。
 あんたは帷幄の軍師の頭脳を受け継ぐ貴種なんじゃないか。頼む、こんなとこで無駄に死ぬなよ。
 じーさん、不疑兄を、お願いだから救って……!
「私は…留侯に……。」
「不疑兄、親父の顔に泥塗りたくって泣かせる気か!」
 俺はあえて、留侯とは言わなかった。
 一番大事なものは。
 不疑兄。なあ、命だろ?
 留侯、お許しください。貴方の名誉を俺は傷つけるのかもしれません。けれども俺は、曲逆侯陳平の跡を継ぐ人間として、不疑兄に領国の保全を勧める気にはならないのです。
 祖父は、きっと俺を支持してくれると存じます。ですから、お許しください。祖父は、貴方にとっても、他人ではないのですから。
「…恢、誰の話をしている……。」
 不疑兄はぽつねんと呟いた。
「お父上でなくて、親父殿の話。ってより、こういうところ融通利かなかったんだろ、お父上は。あのくそじじいが辟易してた。だから不疑兄は二の轍踏むなよ。いい事はなさそうだしさ。」
 俺は、既に身に染み付いた遠回しな言い方で不疑兄を牽制する。辟彊が俺の言うとおりだと援護射撃をした。
「兄上。たとえ爵位を失っても、氏を絶たれるよりは存続させる方が孝というものではないのですか。お考え直しを!」
 不疑兄はがっくりと床に倒れこんだ。

 後は何とかすると請合った辟彊に感謝されつつ見送られ、俺はまた自邸に戻った。散発的に参内する中、留侯が国と爵位を返上して助命を請ったと聞いた。
 恐ろしいことだ、と囁き交わす廷臣達の声に、俺は平静だった。代が下れば功臣の家も大したことはないという悪意の固まりのような悪口にも興味がなかった。
 俺が大したことがなくても、あんたは大したことがあるのかよ。内心でせせら笑いながら、俺は『凝り性の曲逆殿』を続ける。
 目新しいことが起きて人はすぐにかつての留侯の身に起こった不幸を忘れた。忘れた頃に、俺は宮廷で辟彊に呼び止められた。
「貴方の友達に言付かったんですよ。」
 に、と笑って踵を返す後姿が、誰かに似ている気がした。手に押し込まれた絹の包みの中には、人参が一塊と、短い書信が一つ。
『一足先に脱俗を満喫しています。』
「…誰のお陰だと思ってんだよ。」
 俺が山に籠もるのは、もう少し先になりそうだ。




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久し振りのお題シリーズで「もう一度」。一月から五ヶ月もかけて書いたもの。ひっさし振りです、このキャラクターを動かしたのは。おまけにしぼたも陳平も出てきていない。単語帳では大活躍なのに。職場ではさらに大活躍のちびしぼなのに!!(笑)
ちびしぼは、あちこちで陳平を捨てて(笑)長助と一緒に活躍の場を広げています。ぴこにはえくれあん、しぼには長助…不定形キャラクターに意地悪な、やな師弟だ(笑)。ぴこちゃんは二枚目設定が崩れていないのでまだ職場に繁殖しないのですが(ぴこに繁殖という言葉自体似合わない)、しぼちゃんは顔まで不定形化したので同類化してます。ああ…まともな留侯なんて、恢ちゃんの頭の中にしか存在しません。
「とーぜんだっ、このバカ孫!しぼちゃんがマトモなはずないでしょっ、あのどーしようもなくわがままで強情で意味不明なところが可愛いんだからっ!!!」
「…護軍中尉。誰がマトモでなく意味不明なのだ?!」
「しっ、子房殿っ、いつからそこに……。」
「…きらい。」(にや)
「いじめるーっ!!!どこがわがままじゃないのさーっ!」(泣)

いんでっくすへ