| また一人ピエロオが 慢性孤獨病で死んだ。 見てくれは滑稽かつたが、 垢拔のした奴だつた。 −ジュル・ラフォルグ『ピエロオの詞』上田敏訳『牧羊神』より
燕へ戻ろう。 八つ裂きにされた兄の遺体を眺めて、私は心中で呟いた。燕王が嫌ったという兄は既におらず、兄の『遺徳』だけは残っていた。使えるものをみすみす捨てる程間抜けではない。 そうだろう。三哥。 私の名は、代という。うちの二親は貧乏者の子沢山の上、無学だったので名前をつける場合に相当困ったらしい。それなら近隣のように数字でつければよかった−事実、つけていた−のだが、三哥が出世してからというもの、宰相の縁者たる者がみっともない、と背伸びした名に変えたかったらしい。変えるにしても元から教養のない我家だ。二親は思いつく限りの国名や地名や人名を総動員して、手当たり次第につけたものだ。私に割り当てられたのは、代。燕の中でも北辺に位置する土地の名を頂いたのは、巡り合わせでもあるのだろうか。 二親が地名という選択を思いついたのは、三哥が勝手に名乗ったのが『秦』だったからだ。その兄が秦にだけは扉を閉ざされたことを思うと、不思議な皮肉に感じてしまう。兄は季という元々の名を勝手に字にしてしまい、人は季士殿季士殿と彼を呼んでいたものだ。それだけで兄が手の届かなかった上流の人間になったような錯覚に陥る。私を含めて、蘇家の連中は兄を崇拝していた。何より兄は我々を富裕にしてくれた、立身譚の主人公だった。 一族は今でも洛陽におり、分ける程もなかった田地を増やして−無論兄の与えたものだ−、今では自分達で耕すこともなく奴婢を使っている。私はというと、兄の成功によりあやかるため、彼について諸国を回った。成功の秘訣を知り、なおかつ自分の家族も養う必要があった私は、兄の手腕を盗もうと決めていた。身内が有能な片腕になれば兄としてもやりやすいだろうし、一族はより繁栄するという算段だ。 「楽しやがって。」 が兄の口癖で、それでも彼は自分の持つ人脈に私を紹介してくれた。私はつないだ縁を大切にすることを教わり、それを最大限利用することも教わった。 弟としての贔屓目かもしれないが、兄は人に物をわからせるのが上手だったと思う。鬼谷子の薫陶だと兄は言ったが、秦相となった同門の張儀と比べれば、違いは明らかだ。恐らく相手を説得しさえすれば満足らしい張儀と違い、兄は人に推論させるのがとても巧みだった。推論を自分の思う場所へ誘導していく術にかけても。加えて、兄は人をよく誉めた。しょうもない、と大抵見過ごされるくだらない取得も兄の目を逃れることはなかった。そのくだらない取り柄を山ほど誉められて鼻の下を伸ばす王や宰相というものを兄は沢山見せてくれた。布衣の中でも最下層の出自から成り上がった兄に対する反感は当然ながら強烈だったが、顔を合わせるとそれなりの親しみを持って遇されたのは、兄が誉め上手であることと無縁ではなかっただろう。私同様に兄の門弟となっていた弟とは、よくもまああれだけしょうもない人間に煽てるところを見つけられるものだ、と呆れ半分感心したものだ。 つまりは兄にそれだけ人を見抜く目があったというわけだ。 兄は水を向けられるとよく喋ったが、不必要に饒舌な方ではなかった。むしろ肝心な話になればなるほど要点ばかりをしつこく繰り返すので、いい加減くどいとうんざりすることもしばしばだった。そして相手によって話題を変えるのみならず事の真偽までひっくり返すことすらあった。追従屋、というのは兄に浴びせられる罵言でも登場回数の多い言葉だったが、本人は否定しないばかりか、うまい追従は八方丸く治める優れものだ、と高言して憚らなかった。 「どうせ奴らは煽てられたいのさ。そして、人脈のない奴はそこにつけいる他にどうやって地盤を広げるんだ?」 正論だったと思う。それでも根も葉もない追従は言わないのが兄で、賛辞の中に微かな事実が含まれていると人は喜んだ。 六国の相印を兼帯するほどにもなった兄だが、秦で張儀が策動を始めると地位が一つずつこぼれ落ちて行った。 「閣下のご援助あって秦に奉職した者が、何という忘恩の振舞いをするのでしょう。」 口々に不満の声を上げた私達だが、兄は寛大だった。 「俺に先見がなかっただけだ。」 ついには始めに説いた燕一国の宰相に過ぎなくなっても、兄は愚痴らしい愚痴を私達に聞かせることはなかった。 その燕にすらいられなくなり、追われるようにして斉に来た兄は、群臣の嫉視の的となる。二年して、従約の元締であった兄は刺客の手で暗殺された。遺体を車裂にしたのは兄自身が王に宛てた遺言だ。全ては下手人を洗い出すための芝居であり、復讐のために兄は。 自分のまともな埋葬すらも望まなかった。 弟の獅ヘ斉にいる一族の面倒を見ると、臨鯔に留まった。私は二年ぶりに薊へ行き、子之へ連絡を取った。子之の子供とうちの子が夫婦のお陰を蒙ったというわけだ。兄の持つ強烈な影響力を恐れていた子之だが、私のことは気に入ったらしい。子之は、帰ってきたか、と喜んで会ってくれた。公子?はどうだい、と聞くと、どう思う?と聞き返された。ろくに話したこともないのに、何とも言えないじゃないか。子之は満足げに頷いた。 「斉での暮らしぶりはどうだい。」 「兄貴が顫面に斉王に嫌われたからな。あおりをくらって僕らは謁見すら叶わぬ次第さ。」 「燕の利を図って斉にいたんじゃ評判も悪い道理さ。何、他ならぬ君のためだ、一肌脱いでやるよ。」 子之は謁見の便宜を図ってくれた。兄の書生同様に見られていた私だが、初めて会う燕王を説得するのに別段の不便は感じなかった。兄の話し方をいつも傍で聞いていたから、いつしか心構えができていたと見える。 「貴方様は天下の名主であられます。」 「君の言う名主とはいかなる意味だ。」 「過ちを正すときに耳を傾けられ、耳ざわりだけのよいことをお避けになるということですよ。実は謁見をお願いいたしましたのも、お耳に痛いことを入れさせて頂くためでございます。斉と趙は燕の仇敵、楚と魏は盟友でございます。しかして王におかせられましては仇敵を奉じて盟友を討とうとなさる。燕の利とはなりませぬ。お考え下さい。この計に誤りがあると申し上げねば忠臣とは申せませぬ。」 私は深々と頭を下げた。燕王は困ったように子之を見やり、子之は、私は知りません、自分でお決めなさいという格好で立っていた。子之はいつもそうだ。そうは言いながら、相談を持ちかけられて頼りにされるのが大好きときている。 「それは、斉は私の仇だし、討ちたいのも山々だ。。問題は国力がないことだ。貴方が燕をして斉を討たしめるというのなら、私としては国を挙げて貴方に委ねても良いのだ。」 子之は表情を変えなかった。しかし、子之の好くような主君だと思った。恐らく兄を欠いた燕の朝廷で、それなりに有能であり経験を積んだ子之は重宝されているのだろう。 燕だけで戦おうと思うところに無理があるのですよ、と私は続ける。斉が何をしているか、本当に理解しておられますか。南は楚と戦うこと五年、西は秦と結ぶこと三年、北は燕と戦って燕はニ将を失い、更に宋へと進出しようとする斉の状態を分析する。しながら、斉王も後先を考えないものだと思う。 「いかなる天険が防備となろうとも、連年の出兵で民力の尽きているものを何故恐れるに足りましょうや。驕慢な国君は大抵が利欲に急ぎ、亡国の臣は財物に目がないと決まっているではありませんか。ご親族の中からどなたかを質として送るのです。宝珠玉帛で事を左右するのです。先方は必ず燕を徳とし、宋を滅ぼすことなど軽視するようになります。それこそが斉の滅びるべきとき。」 燕の王は熱烈に私を誉めた。子之もまた私の後援をし、私は質を伴って斉へ戻ることとなった。 子之は言う。 「質子を連れて行けば斉王は嫌でも君に会わねばならなくなる。会ったら後は君次第だ。無論、君は私を親しい友と思ってくれるだろう?」 「勿論だとも。私は君の為にいつでも尽力するつもりだ。」 そのつもりだった。子之が私を好く程度には私も子之を好いている。 質子と共に斉へ戻った私は、獅ノ行きがかりを打ち明けた。子之の構想も打ち明け、彼の口にしなかったことも弟に告げた。 「兄さんを使って斉を牽制するつもりですか。兄さんも兄さんだ。よく首の飛びかねない役目を引き受けましたね。」 「子之は燕でよく用いられている。俺の背後に子之がいると知って手を出せば斉王は余程の間抜けだし、そんな間抜けであれば何とでも丸めこめるだろうよ。」 「親戚にこんなことは言いたくありませんが、子之は燕を乗っ取るつもりかもしれないと、もっぱらの噂ですよ。」 「だとしても俺にどんな関わりがある。お前だってそうだ。氏Aお前質子を連れて王の前に出る気はないか。そうすれば蘇家は二国に席を占めることになり、迂闊に殺し屋を送られる確率も減るというものさ。」 「兄さんの言いたいことはわかりますが、斉王は三兄をいまだに恨んでいます。難癖をつけて蘇氏にいささかでも意趣晴らしをしようと狙っている。」 「三兄の時代とは違うだろう。今我々に手を出せば、燕の子之が黙ってはいまい。その上、燕公子にとって我々の存在は死活問題だ。」 「確かに。…それにしても、兄さん、最近三兄に似てきましたね。」 「兄弟なんだ、当然だろう。お前だって。」 「私はまだまだですよ。」 さりながら、ふてぶてしくも堂々と質子を連れて斉の宮廷に乗り込んだ獅烽竄ヘり、兄の背中を見て育ったのだろう。いまだ兄のことを根に持っている斉王は、獅捕縛して即刻牢に放りこんでやる、と大変な剣幕だったらしい。私、引いては子之を敵に回したくない燕公子は必死になって獅フ為に弁解これ努め、弟は平気な顔で謁見の場に赴いてきたらしい。 このご時勢で、たかが兄一人のことをいつまで根に持っているのかと思う。まあ、根に持てるだけ、張儀に再三騙され、殺してやると騒ぎながらもまた丸めこまれる楚王よりましなのかもしれないが。 張儀か。 兄に推挙されたも同然のくせに、その兄の信用を失墜させるべく秦を動かし続け、今もまた宰相の権限を振るっている。あいつにはかなわなかったと兄は口にしたことがあったが、あんな奴が兄だったとしたら家族の方が迷惑だ。兄を殺した黒幕の、更にその背後に奴がいたという噂を聞いたことがあるが、事実無根ではないのだろう。忘恩の男にはむしろありうる話だ。 獅ヘ無事に廟堂で席を得た。私は帰命するため燕へ戻った。 兄一人を殺しても、蘇家の地盤は既に根を張っていた。そして子之もまた。 君は友達を忘れずにいてくれたか? 帰ってきた私を暖かく迎えた子之は忘れずに念を押した。 忘れなかったとも。ほら、土産だ。 馬車に積んだ物を手で指すと、子之は相変わらずどうでもいいというような顔をした。斉から積んできた珍奇な財物を一顧だにせず、子之は繰り返す。 私は君が友達がいのある男だと信じている。 そうか。子之の欲するものを私は知っていた。そして私は子之を好いていた。子之が私を好くのと同じ程度に。だから私は復命した折、子之の利益を優先した。 「斉王は覇者であるか?」 問いかけた国王に向かい、 「無理でしょう。」 と。 「何故か。」 「臣を信用しておりませぬ故に。」 私の言葉は皮肉でもあったか。この燕で左右売国反覆の臣と呼ばれたが故にここを立ち去らねばならなくなり、斉で刺客の手に倒れた兄を持つ私に、燕に対する忠誠心など、どだい持てという方が無理だ。燕王は呑気に大きく頷いた。 「私は臣を信用しよう。」 そして子之は喜んだ。燕王は私の助言を快く聞き入れ、子之に全権を委任した。名前を持たないだけの実質国王である子之は、やりたいことを好きにしていた。私に止めるつもりはなかった。子之は十分なお裾分けをしてくれた恩人で、私は確かにそれだけのことはしたのだし、燕は無事に運営されていた。 曲がりなりに、ではあろうが。 大抵の人間ならば止める局面を私は放置した。放置して、弟のいる臨鯔へ戻った。 燕王が子之に譲位したと聞いた。 斉での待遇は良かった。獅ヘ十分に蘇家の地盤を固めており、彼の兄であるということで引見も容易だった。燕の質子は私の再訪に喜んで国の事情を聞きたがった。私は質子の聞きたいだろうことだけをかいつまんで話し、子之の子の字すら口にしなかった。 子之はやりすぎた。私は臨鯔を動かなかった。子之は姻戚だ。それ以上に、私は蘇家が大切だった。 あの兄の遺して行った、繁栄した蘇家を守ろうと思った。 六国の相印を腰に帯び、威儀を正して洛陽のあばら家に現れた兄を思い出す。自信に満ち、威風辺りを払い、輝いていた。周王ですら憚る兄を、私達もまた憚った。嫂などは今まで意地悪く当っていた腹いせに何をされるかと、子供の私達からすればおかしいほどびくびくしていたものだ。 兄は鷹揚だった。普通ならここぞとばかりに復讐する者もあろう。その代わりに兄は、家族に金品を惜しげもなく振る舞い、出世のこつを教えて欲しいという私達の願いも断らなかった。蘇家は嘘のように繁栄した。 高貴な生まれの人々に立ち混じって平然としている兄は私の憧れだった。いつでも陽気で誉め上手だった兄。 兄は自分の利故に従約を勧めたと、人は言う。その通りだ。しかし、秦に立ち向かうか、服従するかの選択しかない以上、その一つを勧めて何が悪い。選択したのはそれぞれの国君だ。 だから、私達は兄の遺鉢を継いだ。兄のしていたのは誇り高い職業だ。蘇家として、それを完遂させるのは遺された者の務めだ。 燕は内乱を起こした。燕王も子之も命を落としたが、私達には何等影響はなかった。私達は斉で重きをなし、他国で危害を加えられそうになったときにも保護の手を差し伸べられた。保護の手を差し伸べたこともある。あの張儀が失脚して後丞相となった秦の甘茂に口添えしてやったのは私だ。 世間は持ちつ持たれつさ。 兄の口癖は蘇家を保護し続けていた。そうして私が保護の手を差し伸べた最大の相手は、燕の新たな王だった。咸陽へ来るようにとの秦王の要請を突き放すよう、他国から警告したのはこの私だ。 燕の新王は、人のいなくなった朝廷に必死で人をかき集めていた。郭隗という身分の低い者の建言を容れて、そこから客を募ったというのだから、かの内乱の後は相当ひどかったのだろうと推察する。それに応えて来た有能な将軍を得たと、臨鯔で聞いた。 それでも、咸陽へ行くなと警告する者は傍にいなかったのだ。 私は覚えていた。兄の暗殺の背後にいたと囁かれるかの秦相が楚王を咸陽に招いた折のことを。楚王は抑留され、二度と故国の土を踏むことはなかった。彼の場合は警告を無視したが故の自業自得ではあった。では、同じ警告を聞いて燕王は悟るだろうか。 私は燕に忠節だったわけではない。燕王を試しただけだ。 燕王は忠告に従った。そして意外なことに、私を呼び戻してきた。私だけでなく一族を全て薊へと呼び寄せた。 「燕が大をなしたのは蘇氏がいたからであった。」 と歓迎した。 「蘇氏に去られてから、燕は幸運を取り逃がしたようだ。」 私は、既に長老と呼ばれるようになっていた私は、薊から立ち去らねばならなくなった兄の後姿をまだ眼前に描くことが出来る。 燕は幸運を、兄は命を取り逃がし、その故に私はここへ戻ってくることが出来たのだ。 「蘇氏は燕王の大度に感謝いたします。」 私は、とは言わなかった。 「燕も蘇氏に感謝するであろう。蘇子よ、よくぞお戻りになられた。」 宴の上席へと誘う若年の燕王にいたわられ、最早誰にも揺るがすことの出来ない権勢を得た。その全ては兄の遺産だ。燕で兄の『汚名』が抹消されていようと、私は覚えている。貴方がどんな手を使ってでも先達となってくださったからこそ今の蘇氏の繁栄があるのだと。大度の貴族のような真似すらも可能なのだ。 兄の遺産を受け継ぐこと。それを次代に引き渡すこと。 それこそが蘇氏の長老としての責任。 私と獅ヘ優しかった兄を忘れない。
お題シリーズで『受け継ぐ』。代ちゃんで、あの兄貴を好いているのを書いてみました。蘇秦がぼろっかすに罵っている家族代表ということで。この家も噛み合ってないというか(笑)これは蘇秦のポーカーフェイス大賞というか。蘇秦は幻想旅行では一番書き易いので私は重宝しています。タイトルはご存知ディケンズから。このためにこれを読んだというのは余談です(笑)。 |