深い、深い穴の中にただ一人。
地下の冷気が顔を撫ぜた。布の靴は石段にも音を立てない。供もなく、誰も知らない地下の入口から入ったそこは、自分の埋葬所だった。 思えば即位して以来、墓ばかり掘っていたものだ。人生の終局が近づいた今、改めて気付く。祖父ともいう孝文王の、父ともいう荘襄王の。そして、他ならぬ自分の。 墓とは壮麗にして厳粛であるべきだ。宗族を尊ぶ意味からも、秦王室の力を誇示する意味からも。荘襄王が未完のままだった孝文王の墓はそのように建てた。荘襄王の墓は更に規模を大きくした。若い日に自ら図面へ書き込んだのを今も覚えている。孝文王と墓所を共にする亡き華陽太后が私を孝行な息子だと褒めていたのを覚えている。 孝などではなかった。 「悪あがきはおよしなさいな。墓の一つが何になるの。」 と母などは嘲っていたものだ。当時の私は母の言葉を聞きはしなかった。悪趣味なほど大きな墓だこと、というのが荘襄太后の評だったが、結局母もその墓に王と共に眠っている。全ての事実、或いは真実を石の棺に封印して、私の父たる王と終焉を共にしている。 更に大規模な私の墓を、あの人はどう評するだろうか。悪趣味にも程があると言われた所で、反論はできない。 森閑とした地下に物音はない。地上でうるさいほどの歌舞音曲に囲まれている身にはありがたい静寂だ。 ひっきりなしに聞こえる奏上の声。小走りに行き交う廷臣や小吏の足音。囁き声。中傷に阿諛、悪意のない噂話。車輪の音。馬蹄の響きといななき。大きな、小さな、簡束の音。それを台秤に投げ込むけたたましい金属音。 全てを遮断した地下の世界は、いっそ不気味なくらい静かだった。 燭をかざす。頼りない灯火の明かりに、微動だにしない沈黙の兵士達が見える。車駕を連ね、万乗を具現した大軍は、息が通っていないことを除けば、日頃自分を取り巻く秦軍と変わらなかった。 鮮やかに着彩された物言わぬ陶器の人形達が、本物の兵士のように戦闘隊形を組んで佇立している。或いは秦の兵が陶甬に似てでもいるのだろう。直立不動に侍する、私の護衛である筈の、世間で言う強兵が。 強兵か。確かに。六国を降し天下統一を成し遂げた軍隊に、その呼称は相応しい。たとえ暗殺者に襲われた国君を守れない兵士だったとしても。私は足を止め、万を超す甬の一体を見る。やや鼻が高く眼窩の窪んだ顔は、羌の兵でも写したものか。 燕丹に雇われた刺客が私の袖を掴んだ時、彼らは丁度この甬のように直立していたのだ。だとすると、私の周りは登極してこの方ずっと甬が守ってでもいたのだろう。 沈黙の軍隊。微動だにしない武器。彼らは主不在の墓所をただ守る。そして主は簡単にここへ来るつもりはない。 ここは、私のためだけの場所なのに。 何故私はこの場所を若い頃から設えてきたのだろう。 示威の為だけに? それとも安息の為に? 果たしてこれは安息なのか?林立する陶甬に囲まれ、偽りの武器に警護される棺の中で眠る事が。 死体の君臨する虚偽の帝国。 頭に浮かんだだけの言葉に、私の身を震わせる。この年になって、もう誰も私の名を呼ぶことすらない今となって、唯一無二至尊の帝号を称す身となって、まだ。私は恐れている。 お前は秦の正嫡などではないと断罪されることを。 だから私は黄泉を安息だなどと思わない。 どれだけ歩いただろうか。趙高には邪魔をせぬよう厳重に言い含めている。今日の仕事は終えた。宴席は疲れるし退屈だ。華美も余興も四十年眺めていれば、裏が見える。新鮮さなどどこにもない。 それでも私は一時の快楽を求め、群臣が競ってそれを提供するのも事実だった。 師団を三つは通り過ぎただろう。もう少しあったかもしれない。 手燭の光が銀色の堀を照らした。丹薬の錬成にも使う水銀が風のない地下で沼の沈黙を守っていた。堀に渡された豪華な橋。 自分の足で橋を渡り、石室の扉を開けた。燭に一つずつ火を灯す。一体、また一体と、ここでも甬が浮かび上がる。 馴染みがあるようで、少し違う顔達に囲まれ、私は棺台に腰を下ろす。そこが玉座でもあるかのように、ある甬は跪き、ある者は侍立していた。実際ここは死骸となった後、私が君臨する朝廷でもあるのだから、当然の光景でもある。 蔡公や蒙家の老将や王翦を人知れず象った石室は、若かった頃の朝廷のようで、少し違う。蔡公の顔はあれ程端正でも冷たくもなく、まして姿勢の良さは間違いだ。がに股歩きの老師はもっとしたたかで、私に優しかった。王翦に至っては捏造も甚だしい。あの演技だか本当かしれない痴呆老人を臆面もなく主君に披露する図々しさがからりと消え、謹厳な知将の風格すら漂っている。美化も甚だしい。蒙武がそうなのは違和感がなくとも、王翦はやり過ぎだ。何回見に来ても笑いがこみ上げる。 貴方達は私を本当に待ち受けているのだろうか。でも、どこで。 私はどこへの旅路をたどっているのだ。 蔡公でも、王翦でも、まして蒙家の忠臣達でもなく、私は一体の甬の前に向かう。灯火で照らされた豪華な壁画は咸陽宮のようで、しかし、この甬はさすがに室内の豪華さに負けていなかった。直々に依頼した老匠が、渡した図面に、これは男前な、と感嘆したほどだ。 私は記憶を美化でもしているのだろうか。彼の顔を覚えている筈の男は何も言わず、焼き上がった甬を見て、ただ微笑んでいた。 彼は在りし日のように玉座の前へ跪いていた。生きている彼を最後に見たのはいつだったか、もう覚えていない。 この年になって、私は沈黙の中、彼の傍に腰を下ろす。かつては、その肩の上から世界を見下ろしたこともあった。彼は私が望む物を何でも与え、王位までを、いや、自分の命までも与え尽くしたのだろう。 甬に身を寄せかける。地下の冷気に冷やされた陶肌に寒気がする。彼は暖かかった。恰幅のよい男だった。 彼がこの墓室にいるのは私だけの秘密だ。彼が何者か知らなかった老匠は完成していくらも経たない内に天寿を全うしたし、甬を搬入した者はそもそも罪人だったから、墓室の工事が済むと刑を受けた。これを教えて誰かの茶色い瞳を丸くさせたい気もするが、そうなるとあれはここにまで追いかけて来るので、教えない。 陶肌がじんわりと人肌の暖かさを持つ。彼が存命の頃、こうしたことはなかった。 もし、それをしていたら、何かが変わったか? 私は彼を憎んでいると信じていた。彼が嫌いだった。無条件に私に甘く、過剰な世話を焼く後見は、後ろ盾ではなく脅威でしかなかった。追放された男は、絶望の内に毒杯を仰いだ。一切の弁解を拒否し、沈黙の中に命を絶った。 貴方が一体、私にとってどんな存在だったのか、いまだにわからない。 「仲父、そなた私を恨んでいるか。」 恨んでいない筈があるものか。権勢の絶頂にあった彼を追放し、自殺に追い込んだのも同然の私なのに。 だからこそ自信があった。 彼がどこかにいるのなら、わたしの側から離れない。九泉の下だろうと、九天の上だろうとーさすがにそれはないだろうがー必ず復讐にやってくるという確信がある。それこそが、燕丹とその刺客、または高漸離たちのしてきたことだ。まして秦一国を欲しいままにしていた身を暗転させられた文信侯はいかばかり。 憎むなら憎めばよいのだ。私は譲歩などしない。数々の内乱を叩き潰したように、秦軍を率いて迎え撃つだけだ。相手にどんな理由があろうと、私は最高権威者だ。自動的にこちらは官軍であり、歯向かう者は賊軍となる。そして優位を利用するのは兵法の常識だ。 怪異であろうと、対処は同じだ。 しかし、幽明境を異にした者たちが私を襲撃することは二度となかった。もっとも、李斯などは、そんなことは論外だとばかり護衛の人数を増やすだろうが。 他人など当てにならないものだ。「護衛」が私にその武器をむけない保証がどこにある。罪を許し、才を惜しんで命を猶予した高漸離など、楽器を武器にしてまで私を殺そうと執着したではないか。 ―人君の患は他者を信じることから始まると言ったでしょう― 若かった頃私淑し、今もなお折に触れて思い出す男が、きっぱりと言い捨てるのが目に見えるようだ。敵対していなかったのに、臣従させることができず、だからこそ我が師友たりえた韓の公子。彼もまた、毒杯を呷って以来、私の元へは現れない。 九泉といい、黄泉といい、皆どこへ行ったのだ。どこにいるのだ。 私は甬に寄りかかって目を閉じる。 貴方は、文信侯、親政の最大の敵であり、或いは私の「父」とすら噂された貴方は、私に復讐したくないのか。忘恩の国君に、或いは不孝の公子に。貴方は、韓非子、臣従を拒み、法の名の下に断固として私の上位にあることを求めた貴方は、自己の理論が形をとったのを見たくはないのか。背信の友、背信の弟子の姿に。 どこにいるのだ、皆。 いや、私は答を知っている。そして、その答を直視するのが怖いのだ。 もう、どこにもいないのだ。 影も形も消え失せて、忘却の中に消え去るのみ。 …消されてたまるか! 私は偉大な「皇帝」だ。登極の是非を問われる必要のない、正真正銘、皇帝の始祖、始皇帝だ。秦の始皇帝、それこそが私、それこそが私の名だ。 ―新しい名を名乗るくらいの気概をお持ちなさい― 蔡公、私は貴方の激励に応えた。流石に名乗らせるわけにはいかぬが、どこかにいるのなら、褒めてくれてもよかろう、我が幼少の師よ。 敵でも良い、味方ならなお良い。何故私の元に訪れない。私は過去を共にした人々の甬を自分の棺室に侍らせ、けれども彼等に再び傅かれる気などかけらもなかった。 不老といい、不死という。蓬莱島に始まり西王母の仙桃に至り、挙句胡乱な方士や術師を総動員しても、私は目の前に迫る虚無から逃げ出す、いや戦うつもりだった。どこへ行くのか目処が立つならまだしも、消え失せてなどやるものか。私は、私の業績は至上者に相応しく、永遠に存在するべきなのだ。 ―僕は生まれてきてはいけなかったの?― 幼い頃の執拗な疑問が蘇る。それは旋律のように変容し、私の生涯に付きまとう。 ―私は生きていてはならないのか?― 私は存在に相応しく、消失には相応しくない。私は王位に相応しく、落魄には相応しくない。 それを誰に思い知らせようと、私は実績を積み続けたのだ?最早誰も側にいない今更となって、我に返る。趙高に?まさか。よく気が付き役に立つだけの宦官に何故。扶蘇に?私を立派な父として仰ぎ見る子に今更何故。蒙恬に?私にではなく、秦王の位に忠誠を誓った、愚直で鈍感な「忠臣」に何故。良かれ悪しかれ彼等にはわからない。わかる必要もない。私が過去対峙してきた人々と彼等の間には、器量という単純にして絶望的な格差がある。 私はどこへ向かっているのか。その問いかけが秦の行末と密接に関連していた時期は終わりに近付いている。秦は扶蘇の下で続くだろう。では、私は。私が向かう、その先は。 その先を知る筈の人々は誰一人訪れず、何も語らない。そして私は漠然とした恐怖の中に取り残される。風化しつつある名前を持つ人々の甬に囲まれて、自分がそれに伍するのではないかと恐怖する。 権臣呂不韋の名を口にする者はもういない。蔡公など知らない者の方が多い。若い者など、荘襄王は何代前の王かと真顔で問う始末だ。 貴方は私が好きだったのか、呂不韋。 冷たい甬は答えず、私も問いを口にはしない。かつて彼が存命だった時のように。 ―何を申したい?― ―何も― そうして沈黙の中に葬った疑問が幾つあっただろう。今の疑問もまた、答えられることはない。私は今も一人で答を見つけるだろう。正誤は問わない。前に進むだけだ。 だからここにはこない。決して。 風化する程遠い記憶の中で、存在自体が伝説のようだった詩人が語りかけた言葉を思い出す。まだ幼い私の手を引いて、永遠を探した詩人を。不老不死の桃源郷を探した詩人の当てのない旅路に同行した、邯鄲の少年を。 ―政、一緒に桃花源へ行こう― 荘襄王は私を穏やかな笑顔で送り出し、文信侯は必死の形相で探しに来た。私の二人の「父」は、それでも私を愛していたのだろうか。今となっては誰も答えない。そして、貴方も、詩人よ、貴方もどこへ行ったのだ。遠い日の約束が事実であるのなら、何故現れてくれぬ。 地下の冷たい湿気の中で、ふと暖かい手の温度を思い出した。 そうか。ここには李斯がいない。 私の前ではなく、私の後ろにいつも佇んで、穏やかな笑顔で全てを受け入れてくれた無二の共犯者の手の温かさがない。 『私は貴方を選んだ。』 彼の言葉が、どれだけ若かった私を救ってくれたことか。 私は立ち上がる。懐かしい顔達をもう一度見回し、一つずつ丁寧に燭を消す。一つ、また一つと顔は闇の中に沈んでいく。櫛の歯が欠けるごとく、彼らが私の元から去って行ったと同じように。 私はまたここへ来るだろう。そしてしばらくの時を過ごし、今日のように出て行くだろう。いつまで続くかわからない。けれども私は、この閉ざされた朝廷を作り上げはしても、ここで君臨するつもりはないのだ。如何に自分の望んだ者たちを揃えたとしても、私は命のない世界に下りて行くつもりはない。最後の瞬間まで戦って、勝利を手にしてみせる。私の存在を抹殺などさせはしない。私の業績を消させもしない。不滅にして不朽のものとして確立させ、絶対に風化などさせはしない。 だからこそ私はあの閉ざされた朝廷に、屈服させることのできなかった亡き師友と、自分の半身ですらあるあの共犯者を置かなかったのだ。彼らは私と共に生きるべきもので、追憶と共に葬られるべきものではないのだ。 扉を閉じる。水銀の川を渡って、陶器の軍団の間を抜ける。 死の沈黙はこの位で十分だ。 最後に扉を開くと、星が見えた。私はどれだけあの墓の中にいたのだろうか。地上に目を戻す。巧妙に橘の茂みで覆っていたはずの隠し扉の前で、私の共犯者は簡束を積み上げて仕事をこなしているらしかった。物音に振り返り、私に気付いて立ち上がった。 「老人のくせに、月明かりで仕事など目を傷めるぞ、李斯。」 彼は困惑と心配と安堵が混じり合った表情で、ただ一言だけを尋ねた。 「どこへ行っておられたのですか、陛下。」
お題は「何処に」。扶蘇君語り手でギャグにしようとしてどん詰まりになっていたものを、逆に逃走政君視点で書いたらとあいほんを出したら、これがするすると進んだことであるよ。(笑)そして政君語りだと薄暗くなるのはお約束。人が見ていないと案外素直な晩年の政君。呂不韋おじさんに密かに甘えてる。そして書いてみたかった兵馬俑坑。けど政君墓所は発掘されていないので捏造し放題(笑)。 |