桟道を焼け。
私の命令は現実となった。赤い火の帯が、つい昨日まで通ってきた道筋を嘗めてゆくのが、遠目にもわかった。
わかったでしょう、沛公は二度と東へは出ていかない。
伝えねばならない。納得させねばならない。さもなければ、沛公は永久に東へ出てこられなくなる。
これは、二律背反だ。
何年かかるか、と沛公は尋ねた。一年もかかるまい、と私は答えた。かかるはずがない、天下の動きが激しすぎる。止める者がいないので、乱雑な権力が勃興しては絶えず消えてゆく。貴方は消えない、と私は言い、貴方がいる限り、と沛公が納得した。
その通り、私がいる限り。
その私は、沛公を見捨てて、韓王の許へ舞い戻っていた。今更ながら、韓なる国が存在しているかのごとき、茶番とは知っていたのだが。


Burned Down My Heart

−彭城のパルティータ−


 韓王は、相変わらず静謐な室内で書を紐解いていた。名を呼ばれて幕舎に入ると、王というよりは学者の室内に入ったような錯覚を覚えるのはいつものことだ。からからと書簡を巻き戻す仕草の流麗に、いつもながら、私は見とれた。
「二度と戻ってこないと思っていました。」
 韓王の一声に、ずきりと胸が痛んだ。私には首を振ることしか出来なかった。
 あの方の瞳は苦しい。見つめられるだけで苦しいのに、その瞳を望む私がいる。ゆるぎない静謐をたたえた、私の本当の主に見つめられて、私は身の置場をなくす。
「劉邦について行っても良かったのですよ。私は所詮、貴方の手駒に過ぎないのですから。」
「そんなおっしゃり方をなさらないで下さい!」
「事実です、子房。」
 事実、などと。事実ではない。この方は、全てに意欲というものを失っているだけだ。私の駒などとは、恐れ多い。
 さらり、と簡素な着物の裾を揺らして、私の韓の公子は近付いた。
「何も小さくなることはありません。鴻門での首尾は、聞きましたよ。」
「お耳を汚しましたか?」
「楚帝が、漢王の謀臣の何と知略胆略に優れたことよ、と。もっとも、貴方の知略は范増を警戒させてしまったようではありますが。」
 范増め!韓王の周囲にむやみに増えた物騒な兵士の数は、それだったのだ。何故にこれほど物騒な警戒を敷いているのかとは思ったが。
 あの老人に、初めて殺意を抱いた。
「…私の至らなさの故に、ご迷惑をおかけします。」
「ですから、そう平身低頭するものではありません。軍師というものは、もう少し態度の大きなものですよ。」
「軍師?まさか。私は韓の司徒ではありませんか。」
 韓王殿下は端正な顔に失笑を浮べ、諭すように、私に衝撃を与えた。
「貴方は韓の司徒ではなく、漢王の軍師と呼ばれているのを知らないのですか。」
「嫌です!」
 突嗟に私は、叫んでいた。

 韓王は十重二十重に見張られている。それも楚軍の陣内だ。今更ながら項籍と范増を私は憎み、いつか必ず叩き潰してやるという決意を新たにしていた。
 使い慣れた幕舎ではない。私は沛公の陣幕に滞在していることが多いのだ、と改めて感じた。
 いや、もう沛公などと呼ぶべきではないのだ。それは、つい先日別れるまで、漢王と呼び続けた私自身が一番良く知っていることだ。劉邦は漢中を得た。もしくは下げ渡された。それも、項伯の奔走の結果だ。
 巴蜀の地を請う人間がいるなどとは、かの呂不韋など仰天だろう。流刑地を封国とされる、徒刑囚の王が漢王劉邦で、あまつさえその軍師が私とは!
 侮辱にしか聞こえない。せめて、あの方の口からは聞きたくなかった。韓王殿下の口からは。
 流刑地に主君を押しこめる人間のどこが軍師だ、何が軍略だ、もっとましな計を思いつかないのか、退却というにも程がある!あの陽翟の商人風情に嘲笑されそうで、私はやりきれなかった。まして、あの方は気付くだろう。私の限界に。
 劉邦について行きなさい。私は貴方の駒で結構。
 嫌です、絶対に!二度と戻ってくるななどと、おっしゃらないで下さい!
 私は泣いた。誰もいない幕舎で、ただ泣いた。
 私は韓王に何一つして差し上げられない。咸陽を落とす前辺りから、私は沛公を前面に押し出した自分の計画に熱中していた。沛公を覇者に、沛公を使って秦を倒せと。
 漢王の軍師だ?やめてくれ!
 私は韓の司徒だ。韓王殿下の臣だ。所詮土民の漢王は手段に過ぎない、私の目的は韓の復辟だった。それなのに、私は韓のため、幾ばくかの封地を請うことすら出来なかった。せいぜいが漢王のため、流刑地を下げ渡されるよう奔走しただけだ。
 では、何故韓王を立てないのか。決まっている、漢王にある兵と幕僚があの方にはない。集める気すら持っていないのだ。そもそも私が必死になって説得せねば、王位にすら就いて下さらなかっただろう。
 当然です、私は王位に執着などありませんから。あの方はそう言いそうだった。

 韓王は見張られているだけではない。封地を与えられ、しかし出発することも許されなかった。
 陽翟、韓の故地を与えられながら、帰ることが出来なかった。私には打開策はなかった。范増風情に嘲笑されていそうで、苛立った。
 韓王だけではない。漢王を出す方策もまだ固まってはいなかった。私には時間を稼ぐ以外、選択肢が無かった。
 西の流刑地にも等しい場所で、漢王は、蕭何殿は、曹参殿は、私の無能を罵ってでもいようか。罵るまい。ある意味、私の失策すらも認知できないのが漢という集団なのだ。愚かで、一つの展望も持たない、場当たり式に蜂起した土民の集団なのだ。
 考えれば、私が蕭何殿に敬称をつける必要はない。曹参殿に敬称をつける必要もない。漢王にすら、ない。
 かつての位階制などとうに崩壊したと頭で理解していながら、小役人を、農民を蔑視し続ける自分がいる。実務手腕を買いながら、しかしあれは県の書記に過ぎぬのだ、と罵り声を上げる、没落貴族がいる。
 極端なのだ。誰も近付かせない孤高の位置に座する策士を演ずる私は、その一方で、底辺を這いずり回る雑民におとしめられた、虚構の権威に執着する無能な貴族でもあるのだ。そして耳元に響く、亡き韓非子の冷たい声に怯える、常軌を逸した自分もいる。
 私はただ、自分の無能に背を向けるため、韓王の元へ伺候するのを稀稀にした。これ以上醜態を晒したくなかった。韓王殿下は咎めもせず、ただ、伺候した折は暖かく迎えてくださった。
 私は内密に蜀と連絡を取り続けた。蕭何殿は漢王の近況や士卒の状態などを、知りうる限り細かく−彼は軍事に暗かったから曹参殿が捕筆している場合も多かった−送ってきた。懶惰に流れる兵士や、気力をなくす漢王を叱咤するのも日増しに難しくなったという。
 楚の軍営を歩いていると、既に天下を取ったかのような覇気に満ち溢れていた。項籍は皇帝とほとんど変わりがなく、多くの軍閥もただ彼の前にひれ伏した。
 ひれ伏すのは心服でも屈服でもない。一時的な妥協だ。誰もそうとは言わないけれど。気付いているのかもあやしいのだけれど。
 咸陽を屠り、秦兵を坑した項籍は楚人に慕われ、他国者には畏怖された。畏怖もまた屈服ではない。項籍の地盤に燻る微かな震動を私は捉えて蜀へ送った。
 項籍は油断している。機を見て漢中へ再び出てきなさい。今の貴方は項王の目からは無きに等しいのですから、と。
 蕭何殿は、蜀の地で名将を得たと書いて寄越した。あの人の眼力がどの程度か知れないが、彼の推挙を受けた漢王が大将軍に任じたというのだから、安心はしてよいだろう。漢王には他人の才覚を見抜く、野性の勘のようなものがある。時折とんでもない失策をすることはあるが、蕭何殿の見立てと一致する限り、この度は多少は使える人材を発掘したと考えてよい。
 その男を小手試しに先発させ、ある程度の安全を確保してから蜀から出るのです。
 蕭何殿はすぐに返信を送って寄越した。焼き払った桟道を修復している、と。秘密裏に、しかし確実に、楚王の地盤は揺らいでいた。
 項王籍は何も気付かない。天下は己に服したと安心しきって、南へ帰還するなどと言い出していた。
 帰れ、衣冠を着けた猿狇め!
 項籍は足止めされた。漢王のみならず、末端に至るまで彼の偏頗な嗜好のままに与えた行賞に対して一斉に不満が爆発した。下克上に下克上、謀殺に謀殺が繰り返され、反乱に反乱が相次いだ。油断していた項籍はその全てに対して怒り、対処を求められた。
 頻発する騒乱が、私は楽しい。
 騒げ騒げ。四月の狂乱に踊らされるがよい。その間に、漢王は全ての気配を消して西から静かにやってくる。騒げ、その全ては漢軍の暗幕となって項籍の目を遮蔽するのだ。
 楚の義帝は長江の上流に押し篭められた。たかが亡楚の将軍にすぎなかった者が仮にも『皇帝』を配流するとは、とんだ茶番だ。しかし、韓王が無功とされ、列侯に格下げされたときにはさしもの私も憤った。
「仕方ないだろう、子羽が今余計なことを言うと沛公が大変なことになるぞ。」
 恐らくは状況を察して様子を見に来たのだろう項伯が、私の足を地に着かせた。
「下邳じゃないんだから、お前や俺が誰かを叩き切ったら、それだけで大変な騒ぎになるからな。子羽、自重してくれよ。お前の一挙一動、范増に見張られているんだからな。」
 私は、韓王に何もして差し上げられない。蜀の劉邦と漢軍全てがかせとなって私は動けない。
 そして、私には漢という材料が必要なのだ。韓非子の描いた法天よりもましな枠組を作ることができるという、証明の素材が必須なのだ。そのために、私は韓王が韓侯とおとしめられても目を瞑る。
 お許し下さい、韓王殿下。お許し下さい……。

 世迷い言を!

 韓王殿下は穏やかなままだ。それでも、私の中に響く韓非子の声は容赦無く私の偽善を追い詰める。
 無能な司徒、韓を見切った漢王の『軍師』として、容赦無く糾弾する。

 貴方に私を罵る資格があるのですか、張子房!

 悪夢に目覚めた。初夏のねっとりとした空気が私にまつわりついていた。生温かい風が汗ばんだ夜着を冷やして、ぞくりと震えた。
 夢で見たあの端麗な公子は、厳しい漆黒の瞳で私を見据えていた。そして、私はあの方の視線から目を逸らすことが出来なかった。糾問されても、身動き一つ出来なかった。水を飲み、動悸が収まるまで寝台に戻れなかった。
 嫌な予感がする。
 休もうか、と支度をした時に、息急き切った様子の項伯が通されてきた。
「子羽、逃げろ。」
と、脱いだ着物を放って寄越した。
「すぐに逃げろ。殺されるぞ!」
 着物に手を通し、
「范増?」
とだけ尋ねた。
「項王もだ。もう、俺では庇いきれない。」
 だが、私はどこへ行くべきなのだ?
 顔に出してしまったのか、項伯が恐る恐る問い掛けた。
「子羽…俺のところに来るつもりはないのか?」
 そしてお前の玩弄物になれというのか。辛うじて詰問を呑みこんだ。
「私は没義道だが、不義者にはならぬ。馬を!」
 兵士に命じ、馬を引かせた。手綱を取ろうとすると、項伯が急いで首を振り、私の手から奪った。
「俺のに乗っていけ。お前のより速く、遠くまで走る。途中まで付き合う。」
「項伯、感謝する。」
 飛び乗ると、視点がいつもより高かった。大柄な項伯を乗せているのだ、馬体も大きくて当然だ。
 項伯が先に立った。私は彼を追った。昔から気立てのいい男だった。まっすぐで、思い立ったら即行動という、単純だが好い漢だった。
 下邳にいる時からそうだった。用もないのに私の所へ現れて、兵法や天下の話をして行くのが好きな集団の中に、この男もいた。私には誰か特別な存在というものはなかった。この男との交際が続いたのは、韓王殿下をお据えした楚軍の陣中に彼がいたために他ならない。
 まさか、彼に救って貰うとは思わなかった。私には誰も必要ではなかったはずだ。
 鴻門で沛公を救うために、そして巴蜀の地を保つため、私は彼の『項王の叔父』という立場を最大限に利用した。その代わり、一度だけ彼は私に代償を求めた。
 義、などという空疎なものは、いざという時には役に立たない。侠客だった私はそれを身に染みて知っていたはずだったのに、何を項伯に期待したのか。全ては代償と引き換えにして、与えられるものなのだ。私が施した恩義を人質にとり、だから他者は私の命令に服する。私の施した恩義を越える事態が出現した場合は、義、など空虚な題目にすぎなくなる。
 知っていた、筈だった。
 人は、自己の利の為に、その為だけに人を愛するものですよ。
 韓非子の冷たい、それでいて寂しげな声が私の心を蝕んでいく。私の韓を救おうとして、それを果たすことなく呂政に命を絶たれた美しい碩学の公子の面影だけが、私の進む道標だった。
 風を切る。息が苦しいが、それでも私は馬腹を蹴り続ける。
 わしには、あんたの知謀が必要なんだよ、子房さん。
 沛公の元へ戻らねばならない。彼を巴蜀から中原に出してやらねばならない。そうでなければ、私は、私を笑った子嬰孺子の影に一生つきまとわれる。
−貴方は、そもそも軍師なのですか?−
 最大の侮辱を加えた、秦の黒衣の帝に似た、遥かに年下の三世皇帝。私を韓非子と比較して笑った男だった。
−失礼ながら、司徒の策なるものには展望がない。軍師と呼ぶものは社稷の礎を築き、将来にわたる制度を確立するものと存じておりましたが、沛公の陣では智謀の士も軍師となるようです。軍師が智謀の士であることはありましたが、逆とは荷が重いかもしれません。−
 私は、好きでこんな身になり下がったわけではない……!

 嘘をおつきなさい。

 韓非子のあの漆黒の瞳が私を責める。

 嘘をおつきなさい、貴方はその策謀に相当な自負を持っている。やめたいのですか。ならば全てを放棄して、そこの楚の貴族の閨室にでも納まればいいでしょう!都合のいい時に逃げるのはやめなさい!

 私だとて、逃げてしまいたい。逃げて、逃げて、張家の正嫡という名も、下邳の侠客という名も、何もかもが追ってこないところへ逃げ出してしまいたい。
 私だって、守られたい時はあるのです、韓非子!
 ふ、と思い出した。
『私は貴方の運命になります。必ず、もう一度。』
 助けて貰うと、癖になるのかもしれない。私は顔を上げる。世の中、そんなに都合よく回るものか。温情や慈愛などがどこに存在すると……。

 貴方はね、私の陰からは一生抜けられないのですよ。

 どうして、陰だけなのですか!私は歯をくいしばって馬腹を蹴った。
 韓非子、私は貴方の側で師事したかったのです……!
「子羽、危ない、止まれ、止まれったら!」
 うるさい!敵意も露わに矛を構えて向かってくる男を一息に飛び越した。もしかしたら後足で蹴り飛ばしたのかもしれない。気がつくと、項伯が何時の間にか後ろから追ってきていた。
「無茶をするな。子羽、もう、相当離れたから。少し、止まれ!」
 片手を伸ばしてこちらの手綱を引いた。風に嬲られて相当乱れている私の髪を、無骨な手で撫でつけた。
「沛公の居所は知っているか。」
「ああ。漢中へ出ると蕭何殿が書いて寄越した。西へ行けば合流できるだろう。」
「落ち着いたら知らせてくれ。沛公から何か伝えてきたら、お前のところに寄越すから。」
「世話を掛けるな。」
「言っただろう、俺はお前に命を救われたんだから。義弟のすることだ、受け取ってくれよ。」
 義弟のすることではないだろう、項伯。私は微笑にその台詞を溶かしてしまった。項伯が気付いていないのなら、それでいい。余計なことを気付かせる必要はない。
 だが、お前は代償を要求したのだ。私はそれを利用する。徹底的に利用する。恐らくはお前が抱く親愛の情までも計算に入れて漢王を利する。
 では、と別れかけた時、項伯がとんでもないことを知らせた。
「子羽、二度と戻ってくるな。韓王は殺された。お前が戻ってきたら、今度は即座に命がないから……。」
 何だと?

 貴方は韓の司徒ではなく、沛公の軍師なのですよ。

 …韓王殿下!

 私の責任だ。私の失策だ。
 何故、一人で逃げた!
 韓王殿下。私の韓王殿下!私も共にお連れ下さい!
「子羽……。」
 うるさいうるさい、黙れ!私は動けない。
「子羽には沛公の所に行くべき義があるのだろう?」
 義など、糞くらえだ!
「今の子羽は、韓の司徒ではない、漢王の軍師なのだろう!」
「違う、私は韓の復興だけを……。」
「韓室の人間も復す気のない物のためにお前の才能を無駄遣いするな、子羽!」
 項伯の言葉が私の胸に突き刺さった。

 あれは、腐れた、引き倒すしかない巨木だった。だから私は秦王に翼を与えた。中身の食い荒らされ、朽ち果てた木を引き倒し、新しい物を据えることが出来るように。
 子房、私の後を追ってはなりません。追えないのですから。
 韓など、捨ててしまいなさい。

 お前さん、つぶれた国にしがみつくのはやめろよな。

 韓非子も、下邳の仙人も、この結末を予知していたのだろうか。泣きたかった。泣けなかった。泣けるものか、韓の司徒、漢の『軍師』にそんな無様な真似が出来るか!
 なけなしの衿持と肩書きを全て動員し、私は身を起こす。背筋を伸ばす。
「世話に、なった。」
 私には、それしか言葉がなかった。
「漢王の所へ行く。」
 私には、それしか行き場がなかった。
 漢王を立てるしかないのだ。漢王を傀儡にして、私の韓をもう一度実現させるためには、秦法を根扱ぎにして、韓非子の法治を根底から否定するためには、それしかなかった。
 私はまだ、生きなければならない。
 焼かれた桟道を嘗めた火が、私の胸の内までも嘗めてゆく。焼け落ちた橋のように、私の中で崩れていったものがある。
 わかったでしょう、漢王は二度と東へは出てこない。何故なら、巴蜀は流刑地なのですからね!
 わかったか、項籍!
 今に見ろ。私は必ず漢王を東へ引きずり出す。お前から覇王の冠を剥奪して、流刑囚の頭の上にそれを載せてやる。韓王という、最大の人質を殺したお前に最早私が容赦するいわれはない。
 韓は潰えた。完全に終局を迎えたのだ。私は、再びその終局を座視した。手を打つことも出来ぬままに、焼け落ちる橋を眺めていたように。そして韓王を失った私は踵を返す。自分の立てた旗印、土民の劉邦にかぶせた漢王の旗の下に。
 最早、私に引き返す道はない。




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お題シリーズ『油断』。項羽の油断と見せかけてしぼちゃんの油断。実は、この話十一月に書いたものです。去年の初めのほうに書いていたのは、もう少し「Winter」が進まないと出せないものでして。隠し持っているプロットを絡めようとしたばかりに、当初意味不明になりかけた代物。それでなくとも意味不明な語り手だってーのに。収拾着かないので、削ったら破綻しかけました。(笑)崩壊を救ってくれたのは、なんとぴこちゃんです。(ちなみにしぼちゃんの短編をしばしば救済してまとめてくれるのが韓非だったりします。ぴこちゃんの意外な効用)項羽の兄さんはぼろぼろに罵られてます……(笑)。一応高松は彼のこと好きなのに。原案ではしぼちゃん泣き伏してたんですが、「I have dreamed……」を絡めた為に、気丈で可愛くない根性ねじねじドーナツの彼女に戻りました。韓信まで出てきてます。それにしても、項伯さんというのは気の毒なキャラクターになっちゃったなあ。しぼちゃんなんぞに引っかかったのが身の不運。(笑)実はこれより先に出来上がっていた短編に彼が語り手のもあるのだが、もうしぼちゃんにいいように引き回されているとゆーかなんつーか。


いんでっくすへ