私の心を受け入れてくれるのは、誰。
私の思いを汲んでくれるのは、誰。
誰も、いない!
絶望した詩人は、泪羅の淵に身を投げた。


La Fanfaluca
-垓下の副旋律−

 南の人間は嫌いだ。物を考えるより前に、感情ですっとんでいく。愚かしいことこの上ないのに、何故か大抵、一様に同じ反応をする。頭は生きている内に使えと言ってやりたい。
 楚に仕えなかったのは、そのせいなのだろう。
 詩なんか、嫌いだ。
 甘ったれるなと言ってやりたい。何が、皆に嫉まれただ。自己陶酔もいい加減にしろ。口うるさい諌言を連発して、君主に疎まれないと考える方が脳天気だ。頭の中まで温まってしまったのか、詩人は自分の正しさを華々しく詠いながら、愚かな美女に求愛を退けられる情けない姿で天上を駆け回る。
 説く相手を考えろ、と罵ってやりたかった。
 要れる度量もない相手に、無意味な言辞を連ねて何になるのだ。所詮、愚かな美女は愚かな美女でしかなく、賢い美女でも探せばよいものを、華やかな家名に惹かれて、ろくでなしの許ばかり虱潰しに訪ね歩くのだ。
 家名が当てになるのなら、とうに建言は容れられていることに気が付かないのだろうか。何しろ名門というのは、一番目立つ位置に顔を並べているのだ。王の取り巻きという、絶好の位置にいる人々が妨害するからこそ、誰もまともな言説に耳を傾けない。
 秋冷が、身を切るような夜だった。
 流れている歌声にまで反発するなど、と自分に愛想が尽きた。たかが味方の一将の計略に過ぎない歌声に、どうして耳を澄ます必要があるのだ。それも、役体もない敗残の詩人の歌など。
 物哀しい旋律に勝手に動揺するのは、頭の悪い項籍だけで十分だ。いや、彼さえ動揺してくれれば、後はどうでもよい。覇王と呼ばれた男を頭に頂く軍なら、覇王が動揺すれば、それは全軍に波及する。
 楚人は嫌いだ。詩人も愚かだし、詩人を見捨てた王はお話にならないし、その孫は役にも立たなかったし、覇王は頭が悪すぎる。小手先の理解力がないと言っているのではない。自分の頭に限界があるという簡潔な事実を悟っていないのだ。
 だから、私風情に囲まれたのだろう。勝つ為ならば何物も犠牲にして憚らない、欠落を抱えた二流の策士に。
 これが、全ての結末だ。私が望んだ天下の大乱の、これが終止符なのだ。
 何という無残な結末。
 眼を覆って逃げ出したいほどお粗末な結末が、結果として目の前にある。秦を倒そうと、根扱ぎにして残滓すら見出せぬように粉々にして吹き飛ばしてやろうと誓って、漢王に仕えた。その結果は、これだ。秦の生んだ方法を何一つ組み変えることができずに、ただ頂点に座る人間の首が挿げ替わった。そんなもの、私は望みはしなかった。
 貴方が私を引き倒す?身のほど知らずなことを。
 かつてただ一度出会った公子の冷笑が、耳に響いた。冬の星のように冷たく遠く、美しかった非情の天才は、いまだに私を縛っていた。
 何も変わらない。蕭何殿は秦の吏だった。能吏だった。彼が秦法を基礎に、取捨選択を加えて統治をしたからといって、当然のことだ。誰も代案を出せないのだから、それが正しいのだ。そして漢王はおそらく皇帝を名乗るだろう。昔殺し損ねた秦の呂政が作り上げた位。漢王は呂政に憧れたのだ。その位置に座らない筈がない。一統に帰した天下は、頂く主を変えて、微妙に違う味付けを施しただけで、華麗な変化を遂げたように続いていくのだろう。
 それでも、何も変わってはいないことに変わりはない。
 馬車を降りて泪羅に飛び込んでしまいたいのはこちらの方だ。
 賢いと、天才と持ち上げられて、私は息ができないほど苦しかった。星明かりを見る度に、あの公子の漆黒の瞳を思い出し、それが冷笑に光っている気がして、いたたまれなかったのだ。
 私の心を知る者は誰もいない。それでも一切を押し隠して、私は茶番の幕を引かなければならない。都合良く何処かに飛び込んで、自分の記憶を美化させるような、無責任極まりない自己陶酔をしている余裕はない。
 項籍なら、詩人に同調するのだろうな。
 私の欠落が悲鳴を上げる。寒いのだ、と。何が寒い。これだけ着込んで外に出ている。風邪を拾ったら、あちこちで苦情を言われるのが鬱陶しい。だから、寒くはない筈だ。
 寒い、寒い、寒い。
 楚兵だとて、これほど寒がってはいないものを。熱でも出たかと、自分の虚弱さに溜息が出た。
 それでも一切を押し隠して、私は項籍を追い詰めなければならない。私の存在意義を賭けて、せめて二流の策士という惨めな地位でも守らねば、私の人生はふいになる。
 私には誰も、いない。
 当然でしょう。人というものは、自分の利の為に動くだけのもの。義だの信だの、綺麗な口こそ叩け、そんなもの当てにしていては、収まるものも収まらない。それが現実でしょう、子房。
 それでも、毒づく公子の漆黒の瞳は、何処かで潤んでいる。私のようになってはいけませんよ、と私の星は声もなく囁く。私だって、誰かを信じたかったのですよ。私を笑わなかった貴方に、私の過ちは繰り返して欲しくない。
 貴方の側にいたかったのです。本当は、韓にいた貴方の許で学んで、貴方の側にいるだけで良かったのです。
 遠い日の、私の憧れ。ただ一度手が触れあった人は、二度と会う機会のない人だった。韓に望まれなかった公子は望まれるままに秦へ行き、渡されるままに毒杯を呷った。
 漆黒の瞳の、冬の化身にも似た、綺麗な公子。
 貴方がいなくなって私は秦を憎み、だからこそ生きてこれたのかもしれない。秦を倒し、貴方に毒杯を飲ませた者に当然の報いを与えてやると、その一念だけで生きていた私は、元々確たる展望を持った軍師などではなかったのだ。誰もそうとは知らないけれど。
 私には貴方がいるのですね。
 記憶の中の面影は、困ったように微笑むばかり。私の後など追って何になるんですか、と言いたそうにしている。
 でも、貴方がいなければ、私は壊れてしまいます。私を知る者など、誰もいないのだから。だから、星になった貴方の許へ−。
 行かないで。
 突然浮び上がった涙声に、記憶の公子はどこかへ行ってしまった。何て時に、何て人間の声を思い出したのだ。自分で自分に腹が立つ。
 悲劇の天才、私の碩学の軍師とは比するも愚か。容姿と策を抜いてしまえば、掃きだめのかすにも等しい詭計の策士の声だった。あの男が泣いたというのも天変地異だが、ほだされた自分が尚更情けない。
 結末を着けるまでは、何処にも行かないから。
 あんな奴、さっさと見捨てて何処かに行ってやる!そもそもあの男は私の意思を尊重したことがないではないか。うるさいのに、邪魔なのに、嫌なのに、私の近くへ付きまとい、私の内奥に土足で踏み込もうとする。それでも叩き出せなかった。二流の『軍師』に過ぎない私は、あの男が平然と流す偽りや表裏反する計略といった場面を扱えなかった。だから、自分の非才を埋める為に、詭計に秀でた彼を置かねばならなかった。あの男から頭脳だけもぎ取って自分に移しかえることができたらと、幾度考えたことか。
 人格など必要ではない、その才能だけが必要なのだ。
 貴方は人格者ではなく、才能を要求して私を置いたのではないか、と漢王に食い下がった男が、それを他人に言われて傷ついた眼をしたのを覚えていた。たったの一瞬だったが、そして彼はすぐに反撃に出たのだが。
 天上を当途なく彷徨う愚かな詩人の旅は終わりに近付いている。そうだ、詩人もまた天上に逃げようとしたのだった。だが詩人は逃げられなかった。
 行かないで。
 馬が地上を振り返り、詩人の馬車は破局へ向かって戻ってゆく。本当は、空の彼方へ駆け去ってしまいたかったものを。
 詩など、嫌いだ。

 行かないで。嫌ってもいいから、側に置いて。お願いだから、ここにいて。
 本当は私こそ、その言葉を言いたかったのだ。一度微笑みかけて、この世界から立ち去ってしまった、世を憂うる碩学の公子に、追い綻って止めたかったのだ。
 形振り構わず、あの人の後を追いかけることが、私にはできなかった。
 行かないで、ただの策士でいいから、側に置いて。
 特別な存在でなくとも良いのだから。
 そんなの、私は嫌だ!
 貴方に一目置かせて見せる。その漆黒の瞳に、私だけしか映らないまでにしてみせる。私の才を貴方が看過できないまでにすれば、貴方は私を特別にしてくれるのでしょう?
 私の才。
 醜悪な戦陣。利欲で釣った将兵に囲ませて、歌声で絡め取る、卑劣な戦陣。覇王を討ち取って変わるのは、玉座の主の首ばかり。
 私は何をしたのだ。あの人のように非情に徹することもできず、あの男のように目的のためならその他を無視することもできず、中途半端を『神韻瓢眇』と祭り上げられてしまった私は、何処へ行けばよいのだ。
 詩人の馬車が私の前で止まる。共に彭咸を追おう、と手を伸べる。
 追っても良い。貴方は私の手の届かない、空の高み。
 砂を踏む足音がして、私は下界に引き戻された。彭咸を追うことすら許されない私は、目の前に悄然としたあの男を見た。
 私は貴方のいる空へ飛んでいきたいのです、公子。星は黙って答えない。

 時ならぬ甘い香りがした。
「何処をうろついていた。」
 聞くまでもなかったが、腹が立ったから聞いた。この男が行く所といえば、酒場か遊里かどちらかだ。韓信が決戦をしているのに、悠長にも程がある。もはや勝ったとでもいうのか。必勝の手筋が何かの偶発事で簡単にひっくり返ることを知らないわけでもなかろうに。韓信や彭越を釣った領土の約束を、漢王が本気で守るつもりがないことを知られたらどうするのか。
 漢王は、守るつもりかもしれない。だが私は、そんなものを守らせはしない。韓信も彭越も漢王すらも、私の手駒に過ぎない。天下の局面を描く、私と韓非子との時を超えた勝負の駒に過ぎない。
 あの公子に勝てずとも、せめて一統に帰した天下の枠組みを保たなければ、私は二流の地位すらも保てないではないか。
「楚軍の戦意は潰えただろう。さすがは韓信将軍。」
 そう、彼をこの盤面に引きずり出したのはこの私。
 あの男は乗って来ない。ちらりと空に目を投げて、一番嫌な部分を的確に突いてきた。
「韓非子は、何を?」
「お前の知ったことではない。」
 私事にまで立ち入るな。お前にその権利はない。
 何時気付かれたのかは判らなかった。星を見る私が、その向こうにあの天才の姿を見ていると看破したのは、とにかくこの男だけだった。いつか狂気の錯乱に陥った時、迂闊に洩らしでもしたのだろう。発作の最中の出来事をこの男は一切口にしなかったから、私も正確なことは判らない。
 だから、嫌いなのだ。この男は人当りの良さそうな顔の下に、鋭い観察と的確な行動を隠し持っている。自分の才が必要になった時には、誰にも種を明かさない周到さで奇術を披露して見せる男が、種どころか奇術の動機などを明かす筈がなかった。
 私は突き放し、星に目を戻した。韓信の歌わせている旋律は、新手の物に変わっていた。護軍中尉は、楚辞は嫌いだ、と笑った。
「私には現実逃避にしか聞こえない。」
 何故、そんなことを呟いたのか、判らない。お前には田植歌辺りが相応だ、とでも突き放せばよかったのだ。一言から私の本性を読み取る男に、何という台詞を渡したのだ。
 あの男の大きな目が、非難するようにこちらを見た。
 感激しろとでもいうのか。項籍ではあるまいし、この私が詩人の愚挙を、悲運と嘆くとでもいうのか。
 受け入れてくれる者がないと嘆いて、受け入れる相手を選ぶことすら悟らなかった愚かな詩人を憐れむとでも。
「自己など認めてもらうものではない、認めさせるのだ。」
「それで、あの冬天の星が貴方を認めたと?」
 笑いすら含んだ彼の一言は、考えたくなかった事実だった。
 貴方は、誰に膝を折ったのですか。
 秦の白衣の帝、降王子嬰が突きつけた問い掛けが、暗い記憶の中から立ち上る。
 貴方は果たして、軍師なのでしょうか?
 答えるまでも、ないだろう。
「それでも私は漢王を立てなければならない。せめて、元の秩序を回復させるだけであるとしても、自分の無能を天下に晒すだけであるのだとしても。」
 せめて、収拾はつけねばならない。天下の大乱を望んだことに対する、義理は果たされるべきだ。半端な物にしかならないとしても、未完成よりはまだましにしておきたかった。
 貴方は、認めてくださらないのでしょうね。この愚かな私を。
 冷たさの代わりに、暖かさが私を取り巻いた。
 この男の暖かさは危険だ。油断すると、私の狂気をそのまま誘発する。何を望んでいるのやら知れないこの男に、迂闊な姿は見せたくない。少なくとも、正気でいる間だけは。
 何処からの帰りか、女の匂いをさせているような人間に隙を見せるのは、私の衿持に反している。私は韓の相家の正嫡。胡乱な出自の農民と一緒にするな。
「韓信は随分と楚辞に詳しいのだな。」
と言いながら、あの男の腕から抜け出した。どんな顔をしていたかなど、私の知ったことではない。
「項籍を泣き落としでもするつもりなのか。」
「泣けるだろうよ。あれで項王は情に脆いから。」
「確かに漢王には使えない手だな。」
 お前はそれだけを返していればよいのだ。私がお前に求めているのは、ただ明察と卓見と策略なのだ。
 そしてお前が求めたものも、その評価なのだろう。お前は才能を売った。漢王は最高の値を付けて、私の元に寄越した。能力を評価するのに私情は不要だ。私は公正を期したつもりだし、満座の前で私憤をぶちまけたこともない筈だ。では、お前が物言いた気な顔をする正当な根拠が、何処にあるというのか。
 帰っておいで、西には山しかないのだから。
 帰っておいで、東は海しかないのだから。
 帰っておいで、北には何もないのだから。
 何処に帰れるというのだ、今更!
 私はとうに他人に実権を握られていた自分の家を、この手で解体した。私が仕官する筈だった国はとうになくなった。私が師事したかった公子は、とうに鬼籍に入っていた。
 何処に行けというのだ、今更。詩人と共に、彭咸でも追うか?
 ぞっと背筋が冷たくなった。秋の夜風は、体に悪い。無防備に戸外にい過ぎたようだ。
 行かないで。何処にも行かないで、お願いだからここにいて。
 何故泣いたのだ。欠落を抱えた二流の狂人風情の為に、何故お前は哀願する羽目になったのだ。お陰で私は天にも上れず、仙人にもなれず、身投げをする余裕すらなくしてしまった。
 それは、あの涙は何処かで暖かくはあったのだけれども。
 寒い。
 どうしようもなく寒い。
 傍らを見ると空を見上げて震えていた。寒かったのか、この男は。何時も私が震えているように。この男は、時々自分が震えていることが判っていない。隙など見せてはならないと、人一倍虚像を駆使する男が認識していない筈もなかろうに。
 ぱたりとその背に覆いかぶさってみた。暖かかった。時ならぬ香りは何処にもない。
「陳平、寒い。」
「逃げたくせに。」
「お前、今日はやたら甘ったるい匂いがする。」
 びくり、と露骨に背が震えた。普段この男の行状に不関知の私が指摘しただけ、驚きでもしたのだろう。咎めるつもりはなかった。
 咎めるほどの関わりなど、そもそも存在してはいない。
「こっちはいつもの陳平だからこっちがいい。」
 移るほどの香りは頭痛に悪い。どんなに良い香りであろうとも、私は滅多に香など焚きしめたことはない。愚かで虚弱な、狂った私。土民にまで哀れまれる、空へ上れなかった詩人の仲間。詩人と一緒だ。私には、帰る所などない。
 垓下の城で旧知でも抱いてきたらしく、ぽつりぽつりと歯切れの悪い話をした。明日になれば死ぬ人を、せめて暖めてやろうとしたのだと言った。妙に腑に落ちた。この男が暖かいのは、事実だった。
 何しろ、行火の代わりになるのだからな。
 お前は、暖かいから。すると、戸惑ったように、そうかな、とかなんとか、もぞもぞと呟いていた。
 まだ微賎の時に出会ったのだそうだ。覚えていたのだ、と不思議そうにしていた。この男が、単純な理由を見過ごしているのが、おかしくなった。
 私は項籍の元にいた頃の彼を見たことがある。背が高く、整った顔立ちをしていた、閲兵式の飾りのような都尉だった。都尉のくせに陣中を平服で歩いていたので、初めは文官だと思った。仲間が呼んだから、都尉だと判った。抜け目のない表情の都尉は、私が自軍の者ではないことを一目で見抜き、何故か死地にいた漢王を見逃して救った。
 協力者だったこの男が、私には怖かった。項籍の策士にでもなられたら、腹の読めないこの男と渡り合うことになる私は、彼と再び顔を合わせたくなかった。項籍ならば一生、この男をお飾りの都尉にしてくれた筈なのに、彼は項籍の下を去った。あろうことか漢軍に来た。危地に陥った漢軍を何度も手品を使って救った。
 お前は何を望んで漢軍に来た。才なら評価した。地位は要らないと言った。何故、二度したように主君の下から逃げ出さず、この結末を迎えるまで付き合ったのか、判らなかった。判らなくて、私はこの男が怖いままだった。
 もうじき、全てがお終いになる。私は言ったのだ。結末を付けるまでは、ここにいる。
 責任がなくなったなら、彭咸を追ったところで誰も咎めはしないだろう。そして、せめて天上の公子の面影だけでも、この狂った頭に残っているのであれば、十分だ。
 行かないで、お願いだからここにいて。特別でなくともいいから、側に置いて。
 私のようになってはなりませんよ。私を笑わなかった貴方に、私の過ちは繰り返して欲しくない。
 私とて、誰かを信じたかった。
 きらめく冷たい星が、霞んで見えた。
 特別でなければ、嘘ではないのか。公子、貴方はあの皇帝が名指しで望んだ方だったのだ。私もまた、誰かに望まれていると信じることができたのなら。
 できれば、貴方に望まれたかった。
 あまりにも寒くて、ずっと張りついていたら、そのまま背負われてしまった。広い背中を叩いて抗議したところで、聞きはしないのが判っている。
 この男を殴り倒せるほど健康だったのならば、無様な『軍師』を演じずに済んだのだろうに。威厳で相手をねじ伏せて、私の中に踏み込まれるような醜態を見せずに済んだのだろうに。
 私もまた、誰かに望まれたかった。
 誰も私など望みはしないのだけれども。

 私の心を受け入れてくれるのは、誰。
 私の思いを汲んでくれるのは、誰。
 誰も、いない!
 冷えきった私は、暖かい背中に張りついた。




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100のお題、二番目に書いていたもの。去年の五月なので、ほぼ一年前。えーと、「winter」の垓下のシーンと平行して書いた、しぼちゃんサイドで『追う』です。この頃はまだ、韓非が目茶目茶にでしゃばるとは思いませんでしたが。しぼちゃんが強烈なぴこちゃんコンプレックスを持っているので、こんなことに。しぼちゃん、政君と張りあうのはよしなさい。相手が悪過ぎる。あれは二人とも感性が似ていたから血を見なかっただけなのだよ。おまけに屈原まででしゃばり、「幻想旅行」シリーズ集大成。陳平も可哀想に…一顧だにされてないじゃないか。それにしても、あれだけ邪険にされても付いて回る陳平には、作者ながら涙ぐましいものを感じます。(笑)一歩間違えば忠犬ハチ公。おまけに、追っかけ相手のしぼちゃんなんか、あのラストですし。(笑)
というわけで陳平を泣かせた辺りから、もう彼を止めるものは何もなくなってしまったというか、体面かなぐり捨ててしぼちゃんにつきまとうというキャラクターになってしまったというか。変なプライドの塊と、変なプライドを少しは持てというキャラクターがぶつかって、本編が何とか崩壊せずに済んだのにはほっとしています。この設定は…お笑いのはずだなあ、冷静に考えると。

いんでっくすへ