友愛がだれにも見られない、仲間らはどうなった
友情はいつ終わったのか、友らはどうなった
     −ハーフィズ詩集169より


A Fear
-ソットボーチェ−


 どうすりゃいいんじゃろう。わし、目の前が真っ暗だあ。
 なんつーか、昔はもっと気楽に暮してたような気がするのね、わし。そりゃー偉くなかったし、金もなかったし、ひどいときゃ食いもんもなかったけどさ。
 わし、誰のことも怖いのさ。何でか、よく知んないけど。
 そりゃあさ、わし威張っとるよ。何つったって『こーていへいか』だからなあ。あれ、どうやって書くんじゃったっけ。蕭何に聞きゃあいいか。うんにゃ、蕭何の奴、もう地面の下だったあね。参なら知っとるなあ。しばらく会っとらんなあ。
 棺桶に入った奴はいいさね。出てきやせんものなあ。うん、思えば韓信も悪い奴じゃなかったよ。雍歯の野郎はやっぱ許せんが。
 生きとる奴が怖いのよ、わし。わしだって死にたくないさあね。
 『こーてーへーか』っつーもんは、もっと愉快なもんの筈なんじゃがなあ。わし、頭わりーからわからんのかなあ。
 なあ、始皇帝さんよ、あんたはどやって愉快にしとったんじゃあね?

 うん。始皇帝さんは立派じゃったなあ。天蓋の下に堂々と座って、どえらくかっこいい衣装とすげえ馬車で行列しなさってたね。お付きなんかも沢山おったなあ。いや、ほれぼれしたね。男ってえのはああでなきゃならんと思ったさ。わし、仕事が嫌いじゃし、あんな風になりたかったあね、切実にさ。だって美味いもん食い放題の、美人は抱き放題の、仕事はお付きがやってくれんのなんて、いいことづくめじゃないかね。仰山な御殿には住めるし、かっこいい服も着れるしのう。
 ま、無理なこったと思っとったがね。
 成り行きってのは怖いもんじゃのう。わしさ、それ、亭長しとったろうさ、沛の。だからさ、驪山にも行ったんだわ。始皇帝さんの墓作りの工事にのう。咸陽は前に賦役で行ったが、大した街だったあね。でもさすがに墓堀なんぞきついだけで死人も出ているらしいし、生きて帰れないらしいし、驪山に行くのは嫌じゃったなあ。わしだって五十過ぎてたんじゃぞ?咸陽に行ったとき?ありゃあまだ若かったのさ、中年だったんじゃからなあ。
 問題なのは嫌だったのがわしだけじゃなかったとこで、連れてった連中がごっそり逃げちまったんで、わしまで逃げなきゃならんくなったのさ。全員現場に連れてこなきゃ、問答無用で首が飛ぶからのう。秦人ってーのは、よくあんな法律なんぞ作ったもんだと今でも思うわい。頭が良すぎるのと頭が悪いのじゃ変りゃしないじゃないかね。人間、出来ることと出来ないことがあろーにさ。
 で、わし逃げるよっつったら、ついてくよって連中がいて、一緒に逃げたさね。あんまり怖かったんで、みんなして酒かっくらって、べろんべろんになって逃げたさね。わし、酔ったついでに蛇まで叩き切ったんだとさ。覚えちゃおらんがね。だって酔っ払って道の真ん中で寝てたんだもんよ。これは仲間に聞いたことさ。
 んで、ま、隠れとったわけよ。お尋ね者ってやつで。したらさ。始皇帝さんが死んでさ。どこもかしこも反乱してさ。こいつは一丁わしらもやってみるかってなことに蕭何達がしちまって、んで、わし大将にされたんさ。沛のあぶれもんにゃちょいと顔は効いたがね。したって、いいんかい蕭何さんよ、っつったら、雲だの竜だのがどうのこうのっつー難しい話をしてさ、結局あんたやれ、とこうさ。誰もやりたがらんかったから大将になったよーなもん。わし。ま、とーぜんだがね。負けたら首ちょんだもんよ。
 最初は良かったがね。こともあろーに雍歯の野郎がわしの留守中、とっとと古里ごと陳王の部下に降伏しやがって、根無し草になっちまったなあ。あの野郎は元々好かなかったが、まさかこういう時に古里の仲間を裏切りやがるたあ思わなかったあね。こいつだけは子房さんに何度言われたって許す気にならんよ、わし。その子房さんに出会えたのは、奴に追ん出されてしょーがなく留に行ったからなんで、世の中は良くできとるよ、全く。あの人を拾ったんは人生の幸運の一つさあね。お蔭さんで、何度も助かったからなあ。あの人の頭は樊噲の腕っぷしより強力さあね。わし、鴻門では樊噲の奴に助けてもらったけどさ。
 助けてもらったっつえば、韓信だあな。あいつ、わしが将軍にしてやったら、阿呆みたいに勝ちまくったがな。それも淡々と勝つもんよ。樊噲だの周勃だの嬰だの灌の若いのだの、わしの古馴染みは一回勝ったらしょーもないほど大騒ぎして喜ぶってのに、随分としけた面して、白々勝ってたもんなあ。わし、一回真似してみたかったなあ。わしも騒ぐの好きじゃから、無理か。
 わし、項王と戦ってた時、負けっぱなしだったもんなあ。今でもよく勝てたわいと思うよ、ほんと。蕭何と韓信と子房さんのこと、扱き使ったもんよ。韓信の奴はともかく、蕭何と子房さんは、ようやってくれたよ。
 お蔭さんで、わしが『こーてーへーか』。昔憧れた始皇帝さんと一緒になったんが嬉しくってさあ。わし、絶対いい『こうてい』になったるって思ったよ。あの読めもせんような法律なんざ片端からやめちまってさあ、みんな仲良しで行こうじゃないかって思ったさ。
 何で、わし、独りぼっちになっちまったんじゃろ。寂しいよ。寂しくて怖いんじゃよ。
 だってわし、『こーてーへーか』になる前は田舎友達に囲まれて、いつもわいわい酒かっ食らってたもんよ……。

 籍孺が入ってきおった。うちのくそばばあでも押し掛けて来やがったかと思えば、子房さんの取次ぎじゃった。そういやあ呼んだっけなあ。なんせ、このくそ忌々しい病気になってから、どいつもこいつも腹の立つ奴ばかりで、わし、お喋りする相手がないんじゃよ。
 どいつもこいつも、わしの面見りゃ何か貰えねーかと思ってやがる。けっ、てーんだ。
 お、連れて来たな。相変わらず綺麗な人じゃのう。籍孺の奴が可愛いかと思っとったが、子房さんの隣に来ちまったら月とすっぽんさあね。若いだけってのが出ちまうよ。わしはとっとと籍孺を追っ払い、年下の親友と二人だけになった。子房さんは綺麗な眉を顰めて籍孺の背中を睨んどった。
「まだあの者をお使いだったのですか。」
「使って悪いこともなかろうさ。そりゃ世話してもらうなら可愛い奴の方がいいじゃろうよ。」
「悪趣味です。そんなことをなさるから良くならないのではありませんか。」
「あんたこそ仙道修行をやりすぎて、また痩せたのう。いい加減にせいよ。あんたが倒れると嫌だよ、わし。食っとるかね。」
「申し上げておきますが、私は断食しているのではありません。穀類を断つだけです。」
「似たようなもんさあね。わしだって籍孺を使っとるだけさ。真っ最中に樊噲に踏み込まれて泣かれちゃあ、可愛がってやる気も失せちまうよ。わしはやっぱり美人がいいしのう。」
「気の養生ということも少しお考えになっては如何です。導引をしろとは申し上げませんが、上には節制が必要です。」
 子房さんの表情はいつも優しい。その顔で結構一言がきついんだわ。今でもさ。もう誰もわしにきついことを言わんくなった今でも、こうして顔を会わせれば説教されるもんなあ。
「あんたと樊噲は情緒ってもんに欠けとるんじゃないかね。あんたたち、人の濡れ場に踏みこんでも説教食らわせに来るじゃろうが。」
「ならば原因をお作りにならないことです。このような体調でしたら養生を第一にするが肝要ではございませんか。」
「あんた、わしが治ると思っとるのかね。」
 子房さんは口を閉じて、じっとわしを見た。
「治らんとわかっとるじゃろうよ。健康にかけちゃ、わしよりあんたが詳しいからな。」
「だからといって縮めるのが賢明でしょうか。世の中に『絶対』と申し上げられることはほとんどありません。貴方は勝てないと言われた項羽を破ったのでございましょう。」
「…わしの力じゃないよ。わしにゃ無理さあね。」
 子房さんは首を振ってくれたが、わしにだってそのくらいわかるさ。
「なあ。あんた教えてくれんかね。」
「何でしょう。」
「『こーてー』っつーもんは、どうすれば楽しくやれるのかね?」
 利口な子房さんがびっくりしとる。わし、楽しそうに見えとったのかなあ。
「楽しくはないのですか。この天下、御意のままにならぬこと一つない貴方が。」
 じゃが、子房さんよ。あんたの顔は、確かに言っとるよ。可哀想に、とな。ああ、話を変えようとしとるな。でもなあ、わし、もう駄目なんじゃよ。あんたなら教えてくれよう?
 相変わらず細い手首だった。そいつを掴んで繰り返した。
「ちゃうからあんたに聞いとるんじゃないかい。教えとくれよ。わし、怖いんじゃよ。」
「何がです?」
「何もかんもじゃよ。わし、どうしたらいいんかわからんのよ。飲み友達もおらんしなあ。」
「御不興は承知で申し上げますが、それをなさったのは貴方様では?」
 子房さんが眉をひそめ、わしも反論できんかった。
 だって、仕方ないんじゃよ。わし、怖いんじゃもん。

 わしの取り得ってーのは、ない。強いて言うなら、酒に強いことじゃのう。
 人の話をよく聞くのが長所だとよく言ってくれるんじゃが、わし、あんまし聞いてない時もあるから何とも言えんのね。利口な人が何かしたいと言いだす時にゃ、それなりの理由ってのがあるもんさ。わし、良くわからんから、何かいいことがありそうな時は任せちまうってだけさ。蕭何にも、韓信にも、子房さんにもな。
 そんな奴が大将になってるってこと自体が妙じゃないかね。さすがのわしも自分がすげえ玉だから、なんて思っちゃいねーよ。つーことはだ。わしのことが邪魔っけになったとしても当たり前じゃろ?
 沛の仲間はわしのこと信頼して大将にしたろうってかい。そこまでめでたい頭はしとらんよ。ありゃあな、みんな我が身が可愛かったからさ。わし、聞いちまったんだもんよ。蕭何がさ。本当は大将に押されたんじゃって。次は曹参だったって。そりゃあ当然さ。あいつらは下っ端でも一応れっきとしたお役所勤めだったんだ。仕事もせんでごろつき集めて酒飲んでるわしより好かれてたさ。その上、あいつら能力あるしなあ。
 あいつらは失敗した時首が飛ぶのが怖かったのさあね。手下ならいくらでも逃げられるし、主の鞍替えだってできるもんよ。韓信だの陳平だのがしたみたいにさ。雍歯の野郎まで結局は寝返ってきやがった。
 だったらだよ?首なんぞ飛ぶ心配がなくなったらわしのことお払い箱にしたっておかしくないじゃろ?少なくともわし、そう思うのね。
 だからわし、自分を守るしかないじゃないかね。違うのかね。子房さん。

 項王と戦ってる間から、王になりたいなんぞと言ったのは韓信だった。嘘をつきやがれ、だ。王じゃない。奴は『こうてい』になりたかったのさね。わしなんかぶち殺しちまってさ。冗談じゃねえや。先手必勝ってやつさ。
 方便で一度は王にしてやったが、奴が謀反しかかっているという話を聞いて、さっさと侯に格下げしてやったさ。真偽を確かめなかったのかって?その必要があるのかね。奴は『こうてい』になりたい。そんな奴がわしのすぐ下にいるんじゃよ。わしの身内と同じところになあ。物騒じゃないかね。やだよ、わし。
 餓鬼の頃から一緒だった盧綰もさ。あいつ、何もしないで偉くなったはいいが、ひょんな事から匈奴に逃げちまった。何でか?知らんよ、わし。こっちが教えて欲しいくらいだよ。
 謀反した奴は他にも沢山いたさ。韓信なんか、わしが征伐に行ってる間に謀反しようとして、蕭何に殺されたさね。
 そう、蕭何さ。わし、あいつが一番怖かった。韓信よりさあね。
 あいつは人に好かれるのさ。昔からさね。人徳があるなんて持ち上げられるわしだが、本当に人に好かれるのは蕭何さね。本当は秦を倒す頭に担がれる筈だったあいつがさ。この長安を作ったっても言い過ぎじゃないからのう。咸陽が燃える前さ。わしらがお宝に喜んでいた中で、奴は難しい書類を沢山持ってったんだわ。漢中に逃げるときも荷車に山積みにしてたっけなあ。そんな食えんもん積むなってみんな喚いたんじゃがさ。絶対いるんだって、珍しく強情張ってさ。困ったよ。子房さんが何だか大事なもんだから持たせろと言わなきゃ、わし、捨ててたかもしれん。わしら、結局漢中から出てきてこの辺を根城に項王と戦ったわけだけどさ。蕭何は書類と一緒に根城に残って、この辺りを留守番がてら街を作り直してたわけさ。咸陽から焼け出された連中とか、味方の家族なんか住まなきゃならんからなあ。
 だからさ。長安は蕭何の街なのさ。わしの街じゃないのさ。『こーてーへーか』の上に、更に偉い蕭何様がいらっしゃるって、按配さあね。その街に住むのは怖いよ。いつ気が変わった蕭何が、全員焚きつけてわしの首切ったれって喚くかわからんじゃないかね。あいつはいい奴だ、そんなことはせんだろうって、みんな言う。けど、わしだってそこまでぼけちゃおらんよ。
 わしだって、別に秦を倒す気なんかなかったんじゃよ?担がれた、それだけさ。蕭何がわしのことを嫌っとるとは思わんよ。けど、奴は担がれる玉さ。長安の連中がみんなしてあいつが気に入ったら、わしに代わって蕭何を『こうてい』にしようと思うだろうさ。そしたら、親玉にならなきゃお前を殺してやると脅してでも担ぐさ。そしたら蕭何も断れんさ。だってあいつ、死にたくないから親玉をわしに譲った奴だもんよ。
 蕭何は長安の街を可愛がり、みんなに好かれた。それでわしは怖くてたまらなくなって、結局奴を牢屋にぶち込んだ。
 わかる?だからわし、子房さんは怖くないんじゃよ。あの人はみんなに敬われるけど、気の置ける人じゃからさ。あの人を担ぐ奴はいなかろうし、あの人も誰かと仲良くするとかいうよりは、誰にでも丁寧といった類じゃからさ。頭が良くても人徳はないんじゃよ、あの人。…怒られるとおっかないもんな。でもわし、あの人好きじゃよ。面白いもんな。つぼがわかればいい人じゃし。
 普通逆じゃろうって言われるのはわかるけどさ。だってわし、その『人徳』つーので担がれた男だもんよ。二度あることは三度あるよ。

「わしさ、殺されるのが怖いんじゃよ。」
「これだけの警戒を潜って貴方を刺し殺しに来るほど度胸のある者が漢にいるとでも?」
「…あんたみたいな度胸はなかろうけどさ。」
 この人はわしが憧れた『こうてい』を車ごとぶっ潰そうとしたお人だからなあ。綺麗な顔をして、わしよりとんでもないよ、子房さんは。
「私が生きている間は漢に手出しをすることなど誰にもできませんよ。」
「そうじゃな。あんたに消されるの、怖いもんな。」
「上の方が危ないのでは?貴方のすることはわけがわからない場合があります。」
「例えば?」
「樊噲が反乱できると真面目に信じておられるなら、失礼ですがぼけておられるのではないかと疑いますよ。」
「うちのが、わしに一服盛らないとどうして信じられるんだね?あんたが前そんな本を読んでただろうさ。ほれ、亭主が死んで子供が偉くなったら女は好き放題できるってやつさ。」
「貴方は……。」
 しーっ、と指を口に当ててやると、子房さんは嫌そうに口を閉じた。
「うちのおばさんに聞かせることはないんじゃないかね。」
「あの方がそれをなさると?」
「わしに早く死んで欲しいんじゃ、あの女は。そこで今までの恨みつらみを吐き出すつもりさ。」
 うちのくそばばあは、わしの死んだ後の算段を始めてやがる。こないだなんざ、わしが死んだら誰に物を相談したらいいかなんて聞きにきやがった。それも、果てしなく自分は生き残るつもりしていやがる。じょーだんじゃねーや。
 こいつの父ちゃんはいい人じゃったんだがな。あのくそばばあときちゃあ、若い頃からろくな性分じゃなかったもんな。
「樊噲はあんなに人が良いのに。」
「人が良くて単純な奴は危ないよ。わしが利口だとあんた思うかね。皇后の妹が奴の家内な以上、あのうるさい女にいいように使われるのは目に見えとるよ。」
「…それだけ余計な気を回しておられては、養生にならぬではありませんか。」
 呆れ果てたという溜息を子房さんがついた。
「上も少し仙薬で気を養うこともお考えになってはいかがです。」
「だからあんたを呼ぶのに来んじゃないかね。講師がいなきゃわからんよ、難しすぎるよ。通の野郎は話がちんぷんかんぷんでなあ。あいつが秦で出世しなかったわけがようわかったよ。」
「叔孫太傳では難しいでしょう。彼に先見はあったかもしれないが、それを生かすべき知勇はありません。」
「あんたもひどいことを言ってやるよなあ。自分と比べちゃいかんよ。」
「私など浅学非才の身ですよ。」
「あんたがそんなだったら他の奴らはどうなるんだね。阿呆と間抜けばっかりじゃよ。」
「護軍中尉と似たようなことをおっしゃいますね。」
「それ見ろ。陳平にまで言われちゃあお終いじゃよ。自分は利口なんだとさっさと認めるこった。あいつも知恵だけは有り余ってるんだが、常識がちっともないからなあ。あの若いのに誰か人徳をくっつけてやれと言いたくもなるさ。」
「だからいつも周勃と組にしておられるのですか?」
「周勃は常識と誠実以外ないからなあ。」
「相変わらずよく見ておられますね。」
「そうかね。」
「上の人を見る目は昔から確かでしたよ。」
「昔は良かったなあ。なあ、あんた晩飯をしていくね?昔の話をしようじゃないか。昔はわしだって若かったんじゃよ。」
 その日の食い物と酒があれば。ちょっと可愛い酒場の女がいれば。
 盧綰、樊噲、嬰、周勃、蕭何、曹参、灌の若いのと酒場でだべってさ。役所の馬車を無断拝借して街を飛ばし回ってみたりさ。酒場のつけ、踏み倒したりさ。蕭何に説教されながら好きなことして、みんな、恨みっこなしだったよな。
 今日も楽しくて、明日もきっと楽しいさ。お気楽な昔。うん昔は良かったなあ。
 今、わしの周りには誰もいない。みんな偉くなっちまって、そして。
 きっとわしを殺そうと思っとる。

 晩飯が済んで子房さんが帰る。わしはしばらく籍孺をからかってから、後宮の女と休んだ。
 うちのくそばばあが取り仕切る後宮だ。この女にもあのばばあの息が掛かっているかもしれん。
 陳平の奴が樊噲と結託してなきゃいいんだが。周勃、丸め込まれてないじゃろうか。
 曹参の野郎はとっととわしの葬式の算段してやがるに違いない。
 誰か如意を可愛がってくれんかなあ。あのもやし息子が後継ぎなんて嫌さあね。如意がいいよ。みんなが を押す腹はわかっとるんだ。あのくそばばあと一緒になって、しこたまいい目を見ようってだけさあね。あいつに他人を止める度胸はないよ。
 つまらんよ。『こーてーへーか』なんざ。怖いしさ。始皇帝さんだって殺されかけたはずだよなあ。荊軻だの高漸離だのに襲われたって聞いたよな…あの子房さんだってそうじゃないか。
 そうなんだ。
 危ないんじゃ。
 わし、本当は、死にたくないんじゃよ!

 あの人みたいになりたかったんじゃがのう。始皇帝さん。あんた、楽しい『こうてい』だったんじゃろう。な、わしにぽちっとその秘訣を教えちゃくれないかね。もう、わし、時間ないんじゃもん。
 わしに願えるのは一つだけさ。
 今日は沛の夢を見られますように。




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お題シリーズで『寂しさ』。いや、『疑い』で書いていたのに、何だかなまずおやじが「さみしーさみしー」と喚いているような風情になってしまいまして(笑)。おまけにどえらく難産でした。劉邦の一人称なんだもん。手をつけたことないよ、私。という劉邦口調が一体何処から出てきたのかは謎なのだが、田舎臭いおやじ喋りを高松流に追求するとこうなりました。まあ、この口調になったから何とかお笑いキャラクターに崩せたというかなんというか。でなきゃ書けない(笑)。


いんでっくすへ