間違い?気の迷い?
すごいもの、見ちゃったかも。


Love Live Forever
-ピアニシモの未央宮挿話−


 まさか、自分の父の醜聞現場を目撃するなんて人間、そんなに世間にいないだろう。それも友達の陳恢の祖父上みたいな素行不良ならいざ知らず、うちの父上ときたら仙人もどきで有名で、世間様とも没交渉で鳴らしている。体の弱い人で始終倒れている割には、頑丈そのものだった高祖皇帝より長生きしてる辺り、したたかな軍師だよなあと、つくづく感じ入ったりもするし。
 したたかにしても、未央宮のど真ん中で逢い引きするのはやめて欲しかったなあ。それも、札付きで鳴らした恢の祖父上なんかと。ああー、僕の頭の中、どーしてくれます、父上。
 あ、僕は張辟彊。この度即位なさった帝の侍従をしてます。今の帝が即位する前色々あったんだけど、うちの父上が太子を廃されないように手を回して差し上げてたんで、まあ僕の位はそのお礼といいますか。要するに父上の七光の爵位。気楽でいいけどさ。別段。
 なんたってねえ、建国の功臣、なんてものすごい肩書きを背負っちゃった父上なんか持ってると、それを越えるなんて身のほど知らずなことは考えない方が精神衛生のためです。おまけに朝廷でも五本の指に入る美男でさ、ついでに伝説の天才軍師となりかかってる知恵者でさ。僕はやっぱり凡人路線を歩もうっと。
 でも、その凡人の息子の前で、丞相と抱き合ってる父上なんて見せられたらどうしろって言うわけ!僕が固まったまま柱の陰から一歩も動けなくなったのは当然の話で、となると続きがあるわけで、しっかり見てしまった。自分の父上と恢の祖父上が接吻してるところ。ぎゃああああっ。腰が、抜けた。
 あの父上が。あの父上が。あの父上が。
 どーしようっ!兄上に何て言えばいいんだよおーっ!兄上が泣くよ、父上え…僕だって泣きたい……。
 そのとき、腰が抜けたのは幸運だったと思う。父上をしっかり抱きしめてる丞相が、
「会いたかった……。」
と口付けを繰り返し、父上は丞相の頭を撫でながら、とんでもないことを口走ったのを聞けたから。
「二児の母親も、丞相と同じ程度には忙しいからな。」
 え?ははおや。
 ちょっと待った、母上は僕が生まれてすぐ死んだって言ったじゃないですかっ、父上!完全に腰が抜けて、動けなくなった。
 丞相が膨れた。嘘…天下の丞相が……。
「二人も生んだなんて、誰の子なんだよ。そりゃあ俺に文句を言う筋合がないのは知ってるけど、知ってるけど……。」
「知っているなら、聞くな。」
 ものすごい恨めしそうな顔してる……。って…父上、笑ってないか?あの父上が。
 いつもは穏やかな顔してて、あんまり感情が表に出てこない人なのに。
「天下の丞相が、そんな顔、するな。私は一介の諸侯に過ぎないのだから、そんな情けない顔をするんじゃない、護軍中尉。」
「本当は、丞相になるべきだったのは貴方だろう。ずっと、顎でこき使ってくれればよかったのに。」
「私を殺す気か?」
「正嫡が必要だったから生んだって、言ったろうが。信じてたのに。」
「仕方ないだろう。あの年で迂闊に堕ろしたら命に関わる……。」
 ちっ、父上、なんつーことを平然とっ!と思ったのは丞相も同じだったらしく、慌てて父上の口を手で塞いだ。
「やめなさい、しぼちゃんっ!誰っ、そんなことを貴方に仕掛けたのはっ!畜生、そいつ見つけ出して八裂きにしてから河に捨ててやる!」
 丞相ーっ!あ、頭が痛い……。父上はくすくすと笑っているだけ。
「ずっといろ、などと言質を取ったのはお前だろう?」
「取ったけどさ、別の男と恋をしろなんて言わなかったんだけどさ、ね、どうして俺にだけ冷たいわけ?」
「冷たい?」
「会ってくれないし…行っちゃ駄目だって言うし…戦争もなくなったから宮廷で見張ってるしかないし…参内期日も教えてくれないし……。」
「その割には良く待ち伏せしているな、お前。」
 待ち伏せって……。
「ちーちゃんが同情して教えてくれるんですよ、だ。この陳平様が振られっぱなしで可哀想だってさ。」
「太后陛下も余計なことを……。」
 口で愚痴りながら、でも父上は笑っていた。気付かないのかな、丞相。余計じゃないだろ、なんて、むきになってる。
「そもそもお前が私の私生活に文句を言える筋合か。十五年前の夜を忘れたとは言わせないからな。」
「すっ、すみませんっ、あれは俺が悪かった、悪かったから、謝るからさ……。」
 十五年前?
 何だか、どきどきしてきた。
 父上が母上で、丞相の恋人で、なんだよなあ。あの話じゃあ。父上が冷たいのは良くわかる話。しかも、あの物騒な太后陛下が公認なんて。
「何なんだ、お前は!自分は節操無しの自堕落な生活しているくせに、病み上がりの私の屋敷に押しかけて、あまつさえ無理矢理……!」
「はい、しぼちゃん、やめましょうっ、ね、わかりましたってば、あれは全面的に俺が悪かったです、認めますから、ここで叫ぶのはやめなさいっ!」
 …もっともだよ……。それにしても、丞相がうちに押し掛けて無理矢理ねえ……。
 十五年前?待てよ、兄上確か今年十五じゃなかったか?…まさか……。
 つつつつー、と背筋に冷汗。
 兄上は父上に良く似た顔だから、あまり深く考えなかったけど、父上が母上なら、兄上の父上はまさか…ってことだよな?げげげっ。そ、そーか、男の子は母親に顔が似るって、いつか父上、おっと母上も話していたような。
 って、ちょっと待てっ!じゃあ、僕の父上って誰なんだよ!
 ぶすっと膨れてしまった父上がいる。初めて見た、あんな顔。つん、と父上の頬をつつく丞相も。
「…今だから言うが、ものすごく怖かったんだからな。」
「はい、ごめんなさい。」
 ぺこん、と丞相が頭を下げた。
「怖くないって、言ったくせに。」
「ごめん、だから、貴方が知らない人の子供を生んだっていきなり言ったんで、我を忘れて……。」
「我を忘れたら何をしてもいいのか、お前の脳味噌では!」
 すご…父上がこんなに怒鳴る人だなんて、初めて知った。
「だって、会ってもくれなかったくせに。一年振りだったんだぞ?で、やっと会えて涙が出るほど嬉しかったら、いきなり、二度と会いに来るな、他人の子供を生んだから、じゃひどくない?俺だって、泣きたかったんだからな!」
 それって…やっぱり兄上のことだよね……。兄上、丞相に今まで宮廷で殺されなかったのに感謝しようよ……。
「私の意図は、理解したのだろう。」
「したよ。したけど、納得したわけじゃない。」
「納得しろとは言わない。その必要はないだろう。お前の保身が成れば、私の目的は達成される、それだけだ。」
「漢と、劉氏、だったよな。」
 こくん、と父上が肯いた。丞相が、父上から少し離れて欄干にもたれて香箱を組んだ。
「…ねえ、丞相になる気、ない?」
「何を今更?」
「そしたら、もう一度貴方の側に置いてもらえるじゃない?俺、結構真面目に言ってるんだけど。」
「私では、今の宮廷で生きては行けない。よくやっているな。」
 父上が、丞相の頭を撫ぜた。
 父上、丞相のこと、好きなんじゃ……。いや、そうだよね。どう見ても、あの二人、恋人同士だもん。
 どうして父上、丞相と結婚しなかったんだろう。そしたら、幸せになったはずなのに。
 僕の所為?僕がいたから?
「ねえ…聞きたかったんだけど、今の貴方に恋人っているの?」
「私にか?お前、人に尋ねる前に、自分の身を顧みてから尋ねたらどうだ?」
「だって…韓非子には勝てないと思うけど、他の男に出し抜かれたって知ったときには、ものすごく愕然ときちゃってさ…貴方がそんなに俺のことを嫌っていなかったら、まだ俺も強引なことをしたかもしれないけれど…貴方の理想って、どんな人なの?」
 父上は答えなかった。
「護軍中尉、私の子の父親は、詮索しないでくれないか。洩れたら、多分大変なことになる。」
「それって、朝廷の誰か……。」
「私は子供も守ってやりたいし、子供の親も守ってやりたい。私はもう長くないから、後見役が必要だしな。」
「いなくならないって、言っただろう?」
「これだけは言っておく。私はお前のように節操のない生活はしない人間だ。私は…あの二人の父親には、忠実だったと思う。」
 それって。
 僕と兄上の父上は同じって。そうしたら。
 どうして気付かないの、丞相?父上のところには、お客なんか来ないんだよ。昔から。僕が物心付く前から。だって、じいやが言ってたもの。このお屋敷には、勅使の方以外、今の丞相が一度見えた程度ですなあって。
 それって、母上。
 丞相ががっくりと肩を落とした。
「俺だって、好きで放埓になったわけじゃない。できれば、貴方に認めて欲しかった。」
「認めただろう?私はお前の才能を……。」
「俺は寸分狂いのない機械ですか!」
 父上は、黙って首を振る。眼が、光っていた。そうして、静かに丞相の肩に顔を伏せた。抱き寄せる丞相の声が震えていた。
「貴方だって、韓非子に才能を愛でられたかった訳じゃないでしょう……。」
「才能だけでも良かった。もし、それがあったのならば。」
「あったろうが!」
「それが、この様か?」
「でも、漢は続いている。秦のように倒れたわけじゃない。そうだろう?」
「あの方は、私など覚えてもいてくださらなかった…私はずっと覚えていたのに。」
「忘れろよ、そんな奴、早いところ忘れてしまえ。でも…もしかして、あの二人の父親って、韓信?」
「どうして?」
「韓信は、ずっと貴方のことを愛していたから…貴方も韓信のことは……。」
「淮陰侯は私が欲しかったかもしれないが、彼は私など愛したことはないはずだ。立派な方ではあったが。」
「それは貴方が気付かなかっただけだろう。韓信を捕縛したとき、怒鳴り込みにくればよかったのに。貴方が手を回したら、あの男は殺されずに済んだかもしれなくて、そうしたら、奴なら、あの気違いのことを忘れさせてくれたろうに。」
「忘れるつもりはない、護軍中尉。あの方は、私の生涯の星だから。」
 それから父上は、濡れた瞳で丞相に笑いかけた。
「お前、韓信の名前を借りて、自分の話をしていないのか?」
 丞相が、呆気に取られて固まった。

 俺はずっと貴方のことを愛していたから。俺ならあの気違いのことを忘れさせてあげるのに。

 ぶんぶんぶん。真っ赤になった丞相が、すごい勢いで首を振る。僕が見てもばればれだよ、丞相。
「貴方は俺の腹黒さをご承知と思っていましたが、甘くはありませんかね。」
「…そうだな。」
「貴方が欲しいのは、私も一緒ですよ。」
「そうだな。」
「だから…来て、くれますね?」
 父上は、返事の代わりに、
「寒いな。」
と呟いた。丞相が眼を細めて、父上を抱き上げた。
 父上が、母上を連れていく。どこかに。どこか、僕の知らないところに。
 いってらっしゃい。
 明日になれば、父上はまた平然と、仕事が立て込んで、なんてまともなことを言って。丞相は、また放蕩を重ねて恢を怒らせて。知らない人みたいに、丁重な挨拶なんか、するんだろう。今までしてきたみたいに。
 でもね、父上。僕、一つだけ気が付いちゃった。
 父上、陳丞相は、もう護軍中尉じゃないんだよ?父上よりも、高位になっちゃってるんだよ?二人とも、気付いていないみたいだけれど。
 丞相、放蕩のお芝居なんか、しない方が立派ですよ。父上、冷淡な君子の顔なんか、しない方が素敵でしたよ。
 僕なんかが言わなくても、多分いいんだろうけれど。
 ねえ、父上。僕はどっちに似ていますか?
 
 すごいもの見ちゃった。見てよかったけれど。でも、兄上には言わない。誰にも言わない。
 これは、僕だけの秘密だ。
 でもさ、丞相。あの父上なら、無理矢理荷車に押しこめて自分ちに連れて帰った方がいいような気もするよ?貴方のためにも、父上のためにもね。僕、陰ながら応援して、あげるんだけどな。
 なんたって留侯と丞相の子供だもん、少しくらい親の遺産が頭の中に入ってなきゃ、不条理だよ。
 何だか寒くなってきちゃった。風邪引いたかなあ。こん、と一つ咳が出た。僕も自分の部屋に帰って、おとなしく寝ようっと。
 おとうさま、おかあさま、お休みなさい、良い夢を。




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お題シリーズ…にするつもりはなかったんだが『振り返る』ということで。続編のほうを先に載せてしまった張辟彊君、実はこの話が最初に出来上がったものです。漢の二代目恵帝が死んだとき、陳平に「呂氏なんかほっといた方がいいよーっ」と献策しに行く十五歳。さて、この辟彊君どっちに似ていると思いました?(笑)
それにしても、シングルマザーしぼちゃん、いくらなんだって教えてやれよ、ですね。いつものことながら。

いんでっくすへ