| この世にて愛する友は少ないがよく、 交わりから離れているがよい。 心から信頼するにたる友も、 一瞬にして敵になりかわる。 −オマル・ハイヤーム「ルバイヤート」より
屈強な衛士が二人がかりで取り押さえた。突然のことに身をよじる私に、三人目が縄を掛けた。 はめられた。この韓信ともあろう者が。小突かれて引き出されたその前に、堅い表情の老女がいた。呂后、皇帝を名乗る劉邦の見捨てられた配偶で、私がつい先頃まで殺そうとしていた女。 「長楽宮へ連れてお行き。」 私は歯ぎしりし、彼女は薄く笑った。 「丞相、ご苦労様でした。」 手招きされたその男は、青ざめてはいたが落ち着いた顔で現れた。 彼こそが、今の私を見出した恩人だった。彼、蕭丞相何。 私は彼を憎み、しかし呪詛の言葉を思いつくことが出来なかった。 発端は『訃報』だった。代の相国陳豨が死んだ。だからして群臣は皆慶賀に赴くように。 病気を口実に滅多に参内しなくなっていた私は、この時も断った。断って、この時ばかりはしつこく出仕を促す使者が来た。行く気もなかったが、面倒はごめんだ。呂氏と無用の軋轢を起こしたくなかったので、私はのこのこ朝廷に赴いた。 陳豨が死んだところで、私にとっての利益は全くない。むしろ害ばかりだ。 彼は私の同志だった。或いは劉邦という男を引き下ろしてやりたいという、悪意に燃える仲間だった。彼は昔から有能な将であり、私は彼を買っていた。治世という点で不足している私の能力を彼ならば良く補ってくれるだろう。つまり私達は、反した時に内応を呼びかけ合う仲だった。そして私は陳豨をおとりとして使っていた。 私が挙兵したならば劉邦の警戒は近来で最大のものになる。項王の死後、良くも悪くも劉邦が最も恐れていたのは私だった。ただ、あの男は『至尊の』位に就いた後から地金の賎しさを剥き出しにして、周囲にいた誰彼を疑うようになってはいたのだが。その圏外にいた『功臣』は張子房くらいなものだ。何しろあの人は自分から屋敷に引き篭り、劉邦が引きずり出さねばどこへも出てこない始末だったので、まともな官職にすら就いていなかったからだ。 そもそも私の助力がなければ帝位はおろか、項王に殺されるのが関の山だった劉邦ではないか。その彼は、一時しのぎに与えたのだとばかり、私に与えた王位を剥奪して無能な自分の家来と同格の諸侯へと格下げした。一度は楚王でもあった私は、淮陰侯の爵位だけを保全している。『淮陰』に封ずるなど。あの男、人は出身地に封ぜられるべきものとでも信じこんでいるのだろうか。 寛大に見えて吝嗇。それが劉邦という男だ。見るからにけちだった項王などより余程たちが悪い。 では何故、その元に留まったのですか。 借りが、あったからですよ。 私は張子房と短い会話を交わしたことがある。張子房は不思議な微笑を浮べて首を振っただけで、けれどもその仕草から私はかつて幕下にいた蒯通を思い出した。 自立しなさい、王になるのです。最早貴方は劉邦に依存してはいないのですよ。 彼はそう説き、私は拒絶し、漢王は天下を取った。私ははめられた上に捕縛され、格下げされて今に至っている。 元の地位を取り返そうとして何がおかしい。私にはその権利がある。 私は情というものに足を掬われたのかもしれない。 待ちなさい!韓信、待つのです!戻って来なさい!貴方の才能を活かせるのは漢王だけなのですよ! 私は逃げる。殺されないようにと逃げる。 彼は追う。両手を振り回し、息を切らせながらしつこく走って追いかける。 戻って来なさい!貴方を殺させはしませんから! 追っていたのは蕭何さんだ。 そして私は立ち止まる。声を嗄らして、よたよたとしながら長い道のりを追いかけてきた彼が気の毒になって。 それは、たかが七年前の出来事に過ぎなかった−。 私は淮陰の一書生。私は項王の下にいた兵卒。誰も私に期待などしなかった。私には敵を滅ぼす能力がある。そう言い続けたのに無駄だった。楚にはうっすらと旧六国の名残があった。将軍たちも然るべき家の高貴の出が多かった。項王自身がかつての楚将項燕の末裔だ。彼が庶人を相手にしないのは或いは当然だったと思う。その取り巻きまでが同じ見方をするのには閉口したが。そして、楚には未来がないと知った。項王が咸陽を焼いた時は呆れた。誰も止めなかったのかと唖然とした。そして先は見えた。項王に人は服さない。正確に言えば楚人以外は項王に服さない。ことは個人の魅力でも武勇でもなく、彼には賢明な助言者が誰一人いなかったのだ。 だから私は楚を離れた。当時比肩すべくもなく名を知られていた黥布ですら楚では軽んじられていた。誰よりも当てにされ、戦闘には駆り出され、それだけだった。 劉邦は人を登用すると聞いた。だからその下に行った。うまい話など世間にない。事情は同じだった。取り巻きが高貴でなくなっただけだ。ただの劉邦の古馴染みに過ぎなかっただけだ。 嫌になって逃げ出した。間抜けなことに捕まった。首を刎ねられそうになった。諦めた時、救われた。夏侯嬰だった。 「あんたには見所があるよ。あんたは兵卒をやっている人じゃないよ。ちょっくら掛け合ってみるから、ここにいなよ。」 そして私は蕭何の配下となった。治粟都尉、つまり倉庫番の長として。私は何度も彼に訴えた。この仕事は私に向いてはいないのだ。私は兵を率いる将であって、物資の数量や手配を監督する適性はないのだ。 これも兵法の基本ではありませんか。 蕭何はゆったりと笑って、放置した。業を煮やした私は再び脱走の誘いに乗った。まさか蕭何さんが追いかけてくるとは予定外の計算外だったのだ。 貴方には将才のひらめきがある。私に軍事はよくわからないが、貴方の語ることは皆、現在の漢に欠けている事ばかりだ。でもね、韓信。それだからこそ、私は将を支えているのが何か、まず貴方に知っていて欲しかったのですよ。 息を切らせながら彼はそう語り、日を置かずして私は大将軍へと抜擢された。全軍の注視、或いは嫉視する中で、私を推挙した人は穏やかな微笑みを向けていた。 そう、それは七年前のこと。そしてその蕭何は柱の陰から私に沈痛な表情を向けていた。 私を見出し、私が地位を築く端緒を開いてくれた、彼はいわば恩人ですらあったのだ。今私に死の宣告を下そうとしている彼は。 私に貴方を呪うことは出来ない。しかし私は貴方に聞きたいのだ。 「貴方は私を殺すためにあの時恩を掛けたのか!」 青ざめた蕭何はそれでも表情を変えない。 成程。それで丞相、か。 何故貴方ほどの方が宰相になられない。そもそも貴方は韓の相家に生まれた、いわば生粋の宰相ではありませんか。 官位という官位を断って、結局微官を受けた張子房に尋ねたことがある。留侯は不思議な微笑を浮べて、 「これで良いのですよ。」 とだけ答えた。不満ではないのだろうか、この人は蕭何さんよりも毛並みは遥かに良く、その上帷幄の軍師として誰でも認めざるをえない軍功に囲まれていたのに、と不思議に思った。当時私は淮陰侯に格下げされたばかりで、それゆえに一層留侯に同情したかもしれない。 しかし、張子房は微笑んだままで続けた。 「あの方を推したのは、私です。」 「それも、貴方の計だとおっしゃるのですか。」 かつての帷幄の軍師は、微笑むばかりだった。そしてあの人は、 「それが一番良いのですよ。蕭何殿ならば役割を完璧に果たしてくださる。」 と付け加え、それ以上この話題を進めはしなかった。 完璧に。さもあろう。割り当てられた仕事を忠実にこなす、正確な漏刻にも似た『能吏』であるのなら。 漏刻に情などなかろうに。 貴方を殺させはしませんから!− その言葉に何の意味がある? のこのこ赴いた私は十重二十重に縛られる。呂氏は老いの色濃い顔に勝ち誇った笑みを浮べる。 「長楽宮へ連れてお行き。ここで斬っては堂下が汚れます。」 衛士がひたすらに畏まる。蕭何が黙って礼を捧げる。誰に?無論、『皇后』に。 思い切ればよかったのだ。私を引き立てた者達のことなど。過去のことだと踏みつけにすればよかったのだ。今劉邦が私に対してしているように。 漢王は私を将としてくれたではないか。 蕭何さんは私を見出してくれたではないか。 夏侯嬰は私を救ってくれたではないか。 七年も昔の恩義を足で踏み消さなかったために、愚かな私は命という代償を払うのだ! あの時、のこのこ立ち止まったが為に。 「蒯通の勧めに乗らなかったのが我が一生の不覚であった!」 私の叫びを『恩人』がどんな顔で聞いていたのかは、もうわからない−。
まとまり悪いながら、テーマの扱い方自体は気に入ってます。おまけに、ついに二行になってしまった横文字タイトル(笑)。お題シリーズの『恩』。こういうことになって行くので漢は嫌いです。軒並み逮捕だの処刑だのですもん。それにしても後に被害者にもなる蕭何さんが加害者でもあったというのは、読んでびっくりした記憶があります。韓信殿、ちゃんと書き込んでないから一人称が弱いなあ。個人的には好きなのだが、楚漢交替期物は好きなキャラクターほどうまく話が書けないという困ったシリーズです。ちなみに巻頭詩の「敵に〜」というくだりは、親友があっけなく死んで非常に悲しませることを指すそうです。ほんとはね。 |