今の世で知はなんの役にも立たぬから、
得するやつは愚か者だけ
わが知を取り去る薬をくれ、
運命がわれらのほうも向いてくれよう
     オマル・ハイヤーム『ルバイヤート』より


Nella Libreria
−暗がりのイントロダクション−


 書庫が好きだ。余人の立ち入らない、古い木の香りが少し湿った空気に混じった暗い部屋が好きだ。しんとした室内にはほとんど人の出入りがない。時折せわしない靴音をさせて下級の文吏が出入りする。けたたましい音を立てて扉を開閉するのには閉口だ。
 私は暗誦できるほど読み込んでしまった書をひたすら書き写していた。
 いくら覚えているといっても、人の記憶など所詮あてにならない。そもそも他人など書いた物しか信用しない。ならば筆写した書物の数が即ち学の数であるという結論になる。書き写したのであれば、即ち『読んだ』と同義語になるらしい。
 浅薄なことを。
 書き写し、丸呑みし、理解すらしていない学者にはうんざりだ。八百年も昔の周ばかりを振り返り今を見つめない阿呆すらいる。悠長な儀礼が形骸として残され、そこに確かにあったはずの情はとうに風化してしまった。私の手に持つ黒ずんだ木簡のように、意図が読めなくなっている。
 理解できないものをむやみに珍重するほどお人好しでもない。それでも私が書物を貪り読んでいる事実は現に存在していた。何故読むのだろうと時折首を傾げながら、私は書物と書庫が好きだ。
 あればあるだけ読むのが流儀だが、好きなものと嫌いなものの区別も大分ついてきた。
 例えば墨門の理論書は好きではない。地に足のついていない三流のおとぎ話を読んでいるように感じる。同じ墨門でも攻城理論や守備論を詳述したものは好きだ。まだ子供の私には下手な兵書より解り易い。正直、兵書はまだ難しい。加冠を終える頃までには気楽に読み解くようになってやると密かに決めている。難解ながら読むのは好きだ。意図を理解できるとそのことばかり考えているのだから、余程に好きなのだろう。礼法の書は飽きた。今では必要な時だけつまみ読みしている。あんなものは儀式に参列する時恥さえかかなければいいだけで、真面目に取り合うほどの代物でもない。式次第を覚えられない間抜けな大夫達が注釈書などを珍重しているのだろう。あれは完璧に覚えてから、わざと外してやるのが粋だというのに。覚えられないでは、話も始まるまい。孔門は陳腐の上に時代錯誤だ。管子はいいと思う。もっとも彼が好いたという太公望というのは、今一つ子供の私には良さがわからない。管子の下敷きとしてそれはあるのだから、覇王桓公を立てた男に敬意を示すためにもいつか読み解いてやろうと思っている。
 暗い子供だと、よくいわれる。
 黒用が簡の山を迂闊に崩した。黒用を叱ってから山を元に戻す。
「座っていなさいと、言った、筈です。」
 黒い韓盧の黒い瞳を見据えて言うときだけ、私は自分の障害を忘れる。自分を毛嫌いする大人や子供のように、無意味なことを垂れ流しに口から出せるのだと信ずることができる。
 くだらないことばかり考えているくせに、自分が大人物だとでも錯覚している大人など語るに落ちている。その子弟など欠陥だらけの大量製造の模造品だ。だから韓は何年経っても進歩の二文字から取り残される。下手をすればなくなるだろう。
 子供のくせに、何がわかる。
 韓王は鼻で笑った。笑って私を書庫に入れた。
 大人に、何がわかる。
 私の感じたのは憤りですらなく、冷笑だった。以前から名前だけは聞いていた王座に座る男は知恵があるようにはとても見えなかった。もっと言えば傍らに立つ宰相の方がまだましな人間に見えた。それでも韓王は一応私の父だった。
 孝心など、薬にしたくとも湧いてこなかった。私を生んだ女にも湧かなかったものが初対面のこの男に湧くはずがないのは自然で、私は与えられた結論をただ呑みこんだ。
 父なる韓王に会ったのは韓宮に出入りする権限を願うため、宮の書庫に出入りする権利を与えて貰うためだ。そこに君臣以外の義理は、もっと言えば利害の授受以外には何も存在していない。
 私は一人、書庫に通う。
 明るい戸外に子供の騒ぐ声がする。
 私は書庫が好きだ。

 心根の冷たい人間だ。
 私を生んだ女は時折罵っている。私は『母親』の元に顔すら見せない『息子』で、彼女には読めもしない書物を貪り読む得体の知れないというよりは気味の悪い存在だった。私はその女を無視し続け、儀礼が要求する最低限−新年を迎える手順としてそれは絶対必要とされているのだから−の機会に顔を会わせた。
 拒んだのはそちらだ。その昔、まだあの女は『美しい』と言われていて、韓王との関係も持続していた。私は満足な口も利けない欠陥を持つ異物でしかなく、『母』なる者を求めてあの女につきまとった『息子』は遠ざけられ、近づくことを禁止された。彼女にとって私は『立派な公子を生んだ妃』の地位を得る機会を潰してくれた出来そこないでしかない。あわよくば私の立太子までも夢見た−自分の出自も少し考えに入れたがいい−らしい彼女は、自分の迷妄がことごとく崩れたのを知り、果ては飽きを覚えた韓王の足が遠ざかったことまでも吃音の息子がいるせいだと結論し、全ての憤懣をまだ十にもならない私にぶつけた。訳もわからないながら泣いて許しを乞い彼女の後を追った私の目の前で、音を立てて扉を閉じた。
 とすれば私の冷淡はあの女に似てもいるのだろう。私は何も感じない。冷たい人間で結構だ。
 今彼女が私を求める理由などわかりきっている。老後の保証だ。容色もなく、韓王との係累もない彼女は生活の不安に怯えた。いずれ外界へ出て行き、出仕するにせよしないにせよ家の当主として一切を差配するのは私であり、当然彼女にはその見識も能力もなかった。今更母親風を吹かせてどうするつもりだ。それこそ礼学の本でも読んだがいい。
 その存在を思い出したのは当人から呼びつけられ、書庫を出ざるを得なかったからだ。近頃頻繁に病みつくようになったあの女は、むやみに私を呼んだ。することのない自分と一緒だと思いこまれては迷惑だ。私に彼女の無意味な愚痴を何時間も聞く義理も興味もない。韓王は取り得のない男だが、彼女を捨てたことにだけは納得した。或いはそれが彼のした一番賢明な判断だったろう。
 この頃真剣に読んでいる韓の故相申不害の著を二巻抱えて、韓盧一匹を供に私は行く。先方は犬を居室に入れるのを嫌がったが、私が黒用を供にしない限り現れないと悟ってからは諦めたようだ。そのくせ、狆を飼っている貴婦人を羨むのだから適当なものだ。
 もっとも、さすがに私が冷淡だとはいえ、愚痴を垂れ流している『母親』の前で申子を開くような真似はしない。形骸としての儀礼だけは知っているとの衿持を保つだけのために、書物は開かれず傍らに置かれる。自分が如何に冷遇されているか、禄が如何に少ないかという愚痴が耳を滑ってゆく。正座し、手を揃え、私はあの女の顔を見ない。背後にある漆の剥げた衝立を見ながら、申子の術とは相当に場当り式ではないかとの疑問を追いかける。黒用は私の傍らに行儀よくうずくまる。
 申不害という宰相は知恵者だと評判が良い。利口ではあるのだろう。それでも私は『故国』の生んだという『偉人』が何故か好きになれなかった。同年輩の子供達ばかりか、朝廷で幅を効かせているような高位の大官も口を揃えてほめたたえる男に違和感を感じ、理由を知りたくて彼の残した書を読み漁った。
 法術により臣を統御する姿勢には共感した。それでありながら商君に覚えた傾倒をこの筆者は呼び起こさなかった。申子という過去の男が身を処した仕方は実際的だと納得しつつも、どこかでそれを否定したい自分がいる。
「お聞きなの。」
 尖った声がする。目だけを美しさの去った女に向け、私は口を開かない。無様なまでに同じ音を重ねる私の言葉などあの女も欲しない。かつてはその様が見苦しい、片輪など見たくない、と私を殴り、足蹴にもした人間だった。よしんば今になって物を言えと欲したところで、従う義理は持っていない。
「貴方は十六なのですよ。どこかのお嬢さんを貰って家を為すときではありませんか。」
 そして『父』の前轍を踏めというのか。誰か言及してやればいい。為政者たる者、容色にかかずり合うだけ時間の無駄であるのだと。近頃やけに感じる執拗な視線の数々には閉口だ。
 貴方は何の交わりを求めて私を望む。口が自由になるのであれば、私はその言葉を叩きつけるだろう。私の袖を引き、思わせぶりな秋波を送り、それでいながら私を不具者と嘲笑う女達に。
 私は何も求めない。私は誰も信じない。ただ、申子について語り合うような知己がいればよいと感じるときはある。この韓にそれだけの男はいない。だから私は時々無性に韓を出たい。
 あの女は自分の近しい−ということは私とは天地ほど遠い地平にいるのだろう−家の娘達を列挙する。さしたる名家でもないが、一応それなりの家格を持った貴族の娘だ。語られることは気立てがよいの、家政の取りしきりが上手いの、容姿がよいの、とそれだけだ。私は黙って首を振る。家に有能な家宰−執事−を置く方が余程良いし、私は種の保存に供される生贄でもない。
「情の強い子だこと。」
 捨てたのではなかったのですか。詰問を呑みこんだ。手が申不害の書を探る。
 私は誰にも踏みこまれたくない。踏みこんだところでこの内実を理解するはずもない者達などお断りだ。
「貴方は人情というものをお持ちでないの。」
 刺だらけの無意味な言葉だ。私はじろりと一瞥だけを与えて言葉に代えた。何と冷たい子なのだろう、と青ざめた女が顔を背ける。
 自分に人情なる代物がおありですか。その昔、力もなく知恵もなかった赤子を乳母に押し付け捨てた自分に。幼児を容赦なく蹴り飛ばし、平手打ちにし、鬱憤晴らしの道具にした自分に。所詮貴方の行きつくところは自己保身に過ぎなくて、自儘が拒絶されると『情』を持ち出すだけだ。貴方だけではない。人というものはどれも同じだ。公子でありながら、吃音という一点で一般から疎外された私は人の裏も表も見る絶好の位置にいたのですよ。
 私は誰にも望まれない。私は社会を構成する一員に含まれない。だから人は私の前で繕わない姿をさらけ出した。そこに横行するのはただの好き嫌いで、秩序も規範もなかった。
 商君や申子の勧める法に引かれたのは、法の前では君主にも民にも同一の規準があるからだ。そこに個人の好き嫌い−『情』とでも言い換えて差し上げようか−の入りこむ余地はない。処罰も賞も公平に与えられる。
 たとえ不具であったとしても、功を黙殺されることはないだろう。では商君と申子の相違はどこにある。
「貴方には孝心というものもお持ちではない。人として恥かしくはないのですか。母の願いを聞き流してばかりおいでで、何一つまともに取り合ってはおられない。」
 勘だけは鋭い。しかし私は切り返す。
「私は、人では、ない。と、おっしゃった、はず、ですが。」
 数度吃ったが、構わないだろう。現在の状態を変える意志がないと伝わればよい。あの女は溜息をつき、私を放免する。そう、自分が顧みもしなかった生き物に今更頼るなどおこがましい。
 女の棲む部屋には毒気でも満ちているようだ。外に出た私はニ三度深呼吸をしてから書庫へ向かった。申不害を二巻と、黒い韓盧を供にして。書物の香りで自分を清めでもしなければ、無知で無気力な不満の塊が伝染しそうだ。
 私は書庫が好きだ。

 申子を読み終わっても釈然としなかった。理解できなかったのではなくて−非常時に彼くらいの行動が取れる君主であるなら韓も秦の後塵を拝する程度に影響力を持つだろう−違和感の原因が掴めなかったのだ。
 一度申子から距離を置く。わからないからといって大同小異の注釈書を読み漁りわかった気になるのは、俸給くすねの学者で十分だ。頭に優しい詩を読み流し、昔から親しんできた史書を紐解く。著名な人々の事跡や故事が私にとっての物語だった。荒唐無稽な作り話には空々しさがつきまとう。現実として荒唐無稽をかなえてしまった過去の偉人は、放置された子供の親しい友だった。今でも、なのかもしれない。もっとも成長した私は、素直に彼らに驚嘆した純朴というものをすっかり失ってはいる。生意気な批評を加えつつ、いつかは乗り越えてやると自負し、それでいて良く知った話を再び読む度に私は心をときめかす。
 彼らに触れて感じなかった違和感が申子の中にあったのは何故だろう。気に入りの面子の事跡だけを『春秋』から拾いつつ、何度か元の位置に立ち戻る。
 史書ばかり繰り返し読んでも芸がない。たまには目先を変えようかと、普段読みつけない棚に手を伸ばした。退屈だろうと覚悟して広げた書を開く。ざっと眺める。
 …何を読んだ?
 見直す。錯覚ではない。

『人の性は悪なり。その善なるは偽りなり。』

 誰だ、こんなことを書いてのけたのは!
 ありったけを書架から抜き出した。幾つか床に落として黒用が飛び上がった。
 これを書いたのが儒門の人間だというのか。人の善なるを信ぜよと説きつつ、口の不自由な私を露骨に軽蔑してかかったかつての『師』を思い出した。儒者というのは過去に縛られ、例えば首を真後にねじ曲げながら前へと直進しようとする種族だとばかり信じていたものを。
 先王の道こそが全て、先王の政だけが正しい。彼らのお題目はそれだ。
 では、この現実は何なのです。醜悪としか名付けようのない官界、干弋のやまぬ中原、これらが一統に帰すこともなく分裂し続けるのが先王の功化だとでも?問い詰めた私に具体的な反証を持たなかった『師』は、片輪の子供の分際で生意気なことを申すなと叱りつけただけだった。私は生意気だったかもしれないが、しかし答えが欲しいのは今も同じだ。人というものがましな生き物ならば、どうしてこれほどろくでもない朝廷が、国家が、天下が出現するわけなのだ。先王の道なるものが廃れたのには訳があろうに、その訳すら究明せず、まして改良すら加えずして先王を持ち上げて何の収拾がつく。子供にだって知れたことだ。
 人というものは、元々良いものなのだ。それが環境のために間違ってしまっただけだ。
 孔門は必ずそう言い聞かせると、私は思い込んでいた。何が環境だ、と。人目の届かない場所では何を仕出かすか知れないのが人間だ。君に力がなければ、政体の転覆すらも辞さないのが人間なる生き物だ。動機がひとえに自己の利益とあっては、掲げられる美辞麗句など噴飯物だ。民の利益?天下の利益?民になど会ったこともないくせに。この生き物のどこに善性がある。子供をすら、自己の利害の前には蹴り放し、或いは殺しさえする生き物の、どこに。
 所詮、『善』など仮面に過ぎない。
 木簡の向こうに、初めて『同士』を見た。

 不思議な儒者の書物を書き写した。折々に開く気に入りの書物に加えて、『生意気』といわれる読み方を続けた。或いは座り、或いは寝そべり、博識な儒者の論理を楽しんですらいたのだろう。
 著者が生きていることも、多数の弟子をとっていることも知っていた。いつかは会ってみたい。私はこの著者の学識を望む。
 調度のほとんどない、書物ばかりの部屋を改めて見直す。旅費のために食費を削ると言い出せば、あの女は何を騒ぎ立てることか。どことなく愉快だ。
 楚の蘭陵。人が何かのついでで口に出した地名が焼きついた。
 楚へ行きたい。韓を出たい。この家から出て、私は知己を探したい。望んだ私は、決して老後の保証を手放そうとはしないあの女の死さえどこかで望んでいたかもしれなかった。
 それほど勉学して何になるの。それよりも誰それの家と縁を結ぶのです。誰それと親しくするのです。そうすれば朝廷で地位も得られ、貴方の未来は保証されるのですよ。
 そして、貴方の未来もね。
 私はその一言を口には出さず、黙然と反抗を貫いた。
 未来など、頭の空っぽな偽善者どもに保証などして頂かずとも結構だ。捨て扶持を恵んでくださらずとも結構だ。どれ一つとして私の将来には関わりのないことだ。
 私は、韓で作られた大量生産の欠陥品である私は、許可を求める。或いは認可を。どれだけつまらなくとも、くだらなくとも、それでも私が『人』として生きても良いのだという保証を望む。
 悪党で、時折善性の芝居をする、学問によってすら矯められることのないかもしれない私であっても、この著者は私を認めるだろうか。わからない。しかし自分の中に巣くうわだかまりを一言にしてくれた見知らぬ儒者に、まだ子供の私は確かに謝した。
 救われた、と。

 冠礼を行い、大人になってからも私は変わらなかった。家を構えるつもりはさらさらなく、法家が好きで先王が嫌いで、無駄に知識のある片輪の『公子』だった。さすがに仕事を割り当てられたので、書庫へ行く回数は減ったが朝廷に日参する回数は増えた。黒用を連れ回すのは昔からだが、さすがに同僚もいる執務の部屋には入れなかった。
 微賎の出身である同僚は私の『公子』という身分を初め扱いかねていたが、その内あちこちから噂を仕入れて来た。それから一時的に避けられた。そもそも人交わりのない私には普通のことだ。しかし、何故か彼らは私を同情に足ると見なしたらしく、少しの期間を置いて今度は気軽に声を掛けて来るようになった。
 人の善性というものが私には信じられなかったが、同僚達は同じ微賎の仲間として親しく接してきた。やりくりの苦労や家庭の苦労について暇潰しに愚痴り、その少ない俸給で食事に連れ立ち酒盛りを開いた。平気で悪口も言い合い殴り合いの喧嘩も仕出かしたが、少なくとも自分を偽るようなことだけはなかった。
 申子の嫌いな理由が薄々わかりかけていた私は、その追認を遠い蘭陵に求めた。蘭陵は遠く、当分陽翟を出る望みもなかった。かの儒者は高齢になっていた。一度でも会うまでは生きているだろう、と漠然と確信していた。
恐らく、申子の持つ二面性が性に合わない。彼が法を扱い君主を扱う手並は見事だ。その術を否定まではしない。場当り式だとは皮肉るが。
 しかし申子は韓を思ってそれをしていたのか。それとも私利だけを念頭に置いたか。突嗟に出した肯定の結論を、私は否定したかった。肯定したならば、申子を、韓の名相と称えられた彼を二度と好意を持って見ることがなかろうと直感したからだ。
 公益のみを思うなら、古法新法取り混ぜて、君主の意に添うものばかり選り出して来るはずがないではないか。
 善とは、偽りの姿でしかないのだよ。
 あの儒者の言葉が私を慰める。何を期待したのか。申子とてたかが人に過ぎないものを。
 そんな男ばかりならば韓など潰えてしまう。場当り式に法を持ち出して難局を切り抜ける男の腹が見えないなど君主にしてみれば物騒なだけだ。斉の田氏のように国まで奪われてしまう。自分の腹まで隠すほどの芸当が出来なければ臣も使えたものではない。
 自分の腹を隠す君主。そして翻弄される臣下。そして君主が賞罰の権利を確固として握っているのであれば。
 筆が宙に浮いていて、木簡に染みを作った。汚れを拭き取り、表面を削りながら、私は仮定したことの剣呑さにたじろいだ。
 申子の術を完全に君主が我がものとしたのであれば、法を公開し、その上で臣に乗ぜられることなく公正な統治を敷くことが出来るのではあるまいか。
 私は誰かに話したく、しかし理解しそうな者が見当たらなかったのでやめた。凡庸な人々の卑俗な話題に囲まれて、私に話手の役割は回ってこなかった。
 口の不自由な者に話術を求める者がいるはずもないではないか。

 少しして私を生んだ女が死んだ。最後の床で私を呼んだらしいが、他出していた私は帰らなかった。むしろ帰る義理を認めなかった。あの女はその昔していたように私をあしざまに罵るだけ罵って死んだのだという。哀願し、泣き落としをかけ、それも無視されて地金を表したようだ。
 結局あの女には自分の欲望の充足以外、望むことがなかった。それが世間であるのなら、彼女はいい教師でもあったろうか。
 血以外のつながりを全く持たなかった『母親』の喪に服しながら、足枷の解けた快感だけを感じていた。私は自由だ。
 蘭陵へ行こう。楚へ行こう。不思議な儒者に会いに行こう。
 喪が明けてすぐ、私は陽翟を後にした。

「貴方が弟子になりたいという、韓の公子非か。」
「初めてお目にかかります、荀卿。」




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お題シリーズで『めぐりあい』。これも韓非と政君か、しぼと劉邦か、しぼと陳平かと考えていたのがとんでもない組み合わせになりました。実は『Maestro』を書いてから荀卿というキャラクターが気に入りまして、こう。もしかしたら韓非の『救われた』という一言が書きたかっただけかもしれません。自分の性悪を認めてくれる荀卿が韓非には救済だったんでは、と。ってのは大げさで、ぴこちゃんもほっとしたんでしょーね。自分にも理解者がいると思ってさ。

いんでっくすへ