| あのここそ ワンダフルで マーベラスで ビューティフル 誰にだって わかるさ −『ミーアンドマイガール』より
新しいってことはいいものだ。 おろしたての服は綺麗だし、新築の建物は木と石の香りが落ち着くし、食材だって新鮮な方が美味しいに決まってる。だからってわけじゃないけど、僕は新しい、にこだわるかもしれない。伝統が嫌いだって訳じゃないけどさ。 引継ぎ、という言葉には過去が絡んで、僕は修正できない過去なんか大嫌いだ。 とりあえず今は新しいものが多い。新しい法律、新しい貨幣、新しい道路。だって天下統一しちゃったんだもん!秦の天下だあ♪僕って偉い!自分のこと誉めてあげたい! 「…って、天下統一してまで何でそんなに仕事しますかね、へーかも。何のために今まで苦労したのか知れたもんじゃない。」 失礼だよね、全く。人が一生懸命お仕事してんのに、どっかからわいてきてこれだもん。 「尉繚、それすごく失礼。僕だって怒るよ。」 「だから、もういい加減息抜きを覚えて下さいってば!あ゛ー、李斯なんかとつるんでるから、こんなお堅いくそ真面目な陛下に…どーして王翦殿とか蔡公に影響されなかったんでしょーねえ。」 …あの二人に影響されたら、それはそれですごいものがあると思うよ? 「いーの。僕、真面目な秦王陛下になるから。」 「そんな老けた事を…ほれ、陛下のお好きな道術でも言ってるじゃありませんか。女性に接するのは陰陽相補うことでもあるんで、長生きに役立ちますよ?」 「だからローテーション組んで晩の二時ぐらいになったら後宮行ってるじゃん。」 「…その発想が俺にはわかりません。」 何でさー。みんなに公平にしろってうるさいから、漏れがないように人員リスト作って端から少しずつ片付けてるんじゃないか。僕だって好きで巡回してるんじゃないんだからね!養生と秦王の義務だって言うからちゃんとこなしてんのに、何でいちゃもんつけられないといけないのさっ! 「それよっか尉繚も仕事してよ。ここんとこ遊んでばっかじゃん。」 「陛下に質問。俺の職掌は何でしょう?」 「いかさま兵家。」 「ご名答。つまり、戦がなくなったので俺は目下仕事なしなんです。と、ゆーわけで何かやばいことが起きるまで、俺はひたすら遊び散らします☆」 「そしたら尉繚の出番なんか永久に来ないじゃん!何かして!僕、無駄に給料払う気ないからね!」 あ、全然信じてない、あの顔。腹立つなあ。 腹立つけど、ぷーたろーになってしまった尉繚はそこはかとなく切なげな顔をしてたから、それ以上この話は進めないことにした。 それにしても二十年近く尉繚とも付き合ってるけどさ…良く飽きないなあ。それほどお付き合いって楽しいものかね。僕なんか疲れる飽きるで、もうやんなってるってのに。お仕事してるほうが面白いしさ。 台秤の上にはあと二十ちょっとの木簡の束。よーし、あと少し頑張ってお茶にしようっと。 新しいといえば、『秦王』ってのは古いんでやめましょうってことになった。 だってさ、元々『王』ってのは周の天子しか名乗れなかったからステイタスがあったわけ。なのに今じゃどこもかしこも王様だらけじゃない。ありがたみも何もないって、ほんと。だからさ、このまま秦王を続けても、『元王様』が沢山いるわけだから、格差ってもんが目立たないじゃん?そしたら権威が確立しないからまた面倒なことになって、どーせ反乱潰さなきゃなんなくなるしさ。僕もう反乱潰すのやだ。王翦なんかこないだ『年寄りだって馬鹿にされた!』ってストライキを起こしかけた挙句に、楚を潰したら引退決めこんじゃったし。尉繚と仲良しなだけあるよね、ほんとにさ。 で、とにかく名前なの。だからここんとこ李斯がお茶飲みに来ないわけ。李斯とか王綰なんかが篭ってる部屋を見たけどさも。故事典拠の木簡に埋もれて三四人の頭がぽこぽこと見えただけなんで、さすがに怖くなっちゃってさ。引き返してきたんだ。 尉繚は相変わらず綺麗なおねーさん達の間に埋もれてるしなあ。ぴこちゃんが生きてれば付き合わせるんだけどなあ。扶蘇は蒙恬にべったりだし、蒙毅はいい奴なんだけどどうも刺激に乏しいしなあ…だからって趙高なんかにはりつかれてお茶するだなんて、ぞっとしないしさ。 梭沙ちゃんがいなくなってから、もう五年経つんだな。 見てもらいたかったな。韓非にも。まあ、ぴこちゃんは、 『ほらご覧なさいっ、このお利口さんな私が教えてあげたからまあ凡人の陛下でも偉くなれちゃったりするんですよっ。感謝してくださいねっ!』 って威張るんだろーけど。梭沙ちゃんはきっとにっこり笑って誉めてくれたんだろーな。 りょーさ、僕、もう後宮なんて行きたくないよ。ぴこちゃん、また一緒にお茶飲みたいな。 そして、ほんの、ものすごくちょっとだけ。 母上にも見せたかった。 そーだ。ぴこちゃんといえば。 後宮であって後宮でない地帯に僕は向かった。やっぱり。足の踏み場もないくらい顔料広げてる。黒用が小さくなってるし…あれじゃ可哀想だよ、韓盧なんて中型なんだからあ……。あ、黒用の耳と尻尾がぴんと立った。夏樹さんより鋭いや。 「どーしたの黒用。行儀悪い。あら、陛下、久し振り。」 「お茶でも出してくれないかなあと思って。中休み。尉繚捕まえようとしたら逃げちゃった。」 「捕まえたら?その辺に転がってるわよ。」 あ、いた。なんだ、夏樹さんとこにいたんだ。顔料棚のぎりぎり脇に押しこまれてるから気付かなかった。それにしても黒用が立ち上がっても顔料皿を踏んづけてこっちに来ようとしないのは立派。さすが韓非のお仕込みなだけはあるなあ、っていつも感心しちゃう。ちなみに扶蘇が調教法を教わってたらしいんだけど、結果に現れてないからなあ、まだ。 「なんだ尉繚。夏樹さんの邪魔してたんだ。」 「邪魔じゃありませんって。」 夏樹さんが鼻鳴らしてるよ? 「陛下、朝議に出てなくていいの?」 「丞相や博士連の調査結果待ち。短くて、呼びやすくて、ちょっとばかり華麗な称号がいいなあ。」 「ぜーたくな。んなの、死んだ後付けて貰う諡号だけで十分です。」 「諡号、廃止するつもりなんだ。李斯には言ってる。」 できるだけさらりと言ったつもりだけど、尉繚は目を点にした。尉繚でこれだから、おおっぴらにしたときの周囲の反応が厄介そう。やめるつもりなんかないけどさ。 「そりゃまた無謀な。」 と、ようように尉繚がのたまった。夏樹さんは転がる尉繚をスケッチしながら、 「いいじゃない、どーせ李斯のしょーもないセンスで捻ったってろくな字面がでてきやしないわよ。」 と吐き捨てた。 そうじゃなく。まあ、李斯のセンスにもいまいち信用は置けなかったりするんだけど。 僕は誰にも『評価』などされたくない。僕の業績など、あれこれ言って頂かなくても結構だ。だって、僕が何考えてるか、そこにいる尉繚でも、長い付き合いの李斯でもわからないのだから。それ以上訳のわかんない奴にごちゃごちゃ言われたくない。まして品定めなんてしないで欲しい。 僕は『初代の秦王』で、それ以上でも以下でもない。 「ま、諡号なんかなくたって、陛下みたいな強烈な変人を忘れる奴はいませんよ。」 が尉繚の感想だった。多分尉繚は、僕がそれを廃止する理由を知っている。 僕には、前代までの秦を引き継ぐ根拠が全くないのだから。 死んだ後の名前の話なんて始めた僕達に愛想を尽かしたのか、夏樹さんがお茶の支度を侍女に言いつけた。 やっぱし僕、老けちゃったかなあ……。 ゆずの寒天寄せなんかを美味しく頂いてる僕達は、もう少し『自称芸術家』夏樹さんの毒舌に注意しておかなきゃならなかった。 つまり、李斯のセンスを信用しちゃいけないってこと。 博士達が原案を提出に来た日、僕に期待がなかったといえば嘘になる。誰だって目新しいものは気になるじゃん。丞相以下の考案メンバーと参考人の博士達で協議した結果が、麗々しく奏上された。 「天下統一というですね、えー、陛下のご業績はですね、あー、古の五帝も比肩出来ない偉大な事業でございます。何度も検討を重ねた結果ですね、うー、やはり尊いのは三皇のお名前と決まりました。つまり、あー、天皇・地皇・泰皇ですな。えー、その中でベストなものをまた色々と調べました結果、どうも一番尊いのは泰皇のようでございます。ですから、陛下におかせられましては、えー、泰皇とお名乗りあそばされるのがベストと存じます。」 ……。 なんで、なんでっみんなそんなに自信満々なのーっ?! 意味わかってる?僕、新しい名前作ってって言ったんだよ?尊い名前ベストスリーを調べて来いなんて、言ってないよ?おまけに李斯まで笑顔だしっ! うん、やっぱ李斯ってセンスない。『始泰皇』『泰皇一号』『初代泰皇』…シロートの僕が考えたってセンスないじゃん!もうっ、みんなして何勉強してんのさーっ!! 「海内を一統に帰すという事業は、かの三皇でも為せなかったことだ。それに五帝とて取り上げるべきところがないとは言えまい。」 もう!固まってるし!考え直してよって婉曲に言ってやってんのに、何で気付かないかな!顔見合わせて青くなってるしーっ! 僕知らないからね! 「だから三皇五帝を合体させて皇帝と名乗ろうと思うんだけど!」 わああ…なんていい加減なネーミング……。 と。 「…素晴らしい!」 は? 「陛下!素晴らしいお名前です!!」 なんですと? お目目きらきらの李斯が、半ば身を乗り出すよーにして…って、感心してる場合じゃないでしょっ、李斯―っ!さっさと修正してよーっ! んなこと李斯に求めるほうが間違ってた。 「素晴らしい!『皇帝』!これこそワンダフルでマーベラスでビューティフル!誰にだって分かりますとも!空前絶後!陛下のおっしゃることは全て正しいっ!ブラボー、ブラボー、ブラビッシモですっ、陛下!」 ぶ、ぶらぼーって…誰か…訂正してよ……。 「ええ、これこそエクセレント!ハイソサエティに相応しいノーブルな名前!絶対的セレブリティの権化!クオリティの高さを表して余りあります、まさに完全無欠です、陛下!!」 しっ、しまった!『マスコン宰相』モードになっちゃってるよう、李斯い……。救いを求めて博士達と丞相達を見たんだけど、みんな李斯に当てられちゃってるし! 「そうですなあ、これこそグレートです!さすが我々の陛下!」 「シンプルな中にゴオヂャスさを秘めたナイスネーミング!」 「その上貴族的で故事を踏まえていらっしゃるところがなんともいえませんなあ!」 「『皇帝』!うーん、品格漂うお名前です!」 だ、誰かあ…秦の常識は…いーや、それより目のいっちゃってる李斯を止めてえ……。 「さあっ素晴らしい陛下に万歳三唱っ!」 「ばんざあい♪ばんざあい♪ばんざあいっ♪」 「り、李斯っやめてって…ちょっと、王綰、丞相でしょ!李斯止めてよ!劫もっ、ちょっと、もうっ、みんなーっ!」 駄目だ、もう止まりやしないー!!クラッカーなんてどこから持ってきたのさー!その造花、いつ作ったの?僕、もー嫌だ……。って、こっち来るしっ!ぎゃあ、胴上げされたあ! 「ど、どーしてこうなるのーっ!誰かーっ、尉繚しょっ引いてきてーっ!」 僕はそう叫ぶしかなかったんである。恥かしいとか、ちょっとは思ってよ、李斯……。 後宮から発掘された尉繚は、ブラボーの大合唱にコンサートでもやったのかと勘違いしたらしい。で、入ってみたら美人の女性カルテットではなく、『秦王のおっしゃることは全て正しい』のプラカードを振り回している一団を見てしまったわけ。となると、元凶は明らかである。 「何を恥さらししてるんだ、このマスコンの李斯がーっ!!」 乱入と暴言を辞さない『いかさま兵家』の拳固三発で、朝議の常識は回復したんであった。 で、僕は。 尉繚の新たなお仕事を発見したわけさ。 「ま、いいセンスなんじゃないですか。俺は悪くないと思いますがね。」 一段落してからの尉繚のコメントに、駆け付けて来た蒙恬も扶蘇もかくかくと頷いた。そ、そうかな。比較的常識人に言われるとちょっと照れちゃったり。 「李斯にセンスがないのは知ってましたけど、止める奴がいなかったってのが呆れ果てましたね。俺は。」 うん、僕もそー思う。こくこくと再び蒙恬。もっとも蒙恬にもセンスを期待しちゃいけなかったりするんだけど。こういうときに頼りになったのは、やっぱしぴこちゃんなんだよなあ。あんだけの暴言、或いは毒舌垂れ流しを文章力でさくさく読ませちゃう人だもん。感動しちゃう位。 ぴこちゃんだったら何て名前付けたかな。尉繚に聞いてみたかったけど、アンチ李斯の扶蘇と蒙恬がいるからやめといた。(大体おボケの李斯にそんな器用な芸当できるはずがないじゃん。その上あの韓非が素直にはめられるような玉だって信じていられるこの二人もある意味おめでたいよなあ) 「これからは『皇帝』陛下になられるんですね、父上。」 扶蘇がどこか神妙に呟いて、僕は。 「そうだ。始めの皇帝、始皇帝、だな。」 「その『始』ってのはあんまセンスがないよーな気がしますよ。」 うるさいねっ!自分はちっとも案出さなかったくせに! 何を隠そう、尉繚も言語センスがあんましないんだけど、これは言ったら本人がへそ曲げるから内緒。 何はともあれ。 「子房さん、わし皇帝になりたいよ。」 「そういうことは項王に勝ってからおっしゃってください。」 「いい加減皇帝になれ!補佐する私の方が面倒だ!」 「はいっ、なるっ、なりますから孔明、その出勤拒否をやめてくれー!事務仕事がたまってるー!」 「お前っ、大宋の皇帝陛下を坊主にしてただで済むと思うなよっ!一生お前なんかとは和解してやらないからな!」 「フビちゃんどーして宋瑞にいじめられるのかな、フビちゃんも皇帝陛下なんだけどな、かまってくれなきゃ泣いちゃうからね、ぴーっ!」 「オヤオヤフビライサマガナイタラダイトガスイボツシテシマイマスネエ。コレモリョコウキノネタニシテヴェネツィアノベストセラアヲメザシマスヨ、フッフッフッフッ……。デモナンデミンナ『コーテイ』ッテイウンデスカ?」 「決まってるだろ!短くて品格がありちょっとばかり華麗で威厳たっぷりのこの中華の言葉こそワンダフルでマーベラスでビューティフルだからだっ!大宋の状元の言うことを信じろ、マルコ!」 結構使いやすかったみたい……。 「著作権法でも制定したらロイヤリティーが入ったかなあ……。」 「陛下っ、ただいま李斯が回収してまいります!」 「やめて。はずかしーから。」
お題シリーズ『名前』。当初重いテーマにどう転んでもなるはずだったこのお題、なんとコメディ。いやあ、政君のシリアスで散々名前を絡ませているので、どーしても発想があそこから離れなかった。私が名前を絡ませると大抵暗くなるしなあ。(いや、史記ネタだけだっ。宋瑞なんて何と派手になることか!)しぼにしろ、韓非にしろ。で、今まで放置してたのが、何故か『ミーアンドマイガール』を聞きながら思いついたのが、あの李斯。「ブラボー、ブラボーです、陛下!」(笑)こうなったらもう止まるところを知らず、ある日の平和な秦帝国シリーズになってしまいました。韓非と梭沙が死んでるから、その辺は回想入ってますが。でも、あのキれた李斯を書くのが愉快なもので。実はうちの李斯もどうやら異端児のようで、あまりこういう設定になっている李斯を見たことがありません。どうも李斯が切れるってイメージないんだなあ、私……。 「あれはキてるっていうんです!李斯なんておおぼけさんじゃないですかっ!」 ぴこちゃん…それは真実だが、君に言われたくないだろうよ、李斯も……。(韓非みたいな天才になるなら、俺凡人でいいですby李斯) |