| 師は愚かだ。私は師を嘲笑っていた。 師は気付きはしなかった。私を弟子と見込んで様々な技法を教え、故事典拠を教え、生き方までを教えようとした。 迷惑だった。 彼の生き方には不同意だった。あのような人間になり下がりたくはないと腹では思い、顔では笑っていた。 師は私と別れる前に、哀しげな顔で告げた。 「子淵の顔はいつから醜くなったのか。」 いつもの皮肉と聞き流し、屋敷に帰って鏡を見た私は慄然とした。 取り落とした鏡が床に砕けて、粉微塵になった。 あのように醜い生き物を、私は知らない。
「子淵殿。」 呼び止められて振り返る。令尹になったばかりの子蘭殿が晴れやかに近付いた。 「貴方の新作は素晴らしかった。貴方の詩には華がある。あの三閭大夫のような説教臭は何処にもない。」 「いたみいります。」 どうだ、一献、と誘われたが、私にはその気がなかった。断ると、じゃあ、またな、と気軽に去っていった。 近頃、子蘭殿の顔を見るたびに吐気がする。自分が鏡を見られなくなったのと、同じ理由なのだろう。全ては、私の前から姿を消した師の言葉に原因がある。 子淵の顔は醜くなってしまった。 まさか、と軽い気持ちで鏡を見た。手から鏡を取り落とすほどの衝撃が待っていた。落とさなかったなら、床に叩きつけていたかもしれない。 鏡の中に、人間の顔はなかった。稚拙な人形絵師がやっつけ仕事で描く墨色の目にも似て、ただ造作としてあるだけの目鼻口には、人間らしい表情が丸きりなかった。墨色に塗り潰された、輝きのない目。むやみに赤い口。特徴のない鼻。異様に白い、遊女の白塗にも似た顔面。 これは、木偶だ。私ではない。 楚国の美男と名高かった、私の顔ではない! そして、私は散々侮った師の目が節穴ではなかったと悟った。悟ったときに、師は既にこの世のものではなかった。 師は、自ら水中に我が身を投げた。師の名前は屈平、字は原。三閭大夫の要職に在った、楚の貴族。 「子淵が書くと、何故にこうなる?」 修辞が多過ぎはしないか、小手先の麗句にこだわるあまり、言辞を通じての迫力が欠けはしまいか。 師は率直だった。公私を通じて率直だった。つまり世渡りは下手だった。 既にして高名な詩人でもあった師の論評だ。当初は諾諾と受け入れた。欠陥を直そうとして、何度も書き直し、師の閲に入れた。師は、むやみに厳しかったり怒鳴りつけたりする人ではなかった。ただ、率直だった。 「子淵の思いは美しい。美しいのだが、人の心を打たぬのは何故なのだ?」 「美しいということは、それなりの価値を持つのではないのですか。」 反駁を試み、ついには事あるごとに反発するようになった。というのは、師は決して私の詩を褒め上げてはくれなかったからだ。 苛立ちを私にぶつけるのはよすがいい。自分が朝廷から浮いているからといって、溶けこんだ弟子を妬むのは見苦しい。 師は朝廷で孤立していた。師は斉国と結ぶ合縦の同盟こそが楚国を保全する策と信じきっており、大勢はそれを支持しなかった、それだけだ。師が自分の信念に忠実なだけであれば、嘲笑と共に看過されただけだろう。ただ、師は率直に過ぎた。対手の身分の高下を問わず、率直だった。つまり、王に対しても容赦がなかった。 師の率直は無骨とも見えた。優雅な礼式とは対極にある、飾りを剥ぎ取った言辞の直言に、訝かることが多かった。言葉を知らない人ではなく、あの人こそ言葉を連ねて幻想の世界に遊ぶ大家だったからだ。 師の言辞は、現実に下りた途端に、羽をもがれた鳥のように無様になった。 秦は虎狼の国である、信用してはならない。南の雄である楚国は、中原の大国である斉と結んで、秦の独走を阻むべきである。 拙劣極まりない師の言葉は更に、率直しか取得のない、ある意味では無礼と傲慢極まりない、独断的な物言いで更に聞きづらくなった。当然、師の周囲は敵だらけだった。巻き添えを倉って追放されるのは迷惑でしかなく、私は師と距離を置いた。何故なら、師がくさす私の詩編を賞賛したのは、師の敵だったのだ。そして師の敵は顕職を占めていた。彼等と実懇になることは、自身の栄達も意味していた。 私の詩を喜ぶ友はまた、私を引き立ててくれる友でもあった。子蘭殿もその一人だった。 秦と親しい子蘭殿は、秦を敵視する師と真っ向から対立していた。私は師ではなく、子蘭殿を取った。子蘭殿を通じて、秦の宰相であった張子−張儀殿とも誼を得た。 「あの男は信用できぬ。あのような没義道に、何故に近付いた!」 この時ばかりは、厳しく叱責された。しかし、私もかつての私ではなかった。 「彼が何を主張しようと、関係ありません。彼は、私の詩を喜んでくれた。私は権門でも公子でもない、詩人です。文の交わりに、俗事を混ぜないで頂きたいものです。」 まさに、正論。虚を突かれた師は、哀しげな顔をした。私にはそれが、時流に取り残された敗者の感傷としか映らなかった。それ以来、師は私を避けた。私のみならず、朝廷も師を避けた。師の詩歌は何時の間にか人の目から消え、私の詩歌が楚の宮廷を席巻した。 子淵殿の美文、宋玉の詩文を是非に。 宮廷は師の詩歌だけではなく、師をも追放した。師がはめられたことは承知で、それでも私は黙認した。新しい友達は師を憎んでいたし、私も師が返り咲く事を願わなかった。ただ、礼式の名が要求するので、最後の挨拶に出向いた。 師は、しばしの時間待たせてから、私と会った。師の表情は、厳しく、それでいて気品があった。おや、と訝かったのはそのときだった。 元来師は美男と呼ばれるほどの容姿ではない。貴族に相応しく威厳のある容姿ではあったが、造作としては平凡な人だ。その師が、私を瞠目させるほどの気品と美しさをたたえて、現れた。 私は空疎な惜辞をいくらか贈り、師は無言で聞き流していた。耳でも洗いに立つのではと思った。立ちはしなかったが。既に、後宮の夫人や朝臣からのいわれなき讒言や中傷を耳に聞き飽きていた師にとって、内容がないだけの私の言葉など、どうでも良かったのだろう。師は狂人とまで嘲けられていたのだから。 「この頃、詩は書いているのか。」 ようやく、師はそれだけを尋ねた。ええ勿論、と答えかけた私は、口を開けたまま止まった。最後に短詩を披露してから、もう三月ほど経っていた。 「この頃は何かと、忙しく。」 「確かに公子子蘭との酒席で、詩歌など読むまい。」 事実だった。子蘭殿も、友人達も、詩歌の出来など頓着しなかった。三月前に書き綴った短詩を思い出して、赤面した。あれは酔漢の戯言に韻を踏んだだけの代物だ。それでも、絶賛されたのだ。絶賛されて、楚宮中に広まったのだ。 見せられない。この師に、あのような代物は見せられない。私の衿持がそれを許さない。その前に書いた詩は…駄目だ、あれは王をやたらに褒め上げただけだ。その前は后南子の美しさを平凡に称えて流した代物、その前は。記憶にある詩のどれもこれも、この師の前に出せない代物であることに、ようやく気付いた。 「子淵、そなたの顔はいつからそんなに醜くなってしまったのか。」 師の哀しげな声が降り注ぎ、私は軽い反発を覚えた。 これは皮肉だ。私を妬む、師の嫌味だ。 「宋玉を、俗塵に埋もれさせてはならぬ、子淵。そなたの美しいものを、もっと詠むのに時を費やしたが良いと、私は信ずる。」 「心得ました。」 早く帰りたい。一念から空返事をし、辞した。それが別れだった。 鏡の中の自分に打ちのめされた私。泪羅に身を投げてしまった師。残されたのは、不出来な私の詩が乱舞する、詩歌になど何の興味も持たない人々ばかりだった。 男性は私に近付いた。私は宮廷の詩人として高位にあり、王や令尹とも親しく、秦の張子とも親しかったから。 女性は私に近付いた。私は甘い詩歌を求めのままに披露する詩人で、楚で名の通った『美男』で、彼女達の誘惑を無碍にはしなかったから。 木偶か殉葬の人俑か。私は作りものめいた、自分の醜悪な顔に悲鳴を上げたかったというのに、人は私を美しいと称えた。空疎な詩歌を全て焼き捨てたかったのに、人は私を才能があると称えた。 師よ、師よ。 相当な期間を置いた後、求めた師は、既にこの世の人ではなかった。 師は確かな目を持っていた。本質を見抜いてしまう、詩人の目を持っていた。私の醜さを、私より先に見抜いた。そして。 領土の割譲で一度王を欺いたことのある張子は、謝罪と修好のためと称して楚王を秦へ呼び出し、そのまま拘留した。結局、王が楚の地を踏むことは二度となく、我々は新たな王を立てた。楚の君臣は愚者揃いで操りやすい、と張子は放言した。 愚かだった。真贋を見分ける目もない人々にまつり上げられ、いい気になっていた私は愚かで、張子の軽蔑は当然だった。師は張子を没義道と嫌忌していたのに、私はその師を見下していた。愚かで、軽薄だった。 文の交わりに、俗事を混ぜないで頂きたいものです。 何たる軽薄な! 詩歌など時間の無駄としか心得ない人々を相手に、彼等を友とし、私は何を望んだ。宮廷での称賛と、高位と、調和を。他人の目ばかり気にしていた私は、木偶よりもさもしい顔をする、『美男』の『詩人』という名を欲しいままにしていた。 師よ、私を叱責してください、貴方はどうおっしゃるのですか。この私の惨状を。この楚の惨状を。 師はもはや亡かった。師は亡く、私は無性に師の言葉が聞きたかった。文倉へ駆け入り、とうに誰からも顧みられなくなった師の詩歌を狂ったように探し出した。無頓着に放っていたので、あると思っていたものが殆ど見当たらなくなっていた。私は半狂乱になった。文倉の簡束を片端から開き、師の手蹟の断片でも探した。 子淵の思いは美しい。美しいのに、人の心を打たぬのは何故なのだ? 私の思いなど、美しくはないのだ。私の顔と同様に。美しさの外貌をまとい、中に命が通っていない。だから本質を見抜かれた時に、醜さに落ちた。 長い時を経て、久しぶりに開く師の詩歌は、長く、激しかった。師の絶望が行間から立ち上って、私を締め付けた。師の恋は身を焼くように迫ってきた。師の煩悶はやるせなく、師の糾問は容赦なく、私に突きつけられた。師の言葉は、私の心を揺さぶったのだ。 すぐにも会いたい、私の慕う愛しい貴方。そう訴えたのは河伯に姿を借りた師の姿。 天命が私が思うまま結ばれるのを妨げる。身悶えしたのは天命の管理者自身に形を変えた師の姿。 天よ、何故に!延々と天を喚問したのは、率直に強力に語り続ける三閭大夫の在りし日のまま。 私を理解するのは誰、この心を汲むのは、誰!絶望に煽られて放浪した人の悲鳴は、師の肉声のまま。 師よ、私の偉大だった師よ!止め得ぬ後悔に苛まれ、私は涙で床を濡らした。師を理解しようともしなかった、愚かで軽薄な、不肖不才の弟子。 師に会いたい。師はいない。師は今何処にいるのだろう。師の魂は、今も理解者を求めて、遥かな天空を彷徨っているのではないのだろうか。 戻ってきてください。玉は、お詫びをしたいのです。師よ、私の師よ! 私は、久し振りに筆を取った。他人のためではなく、私の為に。 戻ってきて、北は氷で閉ざされているのだから。 戻ってきて、西には沙漠があるだけだから。 戻ってきて、東は怪物がいるのだから。 戻ってきて、南は人食いがいるのだから。 貴方の住むべき所ではない。貴方の居場所は、この楚にしかない。 貴方の愛した香しい草花を植えて、君子の居室をしつらえる。 楚の乙女子は美しく、貴方に情を捧げよう。 だから、もう戻ってきて。遠くに彷徨ってしまわないで。 私の師。私の三閭大夫。私の屈原殿。 戻ってきて、この私のところに! 書き上げて、私は自分で泣いていた。私はこの詩が、好きだった。一度清書した詩を抱え、向かったのは師の旧居。 泪羅に身を投げた師に、墓はなかった。私は師の愛した橘の木の下に、生まれたての詩を捧げた。 「ようやくご覧に入れても良いものを書くことが出来ました。」 橘の、木が香る。 「愚かな宋玉ですが、ようやく貴方の偉さを少し知りました。」 私は橘の木の前にぬかずいた。 「これから、精進致します。」 師よ、お許し下さい。 師の旧居を辞するとき、小さな池の端を通り過ぎた。何気なく目をやった水面には、晴れやかな楚の美男の姿が映っていた。 許してくださるのですね。思い浮かんだのは、師がゆっくりと首を振る、見慣れた姿。 昔、師事し始めた頃に言われた言葉を、忘れていた。思いだした。 子淵、詩には人柄がそのまま出るのだよ。顔と同じように。
百のお題、『後悔』。語り手は宋玉と言いまして、屈原の弟子です。『楚辞』というのは屈原オンリーの詩集ではなく、楚スタイルで作られた詩を集めたものなので、宋玉の詩も入っています。しぼちゃんの話で散々使った『招魂』は屈原の作ではなく、宋玉の作だそうです。今回初めて書いた宋玉と子蘭は郭沫若氏のキャラクターに引きずられていますが、宋玉は大分ソフトになりました。ほっ。あ、字が子淵というのは小学館の漢和辞典に出てたので(笑)。屈原は…郭氏のキャラクター入ってますね。『幻想旅行』の彼と共通な部分もあるのだが。ただ、師匠という立場の屈原を宋玉視点で書いているんで、屈原一人称の短編も書けたらな、と。うーん…張儀との戦いを書くの、やだなあ(笑)。とはいえ実はお題シリーズの中でもかなり気に入っている話だったりします。『幻想旅行』キャラクターの過去は相当に流して書いていた(というよりほとんど触れてなかったなあ、去年読み返したら)ので、お題シリーズにねじ込むと書き手としては新鮮だったりします。 |