手の中に杯。杯は毒杯。きらめく光を弾いた死の酒が、生涯の結論だった。
生きたいと、願ってきた。楽しく華やかに生きたいと、願ってきた。そして最後にこの杯を選んだ。
山の中、鳥の声。緑の森、青い水。そして貴方は遠く。
深山木に、風香り、水は皆、東に下る。そして私は西に留まる。
幽邃の自然に飾られた地は、天然の宮殿、天賦の牢獄。
峨峨たる峰は牢獄の壁、ほとばしる急流は巡羅の兵士。
そして、私と貴方の間には隔絶がある。今も、昔も。
手の中に杯、杯は毒杯。死の酒は全ての懸隔を埋めるものか、それとも決定するものか。
私は知らず、杯を呷る。
生きたかった。貴方は望まなかったのだろうが。
叶うなら、貴方と共に。
手から杯が落ち、私の想いが東の都に飛び帰る。想い、だけが。


Perdonatemi, mio signore
−巴蜀の告白−


 蟄居を命ずる。言い渡した王の表情は険しかった。文信侯呂不韋は黙然として頭を下げた。
 何も言うことはないのか。
 何も。
 王を振り返らずに、辞し去った。呼び止められはしなかった。戸外に出てようやく、初老の男は大きな息を付いた。
 致し方のないこと、これも天命。思慮の浅い長信侯が全ての禍根。ろくに用意もせず秦王に、私の息子に逆らおうなど、軽はずみにも程がある。
 その長信侯を推挙し、母太后に近付けたのは、文信侯本人だった。人恋しい母太后が長信侯と関係を持つだろう事を知りつつ、近付けた。全ては自分の過去を清算するために。
 清算など、不可能なのだ。過去が『秦王』という形を取って絶えず認識を要求する限り。しかし相国という高位にある文信侯は気付かなかった。乱を起こした長信侯を秦王と共に討ち、共謀した母太后を離宮に幽閉し、首謀者をかつて推挙した責を取って少しの間身を潜めれば、全ては清算済みと考えた。
 何故なら文信侯は強大だった。戦国の四君と呼ばれた人々が踵を接するように世を去った後、三千人を上回る食客、悪く言えば私兵を抱えることが出来たのは彼だけだった。秦王すら凌ぐ、と諸国に伝えられた勢力を以って十万戸の封地に君臨した。加えて、誰もが知りつつ誰も表立って口にはしなかった事実が、文信侯呂不韋を更に強大なものとした。
 即ち、秦王政は文信侯呂不韋の胤である、と。真実は政も呂不韋も知らず、ただ雍に幽閉される母太后の胸先三寸に畳まれていたが、人口に膾炙してしまった以上、風評は事実以上の効力を保っていた。
 当事者である政は、沈黙を守っていた。風評に踊らされて二度も内乱が起きていたにもかかわらず、呂不韋に面と向かって風説の是非を問い質したことはなかった。どう言い抜けするか始めは思案していた呂不韋も、いつか秦王との縁故関係に警戒することはなくなっていた。
 蔡公が、よくお導き下さったのであろう。
 この頃出仕することも稀となった、秦王の師を思い出した。一度丞相に在った身でありながらも自ら辞し、客卿として自儘な生活を送っている蔡沢にだけは、幼い秦王が気心を許していた。
 あれは、もうどのくらい前になるのであろう。趙の邯鄲に置き去りにされた秦王政が、母太后と共に恐々と咸陽宮へ現れた日のことは。その時、政は呂不韋の右手をしっかり掴んでいた。震える子供の手で、呂不韋の手を握りしめていた。
 秦王は、八つだった。
 呂不韋の記憶は、明確だった。子楚が正式に太子となったばかりであったから、節目のことは覚えているのであろう。子楚が太子となり、趙は掌を返すように邯鄲で冷遇を続けていた政母子を丁重に送り返したのであった。私も繁く邯鄲に足を運んで二人の後見をしていたから、これで往復の手間が省けると喜んだものであった。
 政は成人し、呂不韋の手を離れ、王として歩き始めた。初めは呂不韋の後ろから、何時の間にか対等となり、今では−。
 蟄居を命ずる。仲父、職を離れて乱の原因を為した罪を顧みるが良い。
 今では明らかに政が上位者だった。母親に似た切れの長い剣呑な眼差しを据えて、それでも冷静に万事を仕切った。感情が激発すると、苛烈な行為を仕出かすことは知っていた。感情が激しいのと、それをぎりぎりまで押さえ付けるところは母親によく似ていた。
 何か申すことはないのか。
 何も。
 秦王は、何を求めていたのだろう、と今更ながらに思い至った。前後脈絡もなく、あのような問いを発する秦王ではなかった。しかし呂不韋は既に車中の人となっていた。引き返すほどではなく、走っている間思い巡らした雑事に紛れて、問われたことすら忘れてしまった。
 強大な相国文信侯は、忘れることを許される。
 しかし、秦王政は忘れてなどいなかった。

「仲父は阿呆か。」
 凄まじい勢いで竹筆を走らせる時は、機嫌の悪い時だ。尉繚は、まずい折に来合わせたな、と舌打ちしながら気のない様子で相槌を打った。秦王は相変わらず秤に山積みの木簡に埋もれて、普段の倍速で目を通していた。竹筆の動きは既に、乱暴としか形容できない墨ののたくりと化している。いずれこれを全て判読させられ、恐らくは清書することになるだろう、不幸な犠牲者の予感があった尉繚は、ささやかに同情した。
「陛下が過激な仕事をすれば相国が利口になるという仕組みでもありますまいに。」
 口調に至っては、既に他人事である。秦王の執務室にふらりと現れて居座り、あまつさえ胡座をかいているというだけでも無礼極まりないのだが、秦王政は不問に付していた。処理済みの小山に墨も乾き切っていない木簡を放り出し、秤から新たな一巻を取り出した。
「木簡で殴って利口になるのなら、殴ってもやろうが。」
「その程度で利口者が増えるなら、宮廷中を殴って回って差し上げますよ。大体、世間には頭の弱いのが多すぎる。」
 軽口を叩いたついでに、頭の後ろで手を組んで、舌までペろりと出していた。秦王はにこりともしない。
 相国が絡むと秦王は少しばかり冷静さを失う。よって尉繚も迂闊な口を叩いて消されては叶わないとばかりに、一般論へ逃避して毒舌を叩き続けた。
「蟄居したんでしょうが。中年男の面を思い巡らすなんて、野暮ですよ。陛下もまだお若いのに、どうしてそうお堅くなってしまわれましたかね。後宮の美人達が泣いておりますよ。」
「そちらは尉繚先生に一任した。私には後宮などに関わっている時間がない。仲父のお陰で余計な仕事がただでさえ増えている。」
 竹筆の速度が更に上がり、墨ののたくりも加速した。時間がないのに後宮を拡張するのは示威か、と問えば、肯定の答えを出した秦王だ。仕事中毒にも程がある、と人生を謳歌するのが主義のいかさま兵家が嘆息した。
「逐客の令は撤回なさったんでしょうが。李斯が相当に焦っていましたよ。」
「あれがそれほどたまげるとは私も驚いた。気にせずとも良い者が気を遣い、気に掛けねばならぬ者は呆けている。私が何の為に逐客の令を出したか、少し考えれば解りそうなものだ。」
 解るとお思いなのですか。
 尉繚は問わなかった。李斯にも解らなかった貴方の意図が、相国に通ずるとお思いなのですか。貴方の意図を斟酌したことのない、相国に。
「考えて解らないのなら、いっそ『おとなしくしやがれ!』と怒鳴りつけて、それこそ木簡で頭をひっぱたくことですね。」
 役に立つとは思えない助言ではあった。案の定、
「仲父の食客が黙って見過ごすとでも?」
と問い返された。
 三千の私兵、十万の食邑。拠って立つ基盤の大きさに、秦王すら呂不韋の存在を看過出来ない。
 それならば、逆もまた。秦一国を基盤とする秦王を、呂不韋ですら看過することは許されない。
 基盤は即ち懸隔となり、二人の人間が歩み寄る手立てを奪っていた。放した手が、二度と繋がれることはなかったように。
「人間は防壁となる。それ故に障壁ともなる。」
「おや、尉繚子の持論は、個々の兵の忠に期待するのではなく、法によって統御する術を整備せよとの事と理解していたのだが。」
「理屈と現実は違いますよ。俺は、ご覧の通りの現実肌です。」
 諧謔に滑りこませた事実に、貴方もまた気付かない。恐らくは、彼も気付かない。尉繚は話題を更に柔らかいものへと逸らした。
 尉繚もまた気付かない。どちらかが気付いていれば、懸隔などそもそも存在しないという単純な事実に。

 何か申すことはないか。
 何も。
 何も変らない日が過ぎる。呂不韋は職を解かれて蟄居して、他には何も変らなかった。諸国から人々が呂不韋を訪ねた。呂不韋の後援で秦に伝手を見出し、ある者は職を得、ある者は商売を営み、ある者はそのまま屋敷で接待を受けた。天下の遊士が河南の屋敷に群れ集った。呂不韋は誰もを快く迎えた。
 迎えてはならない。止める者はいない。食客達は、迎えよ、と声を上げる。更に迎えよ。更に更に迎えよ。その威力を咸陽にまで届かせ、貴方を逐った者の王冠を地に投げ捨てるのだ。
 危険な声は高まりゆき、止める者はいなかった。
 秦王は全てを監視していた。咸陽から全てを静視し、翻意を待った。それはなかった。
 相国を讃える声が危険なほどに高まった末、秦王は書状を認めた。竹筆を墨に浸し、ゆっくりと丁寧に、絹布に認めた。認めている間に気が変るやも知れぬ。墨が乾く間に翻然と使者が走るやも知れぬ。印璽の朱泥が乾き切る前に、使臣に託そうと待つ間に、使臣が咸陽の城門を発つ前に。
 一年の猶予は終わった。秦王に三度目の内乱を勃発させる意志はなかった。
 親筆の書状は、河南の呂不韋の屋敷につつがなく届いた。
 君、秦に何の功ありて河南に食邑を食むや。何故に仲父と称するや。家属を率いて、蜀に移れ。
 几帳面な秦王政の親筆に、呂不韋の手が震えた。ふるふると書状が震え、字が揺れた。
 何か申すことはないか。
 山狗が追い詰めた獲物を前にじりじりと懸隔を縮め、低く唸る際の声にも似た、押し殺した感情の濃縮されたような秦王の声が、相国呂不韋を追い詰めた。
 誅殺される。権勢を剥ぎ取られ、追い詰められて殺される。秦の高位に在った者で、身を全うした例がどれほどあるというのだ。
 呂不韋は過去を思い出した。失脚で済まされるならまだしも、楽観を許さない事情が秦王政と呂不韋の間にある。消えることのない風説、即ち政は秦王の家系にあらざる呂不韋の裔と。幼い頃から過敏であった秦王が、忘れている筈はなかった。呂不韋はとうに風化した過去と忘れ去っていたのだが。
 風説ごと、根こぎにする覚悟なのだ。
 何か申すことはないか。
 追い掛けて来るのは、一年前に会った若い男の低い声。
 何も。
 呂不韋は黙って、毒杯を手配した。咸陽で惨めに処刑されるよりは、こちらを選ぶとばかりに。
 楽しかった。商売を手がけていたときも、華やかな恋に浸ったときも、秦一国を動かしたときも。未練がないわけではないが、上等な人生だった。
 私がいなければ、貴方も楽しく生きられるのであろう?貴方も、人生を楽しむべきだ。人生は仕事のためにあるのではない、仕事が人生のためにあるべきなのだ。貴方の望み通りに私が去った今、貴方は王として人生の春を思うがままに享受するがよかろう。貴方には、もう私の庇護は必要ないのだろうから。
 何故に私は涙を覚えたのか。深い隔絶に吸い込まれて、呂不韋は涙を忘れた。
 貴方が私の手を握って放さなかったのは、ついこの間のような気がしてやまぬのに。
 貴方を、秦の王座に就けたかったのだ。貴方に全てを与えたかったのだ。私の権勢も、私の力も財力も、全ては貴方のものだった。昔も、そしてこれからは正式に貴方のものとなるばかり。
 それでも、私は生きたかった。貴方は望みはしなかったが。叶うなら、貴方と共に、貴方の陰となって。私の何が間違ったのか解らない。だが、この瞬間、未練となるのは貴方のことばかりだ。
 私は、貴方の仇敵にしかなれなかったのだな。
「許してくれ、私の……。」
 私の陛下。いや。
 私の息子、どの子よりも聡明で立派な、私の政。どの子よりも深く関わった、私の子。
 何も申すことはないのか。
 何も。
 黙って、貴方のためになら、私は。
 手から毒杯が落ち、呂不韋の体が倒れこむ。

 死ねとは申さなかった。蜀に移れと申しただけだ。
 文信侯呂不韋の訃報を耳にし、秦は事後処理に追われた。政は文字通り寝食を忘れて目茶な仕事に没頭した。周囲はまだ二十を二つ三つ越したばかりの秦王を畏れた。あの呂不韋を処断したのだ、と。
 幽閉を解かれた母太后をしらじらと咸陽に迎え、それでも母子は死んだ男の名を一言も口にしなかった。
 処断したのではないというのに!
 政は無言で、苛立ちを竹簡にぶつけた。
 蜀にだって住めるのだろうが。まして、家産や爵位を没収したわけでもないのだぞ!
 猛烈な勢いで竹筆が動き、ついには音を立てて折れた。放り出して、新しい竹筆を墨に浸す。折れた竹筆が政の周囲に散乱している。
 他国の客を放って、自重しろと暗示したのに。叶わぬのであれば、せめて権勢と無縁の場所で自適に過ごせと暗示した、それだけだったのに、何故仲父ほどの者が悟らぬ!仲父は阿呆だ。
 死ねとは、申さなかった。
 何か、申すことはないか。
 私が悪かったという謝罪の言葉が何故出ない!それなら、私にとてまだ手の打ちようはあったものを。
 音を立てて竹筆が折れた。
 それほどまでにして、私を仇敵としたかったのか。お前の傀儡に甘んじない私を憎んでいたのか。ならば、私も仲父を追い詰めるしかあるまい。秦に三度も乱を起こせば、国が疲弊する。
 私は李斯を飛び上がらせたかったのではない。仲父が感づくと、それだけを信じていたのだ。何故、仲父ほどの賢人が悟らなかった!
 乱暴に広げた竹簡の紐が切れた。個々の破片がからからと手からこぼれ落ちた。拾った手に、ささくれが刺さって血がにじんだ。
−竹というものは、きちんと削ってやらなければ怪我をしますので厄介ですぞ。そう、公子はお上手ですな、こんなにお小さいのに何でも良くお出来になる。不韋の竹簡も公子にお願いいたしましょうかな。これなら怪我も致しますまいよ。−
 死ねと、申したつもりはなかったのだ。『家属』を率いて蜀に移れと、それだけだ。呂氏に属する諸々を山奥に捨てて来いと申しただけだ。何故なら雍には、いや咸陽には、お前に属しはしない『家族』がいるのであろう。或いは、お前の最大の切り札が。
「許してくれ、私の……。」
 私の仲父。私の父。私の目標だった偉大な宰相。
 お前を救うだけの力を持たなかった愚かな王を。

 生きたかった。叶うなら、貴方と共に。貴方は望みはしなかったのだけれども。
 何故なら、私と貴方の間には隔絶がある。昔も、今も。
「何か、申すことはないか。」
「何も。」
 手から杯が落ちる。落ちて隔絶の中に転げ込む。隔絶に消えた姿に、手を伸べることも出来ずに呆然と佇む姿がある。隔絶に、桟はなかった。
 許してくれ。その一言で、打つ手が変っていたかもしれないというのに。

 政が即位して十二年の後、後見だった呂不韋は死んだ。




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お題シリーズで『言葉』でした。言葉が…なかったりするんですけどさ。(笑)本当は後悔で書くつもりだったんですが、呂不韋おじさんが後悔してくれなかったのでこの展開。(笑)後はタイトルに引きずられたと。あまり他人に神経を遣わないで生きてきた陽気な呂不韋おじさんに、神経過敏な政君をぶつけてみたら、やはりというか暗くなりました。何だか、やりきれないものが。出てきたのが尉繚なのは、李斯だったら「全て陛下のおっしゃる通りですっ!」と漫才になりそうだったからです。逐客令でぶったまげる李斯も書いてみたかったのですが、それを追求すると長くなる上に雰囲気ぶち壊しなのでよしました。というわけで、このシリアスには李斯のB面があります。全く、この話と連動するなんて、最早作者にすら分からなくなりつつあるという。去年の六月に書いていた話ですが、その時から既に漢より秦のほうがシリアスだなどと喚いています。うん、もっともだ。

いんでっくすへ