| 「きゃあ!」 「降られたんですか?」 「何でそんなところにいるのよ!」 「部屋から出たら貴方が樹雨に降られていただけです。」 「折の悪い時に出てきたものね。何よ、人を笑ってからさっさと引っ込むなんて、随分な根性ね!」 「拭いて行ったらどうですか。」 「せめて正面向いたらどうなのよ!背を向けて手招きなんて失礼な真似、陛下だってしないわよ!」
「まったく。雨上がりに木の下を通るなんて。考えなしにも程があります。濡れるに決まっているでしょう。」 「うるさいわね。あれが私の部屋までの最短距離なのよ!」 「最短は必ずしも最善ではありませんよ。」 「その言葉、そのまんまそっくりお返しするわ。ちょっと、もう少し優しく拭けないわけ?」 「それが人に拭いて貰っている態度ですか!」 「三拝九拝してありがたがれって?まっぴらごめんだわね。」 「その大口叩いている間にこの辺のごちゃごちゃを取りなさい!私が取ると髪の毛まで抜きますよ!」 「ごちゃごちゃとは何よ、ごちゃごちゃとは。櫛かんざしは女性の必需品なのよ、その法学一辺倒のおつむにしかと叩きこみなさい、この気違い法家!」 「いいから取りなさい!頭に刺したいんですか!」 「すいてくれるのはいいけど、抜かないでよ。」 「一二本抜けたって構わないでしょう。腐るほどあるんですから。」 「自分のを抜かれたら大騒ぎしたくせに。」 「あれは貴方が力任せにすいたからです!痛かったんですからね!」 「ふーんだ。黒用は苦情なんか言わなかったのに、どこぞの貧乏公子の態度のでかいことったら。ねえ、黒用。」 「私は犬じゃありません!」 「また降り出しましたね_。」 「通り雨かしらね。晴れ間が見えてる。」 「何してるの?」 「書物の続きですよ。」 「また妙な話を仕入れて来たんでしょう。」 「失礼な。」 「あら、絵の話?」 「ええ、絵の話。」 「象を見たことはありますか。」 「いいえ。貴方は?」 「話に聞くだけですよ。だから絵に描いた象というものを信用できない。」 「何故?」 「貴方なら情報の断片から正確な図を起こせますか?」 「情報の質にもよるわね。」 「盲人が象を触って他人に伝えるようなものですよ。岩のような手触りだ、だの、ひたすら大きい、だの、何だか長い、だの。後は各自の想像で補うほかない。」 「そこはおっしゃる通りだわ。」 「その図を示されてこれが象だと信じると、とんでもないことになる。象なら害はありませんけどね。これがあるべき天下だと、とんでもない想像で描かれた図を信用すると自分が破滅してしまう。」 「それも絵の話?」 「ええ、絵の話。」 「頭のいい人って、難しいことを簡単にわからせてくれる人だと昔聞いたわ。」 「事実でしょうね。」 「貴方は?」 「私の話が理解できるのであれば。」 「自信過剰よ。」 「でも貴方の話、面白いわ。」 「貴方の絵もね。」 「陛下が貴方を手放さないのが何となくわかる。」 「私は彼の鏡の影も同然ですから。」 「似ているの?」 「正反対だからです。」 「よくわからない。」 「彼は私でありえたし、私は彼でありうるということですよ。」 「やんだかしら。」 「霧雨になっただけです。」 「そして私はまだまだここで雨宿りというわけね。」 「退屈ですか。」 「結構愉快に人の部屋を物色してるわ。」 「それは良かった。」 「画巻はないの?こんなに書があるのに。」 「自分で探してください。私はこれを書き上げてしまわないと。」 「絵があったのですか?」 「落書き入りの『春秋』を見つけたわ。この管仲の顔!」 「やめなさい、どこからそんなもの引っ張り出してきたんです!」 「今更慌てなくたっていいじゃない。傑作だわね。貴方、予譲は人間よ!これじゃまるで……。」 「泣くほど笑わなくてもいいでしょう!」 「取り上げないでよ!気に入ったんだから!他にないの?」 「貴方に見せるものなんか一つもありません!」 「あーあ、だんまりむっつりの碩学様もこんな愉快な物を描いてた可愛い頃があったのね。」 「人が見せないと言ったのに洗いざらいほじくり返すんだから。」 「だからしまうの手伝ってるじゃない。」 「当然です!」 「自分だって書物やめて一緒に見ていたくせに。」 「う。」 「あーら、その顔。陛下や尉繚が見れば万歳三唱するわね。」 「うるさいですね、この小賢しい亡国の元が!」 「ふーん、私に迷って国を潰すような奴がいるわけ?言うならもっと説得力のあることを言いなさいよ。」 「いると思うから言ってるんです。」 「…誉め言葉に聞こえるわよ?」 「誉めてるんです!」 「もうやんだかしら。」 「まだ濡れてますよ。」 「虹、出ると思う?」 「描くんですか?」 「見たいだけ。」 「外に出るなら髪くらい直したらどうなんです。」 「そうね。鏡ある?」 「いけ図々しい。その辺のはこですよ。」 「衣装びつの上に転がっているのは何?」 「じゃあ朝身支度した時その辺りに置いたんでしょう。」 「そうじゃなくて、手当たり次第だらしなく突っ込んであるこの衣装びつを整理しなさいよ!それでも韓の国使なの?」 「誰も整理しろなんて言ってないじゃありませんか!どうしてかき回すんですか!」 「かき回してるんじゃなくて、伸ばして畳んで入れてるんでしょ!何なのよ、もう!自分のことは自分でするから誰も付けなくていいなんて陛下に大口叩いたくせに!」 「私はそれで不自由ありません!」 「無駄に怒ってる暇があるなら畳みなさい!」 「貴方、それでも公女ですか?こんな仕事ちょっと上級の宮女になれば嫌がってしませんよ。」 「だからそんな高級なものを使えない外腹公女は自分の面倒は自分で見てるんじゃないのよ。私はたまたま陛下と仲が良かったんでまだまし。」 「たまたま、なんですか?」 「そうじゃない?」 「陛下は近付ける人を選んでいる気がしますけれどもね。」 「そうかもね。私に後ろ盾はないし。外戚もないし。面倒はないわ。」 「それが一番です。」 「貴方は誰かが欲しくはないの?」 「私は人が信じられませんから。」 「やまないのかしらね。」 「もうやんでます。」 「まだ地面が濡れてるわよ。」 「じゃあいたらいいでしょう。」 「そういえばさっきどうして外に出ていたの?」 「書物に疲れたので外でせいせいしようと思ったら、樹雨に降られてびしょぬれの、あるまじき公女がいたんですよ!」 「それはどうも!全く、拭いて貰った間に天気雨が降るなんて!」 「日頃の行いが悪すぎるからです!」 「極悪法家の貴方ほどじゃないわ!」 「帰んなさい!」 「帰るわよ!」 「嘘みたい。いいお天気だわ。」 「降る前より明るくなりましたね。」 「虹、出たわね。」 「良かったですね。」 「また書物するの?」 「はい。」 「少しせいせいしない?来る気があるならお茶くらい出るわよ。」 「歩いた方がいい文章になりそうですね。」 「下露を踏んで参りましょうか。その嫌そうな顔!」 「濡れるのは誰だって嫌いに決まってます!待ちなさい、この野生児が!」 「ここまでおいで!」 「待ちなさい!黒用、ついてきなさい!」 「滑るわよ…きゃあ!」 「懲りずに樹の下を通りますかね…って、そこで樹を蹴りますか!」 「これでおあいこ。水も滴るいい男になったわよ、韓の公子様。」 「よくもやりましたね!貴方それでも秦の公女ですか!」 「髪くらい拭いてあげるわよ!」 「今度は髪の毛抜いてやっても知りませんからね!」 「夏樹さん待ってたんだよ…韓非?二人してどこ行ってたの、ずぶぬれじゃない!」 「樹雨に降られたんですよ、陛下。」
約一年前に後先考えずに書いた代物。樹雨のことを帰り道思いだして、これで何か書けないかと思ったらこの二人がぼけと突っ込みを(笑)。地の文を入れずに、会話だけで何をしているか書いていこうと企んだのですが、さて、上手く行ったかどうか。で、これなら何になるかと残り少ないお題を睨みつつ(笑)『来客』に。ぴこちゃんのところにやってきた不意の珍客というわけで…ご容赦下さい! |