| 楚辞を読んでいた。いつしか眼を閉じていた。広げた竹簡には、祈りの言葉。 帰ってきて、南も北も西も東も、天上も地下も、貴方の住むべきところではないのだから。 帰ってきて、この私のところに。 客の名が呼ばれたことにも気付かなかった。 瞼の裏の佳人を追うのに忙しすぎて。
「丞相。」 およ。びくりと背中が震えた。 いきなり陸賈の声がしたので驚いた。なんで唐突にこの男が湧いて出たんだ。俺は儒者に縁などないぞ。その上、この陸生ときたら、典型的『危険な白面郎』で、謹厳実直そうな顔をしているくせに俺と同程度手が早い男である。こんな奴に道徳の説教を垂れられると、一度我が身を振り返れ、と蹴飛ばしたくなってくるから困るのだ。 何しろ、子房に手を出そうと仕掛けたことも一度や二度じゃないしな…陸生が泥を吐くはずがない。時たま妙な時間、子房が山ほどの木簡と共に計の是非について話しに押し掛けたので、問い詰めたら陸生との話がきわどい方向に向かってきたので身の危険を察知して、逃げ出したという事が判明した。…俺って余程安全な人間だと思われてたんだろうか…それはそれで嬉しくない……。 儒者だけあって利口なんだが、時と場合を弁えずに詩の話だの説教だのをするので、漢王なんかはむやみに嫌っていたほどだ。子房なんかは良く捕まっていたが、あの鉄壁の無表情の下に相当な軽蔑を隠していたっけ。 …となると、こいつの側にいるよりは俺の方がまだ良かったのかな。なんとなく嬉しい。 「丞相!」 ぱん☆眼の前で手を叩かれて、ようやく元の世界に帰ってきた。呆れ顔の陸生が俺の目の前に立っている。あう、しぼちゃんのこと考えてて、こいつのこと忘れてた。 「お久し振りです。お元気でしたか。」 「はいはい、元気です。何しに来たんだよ、珍しい。」 「ご馳走でも出してくれないかと思いまして。」 にっこり笑っている。どうも、これで冗談を言っているつもりらしいのだから、困ったものだ。笑えない。 冗談といえば、周勃がやはり困っているらしいと人づてに聞いた。受けない冗談に慈悲心を出して迂闊に笑ってやったら、それ以来始終声を掛けられていい加減辟易しているらしい。納得。 そんなこととは知らない陸生の奴、何をきょろきょろしているんだ?人んちで。 「珍しいですね、貴方が美人と一緒でないなんて。」 人のうちで物色するなっ、このむっつりすけべがっっ! 「一緒だったよ、さっきまで。」 お前のせいで、いなくなったんだからな!あー腹立つ。 とはいえ、こいつの前で本命の話などしたくはなく、人を呼んで酒席の支度をさせ、綺麗なお姉さん達を呼んできた。陸生の奴、口元が緩んでら。あれが俺に説教を垂れるんだから、世の中間違ってる。 廻る杯、影差して、管弦の音、恋の歌声。お姉さん達は優しいし、間違っても平手打ちされたりはしない。食事はおいしいし。 −食え! −嫌だ! しばらく稀本の話をしていた陸生が、やおら話題を変えた。 「…で、何を悩んでおられるのですか。」 「誰が?俺?悪い冗談。」 悩んでいる、誰が。何を。 悩むことなどない。答えは全て、出揃っている。俺が待っているのは、ただ一つの合図だ。それを待っていることは、誰にも気取られてはならない。 合図。それは一つの訃報。 別段、彼女個人に意趣はなかった。気の毒な人と思い、それだけで、彼女は淡い親しみを俺に持っていた、それだけだ。だから、彼女を嫌った廷臣達は俺を阿諛追従の徒輩と嫌った。何故なら、彼等は『劉氏』を皇統に就くべき大層なものとして祭り上げ、俺は『皇帝』など誰でも良かったからだ。 劉邦−本当なら高皇帝と呼ばねばならないのだが−が俺の現在を作ったことは認める。出世させてくれたことにも、活動の場を与えてくれたことにも、感謝はする。しかし、それだけだ。彼の子孫が天下を統べる生来の権利を持つと考えたことは一度もないし、そのために尽力してやる義理はない。俺は劉邦という男と君臣の契約を結び、それは彼の死で終わった。それに、あの男も晩年は俺のことを不必要に警戒して−もしくは嫌っていたのだし。 別段好かれたかったわけではない。ただ、一人を除いて。 劉邦の死後、垂簾して政を執った呂后とは、関係が良かった。俺は昔から彼女にはささやかに同情して、暇な折に雑談に付き合う位はしていた。劉邦は好色で−その点俺とは趣味が合って、良く一緒に羽目を外したものだが−散々辛酸を嘗めた呂氏を顧みず、忌避すらしていた。沛で暮らしていた古馴染み達も彼女の強烈な性格に恐れをなし、近付かなかった。軍営で誰からも顧みられず、孤立していた彼女に同情したのは、俺と人の良い樊噲、そして軍師張子房だけだった。 だから劉邦が死んだ後、後家の呂后は復讐を始めた。俺は止めなかった。無駄に止めて死ぬ目に遭うのは御免だ。 彼女は自分の子を皇帝に立て、他の女が産んだ劉邦の子を根絶やしにするべく殺戮を始めた。各所で異論を上げた者は、罪に落とされ、命を奪われた。かつて劉邦の寵愛を嵩に来て彼女を見下した女達が次々に惨殺された。 残酷だ、とは思ったが、止めなかった。張子房も、止めなかった。 あの人は俺に対する返信という形で、仙道修行の様子や、身辺の些事を時折送ってくれた。その中に、警告が忍び込ませてある場合が、数度あった。 『太后陛下もようやくお心の落ちつきを得られたようで安心しました。』 批判しないのか、と何度か目を疑い、気が付いた。 させておけ。そうすれば、呂后は安心なのだ。呂后を追い詰めてはならない。何故なら。 あの人の冷たい声が聞こえてくるようで、だからこそ俺は呂后の専制を黙認した。ただ黙っていると不満分子と疑われ粛清されかねないので、趣味に生きることにした。本命に振られ続けで腹も立つし、新たな恋を酒杯片手に探し回り、朝廷では散々に罵声を浴びた。 女一人に尻尾を振る腰砕け。昼日中から酒色に耽る落第丞相。佞臣め、姦臣め。 何とでも言いやがれ。開き直った俺は何処吹く風で、遅刻常習無断欠勤、朝勤したなら二日酔いという状態を続け、ついには弾劾沙汰まで引き起こした。 『華やかな暮らしをお楽しみのことと存じます。若い人に接するのは養生にも良いそうです。』 本命から送られてきたこの書簡に逆上しかかり、危ういところで警告に気が付いた。 お前の判断は正しい。続けろ。続けるなら、お前の命は保証される。何故なら。 時折婉曲な警告が送られ、俺は怠惰を続けて呂后はそんな俺を是認した。側に寄せた。 「他の者が何を言おうと、案ずることはありません。天下は私と貴方のものなのですよ。」 そう言って、俺の一身を請け合った。 俺が、誰の命令で動くのか、誰も知らない。 婉曲な警告は、送られてこなくなった。張子房は、忘れ形見の後見を俺に託して、いなくなった。もう、俺を支えてくれる人はいない。そして、俺は呂后より先に死ぬわけには行かなくなった。何故なら。 『貴方にしか、頼めない。漢と、劉氏を。私はまだ、生きていたい。貴公が死ぬのも、望まない。』 本命の女性が俺を信頼して託した遺言に、背くわけにはいかなかった。 そう、取るべき道は定まっている。俺はただ、合図が上がるのだけを待っていた。 合図、即ち呂后逝去の報を。 陸生が探るような眼差しを向けている。俺は酒杯と女性の肩に目線を隠す。 貴方にしか、頼めない。誰が教えてやるか、これは俺と、あの人だけの秘密だ。 「楚辞を読んでおられましたね。」 「陸生も好きだろう?恋物語。」 にやりと笑って身を乗り出すと、嫌そうな顔をした。そんな真面目な顔したって無駄だって、お前の本性くらいお見通しだよ。危険な学者先生。 「丞相!士君子というものはもう少し身を慎まねばなりません!そのために詩書で情操を函養するというのに、貴方という方は!」 俺だって、五人の子供の所を美人とご馳走目指して巡回してる人間に言われたくありません。俺なら美人とご馳走くらい、自分で手に入れます。子供の世話になんかなりたくないです。 それがあの人の忘れ形見であったとしても。世話を焼くのは好きだけど、世話を焼かれるのは切な過ぎて嫌だ。不疑殿はあの人に良く似た瞳を時々、探るように向けていた。気付いては、欲しくなかった。彼は隠せないだろうから。子房が黙って、俺もまた黙り続けている関係は、彼のためにはならないだろうから。 「よくゆーよ、そこいらで子供を作りまくっているくせして。」 「あっ、あれは家のためです!」 理屈はどーとでもつくもんです。 「大体、何が情操だよ。『詩』なんかもっとすごかろうが。あの身も蓋もないあざとさは、嫌いじゃないがね。」 衡門の下で密かに会おう、湧き出る秘密の泉で渇きを癒そう、と口ずさむと、お姉さん達がきゃあきゃあと声を上げた。陸生なんか、真っ赤になっている。何を今更。 「あれは裏読みするものです!なんなら御講義いたしましょうか?」 「うんにゃ、いらない。」 だから儒者の虚礼なんか、無駄なんだって。きゃあきゃあ騒ぐお姉さん達の反応が正解。でなきゃ、どうして陸生が赤くなる必然がある? そんなだから、あの人に軽蔑されたんだよ、陸生。あの人なら、口ずさんだ途端に俺の横面を張っている。 あの人。護軍中尉、と俺を呼び続けた人。 「あーゆーものは絶対裏読みしない主義。」 「ええ、本当に読みふけっていらした。私が声を掛けても、気付かなかったのですからね。」 「…そりゃあ、恋愛至上主義ですからね。」 きゃーっ、丞相ったら、やだーっ、と黄色い声が飛んだ。 かっこいいーっ、丞相っ! なんだか、酒が苦い。 盃を嘗めてから、美人さんたちに引き取ってもらった。陸生がじりじりしているのがわかったからだ。陸生は、まさか俺が人払いを掛けるとは思わなかったらしい。 聞かれて困る会話をする気なんかない。俺はあの人の遺言を果たすだけで、その邪魔は誰にもさせない。全ての案は、ただ俺の腹の中にあるだけで、誰に開陳する必要も認めない。 「もう、いいでしょう。」 と陸生が言った。 「懸念というのは呂氏のことでしょう?」 「どうしてそう思う?」 「今の貴方は漢の丞相、名誉にも爵禄にも不自由はないはずです。その貴方の憂いとなるのは、呂氏以外にはないでしょう?」 単純。お人好し。馬鹿にしながらも、だからこそこの男はどこかで憎めなかった。学者で弁が立って、でも抜けている『危険な白面郎』。 俺は何にも憂えてはいないんだよ、陸生。 丞相が何だ、爵禄が何だ。あの人が、俺の策すら誉めてくれなくなった今、それが何だって言うんだ。 『私の後を追うな。』 そう言って去っていったあの人。いつか、俺の顔を挟みこんで、あの綺麗な双の瞳で俺の眼を覗き込んで、漢と劉氏を託した人。貴方には、それが出来る、と断言したあの人。 当然だ。策もある。自信もある。俺には策士としての自負がある。 けれども、もうそんなもの、どうでもいい。俺の頬に触れた、あの白くて柔らかい手が今はひたすら懐かしいだけ。会いたくて、寂しくて。 帰ってきて、私の星の姫。帰ってきて、私のところへ。行かないで、どこにも行かないで。貴方のいるべきところはここなのだから、お願い、遠くに行かないで。どこにも、行かないで。貴方がいないと、ここは寂しすぎるから。 だから楚辞なんか嫌いだ。泣けてくる。それでも今の俺は、楚辞を手放すことが出来なかった。 『泣かないで。ずっといるから。私は、いなくはならない。だから陳平、泣かないで。』 お願い、泣かないから、戻ってきて。 「社稷のことを憂うるのは大変だと存じますし、ましてやこの時世ですからお察しは致しますが。」 陸生は盃を傾ける。俺はただ。 「ま…約束したからな。言ったろーが。恋愛至上主義だって。」 陸生はただ、首を傾げただけ。いいんだ、わかるように言う気はないよ。 丞相、かっこいい!せめて、あの人が一度でも俺にそう言ってくれたのなら。いや、もうあの人の声も聞けない今になっても、俺はどこかであの人に自分のことを素敵だと思ってもらいたがっている。天上の人しか見てはくれない、冷たい星の姫に。 「どうして絳侯と結ばないのです?貴方は宰相、彼は将軍、手を組めば天下の士は服するはずです。」 懐かしい名前を出した陸生に、思わず顔がほころんだ。 その昔、俺のことを弾劾してくれた周勃ちゃん。俺のことを節操なしの札付き変節漢と嫌っていたくせに、始終一緒に仕事をさせられた可哀想な周勃ちゃん。段々お互いのことがわかるようになって、いつか俺は彼のことを気に掛けるようになった。 劉邦のなまずおやじが味方の粛清を始めた頃だったろうか。そうだ、俺があの人の早過ぎる遺言を受けとって、会っても貰えなくなった散々だった頃だ。 『いーか、俺が何しようと口出しするな。手出しもするな。お前のためだから、近寄っちゃ駄目だ。』 周勃ちゃんは、あんたのその軽い口を信用できると思ってるんですか、と言ったっけ。そして俺は。 『張子房の名にかけて、お前のためだと誓う。だから、俺に関わるな、必ず訳を話に行くから待っていてくれ。』 と。 周勃は、素直な周勃は、そうしてくれた。黙って、俺のことを素知らぬ振りで通し続けてくれた。 かつて俺がそう言われて突き放されたときは、黙っていられなかったのに。あの人は言った。 『お前は賢い。皇帝はお前を警戒している。だから、私に会いに来てはならない。疑いの根拠を与えるな。貴公が死ぬのは、望まない!』 嫌だった。会いたかった。これが最後、と宣告された俺は、我を忘れてあの人の華奢な手首を掴んで床に引きずり倒してしまった。そうまでして拒絶を続けるあの人が、本当は俺をかばってくれていたということに気付きもせずに。いや、本当は気付いていて、俺は庇護されるのが嫌だった。あの人と一緒なら、泥沼の中で劉邦と対決しても良かった、その方が良かった。勝算がない、愚挙だとはわかりすぎていたのだけれども。あの美しい人を抱きしめるのが最後だと思うと、やりきれなかった。 結局、俺はあの人と同じことをしている。自分の後を追うな、と。 貴方は、俺を突き放したとき、少しは俺を哀れんでくれたのですか。今の俺が時折周勃を思い出すように。 『無茶しないで下さいね、陳平さん。』 俺は、貴方にそんな言葉の一つもかけてはやれなかったのだけれども。 「絳侯にも申し上げるのですが、冗談口を叩き合う仲が災いしてか、本気だと思ってもらえないんですよ。」 どういう『冗談』に付き合わされているのか、気の毒な周勃。笑えないんだろうなあ、陸生の冗談なんて。 周勃。陸生。焦らなくてもいいんだよ。あの人は、漢の軍師張子房は、ちゃんと策を遺していったんだから、安心しなって。あの人の遺した最後の策、それはこの俺自身。 貴方には、出来る。 その一言で、俺に責任を丸投げしていなくなってしまった、貴方、子房殿。私の届かぬ想いを懸けてしまった人。 待ってて。必ず、約束は果たすから、お願い、皆、待っていて。俺が待っているのは、ただ一つの合図だけ。それが上がれば、必ず約束は果たすから。 だってね、その時が来なければ、俺が貴方の為に喪服を着る機会は巡ってこないからね、子房殿。太后の逝去の時に俺が喪服を着ていたのなら、それは彼女のためじゃない。表立ってそれを着けることの許されなかった、貴方のための、貴方の遺言のための、まっさらな喪服を着て、必ず約束は果たすから。 待っててね。必ず、太后よりも先には死なないから。 俺は周勃に会った。代に密使を飛ばした。太后の容体は確実に悪化し、俺は見舞を述べる口とは裏腹に彼女の死を切望していた。 劉氏の皇帝も、禁軍も、確保した。酒席の恋に身をやつしている丞相が、実は仕事をしていると考えると愉快だ。 これが張子房の最後の策。そして恐らく俺の最後の奇策。まさか最後に、一緒に仕事が出来るとは思わなかった。何一つ共有してくれなかったあの人との接点は、考えてみればいつも軍略だったのだ。 そして、太后は崩じた。俺はすぐさま周勃へ密使を飛ばし、陸生に因果を含め、子房の息子に保護の手を回した。それからようやく、純白の喪の衣装を身にまとった。 しぼちゃん、似合う?ようやく、着れた。 そして周勃は一気に兵を乱入させた。劉氏に与する者に左を、呂氏に与する者に右の肩を脱がせ、左肩を脱いだ男達が右肩の男達に襲いかかった。まるで芝居の場面を見るように、俺はその光景を亡き張子房に捧げた。泣き喚く呂氏の幼帝を玉座から引きずり下ろして兵士に投げ渡し、陸生に代王を玉座まで導かせた。 完璧だ。一夜にして呂氏を朝廷から一掃し、劉氏の天下を復活させた手品は、見事に成功した。誰もが俺を仰ぎ見る。周勃と、俺を口々にたたえる。 漢の忠臣。それが何だ! この奇術の仕掛けがどんなに大変なのか、理解して的確に誉めてくれるあの人がいないのに、名誉が何だ!俺は皇帝を放ったらかして、顧みる人もない功臣の廟に足を向けた。 貴方の墓を、私は知らない。誰にも聞けない。そんなことをしたら、貴方に変な風評が立つのがわかっていた。貴方は十分美しすぎた。貴方の無関心と仙人染みた生活で、醜聞が封じられただけなのだ。だから、私はその風評を守った。だから、私はここにしか来れない。 振り仰いだ星が、冴え冴えと輝いていた。在りし日の貴方のように。 天よ、何故に子房殿を地上から取り去ってしまったのですか。楚辞の作者と似たような、答えの帰らぬ問いをぶつけ、私はいつしか泣いていた。 帰ってきて、私の頭をもう一度撫でて。よくやった、と言って。お願い。お願い! 「もう一度、貴方を追いかけて、いいでしょう?」 貴方の遺言は、全部果たしましたよ。だから、うらみっこなし。私も心おきなく、こんな世間におさらばして、貴方をまた抱きしめるために九泉の下まで走っていこう。きっと軍師であることをやめて、ただの冷たく賢いお姫様になっている貴方の部屋に忍びこむための策を考えよう。 私の後を追うな。あれは、遺言じゃなかったよね、子房。 貴方に、お別れだけはして欲しくなかった。そして。 貴方は、別れの言葉は送ってこなかった。貴方が恐らく最後と知りながら書いた書簡には、感謝の言葉しかなかった。告別は、なかったのだ。 お願い、私を貴方の傍に置いて。私に別れを言わないで。お願い、もう一度私の腕の中に戻ってきて。これ以上、私の心を踏みつけにしないで。もう、耐えられそうにない……。 もう一度、貴方の傍らで眠りたい。 「年下、嫌いだって、言わなかったよね……。」 好きでもないが、と貴方なら言うだろう。でも、貴方の別の顔も、私は知っている。貴方が秘し隠して恥じてすらいた、狂気の素顔。狂った、幼い素直な貴方。 りょうね、陳平といっしょがいいの。 もう一度、私の名前を呼んで下さい。私も一緒にいたいのです。どれだけ貴方に突き放されても、止められなかった思いに、頼むから肯定の答えを与えてください。 月明かりに口付けしたのは、薔薇色の唇ではなく、物言わぬ墓石だった。
タイトルが二転三転。お題シリーズ『身を尽くしても』。これが呂氏の族滅話だなんて、重点を置くところが完全に間違っている代物です。陸賈の伝を読んで思いついたネタ。ラストシーン、陳平暴走。これを周勃は見てたんでしょうか……(汗)。それにしても、孫には『極道じじい』と呼ばれる陳平、しぼちゃんが絡むと人が変ります。あんた、いくつですか、と周勃調で突っ込みたくなるというか。陳平はしぼちゃんの弱みを握った後のほうが立場が弱くなるんだなあ。それにしても、しぼちゃんのどこが善人化してるんでしょう。彼女が多少可愛いのは、『Farewell,Farewell』くらいです。陳平もえらいものに引っかかったなあ……。 |