| 忘れよう 忘れよう 私の想いなど忘れよう 楽しいのだ 楽しいのだ 心が高まり行くように 歌おう 踊ろう 毎日 楽しく 輝く空に舞い上がるその一瞬 …振り返ってしまった
からからと車輪が鳴る。はいどうと御者が呼ぶ。 単調な田舎道を、美々しく飾った車の列が、延々と続く。 もくもくと埃が立つ。はあはあと馬があえぐ。 乾いた土手道を、貴顕の人士を満載した車の列が、延々と行く。 目的もなく。行き場もなく。 からからから。もくもくもく。 あてどもなく。果てもなく。 からからから。もくもくもく。 わいわいわい。ざわざわざわ。 笑顔の人々を満載し、馬車は過ぎ行く。果てしなく。 皇帝の供を言いつかった幸運な人々を積載し、馬車は駆け行く。あてどなく。 行き場など、初めからなかったのだ。 俳優を呼ぶ気にも、楽士を呼ぶ気にも、なれなかった。無駄に浅薄な笑いを提供されても、興が乗らない自信があった。 砂埃の道に視線を投げる。もう何日この景色を見ただろう。 山を廻り、海を行き、碑を立てて、自信の優越性を知らしめた。そのための旅だった。 認めてもらえると、思ったのだ。だが、誰に?初老の男の口元が皮肉な曲線を描いた。 誰に。貴方は理解力のない群臣などというものに、自己の尊厳を保証してもらわねばならないような君主だったのですか。 遠い昔に失った、青年の日の師友が、端正な顔に一刷毛の苦笑を描いて立ち止まっているような気がした。 保証してもらうつもりなど、なかったが。それでも、自ら立て続けた膨大で無意味な石碑の山を思い出すにつけ、彼はただ首を振った。悪あがきだ。それでも立てずにはいられぬのだ。 愚挙としか評しようのない振る舞いだった。一年の大半を車上の人となり、そして得たものは各地の怨嗟と空辞を連ねた碑文だけだ。それでも、彼は追い立てられるように旅を続けた。東へ、南へ、遠く、できるだけ遠くへと。 造りかけの壮麗な宮殿がある都を見捨て、玉座のある咸陽を見捨て、山へ、海へ、河へ、足を運んだ。 からからから。ざわざわざわ。 楽しげな宮廷の一行を引き連れて、しかし皇帝に微笑はない。天下の主に居場所はない。六国を束ねてその上に君臨し、権力と豪奢の全て、地位の最高、名誉の果てに到達した彼の顔に達成の色はなかった。切れ長の瞳を物憂げに細め、延々と続く単調な景色に時折欠伸を洩らす。無寥に堪えかねて竹簡を運ばせれば頭痛がする。結局、浅薄な笑いを供する芸人で暇を潰し、それを絶技と、愉快と讃える宮廷人士の間抜け面を我慢して、旅を続けるほかはない。 宮廷人士は必要だった。碑文を建立し、彼の『徳』を、『功績』を、是非とも称えて貰わなければならなかった。連れて来たのはそのためだった。彼の素晴らしさを全天下は知らねばならない。 無駄なことを。 彼は頭の片隅で考える。そして考えたことを捻り潰す。 忘れよう、忘れよう、私の思いなど忘れよう。 手元に置いた、一貫の詩集。詩人の言葉を口の中で転がして、皇帝は花もない茶色く続く大地を、ただ見続ける他はなかった。 会いたいのだ、会いたいのだ、遠い日に出会った貴方に。 「不老不死の術はまだ見つからぬのか。」 その言葉だけが音となり、陪乗を許されていた宰相に届いた。宰相は茶色い眼を僅かに見開いて、穏やかな顔で首を振った。憐れみすらも篭る宰相の顔を、皇帝は老年の感慨のようなものとして眺めた。若い日から兄のように、傍らで皇帝を見守り続け、ただひたすらに庇い続けた人の姿だった。宰相も老いていた。若い頃は一見穏やかそうに見える、実は才子だった。ただ、天才がその傍らに在った時だけは、凡人にも見えたのだが。それでも、皇帝は宰相には気兼ねをせずにいられた。宰相は決して皇帝の非を鳴らさなかった。明らかに皇帝が間違っていたとしても、皇帝を庇った。 今も、そのつもりでいるのだろう、と思う。方士というような者達は、口ばかり大きくて、油断も隙もありませんなあ、と他人事のように呟いて、ゆったりと笑っていた。窘めているのだな、とわかる。行き過ぎですぞ、陛下。本来は言いたいのだろう。それでも、我を張る弟のように、皇帝は宰相の言外の含みを黙殺した。 会いたいのだ、会いたいのだ、遠い日の私を救ってくれた人に。 「西王母の桃というのは、三千年に一度実をつけて、その実を食べれば不死の体になると申す。」 「だ、そうですな。」 「相変わらず夢のない男だ。」 宰相はゆっくりとまた、首を振った。仕方ない、と諦めでもするかのようだった。 淡い失望が皇帝を襲ったが、一方で予期していた反応に安堵すらした。宰相が熱を上げて不老不死の探索を支持する場面など見たくなかったし、そんなことをしたなら彼は一体何を考え始めたのかと疑うことも良く知っていた。 そなたは私に諂うつもりか。媚び諂って何を手に入れようと目論んだのだ。 皇帝は、そう言いかねなかった。しかし宰相の反論は更に聞きたくなかった。国を傾ける危険がなければ−つまりは宰相がそう判断しなければ−大抵のことは見過ごされた。個人的に賛成しかねることであっても、宰相は皇帝に意見を述べ、説得されると、後は抗議をしなかった。 若い頃は歯痒くもあったのだが、追従しているのかと疑ったこともあったのだが、今になって彼の姿勢を是としている自分に皇帝は老いを感じる。老いと共に、近付きつつある死の足音を聞く。そして意識の底に沈め続けていた疑問を聞く。 僕は、生まれてきては、いけなかったの。 いいのだよ、と諭してくれた人がかつていた。 忘れよう、忘れよう、私の思いなど忘れてしまおう。名誉の座に、宝の山に、華麗な着物に、山海の珍味に、饗宴の愉悦に、選ばれた人々との交際に、私の思いなど霞ませてみせよう。 皇帝に自己はない。在るのは至尊の位と大量の利権の任命権だ。 人は、利に群がる。かつて皇帝の師友は嘯いた。 貴方は、正しかった。皇帝は亡き友を想い、そうして答えの出ない疑問を追い、傍らの詩集を手に取った。 忘れよう 忘れよう 私の想いなど忘れよう 楽しいのだ 楽しいのだ 心が高まり行くように 歌おう 踊ろう 毎日 楽しく 輝く空に舞い上がるその一瞬 振り返ってしまった 見てしまった 「貴方は、忘れることが出来たのですか。」 宰相にも聞き取れないほどの声で、皇帝が呟いた。 貴方が手を差し伸べたのは、貴方の終生の敵だった秦の公子なのですよ。貴方の愛する故郷を滅ぼした秦の皇帝になるべき人間だったのですよ。 三閭大夫、屈原殿。 政、見なさい。山河はこれほど美しいのに、人は何故争うのだろうね。自分の美質を磨きもしないで、真実の心をねじ曲げて人に取り入り、世界を醜くしてしまうのだろうね。 …屈原さん、僕は生まれてきてはいけなかったの? どうして? 僕は父上の子じゃないって、丹が馬鹿にするの。丹だけじゃなくて、みんな。大人まで。母上は、何にも言ってくれないの。僕、いけない子だから、誰も好きになってくれないの?僕、死んじゃったほうがいいの? なんということを……! 慈父のように抱きしめてくれた彼が、とうの昔に入水自殺を遂げていたはずの楚国の詩人ということは、ずっと後になって、蔡公が教えて始めて知った。会っていたとは、言えなかった。現実的な蔡公だ、言ったところで信ずるまい。 皇帝は死んだはずの詩人と旅をしていたことをひた隠した。宰相にも、友人達にも、洩らしたことはなかった。まだ年の端もいかない、五つの年の出来事を、それでも忘れていなかった。 僕、死んじゃったほうがいいの? 今なら、私の死は諸手を上げて歓迎されるだろう、と皇帝は暗い笑いを洩らした。六国を討ち滅ぼし、権益や誇りを奪われた貴族達は隙あらば反旗を翻そうと狙っている。民は租税が重くなったと不平を言う。 皇帝が望んだのは別のことであったはずなのに、全てが完全に狂っていた。 僕は、生まれてきては、いけなかったの。 思念の底に沈めようとあがき続けた、幼い日の、若い日の疑問が悪夢のようにたちのぼる。 忘れよう、忘れよう、私の想いなど忘れよう。それでも振り返って、見てしまう。見れば最後、絶望と思念の板挟みになって苦しみ抜くよりなくなるというのに、振り返ってしまう。 からからから。ざわざわざわ。 あてどなく行き廻る馬車は止まらない。笑い興じる人々を引き連れて、雲のような旗たなびかせ、虹のようにきらきらしいいでたちで、皇帝は進む。運ばれて行く。何処へ。答えなど、返らない。 一緒に探そう、桃花源。争いもなく、年も取らず、幸せに暮らせる場所が何処かに在る。 そう言ってくれた人と引き離された。別れの挨拶も交わせないまま、誘拐同然に引き離された。 誘拐。実の父親が連れ戻しに来たことをそうと呼べるのならば。必死の形相で嫌がる政を馬車に乗せ、有無を言わさず邯鄲に連れ帰り、車中で散々説教を垂れた呂不韋を、政はあのとき憎んだ。憎んで、少し経ってから、彼が自分の父親だと陰で囁く声を聞いた。母は一言も叱ることなく、ただ優雅に自分を迎えた。 随分遠くまで出かけたのね。呂大人にあまり迷惑をかけてはいけませんよ。 僕の不在は、母にはどうでも良かったのだろうか。 母は疑問に答えることもなく、自ら父親を明かすこともなく、逝った。二人の父も埋葬されて、皇帝は自分の疑問を副葬品として墓所に埋めた。 埋めた、つもりでいた。 天下を合わせ、法令を整備し、交通を整備し、辺境の防備を堅め、しばらくして閑暇の間手に取った詩書に、思い起こした。優しかった、その著者の面影を。 桃花源、きっと見つけてね。屈原さん。 詩人の幻想だったのだ。片付けようとして、片付けられなかった。幼い頃の、一時期の穏やかな思い出。 屈原さん、蘇秦さん。 政、政。 こんの、ませガキ! 貴方たちは、あのあてどない旅を終えたのですか。 皇帝は、不老不死の場所を探させた。不老不死の薬を求めた。広大な領土の隅々を行き巡らせ、自分も行き廻り、おびただしい人に会い、探させた。東の海の果てにまで船を出し、西の沙漠に人をやり、そして人は皇帝を罵った。 愚かな迷妄に惑わされた、錯乱の皇帝と。 宰相は制止はせず、それでも悲しげな眼差しで皇帝の振舞いを見守っていた。 忘れよう、忘れよう、私の想いなど忘れてしまおう。 私だとて忘れたかった……! 何処へ行こうという当てはない。各所で、自分の業績を称えさせ、岩に刻みつけ、華麗な車駕を連ねて空の下を行き巡る。 あいつにとって替わってみせるという声の中を、あのようになりたいという声の中を、皇帝は黙々と進んで行く。 僕は、生まれてきてはいけなかったの? 私の想いを受けとめてくれる人は、誰もいない。しかし、私は誰の後を追って行けばよいのだ? 皇帝は後につき従ってゆくべき轍の後がないことに、ようやく気付いた。 父王は追えない。父王が歩みを止めた、その遥か先まで彼は進んでしまったから。呂不韋は追えない。彼は宰相で、皇帝とは初めから全く違った道を選んでいたのだから。目の前の宰相も追えない。彼は皇帝の後からついてくる存在なのだから。亡くなった師友も追えない。狂気と紙一重の冷静な過激さは、真似られるような代物ではない天才だったのだから。 貴方は誰も追いたくなかった。だから自分の上るべき、その位までも作り上げたのではありませんか。 亡くなった人の冷たい声が聞こえるようだった。 自分で道を切り開いたと自負していた。まさかその自負が仇となって、自分に向かうとは。 受け止められぬ想いを抱えたまま、ただ進め。汝の進路に荊蕀があろうとも切り開け。汝の手が血を流そうとも顧みる者はなく、汝の胸が嗟嘆の吐息を洩らそうとも汲む者はない。汝は全てから見放された者として生を受け、生きるべきではなかった者として君臨し続けてきた。されば、代償を払うは理の当然。 刃を向けて迫ってきた男が、筑の中に鉛を仕込んで打ちかかってきた男が、崖の上から鉄槌を投げ落としてきた男が語りたかったのはそのようなことだ。理由は様々にあれ、目指すところはただ一つ。皇帝の存在を消し去ること。 私は、存在してはならなかったのか。 皇帝は、心の中で首を振る。頑是ない、幼子のように、必死で首を振る。 私はまだ、死にたくない。私にはまだしたいことが沢山ある。会いたい人も、行きたい場所も、まだ残っている。嫌だ。私の存在を、否定しないでくれ! そのとき馬車が止まって、扉が開いた。 「銭塘に着きましてございます。」 さあ、陛下。宰相が穏やかに促し、皇帝は重い足取りを外へ運んだ。冬晴れの晴天に、南の暖かい潮風が香りたった。 南は、かの詩人の故郷。 屈原さん、僕は貴方の故郷を根こぎにしようと、楚を滅ぼしたのではなかったのですよ。楚も斉も趙もなく、ただ一つの天下があるべきと、それだけを。一つの天下であれば、無用の師は起こるまいと、それだけを。そして、そうすれば貴方達を見つけることもできると、それだけを。 それだけを願っていたはずだったのです。 忘れよう、忘れよう。私の思いなど、忘れてしまおう。 楽しもう、楽しもう。胸を弾ませ、楽しもう。 歌え、踊れ、私の為に。私が全てを忘れ去るために。 それでも、振り返ってしまった。見てしまった。見てはならなかった、打ち捨てられた子供の自分を。 僕は、生まれてきてはいけなかったの? 答えは返らず、晩年の皇帝は歩み行く。時ならぬ華やぎを帯びた冬の海辺に、思いを受け入れてくれる人もなく、立ち尽す。 政、政がいてくれると、僕は嬉しいよ。 皇帝に呼びかける声も、今はない。
公開第一弾は秦帝国。でもこの話、お題シリーズで最初に書いたものではありません。 『忘れられない』でした。なんだか天の邪鬼だなあ…「忘れられない」を一つも入れずに書いてます。「忘れよう、忘れよう」は『離騒』高松訳から。まさか、ここまで『幻想旅行』とシンクロしたものを書くとは思いませんでしたが、こうなってみると三つ全部に絡んだ話になっているので一番最初に出すにはいいかなあと。まあ秦帝国だから暗いのは仕方ないとして。(笑)私の書いた『史記』ネタの三つはどれも暗いかもしれない。今になると。 この巡行は始皇帝最後の巡行です。政君の巡行の当りはちっとも書いてないし、手も入れてないから、そのうちちゃんと調べなきゃならんなあ。政君の屈原回顧。ちらっと蘇秦も出てきてます。政君と関わりの薄かった張儀はパスしました。秦としては一番根強い関わりがある人間なんだが。(笑) |