「あれ、どうしたの?」
「は、はん、樊噲、沛公を、追え!」


Stop doing!
-阿房宮オペラ・コミック−


 とにかくさ。すごかった。
 田舎を出たの自体初めてだったんだけど。咸陽って街は。とにかく。大きくて。家なんかもさ。入口がどこかわかんなくて。道も一本じゃないから。迷っちゃった。
 咸陽は大きいねえって周勃に言ったらさ。ぽかんと口開けて見てるだけでさ。やんなっちゃう。なんか言えばいいのにさ。したら、度肝抜かれて真っ白になってたみたいでさ。
「ここ、どこなんですか?私ら陣地まで帰れますよね?」
なんて噲のこと見るんだもん。困っちゃった。
「何軒先が陣地かなあ。」
「あんたっ、このものすごい量のおうちを数えてるんですか?」
「うーん…数えようと思ったけど忘れちゃった……。」
「何とかなりますよね……。」
「なるよね……。」
 勘だけを頼りにさ。陣地に帰ろうとしたのね。だってさ。咸陽ってさ。一度見てみたいじゃない。都なんだし。都なんて見たことないもん。楚王の何とかって人がさ。あれ、帝だったっけ。その人が何だか南の方に都を置いてるっていうんだけど。いろんな所にいったことのある子房さんが、ふん、って笑ってさ。
『都とは名ばかり、咸陽には比すべくもなかろう。』
ってったから、やっぱり咸陽は見ておいた方がいいんだと思う、うん。そしたら兵のみんなも同じこと考えたみたいで、咸陽中うちの兵だらけ。しまってるお店開けさせようとしたり、喧嘩したり、道の真ん中で酒盛りしてるのも見たよ。
 秦の帝が劉邦さんの子分になったんで、噲達も割に楽して咸陽に入れたんだよね。項王はさ、何だか目茶目茶沢山戦ってるっていってたけど。何で面倒な道に行っちゃったのかなあ。迷ったのかなあ。うちの方はほとんど強い敵なんていなかったよ?子房さんが道案内してくれたんだけど、やっぱり旅慣れた人は違うねえって言ったら劉邦さんに爆笑された。
『ありゃ旅慣れてるんじゃないよ。あの人は頭で戦をする人じゃから、わしらと同じことを聞いていても、いっとうず抜けた『軍略』っつーの?ああいうのを教えてくれるのさ。だからわしらなんて弱くてもこんなに沢山人が集まったんじゃないかね。いやあ、愉快愉快。』
 そーだった、そういうお仕事の人を『軍師』っていうんだって蕭何さんが言ってたなあ。子房さんは蕭何さんと同じくらい頭がいいらしい。何たって字が書けるもんね。すごいねえ、って感心したら苦笑してたなあ。どうしてだろう。ま、いーや。噲、頭悪いし。
 だから今も道に迷っちゃったんだなあ。二つ目の曲がりを右でそこから五つ目を左で、三十二件先の小路に入って…なんて数えてたんだけど、周勃と会って、やあ!って声掛けたらみんな忘れちゃった。周勃はみんながどこ行くのかちょっと見てこようと思ったら流されちゃって、困ってたみたい。
「あ、誰か石投げてる。」
「いーんですよ、どーせ秦の人だし。敵ですし。」
「そだね。やっつけちゃわないといけないもんね。」
「樊噲、でもそこの角材拾って投げるのやめてね。」
「え?どうして?やっつけるんだよね?」
「抵抗しなかったら無駄にいじめちゃ駄目だって、子房さんも蕭何さんも言ってたよ。」
「何で?秦人は悪いから殺しちゃわないと駄目じゃん。」
「何かよくわかんないけど、絶対やめてって蕭何さんがすごんでたって、私曹参に聞きましたよ。」
「やっぱり頭いい人の言うことはわかんないね……。」
「そですよね…秦をやっつけに来たってのに、どうして咸陽の保護なんてしなきゃなんないんでしょうね。」
 何て話してたらさ。ぼかっと石が飛んできて、噲にも周勃にも当ったの。んで、むかっときちゃってさ。
「待てーっ!!」
 お互い腕と武器振り回して、犯人捕まえに走り出しちゃったわけ。

 困ったなあ…周勃ともはぐれちゃった。噲に石投げた奴にちょっと痛い目見せてから、周勃がいないのに気がついた。何とかなるとは思うんだけどね。
 それにしてもこの辺りは沢山人がいたのかなあ。お金持ちだったんだなあ。飾りだらけだなあ。金とか剥がしちゃ駄目かなあ。贅沢なおうちが沢山並んでるし、一つ一つも結構大きい。
 あれ?番兵がいる。槍を突き出されて、沛公の命令だから入っちゃ駄目って言ってた。でも、噲は劉邦さんの仲間だって言ったら通してくれた。噲、有名なのかな。ああ、そっか。大きいから目立つんだっけ。沛でも目立ってたもんな。力自慢の肉屋樊噲さんで。
 そしたら、走ってる子房さん発見!やった、子房さんは周勃なんかより断然頭がいいからついて行けば無事に戻れるな。おーいって手を振ったら……。
「大丈夫?」
 ぜいぜいと肩で息しながら、ぺたんと座り込んじゃった。辛そうだなあ。苦しそうなんで、背中をさすってあげた。そしたら。
「はん、樊噲、ちょう、ど、良かった、沛公、追って……!」
「息きれてるよ。落ち着いてからにしようよ。」
 それでなくても子房さん具合悪い人なのにさ。そしたら、ぶんぶんと首振った。
「かきゅ、う、なの、だ。たの……。」
「わかったから、ちょっと我慢してね。」
 折角見つかった子房さん置いてったらまた迷いそうだし。子房さん軽いし。
「どっち?」
 よいしょ、と片手で担いで聞いたら、息苦しいみたいで、指差した。あ、いるいる。そのまま走った。こう見えても噲、足早いんだよ?大きいから、どすどす、って音はするけど。
「沛公、待ってくださーい!」
 げっ、と劉邦さんが振り向いた。あ、速度上げた!耳塞いでる子房さんが、
「逃がすな!取り押さえろ!」
って。少し落ち着いたみたい。良かったな。噲も急いで行くことにした。それにしても、そんなに噲の声大きいかなあ。
 だだだだだだ。どたどたどた。劉邦さんも身軽いだけ逃げ足が早い。あ、駄目じゃない。両手におねーさん抱えちゃ遅いに決まってるよ。
「待って、待ってったら!」
「誰が待つかい!」
「お待ち下さい、沛公!その女達を放しなさい!」
「やなこった!子房さん、説教するじゃろ!」
「当然です!樊噲、行け!」
「しつこいぞ、お前ら!」
「しつこいのは貴方です!」
「だから待ってったら!」
「見逃せっ樊噲っ、お前わしの子分かよ、子房さんの子分かよ!」
「樊噲、沛公に天下を取らせる気があるなら私の言うことを聞け!」
「待てよっ、わし咸陽の勝者なのになんで遊ぼうとしたら説教食らうんじゃよ!」
「いいから待ちなさい!」
「やなこったー!」
「樊噲っ、私のことを投げろ!あの柱の方向に!」
 子房さん、完全にキれてる……。
「いーの?危ないよ?」
「受身は取れる。沛公の行く手を塞ぐにはそれしかあるまい。沛公を止めたら、お前も間髪入れずに取り押さえろ、わかったな!」
「うん、わかった。」
 よいしょ、と子房さんを思いっきり投げ飛ばすと、びびった劉邦さんが止まった。子房さんは、たん、と柱を蹴って鮮やかに劉邦さんの前に着地した。わあ、身が軽い人ってすごいなあ。
「し、しぼーさん、やりすぎじゃよ…わし何したってーの?」
「十分にやりすぎておられますとも。」
 にーっこり。し、子房さん、笑顔が怖い……。巻き添えを食うのは嫌なので、
「捕獲!」
「よくやった、樊噲。」
「裏切り者ーっ!覚えてろっ樊噲っわしの楽しみを取り上げて何が楽しいっ!」
「お黙りなさい。」
「あんたもあんたじゃ、わし、漢中の王じゃぞ!始皇帝の後宮引き継いで何が悪い!」
 あー…悪い癖全開になってる。劉邦さんって昔から酒と女に目がないもんなあ。その上さー、ちーちゃん美人じゃないし、ここのおうち美人ばっかりだしなあ。子房さん抱えて走ってるとき、うろうろしてるの見ただけだけど。
「暴れないで下さい、往生際の悪い。…って、この期に及んで何をなさっておられます!」
「わかった、説教はここで聞くから、わしの楽しみは楽しみとして放ってくれ!」
 あわわ、そんなとこで……。有無を言わせず実力行使に及んだらいなくなるとでも思うのかなあ。被害者のおねえさんが可哀想。
 って、子房さん、座りこんで説教する気まんまんだし!
「お聞きになるのですね。では言わせて頂きます。」
 目が据わってる……。
「咸陽に遊びにいらしたというのなら、何をなさろうと貴方の勝手です。私の知ったことではありません。しかし、このままでは確実に貴方は関中王の座を取り逃がしますが、よろしいのですか。」
「何をゆーとる。楚の帝が、咸陽に入った奴が関中王になるっていっとられたじゃあないか。だからわしの勝ちは確定さあね。」
「貴方の振る舞いは項王の単なる先鋒に過ぎません。」
 ぴく。あ、止まった。
「なんちゅーことをゆーんじゃい!」
「無政府状態の咸陽を統治できずに為政者を気取るとはおこがましい。つまりは、後着の項王の差配を待つ、というわけなのでしょう?」
「違うわ!」
「略奪騒ぎを放置し、自ら率先して敵の子女を暴行する軍に統治能力があると民が思うでしょうか。天下を逃すおつもりですか。」
「…逃げるかね。」
「私同様に。」
 それって…ちょっと、何言ってるのっ、子房さんーっ!!にーっこり、と特大の笑顔付きでとんでもない発言。
「あがっ、待てっ、子房さんっ、わしが悪かったっ、そのっ、待ってくれ!ほら、お前ももう好きなとこへ行った!」
 むく☆って起きるもんだから、頭が噲の顎に激突。痛いんだけど。劉邦さんは、下敷きにしてたおねーさんのお尻を、ぱん、と叩いて追い払った。まあ、そんなことしなくてもすごい勢いで逃げてっちゃったんだけど。
 すっと立ち上がった子房さんは、私は何も言いませんでしたって顔して、
「御立派です。」
だって。ぶつぶつ言ってた劉邦さんに。
「貴方がいらして秦の制度は崩壊していますが、最低限の規律を決めてやってください。解り易い方が良いでしょう。人命と資産を保証すれば、人気は取れます。後は蕭何殿にお任せなさい。彼は本職です。」
「簡単でいいのかね?」
「むしろ簡潔にすべきです。」
「おうよ!そんならわかった!おい、樊噲、人殺しと泥棒は叩き切ると街中に触れてやんな!」
「うん、わかった!」
 走って行こうとすると、子房さんが咳払い。
「犯す者も斬れ。」
「りょ、りょーかい……。」
 げふんげふんと劉邦さんがわざとらしく咳をした。それで、とどめの一言。
「良かったですね、斬られなくて。」
 極上の微笑み付きで、劉邦さんは引導を渡されちゃったんであった。

「沛公は素晴らしい人徳のお方だ!」
「これで平和な天下になるぞ!」
「これこそ易姓革命だ!」
「沛公が咸陽に入ってくださって、本当に良かった!」
「法三章を見たかね。あれこそ簡潔にして要点を突いておる!」
「素晴らしい天子が来るぞ!」
って咸陽で大人気の劉邦さんは、大威張りで『長者』のかっこつけをして歩いてる。でも結局お仕事は全部蕭何さんに回ってて、あの人が相変わらずぱきぱき捌いてんだけどさ。大変そう。
 何か言いたそうな子房さんが、にっこりしながら歩いて行った。




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お題シリーズ「いさかい」。実は英語の待合でたいやきが食べられなかったので(泣)仕方ないからちまちま書いていたという代物。これも有名な法三章のエピソードなんだが、もうギャグにしかなりませんでした。柱を飛び蹴りするしぼちゃんというものを思いついて進んだというんだから、もうおしまい。樊噲は相変わらず何か間違っており。それはいいんだが、とにかく餅入りのたいやきが食べたかった。

いんでっくすへ