お美しい、方ですね。
私の妾でございます。
まことに言いにくいのだが…譲っては頂けませんか。
では、差し上げましょう。


La Traviata
−道を踏み外した女−


 人はその男をわたくしの夫と呼んだ。わたくしは彼に忠実であるべきであり、慎ましくも恭順に従わねばならぬのだと、まことしやかに言い立てた。だからわたくしは、その男が死んだ時にようやく胸を撫で下ろした。共に住まざるを得なかった期間は短かったが、それでもあの男は十四年間わたくしから自由を奪ったことになる。
 遺産として残ったものは秦一国と、王太后の肩書きに付随する全ての権利だった。
 政は、わたくしの息子は、あの男の死を悼んでいた。何故にあの軟弱で取得のない男が、しっかり者の息子の気に入ったのかはいまだに解らない。父らしいこともしたことがなかったし、戦乱の巷にわたくし達母子を見捨てて逃げた甲斐性無しだったというのに。
 わたくしはあの男、秦荘襄王子楚を一生許すつもりはない。

 午睡から目が覚めて、久し振りに琴でも弾こうかとしていたら、呂大人が現れた。邯鄲で初めてこの人と出会ってから、かれこれ二十年近くになる。
 邯鄲でのこの方は豪商、わたくしは舞姫だった。咸陽でのこの方は相国、わたくしは王太后だった。相国に席と飲み物を出すよう指示しながら、琴の緒を締めた。楽器は弾かねば腕が落ちるし、唄は歌わねば声が出なくなる。舞だけはさすがに身分柄相応しくないとこの方に止められたので、もう十年以上舞っていないが、咸陽宮の舞姫達もわたくしの目には物足りない。
 呂大人は人払いをしていた。わたくしは弦を弾く。音が少し高すぎる。弦を少し緩める。今度は調子が良いようだ。
「やりすぎてはおられぬか。」
「何がでございますの。」
 わたくしは簾など介さない。面と向かって秦の相国に物を言う。物を言いながら平気で琴を掻き鳴らす。太后にはそれが許される。相国よりも上位である故に。しかしわたくしはこの方の妾であった下位の時分にも、同じ無礼をして憚らなかった。
 身分を持たない賎民であったわたくしは序列の外であり、それゆえに自由でもあった。何故なら舞姫などという公共の所有物は人格ではなく、人格でないものに序列などつけようがなく、芸事に長じて美しく床上手という付加価値を持っていたわたくしの値段は相当に高かったからだ。わたくしを落札するために、高貴と呼ばれる人士が目の色を変えて、貢ぎ、哀願し、醜態を晒すのは日常に過ぎなかった。
 高貴、とはそれだけのものでしかないのだ。賎民の男と毫も違わぬ体つきを見ながら、わたくしの中で尊敬という言葉が確実に消えて行った。金持ちは肥えている、貧民は痩せている、それだけの、当然の違いだ。そのどちらもを観察し、触れる機会だけは沢山あったわたくしは知っている。人間など、所詮同じ下劣な代物でしかないのだと。
 彼らはわたくしを蔑視してもいたのだが−それは当然の事実だ−わたくしもまた彼らを蔑んだ。蔑みながら値を吊り上げた。わたくしは食べていかねばならなかったし、役にも立たない家族を養ってやらねばならなかった。貧しさに耐えかねて、幼いわたくしを妓楼などという場所に叩き売り、軽蔑の眼差しを注ぎ、それでも金品を無心し続ける家族だった。
 わたくしは金品を無心したことは一度もない。どれだけ金のある、権勢のある客を取ったとしても。
 金品を無心する女はあさましい。美しく塗った顔も衣装も、芸事の技量も全てを不意にするほど、育ちが透けて見えてしまう。背後に潜む、何十人もの貧民の陰を透かし見せてしまう。そして恐れをなした客は離れ、妓女は没落する。臆病な男を逃がさないことが食べる道であるのなら、私は目先の利益に目を瞑る。
「何を怖がっておいでですの。」
 黙りこんだ呂大人に尋ねた。この方は息子の相国になって以来臆病になった。わたくしから何としてでも逃げ去ろうと、いんちきな薬売りの男まであてがって寄越した。わたくしの陰に何かを見つけたように。
「長信侯のことですよ。」
 薬売りも列侯になる。わたくしが望んだのだから。あの男の遺産である太后という位を活用しただけ。
「あまりにも乱脈なご寵愛、と朝野、眉を顰めておりますぞ。」
「わたくしが寵愛などと。風説とはまことに奇妙なものでございますこと。わたくしは貴方様だけでございますよ。」
 苛立つ呂大人の言葉が嫉妬でないことは百も承知で、琴を掻き鳴らす。
「わたくしが誰も愛せないのは、貴方様が一番良くご存知なのでは、ございませんこと?」
 愛したばかりに元手をすった妓女ばかり見てきた。情を交わして貧しい男と駆け落ちして、半殺しの目にあった者もいる。落籍されて貴顕の家に入ったはいいが、まともな処遇を与えられずに一族中にいじめ抜かれて殺された者もいる。
 それに。
 金でわたくしを買うような連中を、何故にいとおしいなどと思えるのだろうか。わたくしを蔑視するような家族を何故にいとおしまねばならぬのか。
 最高価格でわたくしを落札したこの方は、わたくしを正式に妾の位置に直して下さった、いわば恩人だ。お前は腹が見えない、と昔は良く苦笑なさっていたが、わたくしには腹の底自体がなかったのだから仕方ない。
「嫪毒はわたくしが気に入ったそうです。」
「太后?」
「相国、わたくしが客を養っても良いのではございませんか。わたくし、客を取らねば落ち着きませんの。客がわたくしに利益をもたらすのでございますから。」
「貴方は秦王殿下が恐ろしくはないのですか!」
「貴方様こそ御自分の子が何故にそれほど恐ろしいのでございます。」
 呂大人はたじろいだ。
 わたくしは何も怖くはない。
 政には、関わりのないこと。わたくしはあの子を生んだ。あの子を守った。あの子は大人になった。それだけのこと。あの子はわたくしに良く似ている。だから怖くはない。
 政はわたくしを憎む。憎みながら敬い続ける。わたくしが厭い嫌った家族を養い続けたように。政はわたくしと距離を置き、だからこそわたくしを処断できない。そして恐らく恩人である呂大人も。
「私の子…しかし王は私ではないのですぞ。」
「貴方様に似ておりますよ。恐れることが何ほどございます。」
 色々と余計な気を回すところは、この方に似ている。わたくしではない。
「わたくしは自分で自分を養ってまいりました。貴方様の妾にして頂いた時以外は。今も、昔の商売を続けているだけなのでございますよ。」
「おやめなさい。仮にもここは秦の後宮ですぞ。」
「後宮など、妓楼とどこが違うのでございます。登楼の人数が多いか少ないか、それだけのこと。」
 呂大人は絶句した。絶句して、わたくしをまじまじと見詰めた。
「貴方様は…相変わらずお美しい方だ。」
「挑戦的だとおっしゃるのでしょう。」
 そうなるしか、なかった。
 もう一度この方に、手放したわたくしの価値を吊り上げるには、それしかなかった。

 秦の公子を援助することに決めた。何、今はしょうのない代物だが、今に見ていろ。私が後見をするからには、必ず大物にしてみせる。お前もしっかり見ておれよ。
 邯鄲で、呂大人がわたくしの膝で言い放ったのを覚えている。酌婦すら置けない貧乏公子の家に同行し、実家よりは多少ましな程度の家に呆れ果てたことも。中から出て来たのは、公子というよりは気弱な農夫のように痩せており、妙におどおどした目つきをしている貧相な男だった。
 まさかその男がわたくしを所望するとは。
 どうしている、と呂大人は度々わたくしの様子を見にいらした。公子は骨ばっていて、近付かれると痛いのです。大人は笑って、沢山の食糧を与えてくれた。子楚は太ったが、貫禄だけは備わらなかった。
 華陽太后はあの下卑てすらいた俗な顔の男の、何が気に入って養子になど取ったのだろう。わたくしならば、太后が蔑んだ歌姫のわたくしだったのならば、絶対に客に取りはしない種類の男だ。
 邯鄲の趙姫は客を選べる。わたくしの座敷には金があり、地位があり、教養のある男しか上がれないはずだった。呂大人がわたくしを下げ渡したりしなかったならば、単に肉付きが良くなっただけの、知性のかけらすら持たない軟弱な、軟弱でいて身のほど知らずに好色だった子楚など、わたくしの足下にも寄れなかったはずなのだ。それを十四年も。
わたくしは、奥座敷に幽閉されたようなものだ。
 呂大人に王位に就けてもらったというだけで自分を見誤った男など。威厳のかけらもない軟弱な王が、後宮を徘徊して子を生ませ、悦に入って、わたくしに貞節を要求する。わたくしはただの略奪された、或いは下賜された人形だというのに。おためごかしにわたくしの息子に、口辺りの良い言葉だけ選んで掛ける、偽善の男に、わたくしの怒りが爆発した。
 そなたはわたくしと息子を、邯鄲の戦場に置き捨てて、自己保全のみを計った男ではありませんの。あの子を守ったのはわたくしでございます。そなたは一切関係ありませぬ。
 必ず、あの子に王位を踏ませてやると誓ったのは、子楚に対する復讐だったのだろう。子楚の血など一滴も引いていない、わたくしのたった一人の息子。呂大人の目的はそもそもそれで、気乗りの薄かったわたくしが、俄然やる気になっただけのこと。十四年もの幽閉の、賃金を清算していただこうとしただけの話。
 邯鄲の趙姫の揚代は、お高いのですよ。
 わたくしは泣きも喚きもしない。恨みもしない。しようと思ったことを淡々と実行に移すだけだ。舞姫とは、そういうものだ。
 醜悪な舞台裏を見せたなら、客が離れていくのは鉄則なのだ。わたくしは華やかに微笑み、芸事と踊りで子楚を迎えて日を潰す。後宮など、妓楼と全く仕組みは同じ。足を運んできた王という名の客に、飽きられてしまえば食べて行けなくなるのだ。
 妃嬪と妓と、身分の高下がどこにあるの。していることは、全く同じだというのに。
 わたくしは、蔑視の、或いは嫉妬の目を向ける、二流の雀のさえずりなど余裕の顔で聞き流す。死んだ子楚からの花代を受け取って、新たな客をまた探す。
 客がいなければ、食べて行けない。

 しばらくぶりにわたくしのところに泊まっていった呂大人は、暁の光も暗い中でそそくさと支度を始めた。仕草がせわしないのは頂けないのだが、昼日中明るくなるまで居座る、無粋な客に比べれば、やはり物事に手馴れておられる。
「そなたは、まだ私を見限ってはおらぬようだ。」
と呟いた背中が、少し丸くなっていた。
 当然だ、あれからもう二十年近く経っているのだもの。呂大人は小粋な初老の紳士となり、わたくしも、目許の皺を気にする程度にもう若くはなかった。
「嫪毒の子を生んだとまで話が流れている。」
「堕ろすともう、危険な年になりましたものね。父親も生めと申しますし。政には、似ておりませんよ。」
「趙妃?」
「あの子らは、可愛くはございますが、わたくしにはあまり似てはおりません。」
 だからわたくしは、猫でも愛玩するようにして赤子を可愛がっているのだろう。政とは違う。わたくしは政を慈しんだことはない。けれども、わたくしはあの子にだけは自分の乳をやり、病の介護をし、敵から守った。
 わたくしの子は猫の子ではないから、どう接してよいのか、わたくしにはいまだに解らない。大層立派な大人になった、わたくしの政。秦の王。
「嫪毒の目論見が、貴女には解らぬのか?」
「わたくしは、客がいなければ生きてゆけない舞姫である事を、お忘れですか。わたくしを食べさせてくださったのは貴方、貴方が去って嫪毒を寄越してからは嫪毒、それだけのことですわ。」
「貴女には野心がないのか。宣太后のように、垂簾で摂政となろうという気はなかったのか。」
「そんなものに手を出す女は、早く老けますことよ。」
と、わたくしは笑った。
「邯鄲の趙妃が老醜を晒すなど、嫌でございます。それに、お忘れ?わたくしの政に、垂簾など必要ございません。」
「だが、殿下と嫪毒、つまり貴女は、最早並立できないほどになっている。」
「ええ。どちらかがいなくなるほか、ありますまい。わたくしは息子にとやかく命令される筋合はございませんし、政も同じでございましょう。わたくし達は、折り合いのつかない親子でございますから。」
「…私は我が子を見捨てるわけには行きませんぞ。」
「そう、おっしゃってくださると存じておりました。」
 呂大人は、去っていった。わたくしは追わなかった。一度も追ったことがなかったから。
 邯鄲の歌姫が客に追い綻るなど、沽券に関わる。秦の太后が相国に追い綻る様ならあるのだろうけれど。
 いや、どこの太后達も、愛人の心変わりを権勢で押し止め、繋ぎ止めようと、見え透いた手口を披瀝してくれるのだけれども。
 わたくしは、決して呼び止めはしない。だからこそ、貴方はわたくしを無視できない。
 呂大人。わたくしのつかの間の安息を与えてくれた方だった。

 わたくしは誰にも頼らない。わたくしは自分で客を取り、好きなように生きる。わたくしには何も関係ない。
 香りのない、大輪の花のように、心を持たない華やかな舞姫としての心意気。
 さあ、邯鄲の趙妃の揚代を出すのはどなた。わたくしの揚代はお安くはなくてよ。




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お題シリーズ、母太后で『誇り』。去年の九月に書いたお話。ぴこちゃんになるか、しぼちゃんになるかと読んでいたこのお題、意外なキャラクターになりました。政君の改訂で一二を争ってキャラクターが変ったのが、この母太后です。かつて読んだ男性作家の小説群に影響されて、ただの恋多き母親だった母太后が、がらりと変身。プロ根性に徹したコルティジャーナになりました。だから、あのタイトル。そしてこのプライド。(笑)自力で食っていける母太后、子楚様徹底無視。ヴィオレッタではないので呂不韋を引き止めることもないし、嫪毒にはまるわけでもなく、ただ力のバランスの上で快適な生活をしたいというだけです。だから政君への接し方は解らない。あの時代、まあ好きで遊女になる人はいませんからね。母太后にしてみれば、全ての人間は目的ではなく手段に過ぎなかったのではないかと。政君とおかあさまの関係は微妙なものが多いので、その設定をつつきまわして楽しんでいるわけです。
ちなみに。ろーあいの『毒』の字は嘘です。(笑)しかしユニコードでも打てないことが判明したので、嘘のまんま突き進みます。ほんとーは上の主の部分の横棒が三本でなく二本なんです。…んな字、ろーあい以外のどこに使うってんだろう??


いんでっくすへ