「で、お約束の田畑、ちゃんと頂けるんでしょうね!」
 しつこいよっ!僕は、安心してよ、踏み倒すなんて尉繚みたいなことしないから、って言ってあげた。もう七回目。いい加減、ボケたんじゃないの?って嫌味言ってやりたいんだけど、それしたらまたへそ曲げるしさ。やんなっちゃう。
 何たってへそ曲げて出陣拒否だよ、出陣拒否!もう何考えてんのさっ、信じらんない!宿将のくせに。
 誰の話かって?王翦だよお……。


Per mio vecchiotto
−王翦将軍行進曲−


 事の発端は李信だったんだけどさ。
「俺なら二十万の兵で楚を攻略してみせます!」
って気合入れてたから、じゃあやってもらおうという事になったわけ。したらさ、ぷんぷん怒っちゃったのが王翦じい様なわけ。王翦は六十万は確実にいるって、ずっと言ってたからさ。
「年食ったんですよ、王翦殿も。」
って李信は笑うしさ、僕だってつい、そだね、李信やるじゃん、くらい言うじゃん!普通、根に持つ?それで出仕拒否だよ?引退してやるってごねまくるし。さすがは尉繚の友達って思ったもん。
 王賁は、父は軽視されたように感じてしまったんでしょう、なんてフォロー入れてたけどさ。僕には尉繚経由でしっかり生情報が入ってるもんね。
『あの生意気なくそガキ共が知った気になりやがって、戦場の経験を何だと思ってやがる!今に見てろ〜ふっふっふう〜泣きついたって助けてなんかやらないよ〜だっ!!酒だーっ、酒持って来い!』
 これと一緒に飲んでいた尉繚ってのもすごいもんがあるんだけど、本人は面白がって『陛下が如何に生意気なくそガキか』を一緒になってあげつらってたんだそーだ。失礼だよねっ。自分だって十分無礼者のくせにさ。
「まあ喚き散らしてましたから、李信が負けたら陛下、引きずり出すのにてこずる事は肝に銘じてくださいよ♪」
って、すっごく嬉しそーにしてたもんなあ。
「尉繚は負けると思ってるわけ?」
「賭けてもいいです。ありゃ負けですね。」
「いかさま兵家の言うことだからなあ……。」
「失礼な。李信坊っちゃんは楚をなめきってますよ。腐っても七雄と呼ばれた国一つ潰しに行くのに、二十万たあふざけてませんか、二十万たあ。楚の連中聞いたら逆上しますよ。」
 …屈原さんが逆上して漬物石投げてきそう。
 でも、さ。屈原さん。もうさ、楚だの秦だのいうのやめにしない?結局天下は一つなんだし、一つの天下だったら戦なんかないんだし、みんな助かるよ。
 僕が秦の王座に座ったのは、そのためかもしれないなんて、よく思う。
「犠牲は最少にって尉繚も言うじゃん。」
「負けちゃ元も子もありません。」
「じゃ、本当に六十万いると思ってるわけ?」
「そのくらいいたほうが短気決着して楽ですよ。下手したら何もしなくてすむかもしれませんしね。」
「それはないと思う。」
「威嚇も十分な武器になるんですよ。特に国力がある場合はね。ただし油断した途端にしてやられますが。」
「…二十万で片付いて欲しかったんだけど……。」
「楽観で戦いは勝てません。」
 尉繚の一言に駄目を押された。

 尉繚はやっぱりプロだった。つまり李信は見事に負けてきて、僕の説教を食らったのであった。
「功に逸って愚かなことを!誰か、王翦将軍を!」
 呼んだ返事がふるってた。
『アルツハイマーになったボケジジイですので行きません』
 李斯は目が点、尉繚は涙流して大笑い。李信なんか血相変えて、俺が悪かったって詫び入れて来る、と今回別働隊で付き合わされた蒙恬まで捕まえて王翦のとこにすっ飛んでった。僕も、そんなこと言わず、ってまた使者を出すじゃん。
『全身リューマチにかかって動けません』
「…本当?」
「鉄アレイ上げてトレーニングしているリューマチ患者というものがいるならね。」
と尉繚。
「あれは完全に楽しんでます。」
「…だろーね。」
 三度目には。
『仮面うつ病と胃潰瘍と膵臓がんを併発して転地療養が必要と診断されましたので、温泉に行って来ま〜す♪』
 嫌味だ。絶対嫌味だ。
 そしたら、僕が知らないうちに秦帝国の秘密兵器が消えていた。そう、穴埋めが必殺技の李斯!聞いたら、『秦帝国建設』のヘルメットも新しく、パワーショベルで王翦ちに行ったって言うんだもん。僕と尉繚が仰天して、慌てて止めに行ったわけさ。わざわざ頻陽までっ!
 何はともあれ、非常識に対抗するには非常識。
「陛下のお言葉に逆らうつもりなら速攻そこの庭に埋めてやる!」
「待てーっ、李斯、待てーっ!王翦じーさん、迎撃態勢をやめろーっ!陛下の御命令だっ、二人とも、静まれーっ!!」
 何とか間に合った尉繚はその場にへたり込んだ。
「あ…陛下……。」
「あ、陛下、じゃない!尉繚ぶっ倒れてるじゃないっ、面倒くらいみなよ!李斯も何ぼけっとしてるのさ!」
 僕、良くこんな臣下使ってるよねえ。案外、僕って偉い?
 ここまでして詫び倒し、ようやく王翦は咸陽宮に再登場したのだった。

 ぐれきった王翦のご機嫌を宥めるのはやっぱり大変だった。根に持つんだよね、王翦って。後宮から綺麗なお姉さん達をセレクトしてきてさ、お酒のいいのを出してきてさ、フルコースでおもてなししてさ。で、ごめんねごめんねって謝り倒したんだからねっ、この僕が!李信のせいだーっ、李信のばかあ……。
「どーせ私は使えねーボケじじいですからねっ。何のご用です?今更。」
 まだ言ってる…ボケじじいが樽酒なんて飲まないじゃんっ。というのを呑みこんで、そんなこと言わずにさあ、なんてご機嫌を取る。
「わかったからっ、もう、あれは僕が悪かった!謝るからさあ、機嫌直してよ……。」
「いーえっ、役に立たないジジイを使っちゃ聞こえも悪いでしょう?あーあ、楚の項燕なんか、ちょっと若いだけで現役ばりばりなのになあ。」
「わかったよお……。王翦、貴方は若い!目茶目茶強い!頭もいい!暴走してぽかやっちゃう李信なんかよりずっといい!これでいいわけっ?!」
「いやあ、将来性のある若いのをそんなにこきおろしちゃあかわいそうですよ。どーせ私はもうお迎えを待つばかりの哀れな身……。」
「誰もそんなこと言ってないでしょ!よく言うよ、鶏の丸焼き一人で四つも食べながら。」
「鴨が良かったなあ…年寄りの胃腸にはこたえるって配慮なのかなあ。」
「鴨の丸焼き持ってきて!これでいいわけ?!」
「どーせもう気力も体力もないし、みんなになめられてるし……。」
「王翦将軍。それ以上陛下で遊んだら、間違いなく李斯が飛んでくるぞ。」
 見物を決めこんでいた尉繚が見かねて一言。お陰でわかったよ、しょーがないなあ、と王翦は現場復帰を承諾したんだった。なんで…うちの臣下ってこんなのばっかしなの?
「でも必ず六十万下さいよ、六十万!これだけはどうあっても譲りませんからね!」
「はいはいはいはい、わかったよお…僕だっていい加減懲りたよ……。」
「李家の坊主なんぞに見返らないと誓いますかっ!」
「…王翦…僕のこと、疑ってるでしょ。」
「とーぜんです。」
 ふんっとふんぞり返った王翦に、僕はげっそり。
「狸ジジイ。」
という尉繚の呟きに、思わず拍手。
「失礼なっ。やっぱり老人いじめがはやってるから引退して……。」
「図々しすぎるの!」
 僕と尉繚の声がはもった。
 ぐれた王翦の要求した成功報酬は、『セレブな地域にあるゴオヂャスなお屋敷と田畑』で、勿論僕はそれを許可した。そりゃあ、あの大きな楚をつぶして来いって命令するんだから、そのくらい僕だってするってさ。
 踏み倒しやしないんだからね!!

 なのに。
「お屋敷〜♪」
「大丈夫だってさ。」
「土地下さーい。」
「あげるって。」
「陛下、成功報酬♪」
「約束したでしょ!何が不足?」
「陛下ーっ♪」
「うーるーさーいーっ!!!!」
 見送りに行く間、べーったり張り付いてねちねちねちねち…あんまりっ!王賁ってものすごく苦労してるのかも…とっても同情……。
 だから、よーやく王翦を戦線に送り出した時は李斯と万歳しちゃったんだけど。
 王翦はそんなに甘くなかった。
『期待してますねえ♪場所は勿論一等地☆』
『田んぼは土地のいいとこ下さいね〜年金代わりになるんですから、けちったら手抜きしますからね〜。』
『三世代住宅の設計は勿論バリアフリーの匠にお願いします。孫にも一部屋ずつやれるよーな作りにしてくださいね。あ、プライバシーにも勿論ご配慮を☆』
『最新設備を投入し、レトロモダンをコンセプトに!庭付き池付き一戸建て!』
『踏み倒さないで下さいね!家と田んぼ!目指せベースアップ!』
 手紙の波状攻撃が待っていたとは…こんなヒマなことしてる間に、楚に攻撃かけてちょうだいよっ!いや、兵士の英気を養うために動いてないってのはよくわかる。敵の油断を誘ってるってのもよおおおーくわかる。僕も絶対口出す気はない。
 でもさっ、ヒマだからって僕に無心のお手紙を毎日毎日送りつけるのはなしだよ!僕、忙しいんだからね!
「いや、ヒマだからじゃないようですよ。」
とは、参謀稼業のためについてった尉繚から報告を受け取った李斯。あの筆不精の尉繚が、何を目の敵にしてる李斯に通信を寄越したかな。
『王翦将軍は陛下の踏み倒しをすさまじく危惧。疑いのあまり勘違いした手紙を乱発しているが無視して結構。対楚戦線異常なし。項燕は名将だが、我等が王翦のあやしさには勝てん。王賁殿が、大軍を率いたせいで咸陽が空になっているから、陛下の猜疑を逸らそうとお茶目をしているとこれまた勘違い。フォローをしているつもりらしいので信じてあげるふりをするよう陛下に申し上げること。ちなみに王翦殿は相変わらず老人ネタで酒に誘うので、相当根に持っていると見た。古狸は蔡公であって自分じゃないと愚痴っているので、陛下にそれとなく伝えておくこと。』
 蔡公は王翦ほどあやしくないよ……。それに蔡公はちゃんと自分で年は年だって認めたじゃんか……。
「蔡公がご存命でいらっしゃればよかったですね……。」
「うん…そしたら王翦止めてくれたよね……。」
 戻ってきてよお…蔡公…惜しい人を亡くしちゃったなあ……。え?韓非は惜しくないのかって?こんな時に韓非なんていたら収まるもんも収まんないじゃん!
『ほーらねっ、所詮人臣なんて自分の利害のために働くだけなんですよっ。だから言ったでしょう!人なんて信用するのは亡国の元です!』
なーんて火に油をぶっ掛けて、ますます王翦を刺激するに決まってる。
「あ。追伸が付いてる。蝋燭の上で読めってさ。李斯、蝋燭つけてよ。」
「はい。…あぶり出しで二伸が付いて……。」
 李斯と僕は顔を見合わせてから吹き出してしまった。尉繚があぶり出しにしたわけだ。
『どーも陛下に使者を出したのを忘れてるくさいとこがあるんだが…アルツハイマーを疑ってる。』
 そりゃ、王翦には聞かせられないよ。

 で、尉繚にとんでもない疑いを持たれたまま、王翦は蘄水で項燕を粉砕し、一気に楚を制圧してくれたわけなのだった。おまけに王賁は僕が王翦を疑ってるなんて勘違いをしたまんまらしい。さらに性質の悪いことに、王翦がそういう建前で堂々と使者を送ってくるもんだから(これは尉繚から『じーさんのお茶目なので腹を立てないこと』と忠告がきた)みんなに勘違いされるし!僕、王翦が反乱するなんて疑ってないからね!疑ってるのは。
 王翦、ちょっとボケ入ってない?
 それが李斯やら尉繚との共通の疑惑だったり、する。

「おい、賁。我々朝飯食ったっけ?」
「食べましたが…父上、まさかお忘れでは……。」
「なーに、お茶目お茶目。やだなあ、賁君、そんなにシリアスな顔しちゃってえ。さーて、今日も元気に追撃するぞー♪あれ、財布がない。財布どこにやったっけ?」
「…さっき懐中なさったばかりです。」




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お題シリーズで『うたがい』。これまたどう転んでも陰々滅々たる話が普通の筈が…何故か『ある日の平和な秦帝国』シリーズのギャグと化してしまいました(笑)。いやあ、書いてて楽しかった!(笑)お茶目な王翦おじさまのひがみっぷりを書くのが愉快で愉快で。「王翦が政君の疑いを避けるために田池を請った」という話をやろうと思って政君一人称で書いてたら、苦労人政君が前面に出てきてしまった。そして王翦は元から崩壊キャラクターなので、ますます壊れ、常識人尉繚は陛下と非常識な臣下たちとの架け橋となるべく走り回るという(笑)。

いんでっくすへ