

関白殿はしぶとかった。つまり、殴られようと蹴られようと、一切共犯の名を口にしなかったのである。
下人たちも捕まって、更に容赦なく締め上げられていたのであるが、そこから得られた証言はというとあまりにもちぐはぐに過ぎた。整合性という言葉がこれほど空しく聞こえるケースもそうそうないのである。
かくして上達部は関白殿の罪状を決定することも出来ず、まして東宮の廃位を切り出すことは尚更出来なかったのだった。というのは、全く名前の上がっていない東宮を引きずり下ろすには、後見役の不手際を言い立てる外になく、牢屋に放りこんだはいいが処分が決まっていないとなると、縁故関係を言い立てて御廃位というにはあまりにも説得力に欠け過ぎる。何でもいいから早く消えてくれれば動きやすいのにと、上は大臣たちから下は地下人に至るまで考えているのが、世の習いというものである。
それを阻止しているのが、兵部卿宮には見切りをつけられかけている弾正宮であった。弾正尹たる職権を振りかざし、関白殿関係の全ての調書から律令に至るまでを閲覧した上に、捏造事案などは容赦なく朱筆で塗りつぶされ訂正差し戻しをなさるのである。いずれ出世しなくなるであろう左大臣系の宮にあからさまな妨害をされて弾正弼は目一杯不愉快そうであった。衆に違わず関白殿のご威勢に見切りをつけた弾正弼は、ここを正念場として右大臣殿に忠勤振りをアピールしたいのだが、ことごとくブロックしてくれるのがこの無駄に博学な弾正宮なのである。
しかしフィルターはここでだけ機能しているのではない。あまりにも公正の概念から逸脱したものを頭弁殿が御前への奏上から容赦なく振るい落としておられるのだった。理性と常識の溢れたお方なのである。
そして最終フィルターは、御前に乗り込める内侍所長官、尚侍であった。
賢所を完全に自分の勢力下へ取りこんでしまったことは前述した通りである。その上、私設シンクタンクに改造してしまったことも前述の通りであり、何よりこれが蔵人所に匹敵するばかりか凌駕せんばかりの天晴な仕事ぶりを誇っているのだった。
そもそも主軸となるメンバーは元梨壷の女房たちである。あの東宮がお側に置かれていたたくらいなので、身分教養能力申し分なく、加えて美人ぞろいの才媛ばかりである。その方々は危機一発の時に鮮やかに現れて救ってくれた尚侍の人品に心服しており、最早旧主の宮と同じほど心を込めてお仕えしているとあっては、底力を発揮して当然である。加えてここと見事な連携を見せたのが尚侍の個人的友人たち下級女房ネットワークである。
かくして末端への情報伝達に関しては蔵人所ばかりでなく上達部さえ瞠目させる抜群の早さと機動力を組み立ててしまった尚侍のファンはますます増えたのだった。その筆頭が恐れ多くももったいなくも主上なのである。そして、折角だから御前会議にも出席なさってはどうかと、パーティーと勘違いしているらしい御招待が来たのであるが、
「行ってください。不穏な謀議を阻止する最終手段です。尚侍にしかできませんよ!」
という参謀の一言でお受けすることにしたのである。賢所の才媛達を従え、几帳で周囲をガードし、檜扇で顔を隠して紫宸殿の御簾の陰に陣取る尚侍の姿は、威厳地を払うと大臣達でも瞠目したのであるからして、ましてや上達部や殿上人達も女御に劣らぬ、いや、それ以上の敬意で迎えるようになったのだった。
お寂しいのは院であられた。養女の君は以前にもまして院の御所へは来られなくなってしまったのである。その代わり、周防の君が毎日消息をお運びするようになった。
文ではなく、声が聞きたい。
院のお心は切ないものであられたのであるが、参謀を従えて朝議に列する尚侍はまた違った感慨を持っていた。
文だけでも、通わせられるのだからまだしも。
尚侍の傍らにはいつも、季節外れの蛍の文筥。
兵部卿宮が文をお遣わしになった故式部卿宮邸には、一人の姫が住んでいた。宮の君は当然ご身分の高い方であり、妙齢でもあるのであるが、一向にお美しいとかご利発であるという噂が流れなかったのは、貧乏であった、これに尽きる。財産のない人に通っても経済的援助を期待することは出来ず、需要のない情報は流れないのである。財閥を形成した受領などが高貴な姫君を北の方に迎えたいという需要もあるのだが、そのルートにも乗らなかったのにはやはり理由がある。
故式部卿宮は漢学者で高名なお方だったのであった。そしてよせばいいのに、姫君の聡明さをあちこちで自慢しておられたのであった。一家団欒の際に美人の膝の上で鼻の下を伸ばしたい人口と唐の文について議論したい人口を比較すれば、需要と供給の関係は明らかである。更に学問の効能というものをてんから侮ってかかっている、財力ばんざいコネばんざいの受領階級において、その格差は倍増するのが自然というものである。
そこまでマイナーな人をそもそも何故知っていたのかというと、故式部卿宮が左大臣家に漢文を教えに出入りしていらしたというのが答えであった。伯母宮の許でお育ちになったに等しい五の宮と七の宮は、左大臣家の君と一緒に式部卿宮を師と仰いでいらしたのである。
左大臣家の君と五の宮はご聡明であった上に、ご自分たちの才能もよくご存知だったのであっさり師を追い越してしまい、勉学というものを放棄なさって風流に走られたのであるが、兄宮たちの派手派手しさに辟易しておられた七の宮だけはこの時流と隔絶なさった師のお姿にお心を洗われるお気持ちがなさったようで、侍読の時期を脱しておしまいになられても式部卿宮とのご交際をお続けになったのだった。元服なさってからはお一人でも式部卿宮家を訪問なさるようになった七の宮は、そういうわけで宮の姫をご存知でいらしたのである。
宮の姫は父宮が自慢なさるだけはあるご利発な性格で、おまけに一人娘でもあり、母君が早くにはかなくなっておしまいだったので無制限に近い自由を与えられてお育ちであった。というより、
『あれは放任だ。』
と断言した五の宮こと東宮が全てを要約なさっている。女の子の育て方をご存知でもないしお手元も不如意になりがちの式部卿宮は、世間の一般常識はご自分が教えれば事足りるとお思いだった節があり、女房というものをほとんどお付けにならなかったのである。さらに童姿ということもあって、一緒に大臣家へ連れて行ったりなどもなさったので、関白殿や東宮は、
『あれどーにかしないと絶対もらい手がいなくなるぞ……。』
と不吉極まりない予告をしておられたのだった。現在に至るまでその予告は的中である。せめて当人が焦っていれば何とかするのだろうが、父宮が亡くなった後ものんびりとマイペースに邸を守っておられる姫には当分その気はないようだった。小さな頃から常識人だった宮に一番なついていた姫を放っておくことはできないお方であるので、家司などの面倒は折にふれて見ている兵部卿宮だった。
宮の君こそ尚侍の参謀に他ならない。漢文馬鹿は結託する。
『梨壷の宮がお心にかけておられた姫というものに会ってみないか』
というのがお手紙の内容だったのである。昔から梨壷東宮の素行不良はよくご存知の妹君のような宮の君は、親しい兵部卿宮のお勧めともあって、快諾したのであった。
『関白殿の一件では力になってもらって、正直助かった。』
『なーに水臭いこと言ってるんですか、遊んでもらった恩義を忘れるほどぼけてませんって!』
情けは人のためならずなのである。かくして内裏中の要塞、温明殿で明かされた真実は尚侍の度肝を抜いた。
『じゃ、じゃあ、少将と侍従殿は式部卿宮邸にいたのかっ?!』
かくかく、と年下のお二人が揃って頷かれ、尚侍は呆然とした。灯台下暗すぎる。各地の国司に命じて捜索されているお二人であるし、おうちの方々も心配して必死に探しているのに、衝撃の結末である。
『うちっていうよりうちの床下ですけど。うちも森林緑化地帯になっちゃってるんで、そのままいてもらっててもいいんですけど、一応万一って事もありますから、梅干と一緒に寝てもらってます。』
宮の君の発言に兵部卿宮は苦笑し、尚侍は変なところに反応した。
『姫君は梅干を漬けてるんですか!』
どうでもよすぎる。
『はい。うちの梅の木は手入れする者がいないので野性のままに生えてるんですよ。で、巨木になっちゃいまして、シーズンになると兵部卿宮が下人をやって収穫してくれるんです。観賞用じゃないから誰も掘り出して持って行かないし。』
つまり前栽にするような瀟洒な木ではないということである。式部卿宮は庭は放置だったのですよ、と兵部卿宮が付け足した。
『式部卿の杜の家といえば都では有名ですよ。』
『…そーいえば聞いたことがあるよ……。』
宇治では勿論、院の御所でも何かと作っていた尚侍と宮の君は一気に盛り上がり、加えて今評判の賢所の総元締が書痴であることに大感激した宮の君は、兵部卿宮に勧められるままここでの宮仕えを即決したのだった。そして日々旧知の方々を救出すべく、唐の兵法書をばさばさと広げ、鳩首協議しているのである。
式部卿宮邸の地下室でこの話を聞いた左近少将は、げっと青くなった。
「兵部卿…お前、わかっててどーしてそんなマニア二人を引き合わせるんだよ、お前は馬鹿か!」
梅干壷の間で柔軟体操や新たなアクロバット技の開発にいそしんでおられる侍従殿と元気に暮しているようである。もっとも右大臣殿が行動を起こした第一報を受け取るや、素早く宮の君に協力を打診し、唯一嵐山での法要に行っておられなかった兵部卿宮を頼って転げこんできたお二人を匿っている方に言うべき台詞ではない。兵部卿宮が憮然となさるのも当然である。
「東宮がお姿を晦ましてからお元気のない尚侍のお気が晴れればと思っただけです。…楓の君の暴走で目算が狂いましたが。」
左近少将の感想は、ここんちの梅干や梅酒を漬けている漢文馬鹿の姫は楓さんというのだな、だった。
「晴れすぎだろーがよ…大体あのおかしい宮とおかしい尚侍ができてるって?絶対嘘だろ、そりゃ。尚侍のことだから、左方の連中まとめて狙い討ちにされて腹立てて何か仕出かそうとしてるって可能性の方が高いぞ。筒井筒としてそれは断言する。そもそもあいつの主義ってのが、身内と友達をいじめる奴は御成敗だからなー。」
院の御所の女房解雇事件なども交えつつ解説する左近少将にはやはり説得力があるのである。兵部卿宮は少しだけ肩をお落としになった。
「やはり東宮の一方通行ですか……。」
「相手が悪すぎるだろーよ。いくら琴仲間とはいえ何だって尚侍…あれなら右大臣家の三の君の方がまだ理解できる。あの人は美人で有名だ。」
「縁談が持ち上がっているのに大喧嘩して決裂なさったあの方ですか。」
「なあ…兵部卿、んなこた言いたくねーけどよ、遊び歩いてる割に宮って趣味悪くないか?」
反論できない兵部卿宮であられる。それでも。
−今更、だよね−
「桐壷や宣耀殿の御方と比べれば尚侍のお優しさは遥かにたち勝っておられますからね。」
「いい奴だってことは否定しねーけど、かなりなレベルの変人だぞ……。見込みあんのかよ……。」
「私はある方に賭けますね。」
仏頂面の兵部卿宮の一言に、お、と認識を改めた左近少将である。が、諸手を上げて喜ぶべきご友人の消息がいまだに不明なのを思い出し、梅干壷の間で唸り声を上げてしまった。