夏日畏るべし
−春秋左氏伝−


蝉の声が降り注ぐ。太陽の光も降り注ぐ。とどめとばかりに無風状態である。
ひたすらに暑苦しい。氷を取り寄せてきましょう、などと麗景殿の女御がおっしゃったかと思えば、さっさと退出して緑溢れるご実家で避暑の毎日を過ごしておられる桐壷の方というのもあり、宣耀殿の御方は蛍観賞の集いを主催してさすがは東宮の寵姫と名前を称えられたりもしていたのである。
かくしてバカンスシーズンまっしぐら、避暑だ物詣でだ別荘だ、と逃げられる上流階級は、よい。
この熱さの中でも日常業務をこなさねばならない労働者階級というものも断固存在するのであった。それも、と目の前に行儀悪く転がっている不肖の弟子を内侍の君が睨みつけた。上流階級の気まぐれで仕事を増やされるなんて、散々だ。不肖の弟子こと東宮は、山ほどの譜面を枕に、胸元を豪快に開けてやる気のなさそうな風情でたらたらと自分を扇いでいらしたのであった。
そもそも行幸だ遷宮だと大騒ぎをせねばならない帝ではおなりでないわけであるから、どこへなりと涼を求めに行かれればよいのである。左大臣家に方違えしても良さそうだし、頭中将なり左近少将なり侍従殿なりのお宅に押しかけたところで、喜ばれこそすれ追い出されはしなかろう。大体自分の別邸も持っているではないか。
そうまでして東宮にバカンスを取らせたいのは、何あろう、この暑苦しい最中、毎日毎日琴の講義をさせられているからに他ならない。講義というにはいささか語弊もある。というのは、内侍の君を梨壷にまで拉致ってくると途端にやる気をなくして目下のようにだれている方が多いのだ。こんな生けるなまこの相手をするくらいなら、校書殿に篭って白文と心中する方が余程刺激的な夏の過ごし方だ、というのが内侍の君の結論だった。
「やる気ないねー。今日はもうこの辺で切り上げて寝てる方がいいよ、きっと。私も暑いから涼しさを求めてどっか行くよ。」
じゃあね、と胡琴を片手に未練も何もなく立ち上がる内侍の君に、慌てた東宮がむくっと起き上がる。
「ちょっ、ちょっとインターバル入れてただけじゃねえかっ!なら、涼しい所でレッスンの続きしろよっ!」
「駄目。あれだけいい加減な弾く気なしの状態の上に、暑さで頭が煮詰まってるじゃないか。今日はお稽古に向かないんだよ。諦めて、麗景殿様に氷の残骸でも見せてもらいなよ。」
帝とは疎遠なくせに、後宮の中ではすこぶるつきに評判のよい宮が、うっと詰まった。まことにしどけないながらにお美しい寿命も伸びるようないでたちであられる。のだが、現実主義者にかかると、暑さを煽るような格好だよなあということになる。少なくとも内侍の君は、暑いんなら単の上に薄物の袿でも引っ掛けておくだけにしとけば見た目余程涼しそうなのに、と考えていた。
「お前、見たいのかよ。」
「別に。私は休みが欲しいだけで他意はないよ。」
事実、宇治山荘で一週間の夏休みを過ごしたいと御後見役の院に申し上げたのであるが、一発で却下されたのであった。下人の報告によればほとんど廃屋と化しているらしいそんなところに養女の君を送りこむ院ではおありにならないのである。大層お心の篤い方なのである。
別に崩落してこなければ屋根梁の一二本取れていようが構わないのである。食われさえしなければ動物もオーケーである。前栽に狸が紛れていようと床下に狐がいようと無問題なのだ。という内侍の君なので、却下されて相当に面白くなかった。その上に、バカンスも取らず梨壷に居座り、俊蔭の手を伝授しろという宮のわがままに毎日付き合っているのだ。これも留学の代償とはいえ、あまりにも悲しい夏の過ごし方である。
もっとも内侍の君だからこそこの発想に至るわけで、宮中の女房達が『宮と梨壷で差し向かいの夏』を提案されたなら、全く違う反応が返ってくるものと予測される。
あーあ、宇治に行きたいなあ、と呑気に伸びなどしたものである。宮的には大層面白くないのであるが、元より色めいた方面は全くの無関心という内侍の君を相手にロマンスを夢見る方が間違っている。
「見たいなら連れてってやらねーこともねーぞ。」
恩着せがましいことはなはだしいのだが、当人にしては普通に『一緒にお出かけしましょう』と誘っているつもりである。しかし、そんな通訳を要するような物言いがストレートに通じると考えるのが根底からおかしいわけで、
「無理しなくていいよ。私、あそこに知り合いいるけど、涼しいのは女御と極一部のお側の女房ばっかしで、なまじ好奇心出して見に行ったばかりに人の暑さで死にそうになったって聞いたもん。」
とあっさり断られてしまったのだった。
「俺様が連れて行けば、その『極一部』に入れるのは受け合ってやるぜ。」
「一人だけ涼しい思いするのは居心地悪いから止めておく。」
それでなくても悪目立ちする宮なのだ。偏執狂的な宮ファンの女房達に余計な恨みをかって職場生活を暗くしたくない内侍の君の用心は正当である。
夕暮れになると院のお世話があるからと、胡琴を抱えて足早に退出する内侍の君の後ろ姿に、東宮は溜息をついた。
少しくらい居残れよ、この唐変木!
無駄話をするでもなく、かといって毛嫌いするわけではなくなった、ビジネスライクな内侍の君にはほとほとてこずっている宮なのだった。
色好みの公達が普通に人と仲良くなるのは結構至難のようである。
とはいえ東宮と内侍の君の関係が改善されたのは事実である。というわけで目前に迫った御所の蹴鞠大会に向け連日院の御所で無意味にハードな特訓を続けている左近蹴鞠友の会は、時々内侍の君からの差し入れという特典を共有できるようになったのだった。元々左近少将や侍従の君と仲良しの内侍の君が寄りつかなかったのは、今まで散々自分の女房仲間を被害にあわせてきた東宮と関白殿という当代色好みの二大巨頭の顔も見たくないという理由からである。この方々と和解が成立した以上、内侍の君が蔵人所に現れるのをためらう必要はないのだった。
左近少将や頭中将に時折運動不足の解消をさせてもらっている恩義は感じているので、お菓子や果物を差し入れたのがそもそもの始めである。内侍の君は膳部や台盤所にもネットワークを持っているので、色々もらってくるのだ。宇治での不遇生活に鍛えられているので、実は自力で作成することもできるのだが、それを公表すると院がいい顔をしないので黙っている。当然である。良家の姫君は調理なんかしないのである。ばらしたら最後、婿取りが更に難易度を増すという院の危惧は正しい。しかし当人は時々こっそりと台盤所で饅頭や餅を作って悦に入っていたりもする。
運動の後に腹が減るのは若人として当然なので、古い馴染みの人々は喜んで平らげ、新しい知り合いの人々は食べ物に感心のないような顔をしながらしっかりと胃の腑に納めていたわけなのであるが。
一日、葛団子を作ったのが持ってきた本人だとばれたのである。というのは、常日頃飄々と人を食ったようなのほほんさで滅多に食べ物に関心を示さない関白殿がその日に限って葛団子を貪り食っていたからで、あまりの食いっぷりに侍従殿は御友人の腹には寄生虫が住みついたのではないかと真剣にご案じなさったのであった。当初御親友の侍従殿にだけ明かすつもりで、関白殿は作者の正体を教えられたのである。こちらは台盤所の女房にも恋人がいらしたのである。ちなみに東宮とも御親友ではあるのだが、こと内侍の君に関しては宮が自分の鼻先から掠めようとしているという、かなりに正鵠を射た危惧をお持ちのため、敵に塩を送るようなお振る舞いはなさらないのである。まことに賢い方であるといえよう。
画竜点睛を欠くのは、ご自分の振る舞いでしっかり東宮に不信感を持たれてしまったところである。内侍の君に至っては、呆れ果てていた。
「…左大臣家では食糧が欠乏しているのかね?」
「ううん、内侍の君が作ったから喜んじゃってるだけだよー。」
ぽよよーん、とすっぱ抜いてくれたのは頭中将なのだった。昼寝から目覚めた途端にこんなことを暴露するのでは油断も隙もあったものではない。
「なっ、何故頭中将が知ってるんだ!!」
不意を突かれた内侍の君の台詞は自白したに等しい。東宮はまじまじと内侍の君を見つめていたと思ったら、やおら重箱ごと関白殿の前から葛団子を奪略した。
「何すんのや!」
「食い過ぎだ!」
事実は簡潔なものである。しっかり抱えて、一つ口に入れながら、
「お前、何でこんなの作ってんだ?!」
と詰問した。もっともな疑問ではある。
「面白いからだよ…ばれたって院に言わないでよね。説教食らいたくない。」
「どーして頭中将が知ってんねん……。」
じろりと横目で侍従殿を睨みつける関白殿の端正なお顔は迫力である。侍従殿は高速で首を振って無罪を主張した。中将は、
「大夫に聞いたんだよー。行平が歩いてるのに二人とも気付かないで内緒話してたんだってねー。」
と和やかにのたまった。鍋かと思った内侍の君だが(そもそも鍋は雪平である)、中将の家の家司を務めている受領であるらしい。内侍の君とは仲のいい頭中将なので、早速のニュース御注進に及んだ次第である。まことに下人の存在を侮ってはならないのである。
もこもこと葛団子を頬張る東宮というのもまことにめでたいお姿であられるのだが、失礼極まりない内侍の君にはただの食べ盛りのお兄さんに他ならないのがお気の毒といえよう。
それからというもの、差し入れとあれば抱え込もうとする意地汚い公達が約二名ほど存在するようになったので、内侍の君は『富の均分』という概念に関して殿上人に講釈する羽目になったのであった。もっともどこまで上達部のお歴々が理解したかは未知数である。いっそ『独占の弊害と産業の発展』という論題で一席ぶとうかと考えた内侍の君だが、院に説教を食らうのはやめにしたいので諦めた。院としては、折角平和的関係が結ばれたものだから、このまま関白殿を通わせる気になってはくれまいかと願っておられるのである。左近少将の意見では、まず無理だろうとのことであるが。
古馴染みのことなので左近少将も内侍の君の性格をある程度把握しているわけなのだが、その知識によると浮名を流して歩く『雅な貴公子』というのは完全に交際範囲から外れている。むしろ敬して遠ざける、君子危うきに近寄らずカテゴリに入れられているのである。御代の華たる関白殿とは完全に相容れないのである。
むしろ左近少将的には、これまた腐れ縁の東宮の方が要注意であった。凝り性二人が結託すれば強烈にあやしいネットワークを形成しかねないのだが、琴、という一見マトモそうな接点で結託した宮と内侍の君の近況を鑑みるに、あれは音楽狂二名だというのが少将の偽らざる感想だった。加えて宮のお心もなーんとなくわかっているとなっては、油断も隙もあったものではない。してまた内侍の君が弟子の覚えのよさに感心して(飽きてだらけない時の話ではあるが)ほいほいと梨壷に上がるとなっては、なまじ関白殿のように警戒していないだけ危険度が上がるというものである。少将が忠告をしないのは、平素であれば既に夜中局に侵入したの、人を御帳台に引きずりこんだのという実力行使の一つや二つに及んでいる東宮が、目下鳴りを潜めているからというに尽きた。寝た子をつついて起こすことはないのである。
しかし葛団子独占に走る光景を見ている限りでは、内侍の君に対する何か間違った興味が消滅したとはとても思えない。観客がいると普段の倍は気合を入れて御友人達を叱咤する、つまりは調子に乗って怒鳴りまくる東宮に、少将の溜息は尽きないのであった。脳天気に空中三回転半ひねり下りなどという離れ技を披露している侍従殿が少し羨ましくなったりもしたのであった。