

さて、この内大臣とおっしゃるお方は、あやしさまっしぐらの方々に押されてなかなかご紹介する機会がなかったのであられるが、お若いながらに大層分別を備えておられる大人の風格の方なのだった。先に流行病で先代の左右の大臣がお亡くなりになったとき、双方の大臣家のご子息がいずれも野心家の策略家で、すわ内裏を一触即発戦場に変えかねない勢いであられたので、ご自分の昇進を辞退なさったという方である。まるで唐の聖天子堯舜の世もかくあらんと、人々の信頼が大層お篤い方である。
右大臣殿がおそれ多くももったいなくもご自分の従兄弟であられる今上の御後見を引き受けておられ、東宮の後ろにおられる関白殿と陰にこもった駆け引きを繰り広げておられるのは以前に触れた通りであるのだが、内大臣殿にも後押ししておられる宮がおられるのだった。ただし、権勢というものにあまり執着をお持ちにならない内大臣殿は、左右の大臣の宣伝合戦をやや冷ややかに見守っておられるような節があり、堀川に住んでおられる宮のことも控目にしか語られなかったので、誰しもこの方は中立地帯と目しているような節がある。
なかなか出て来なかったのは、内大臣殿が奏楽というものにほとんど興味を持っておられない、或いは既にうんざりなさっておられるからである。というわけで、尚侍を御前に引き出し何か演奏させようという計画には真っ先に異議を唱え、計画実行が決定すると即座に逃げ出しておられたのだった。というのは堀川で散々聞かされておられるからで、堀川の宮は古きは唐の三皇五帝から新しきは本朝最新流行の催馬楽までを網羅し分析し作曲もなさるという大学者であられるのだった。残念なことに院の風流は欠いておられるので、人の御尊敬は集められても周りに寄って来る者が少ないのである。
その常識人内大臣殿が大切にしておられるのが御所の平和と秩序維持であった。何しろそのためにご自身の出世も一時犠牲になさったほどのお方の持論には、かなりの説得力がある。というわけで、この方の発言は左右の大臣でも、或いは帝でさえおろそかにはできないのであった。
職業柄、尚侍も今まで接点のなかったこの方と知り合いになったわけであるが、双方とも第一印象は良かった。尚侍はそもそも周囲に常識人を求めていたところだし(関白殿や右大臣殿は個人的に親しいとはいえ普通でないのは明らかである)、内大臣殿はむしろ公卿の列にでも並んだ方が良いような尚侍の有能ぶりに認識をお改めになったのだった。何しろ叙爵の経緯が経緯である。琴だ美貌だ院の御養女だ、などという実務と全く関係のない噂ばかり流れた上、御前での演奏の素晴らしさに帝の一声で任命が決まったのだ。加えて東宮と親しいらしいという不穏な噂があれば、想像するのはかの朧月夜の尚侍、恋多き美女である。内大臣殿的には良い意味で予想を裏切られ、双方頼れる仕事のパートナーと認識が改まったのである。左右の近衛府がそれぞれの大臣の派閥の色をそれとなく持っている中で、どちらとも平和裏な関係を持っている尚侍は貴重な存在である。
尚侍にしても仕事の進めやすい常識人は大歓迎である。周囲に、個性的といえば聞こえはいいが、常識の二文字を置き捨てているようなのばかりいるので、これは大きい。もっとも内大臣殿絶賛を歓迎する人はほとんどおらず、尚侍の友人にしては比較的まともな左近少将や頭弁殿もいささか眉を顰めたのだった。
『内大臣殿は悪い人じゃないが、結構したたかだって話だぜ。あんまり深入りしない方が身のためじゃねーの?』
が筒井筒の意見であり、
『どなたとでも親しくなさるのは尚侍の美点だと思いますが、お心の内だけにしておかれないとあらぬ人の怨みをかいますよ。』
が笛仲間の御意見であった。どちらもまことにもっともである。もっとも、頭中将殿は弁殿の忠告の本当の理由をご存知で、事実蔵人所では弁殿が溜息を吐いておられる様子も見ているのだが、全く日頃昼寝のつけを払わせているご友人の手助けをなさろうとはなさらないのだった。薄情にも思えるのだが、頭中将殿の中では筒井筒の宮が数多あるご友人で最優先なのである。心密かに応援しているらしいのであるが、ご当人梨壷東宮には何の役にも立っていないのは御存知のとおりである。
トラップ作成を禁止されたので尚侍が真面目に公務復帰し、内侍であったときより内裏へ頻繁に出没するようになった。となると、必然的に交際範囲が拡大し、院の御所に上がる機会が減った上に別段会いたくない人々に接する機会も増えるのである。弁殿やご存知左近蹴鞠友の会は尚侍の息抜きである。下級女房ネットワークも健在である。しかし、そもそも好きで宮仕えをしているわけではない尚侍が、下心を香より深く焚きしめた、増加の一途をたどる文の山にぶち切れないわけではないのである。その筆頭が、内大臣殿と親しくなるにつれおまけのようにいつもついてくる大納言殿であった。
大納言殿にしてみれば、さりげなくお従兄弟でお友達である内大臣殿と尚侍が仲良くなればそれを利用しないという手はないのである。かくして内大臣殿に張りついて尚侍の前にしばしば現れ、尚侍は尚侍で、この無駄に文ばかり送ってくる腹の底の読めないお方に爆発寸前の怒りを募らせていたのであった。
「絶対物好きだ悪趣味だ!!早く辞職して留学してやる!!」
と怒り心頭の尚侍は梨壷にて絶叫しきりなのであるが、大納言殿でなくとも東宮には言われたくないであろうと思われる。唐贔屓の尚侍に相応しく、俊蔭が唐から持ち帰ったという華々しい大曲を伝授されている東宮は、丁度難所に差しかかったこともあってお手を止めた。尚侍の注文は段々厳しくなっていくのである。少なくとも現在の東宮のお手に文句をつけることができるのは本朝広しといえども尚侍だけである。
当然、宮さぼらないでよ、と注文がついたのであるが、普段音楽馬鹿の尚侍が珍しくその手の話を始めたことにお乗りにならない東宮ではないのである。
「よくもそこまで大納言を嫌ったよな。関白とは親しくしているくせによ。」
と他人事のようにおっしゃっているが、その始めご自分が蛇蝎のごとく嫌われていたことは棚上げになさったようである。
「だってあの人、時々温明殿の辺りうろついてるもん。トラップに引っかかって周防さんに救出されたことあるし。」
余程不愉快だったのか、尚侍の表情は嵐の直前である。が、高貴な弟子に至っては爆発した。
「んなっ、お前やっぱり梨壷に引っ越せ!危なくてたまったもんじゃねえっ!!」
がこん、と脇息を殴り飛ばしてお叫びになったものである。東宮もそろそろご自分のお心を隠しきれなくおなりのようであられるのだが、意外なことに尚侍はそれに気付いていないようである。
「だいじょーぶだよ…とりあえず。あの辺り、弁殿もときどき様子見に来てくれるし、滝口殿も通るし。トラップはそれなりに効果上げてるし。大体避けてるのに、どうして内大臣殿の後にくっついて出没するかなあ。人に威を借るなよ…自分で勝負しろよ。内大臣殿なら言下に断られないって読んでの行動だよ、あれは。」
弟子が爆発なさったので、師匠の怒りはとりあえず鎮火したようである。揃って爆発していてはいけないのである。人間には自制心というものも大切なのである。
「本当に梨壷に引っ越さなくてもいいのかよ。その上、お前この頃一つも院と連絡とってねえだろ。」
「行く暇がないんだよ。院への仕事は典侍さんとか内侍さんとかに回されちゃって、私は関わりたくもない上つ方のところを走り回らされてるってーか。温明殿に立て篭もって決済してるだけならまだストレスが減るんで、出歩くのは相当周防さんにお任せしちゃってるかなあ。梨壷当ての仕事も来ないんだよなあ…絶対遠隔操作が入ってる。」
あの野郎…と朝廷の貴顕誰彼のお顔を素早く思い浮かべられた東宮は、憤然と座り直した。
「これから院の御所に行くか?」
「え?」
「蹴鞠の話もあるから、俺があそこに出入りする分に問題はねえし、お前は院の御養女でもあるだろ。内裏に禁足されてる必要はねえ。がたがた言われたらそれこそ東宮の位に物言わせてやる。」
行くぞ、と差し出された手を、尚侍の小さな手がとった。竜胆の色の直衣と女郎花の単の襲が並んで歩く。扇をかざして、他愛のない話で盛り上がりつつ歩いて行く。その光景が普通であるとは言わないが、かなり色々な方の羨望をかきたてたことは事実のようである。
院の御所に着いた途端、女房や命婦たちは相変わらず大騒ぎをして熱烈大歓迎を食らわせた。尚侍が顔を出すと、懐かしさに嬉し泣きをする者や、わけもわからずに笑い始める者、抱きつく者、と最早もみくちゃである。今まで院の御所の雑務を全て管掌していた尚侍に抜けられて、一番ダメージを食っていたのはこの人々だった。
東宮のお越しをお耳になさった院が、愛弟子がいつもにまして引き止められているので救出においでになる。
「宮、温明殿は元気か?」
とおいでになった院は目を見張られた。弟子がにっこりお笑いになって差した方向には、
「お久しぶりです、院!」
と手を振る尚侍の元気な姿があったのである。
「真葛!」
院は思わず目頭を押さえられた。