☆東坡志林いんちきびぶりおぐらふぃー☆
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高松が読んでる『東坡志林』は、中華書局発行の『歴代史料筆記叢刊』のものです。別に高松はとーばの大ファンってわけじゃないけどさ。買ってきたのは、安かったからなんだ。(笑)330円だったんだもん。だからべらぼーに薄いです。(ページをアップする前につらつら眺めたら、830円だったことが判明。しかしそんなに払った記憶がない…レジの人も高松と同じ勘違いをしていたのだろう)余計なことを書いてて、肝心な本のイントロしてないよ。おいおいおい……。
作者はかの有名な北宋の蘇軾こと蘇東坡。収録期間は元豊年間から元符年間までの約二十年。エッセイなんで、思いつくまま気の向くまま、とーばの好き勝手な話題が載っています。変です。はっきし言って。当時の有名人の話やら、政治関係、ローカルな話、夢の話、あやしー話、独断と偏見で成り立っている評論などなど。宋代では『東坡手澤』と呼ばれてたんだとか。ただ、東坡の書いたエッセイは確かなんだが、本人がまとめるつもりで書いていたのか、死後にほかの人がまとめたのかについては色んな意見があるそうです。元々のタイトルが『手澤』だったとか、いや東坡は『志林』で書きたかったんだがまとめる前に死んじゃったとか。挙句『宋史:芸文志』に『蘇軾の儋耳手澤一巻』なるものが載っているので、
「これは東坡志林のことか?!」と混乱を煽っているらしい(笑)。おまけに陳振孫という人の『直齋書録解題』という目録には、『東坡手澤三巻』とあるらしい……。いい加減……。
いやね、すでに宋代からいい加減な流通の仕方をしていたらしく、内容も巻数も滅茶苦茶だそうです。(笑)『直齋書録解題』で三巻だったものが、左圭さんという人の『百川学海』では一巻に減らされていて、歴史エッセイが13本載っているだけらしい。明代になると更にいい加減になり、一巻だの五巻だの十二巻だの…増やす場合はどこからネタを持ってきたんだ?と思うのは私だけか?ほかのエッセイからぱくったらあっさりばれそうな気がするんだが。でも東坡の別のエッセイ集『仇池筆記』の記事から水増ししてる!という説もあるらしいしなあ…一つのエッセイを分割して載せているというのもあるらしい……。ここまで来ると素人の手にはおえません。
うちのは五巻本が底本らしいです。明の万暦年間、趙開美という人の刊本。それを清の嘉慶9年に復刊し、次の年には『学津討原』という全集に組み込まれたとか。1919年に涵芬楼というところが明代の原本から校正入れたらしい。ちなみに『叢書集成』という全集も『学津討原』のテキストに拠っているそうです。しかしこの書き方、作者がテキストの解題を適当に訳しているだけというのがばればれ(^^;)。私、書誌学はよくわかりません。書誌おたくになんかなりたくないもん。『直齋書録解題』なんか『書林清話』に出てきたから、その道の通には良くわかるんだろうなあ。
ちなみに一巻本は前段落に出てきた左圭の『百川学海』本と、明の成化年間に刊行された『東坡七集』に収録されたものと2バージョンあるらしい。十二巻本は明の万暦年間、商濬の『稗海』に収録された本らしい。一巻本には歴史エッセイだけしかなく、十二巻本はエッセイばかりで史論はゼロ、その上テキストが間違いだらけらしい。文淵閣の『四庫全書』は最後の明代十二巻本を底本にしたのかなあと思っていたのだが…見た時にボリュームアップして再登場してたんだもん。でも、あれにも歴史ネタは載っていたなあ…あそこはどうしてあれだけの分量を持ってきたのか、更に謎なのだが、追求するほどの根性はありません。中身読むだけで手一杯。
という背景を持つ『東坡志林』。いい加減な訳者にぴったりの(?)いい加減なエッセイだったようです。それにしても「中味があやしいから読んでみよう☆」という人はやはり書誌学には向かないなあと思う書庫官なのでした。(笑)。